第14話 旅はくつずれ?-2-
シモーヌは、やけにティリスになついていました。
「お方さま~、ウサギ獲りに行きましょうよ。」
「あら、いいわよ。」
「お方さま!」
アンヌマリーは慌てて止めに入りました。
「あら、いいのよアンヌマリーもいらっしゃい。」
「はあ?」
アンヌマリーは、怪訝な顔をしてティリスを見ました。
ティリスは、二人を連れて草原に出ました。
時刻は、だいたい四時前後でしょうか、わずかながら日差しも少し傾いてきました。
「アクティブソナー。」
ティリスは、探査の魔法を展開して、獲物を探します。
「ん~と、一〇〇メートルでは、つかまりませんね。では二〇〇め…あ、いました。」
ティリスの指し示すほうには、ちいさく焦げ茶の影が見えました。
「あそこですね。」
シモーヌは、かさかさと草をかき分けます。
「大きな音を立ててはいけませんよ、すっとそっと進むんですよ。」
「はい。」
「お方さま…」
アンヌマリーはあきれたような顔をして、ティリスのお尻を見ました。
ティリスのお尻は、ウエルシュコーギーのようにふりふり動いています。
アンヌマリーが歩くと、板鎧ががしょがしょ音を立てるので、離れて見ているのです。
なにかあれば、すぐに駆けだす用意だけはしています。
「あ!見つかったようですよ!こっちに向かって駆けてきます。」
「あらまあ、好都合ですね。」
「へ?」
「ホーミングレーザー。」
ティリスの指先から、断続的に三回光の矢が走りました。
光の矢は、ゆるく弧を描いて、ウサギに向かいます。
ウサギは、群れで動くので、草に隠れてもう二羽迫っていたのでした。
ぱぱぱ~んと、立て続けに起こった乾いた音に、ウサギはもんどりうって倒れこみました。
「え?え?なにがおこったの?」
「はい、もう大丈夫ですよ、ウサギを回収しましょう。」
「へ?」
ティリスは、ひょいひょいと三羽のウサギを袋に詰めて振り向きました。
「す!すごい!お方さま!どうやったんですか?」
「お方さま得意の、ホーミングレーザーだ。光の矢が、弧を描いて飛ぶんだ。」
アンヌマリーが、誇らしげに言います。
「なんであんたが得意そうに言うのさ。」
「ウチのお方さまだからな。」
「なんじゃそら。」
「まあいい、危険もなさそうだから、そろそろ戻りましょう、お方さま。」
「あら、そう?」
ティリスは呑気に笑います。
「念のため、三〇〇メートル探査…いたわね、アンヌマリー・ブラックベアよ。」
「ええ!」
アンヌマリーは、聞いたとたんに腰の大剣を抜きました。
「どこです!」
「森の中、ああ、蜂蜜をあさっているわね。」
「も、森の中ですか…では、ここまでは来ませんね。」
「そうね、あん、奥に向かって行くわ、よかった。」
「ふう…」
アンヌマリーも、大剣を鞘に納めました。
「お方さま、脅かさないでください。」
「でも、あのままこちらに向かって歩いてきたら、鉢合わせになりますよ。」
「そ、そうですね。」
「いい、ブラックベアは、すれ違いざまに首に剣を落とすのよ。」
「は、心得ました。」
シモーヌはその会話にゾッとしました。
「すれちがいざま?」
そんな恐ろしいこと、できるはずがありません。
でも…
「首の皮が一番薄いですからね、肩とか分厚いので剣が通りませんし。」
「は。」
いちいち説明するティリスと、それを熱心に聞いているアンヌマリー。
シモーヌは、脂汗を浮かべていました。
「あの、騎士さまの剣はそんなに切れないんですか?」
「バカを言え、名工チグリスさまの打った剣だぞ、切れ味は抜群だ。」
「それでも切れないブラックベアって、どんだけ皮が厚いんです?」
「皮と言うか、脂肪が曲者なんだ。一撃で剣のキレが悪くなる。」
「はあ。」
「人を切っても、脂肪で五人も切れないんだぞ。」
「へえ~。」
「冒険者やるなら、これくらい覚えておけ、切れなくなったら突き主体になるから、攻防が難しくなる。」
「なんで?」
「次に来る技が、見え見えだろうが。」
「ああ、なるほど。」
話しながら戻ると、ベンがかまどを作っていました。
アンリは、その横で枯れ枝を抱えています。
「ああ、おかえりなさい、お方さま。」
アンリは、にこにこ笑っています。
「いや~、お方さまってすごいわ!一発でウサギ三匹獲るんだもん!」
アンリは、シモーヌに視線を送り、片眉を上げた。
「だから、もっと丁寧にしゃべれって言ってるだろう。お方さまは尊い方なんだぞ。」
「なによ、アンリったら。ちょっとお方さまがきれいだからって!」
「アホか!そうじゃなくて、国の第一聖女さまに対して、なれなれしいことすんなって言ってるんだよ。」
「いいのよアンリ。」
「でもお方さま。」
「いいの、私がそうしてほしいと言ったのだから、それでいいのよ。アンヌマリーも睨まない。」
アンヌマリーは、少し赤くなって頭を下げました。
「今は、ただの巡礼として旅をしているのですから、大げさになったらお屋形さまの使命が果たせないでしょう。」
「はは、思案が足りませんでした。」
アンヌマリーは、まだ固いなあと、ティリスは思いましたが、そこそこで済ますことにしました。
アンジェラは、モモといっしょにその辺を見て回っていたようです。
「かあさま、ゲンノショウコ。」
アンジェラは、道端に薬草を見つけたようです。
「あら、いいわね。でも、旅人が困ったときに使えるように、残しておきましょうね。」
「あい。」
アンジェラは、母親の言うことを聞いて、見るだけにしたようです。
「アンリも、冒険者ならそこまで敬語にこだわらなくてもけっこうよ。」
「はい。」
アンヌマリーは、焚火の横でテントを設営して、空を見上げました。
「お方さま、ひと雨来そうですよ。」
「あらそう?」
ティリスも空を見上げます。
夕暮れが近くなり、雲が赤く染まっていますが、その向こうには黒い大きな雲が上がっているようです。
「これはまずいわね、スコールかしら…」
「どうしますかにゃ?」
ミケが、かまどからティリスを見上げました。
ティリスは、数歩下がってキャンプ地を見回します。
「よし、みんな私の後ろに集まって。」
なんのことかわかりませんが、みな言われたように集まってきました。
「………行きます。」
何もない土の上に、ずずずと壁が立ちあがり、テントを覆って行きます。
周囲の土が集まって、だんだんと屋根を形成して行きました。
もちろん、もう一方にはかまどを囲うように、壁が上がって二間続きの家ができていました。
「パリカールは、こちらの小屋に入れてね。」
なんと裏側には、ちいさな馬小屋までできています。
「な、なんちゅう土魔法!」
シモーヌは、大きな声をあげて見つめています。
「ウチの子たちなら、二~三人でこのくらいは作りますよ。」
「だから…ウチの子たちって、どんなんですか!」
シモーヌは、涙目でティリスに聞きました。
「あはは、まあこれで雨が降っても大丈夫ですね。」
「さすがお方さま。あざやかです。」
「さて、硬化魔法をかけましょう。」
「かあさま、ももちゃんがやるって。」
アンジェラが、モモの首を抱きながらティリスに声をかけました。
「あらそう?じゃあお願いね。」
モモは、のそりと前に出ました。
体長一二〇センチはありそうな、たくましい体が家の前に出ます。
「うおぅ。」
シモーヌとアンリは、目が点になりました。
犬が、硬化魔法をかける?
犬だよ。
大きめのシベリアンハスキーは、銀の毛皮をゆすって、家の壁に前足を触れました。
見る間に、壁はぴかぴかの大理石のように輝きます。
「ぅおん。」
「あら、できたのね。いい感じだわ。」
二人は、もう何が出ても驚くことはないように思えました。
「お方さま、窓ができましたので、穴をあけてください。」
ベンが、横から四角い窓枠を持っています。
「あら、上手にできたわね。」
「はい、お屋形さまから教えていただきました。」
カズマは、なにをやっているのか…
土中からケイ素などを抽出して、熱形成させて窓ガラスを作る技は、魔力よりも応用力が必要です。
簡単な方法としては、石英ガラスを形成するという手もありますが、若干もろいです。
「じゃあここにはめてちょうだい。」
ティリスが、こともなげに壁に四角い穴を開けると、ベンもそこに窓をはめこみました。
「どこでもドア~。」
ティリスは、革袋から木製のドアを出して、小屋の入口にはめました。
「すごい、完璧な家になったわ。」
「まあ、小屋ですからね。」
かまどのある方は、一方が解放されていて、バス停のようです。
「夕食の準備の途中でしたね、さあ、みんなで食べましょう。」
テーブルの上には、昼と変わらないようなメニューで、夕食が用意されました。
「いや~、こんなにすごいご飯が食べられるなんて、普通の野営に戻れないですよ。」
シモーヌは、夕食を食べながら眉を下げました。
「これは、特別だと思わなきゃ。おれたち下っ端冒険者には、乾燥肉と固いパンでないとな。」
「アンリ、おいしいご飯のときに、まずいもの思い出させないでよ。」
「悪い悪い。」
魔法の明かりの浮かぶ中、夕餉は過ぎて行きました。
夕闇が広がるころ、かっと光ってごろごろと大きな音が近づいてきます。
「うわ、でかいカミナリだ。」
アンリが上を見上げました。
外は、暗いのに、一瞬真昼のように明るくなります。
ぱん・ぱん・と、軽く屋根を叩く音がしたと思ったら、うどんのような雨が耳朶をたたきます。
どどどと、滝のような音も聞こえるようです。
「本格的に降ってきましたね。」
「お方さまのおかげで、濡れずに済みます。」
アンヌマリーは、ティリスに頭を下げます。
「何言っているのよ、旅の仲間でしょう。あたりまえのことですよ。」
「お方さま、この小屋の魔法、覚えたいです。」
シモーヌは、真剣な顔をしています。
「そう?では、この旅の間に少し教えてあげましょうね。」
「あ、ありがとうございます!」
「お方さま、よろしいのですか?」
アンリは、目を見開いて驚きました。
「ええ、門外不出の技ではありませんし、旅が便利になれば結構でしょう?」
「はあ、はい。」
「まずは、小さなかまどからですね。」
「はあ…」
「いきなり大きなものを作ろうとしても無理ですよ。」
「わかりました…」
わかっていないのがありありとわかるシモーヌの態度でした。
「シモーヌは、まだまだ魔力が安定していませんし、魔力量も伸びていません。」
「はい。」
「まずは、魔力の道を広げることから行わなければなりません。」
「魔力の道ですか?」
「ええ、今は細いので、それを広げることによって魔力の循環がしやすくなり、細かい調整ができるようになるのです。」
「初めて聞きました。」
「こう言う、基本的な訓練は、本来師匠から教えていただくものですよ。」
「そうですか、あたしは冒険者の師匠でしたから。」
「そう、瞑想で魔力を練り込むこと、魔力線を広げることこそ、大規模魔法への近道ですよ。」
「はい。」
土砂降りの雨を横目で見ながら、ティリスの講義は続いていました。
馬車もパリカールも小屋の中に入れたので、濡れることもなくひと夜を過ごし、一行はさわやかに朝を迎えたのでした。




