第13話 旅はくつずれ?
「大丈夫よ、レジオ公爵の第一夫人、ティリスさまを見くびるんじゃないわよ。」
どーん
小ぶりな胸を張ってみせました。
「くっくっくっ、さすがは俺のヨメやな。」
「はい。まかせなさい。」
カズマは、その夜を男爵の館で過ごし、翌日王都へ帰って行ったのです。
アンジェラは、モモがいるので父親が帰ったことにも不満を見せず、カズマはぐっすしとしながら帰りました。
残念でしたね。
男爵は、取るものもとりあえず、大急ぎで都に上る準備を始めました。
ティリスは、そそくさと準備をし、あわただしく男爵の館を出るのでした。
「ほんとうに何のお構いもせず…」
「いえいえ、ご災難の最中におじゃまして、申し訳ありませんでした。」
「いえ、聖女さまがご滞在くださらなければ、この領地もどうなっていたか…感謝に堪えません。」
「いえいえ。」
「いえいえ。」
キリがないので、このへんで切りあげて、馬車を出しました。
男爵も、今日明日のうちに上京するそうです。
領地の切り盛りは、ご長男が代行なさるそうですが、だいじょうぶかしら?
旅は、さらに南を目指し、がたごとと荷馬車は進みます。
朝の光を浴びて、色づく麦の穂。
シェール川を渡って、ブゼの町を抜け、ラルヴェルヌ街道に入ります。
風光明美とは申せませんが、のどかな田園風景が続く街道です。
次の目的地は、ヴァロン=アン=シュリー子爵領です。
西には小ぶりな森があり、東には広大な森を抱えるヴァロン子爵領は、ダンジョンもあって活気のあるところと聞いています。
そのせいでしょうか、街道には何組も冒険者のパーティが歩いているのが見えます。
ファベル=ディーヌの街を通り過ぎたころには、陽も中天にのぼっていました。
旅慣れた様子の一団もあれば、かけだしの冒険者も居る旅人たち。
駆け出しの冒険者たちは、靴擦れのできた足を冷やしながら、道端で座り込んでいます。
「ミケ、馬車を止めてちょうだい。」
「はいにゃ、奥方さま。」
パリカールの馬車は、座り込んだ冒険者の前で停まりました。
アンヌマリーの馬も、その鼻面を並べます。
「もし、そこの冒険者さん。」
ティリスが、御者台から声をかけると、下を向いていた冒険者は顔を上げました。
まだ、どこかあどけなさを残した、少年の顔。
「僕ですか?シスター。」
「はい、そうです。見れば難儀している様子。」
「はあ、マメがつぶれてしまったので、休んでいるんです。」
隣に座っている、少女の冒険者も口を挟みます。
「そうなんですよ~シスター、いっそここでキャンプしようかと。」
「それはたいへんですね、キュア。治りましたよ。」
ティリスは、手をかざすこともなく、冒険者の足を治してしまいました。
「うっそ!無詠唱の上、簡単に治ってる!」
少女は、不躾な物言いで、自分の足を持ち上げて見ました。
「シスター、ありがとうございます、でも僕たちお布施が…」
少年は、すまなそうな顔をして、立ちあがります。
「いりませんよそんなもの。」
ティリスは慣れたものです。
「ででも。」
「私も巡礼の途中ですしね、旅は道連れ世は情け。受け取っておきなさい。」
「じゃあじゃあ、さっき獲ったウサギですけど、おあがりになりますか?」
少女が、ウサギの耳を持って聞きました。
「あら、りっぱなウサギですね、ちょうどいいわミケ、お昼にしましょう。」
「奥方さま、わかりましたにゃ。」
ミケは、馬車を街道から横によけました。
「せっかくですからいただきますね、私はシスター=ティリスと申します。」
「僕はアンリです。」
「私はシモーヌ。」
「そう、ミケ解体をお願い。」
「かしこまりましたにゃ。」
「ママン、着いたの?」
アンジェラが顔を出します。
「いいえ、お昼の休憩ですよ。」
「あい。」
「お方さま、どうされました?」
ベンが顔を出します。
「お昼です、休憩しましょう。」
「はい。」
ほろの中から、ベンもアンジェラといっしょに降りてきました。
「お方さま、かまど作りますか?」
ベンが聞いてきます。
「ええ、そちらに作りましょうか。」
「はい!」
ベンは、土魔法を発動させて、小さなかまどを作りました。
「上手になりましたね、それだけできれば一人前ですよ。」
「えへへ。」
それを見ていたシモーヌは、びっくりしました。
「うっそ、こんな小さな子が…」
「あら、ウチの子達ならこれくらいだれでもできますよ。」
「ええ!うちの子って?」
「ウチには孤児院がありますからね、魔物に襲われたりして、たくさんの孤児が出ましたから。」
「あの、シスターの町って…」
「ああ、私はレジオの教会にいました。」
「うわ!魔物一万匹ですか!」
「そうですね、住民の半分が亡くなりました。」
「うわ~、ご愁傷様です。」
「まあ、それも四年も前の話です。」
「はい…」
シモーヌはしょんぼりしてしまいました。
「ですが、ウチの孤児院の子供たちは、たくましいですよ。ゴブリンやコボルトなんて、平気で狩ってきます。」
「ええ!子供が?」
「はい、まあ、みんなそろそろ十五~六になりますから、成人しますけど。」
「成人したてで、ゴブリンが狩れるなんて…」
「シモーヌはいくつ?」
「はい、十七です。アンリもいっしょです。」
「そう。がんばらないとね、冒険者で暮らすんでしょう?」
「はい。」
そう言っているまに、ベンは小枝を集めて火をつけていました。
「お方さま、フライパンください。」
「はいはい。」
ティリスは、皮袋からフライパンと、塩コショウを出します。
「うわ、魔法の皮袋だ、うらやましい~。」
「これがあると、いろいろ便利ですね。」
「便利どころの騒ぎじゃないですよ。」
「そうですか?」
ティリスは、ミケが捌いたウサギの肉を、フライパンに乗せて焼き始めました。
「くんくん、シスター!コショウじゃないですか!」
シモーヌは、眉根を寄せて驚いた。
「そりゃまあ、これを砂糖とは言いませんわね。」
「それ一グラムと、金一グラムが同等なんでしょう?」
「そこまでひどくはないですよ。」
「いやいや、ちげーし!」
その時、ティリスは地域によっては、もっと高価なことを教えられた。
「そうなんですか~、私のところでは当たり前にあったものですから。」
「そりゃあ、王都ではたくさん入荷しているんだろうね。」
シモーヌは、コショウのにおいにうっとりしている。
そこに、乾燥バジルをぱらぱらと降りかけて、今日の一品が出来上がったのでした。
「ママン、どう?」
「よさそうね、ベン、お芋はどう?」
「はい、蒸しあがりました。」
もう一つのかまどでは、ベンがジャガイモを蒸していたのです。
「お方さま、パスタもできましたにゃ。」
ミケは、湯気の上がるパスタに、チーズをからめていました。
「うわ~、豪勢な昼飯だ。」
シモーヌは、目を輝かせました。」
「すみません、シスター。ガサツな女で。」
アンリは赤くなって頭を下げました。
「あんだよ~。」
「ばか、このシスターは、どう見ても立派な地位のお方だぞ。騎士や侍女までついているんだから。」
「え~?」
「敬語くらい覚えろって言ったろう。」
「う~。」
シモーヌは、頭を抱えてアンリを見上げています。
「まあまあ、いいじゃありませんか。さ、アンリさんもシモーヌさんも、お座りなさいな。」
「「はい。」」
周囲を警戒に回ってきたアンヌマリーが、大きな林檎をぶら下げて帰ってきました。
「お方さま、林檎がありました。」
「あら、よかったわね。あとでいただきましょう。」
ティリスが手で椅子を指すと、アンヌマリーは恐縮しながら座りました。
「今日の糧をお与えくださいました神に感謝します。いただきます。」
「「「「いただきます」」」にゃ」
モモジロウは、テーブルの下でアンジェラを見守っています。
銀毛が美しく光るので、シモーヌは触りたそうにしていますが、すぐにそっぽを向かれてしまいます。
ティリスの作りだした、土のテーブルには簡単なウサギの香草焼きと、ジャガバタ、チーズパスタが盛られていました。
ティリスはそれを、取り皿に取り分けて、アンリとシモーヌの前に並べます。
「きょ、恐縮です。」
「ありがとうございます。」
「あら、固くならなくて結構ですよ、さ、アンヌマリーも。」
「はい!いただきます。」
アンヌマリーは相変わらず、ティリスを憧憬の目で見ているようです。
「さ、ベンもアンジェラも、いただきましょう。」
「「はい。」」
アンジェラは、パスタをフォークに巻いて口に運びます。
「へ~、そうすれば食べやすいんだ。」
シモーヌは、アンジェラの様子を見て、目を丸くしました。
「とーさまがこうして食べていたのよ。」
アンジェラは、にこにこして話しました。
「へ~、いいお父さんだね。」
「うん、とーさまは強いよ~。」
「へえ、そうなんだ。」
アンヌマリーは、苦そうな顔をしてシモーヌを見ていますが、ティリスが目で抑えるので、ウサギにフォークを刺しました。
「お前たちは、どこを目指しているんだ?」
アンヌマリーが聞くと、アンリはにこにこして言います。
「最終目的は、クレルモン=フェランのダンジョンです。」
「ほう、かけだしが入れるようなダンジョンではないぞ。」
「ええまあ、どの程度まで通用するのか、試してみたいんですよ。」
「なるほどな、まあ、限度をわきまえて引く時は、躊躇なく引くのだ。」
「どう言うことですか?」
「引きどころを誤ると、代償は命で払うことになる。」
アンヌマリーは、静かに言いました。
二人は、顔を見合わせています。
「けして脅しではありませんよ、冒険者は引き際が肝心です。」
ティリスは、二人を見据えて言いました。
「はい。」
アンリは、真剣な顔をして答えました。
「まあ、靴ずれで動けなくなるようでは、一階層か二階層で辛抱するのだな。」
「え~、それじゃあ儲からないじゃない。」
「命と金とどっちが大事か、そこで問われることになるぞ。」
アンヌマリーは不敵に笑って見せますが、シモーヌは不機嫌そうにふくれています。
「まあまあ、それはおいおいやってみれば好いでしょう。ウサギぐらいは獲れるみたいですし。」
「お方さま、ウサギからゴブリンでは、桁が違います。」
アンヌマリーは、今回やけに喰い下がりますね。
それほど、この二人は危ういと言うことでしょうか?
「では、あなたたちはこの馬車に同行なさい。」
「「ええ?」」
「ダンジョンに入っても好いか、私が見て上げましょう。」
「そんな、シスターにそんなことが分かるのですか?」
ティリスは、笑いながら頷いて見せました。
二人は、かなり懐疑的なものを感じたのですが…
のどかな田園風景の中を進むと、川沿いに少しずつ木の生えている個所が増えてきました。
丘を回ると、前方には少し大きめの森になっています。
近隣の農家が、マキなどを取りに来るのか、きれいに下草が刈ってあって、見通しも良いようです。




