第12話 男爵の価値
読んでいただけるだけで、しあわせです。
「あいててて、なんだよ手になにか刺さってる。」
カズマは、自分の右手の甲に刺さっている破片を抜きました。
「黄色い、なんだグリフォンのくちばしの欠片か。」
「あなた、骨は大丈夫ですか?」
「ああ、なんでもない。お前に何もなくてよかった。」
カズマは、ティリスを抱き寄せました。
「あ。」
よろりとすがりつくティリスの横顔は、嬉しそうに紅潮していました。
「もうこんどこそダメかと思いました。」
「こののちは、モモも連れて行け。心配でしょうがない。」
「はい、あなた。」
モモジロウは、二人を見上げていました。
いとおしそうにアンジェラのほほを舐めています。
「お屋形さま、不調法で申し訳ありませんにゃ。」
「ミケ、お前が無事でなによりだ、アンヌマリーも。」
「はは、お役に立てず…」
「何を言う、命をかけての忠義、みごとであった。」
「ははっ!」
「ま、いいもん見してくれたしな。」
アンヌマリーは、真っ赤になって下を向きました。
「あなた、未婚の女性に!」
「へい、すみませんね~。」
ティリスの攻撃をひょいひょいとよけているカズマ。
なんだかんだ言って、仲がよろしいようで。
サン=アマンド=モン=ロンド男爵は、城門から自前の足で駆けてきました。
「聖女さま~!」
そう言えばベンは?
最初の攻撃で、石壁の破片をくらって気絶していました。
「きゅう。」
「はあはあ、聖女さま、ご無事で…やや!お主は!」
「おう、カズマ=ド=レジオだ、聖女が世話になるな。」
「ここここ!これは公爵さま!いつのまに?」
「うむ、今である。グリフォンは倒したので、みな安心せよ。」
「へ?」
カズマの指さす先には、グリフォンの死体が転がっていました。
「なんと!さすがは公爵さま!見事なお手前で。」
お追従がすぎますよ、男爵さま。
「サン=アマンド=モン=ロンド男爵、避難していた住民をはやく家に帰してやれ。」
「かしこまって候!」
男爵は、騎士を呼ぶと状況の終了を告げました。
「状況終了!後始末をせよ。」
「御意!」
騎士もあわててかけだし、騎士隊は反対側の城門に向かいました。
サン=アマンド=モン=ロンド男爵領の危機は去り、カズマのサービスで城門の修理も土魔法で行われました。
「いや~、公爵さまの土魔法はすばらしいですな~。」
「なに、たいしたことではない。男爵こそ、咄嗟の機転で住民を逃がすとは、恐れ入った手並みであるよ。」
「いやもう、夢中でござって。」
「そこが肝要。人は石垣・人は城、領民あっての領主であろう、そこのところを良く理解している。」
「ははっ。」
男爵はかしこまって緊張したようです。
「このような賢い領主を持って、サン=アマンド=モン=ロンド男爵領は安泰であるな。」
「もったいのうござる。」
「なに、本気だ。」
「恐縮です。」
「俺は、今夜世話になってもいいかな?男爵。」
「どうぞ何泊でも。」
「すまんな、アンジェラが心配でな。」
「ははあ、かわいいお嬢様で。」
カズマは、デレてます。
「かわいいんだよ~、男爵わかってるなあ。」
ベッドですやすや眠るアンジェラに、カズマの目じりは下がりっぱなしでした。
「跡継ぎさまもお生まれになったそうですね。」
「ああ、そうなんや。ありがたいことやなあ。」
カズマは、三人目の聖女との間に、長男タクマをもうけて、いまや絶好調ですね。
夕食の席で、男爵とその家族は緊張して席に着きました。
カズマは、公爵として一七〇万石の大身として、右大臣として見れば、真正面から話もできない身分です。
「そう緊張するな、男爵。」
「は、はあそうの…」
「おお、奥方とお嬢さんには、こんな席でなんだが、これをやろう。」
カズマは、皮袋から宝石のついたペンダントを取り出しました。
「へあ、ここここれは?」
「うちの領地で採れたサファイアを加工したものだ、俺が作ったからほんの手遊びで悪いが、もらってくれ。」
「なんと!」
男爵が驚くのも無理のない出来ですからねえ。
サファイアは、ちょっと小粒で、0.5カラットくらいでしょうか。
普通に買うと、金貨一~二枚(三百万円~六百万円)くらいします。
奥方も、お嬢さん(十四歳くらい)もそれを見て、恐縮しています。
「なに、ヨメの世話になる礼だ。ご長男にはこれを。」
取り出したのは、短剣。
きれいな飾りのついた、礼装用の短剣でした。
「俺の友人の作品だ、当代一の鍛冶屋と思うぞ。」
「す、すばらしいものですね。」
「そして、男爵。」
「はい。」
「おぬしには、無形ですまんが王城に参じよ。建設大臣のもとで、政務を補佐してもらいたい。」
「あ、あああああ。」
「おぬしのように、まじめな人間が少ないのでなあ、俺も苦労しているのさ。」
ティリスの旅は、かなり役に立っているようですね。
主にミケの報告が効いているのですが。
「はは!つつしんでお受けします!」
「あなた!」
「父上!」
片田舎で、不遇な生活をしていたサン=アマンド=モン=ロンド男爵は、はらはらと涙をこぼしました。
「見ているものは、見ているぞ。」
「あ、あり…あり…」
どさりと、男爵の前に皮袋が置かれました。
「支度金だ、好きに使え。」
ざっと、金貨五〇枚は入っていそうですね。
カズマは、男爵のグリフォンに対する対応と、住民避難の手腕におおいに期待したのです。
「ティリス、巡礼は続けられそうか?」
カズマは、隣に座るティリスに顔を向けました。
「大丈夫ですよ。任せてくださいな。」
ティリスは、にこにこと笑って見せた。
「アホ、無理するな。あんだけひどいことになったんやぞ。」
「いいのよ、グリフォンみたいな敵は、もう出てこないわよ。」
「そうかなあ?」
「そうよ。アマルトリウス(ピンクの幼竜、一八〇歳くらい。)でも連れて行くの?」
「やめとけ、まあ、ここからはモモジロウがいるから安心していい。」
「そうね、お役目だけはちゃんと果たすわ。」
「すまんな。」
カズマの声に、若干苦いものが混じっているようですが、ティリスは笑って見せました。
「大丈夫よ、レジオ公爵の第一夫人、ティリスさまを見くびるんじゃないわよ。」
どーん
小ぶりな胸を張ってみせました。
「くっくっくっ、さすがは俺のヨメやな。」
「はい。まかせなさい。」




