第10話 聖女は大歓迎される(2)
やっぱ、冒険活劇でしょ!
書いていて、楽しいですね。
サン=アマンド=モン=ロンド男爵領は、今までと同じように、農村地帯の合間に小さな森があって、そこにマキなどを依存しています。
集落を囲むように低い囲いがあり、それと同時に木々が取り囲むようになっています。
街道に倒れたオーガは、騎士隊長が難しい顔をしているので、ティリスが革袋に収納しました。
「なんと、容量の大きな革袋ですな。」
「ええ、黎明の魔女プルミエの謹製ですから。」
「おお!黎明の魔女さまですか!すばらしい!」
だいたい、面倒なことはプルミエの名前で乗り切れるものです。
オーガ八匹を集め、一行は領主の館があるサン=アマンドの町に向かいました。
道々、オーガの調査の様子なども聞き、なるほどと理解しました。
この先の西側にある、低い山地の山麓に、オーガが集まっていたとのこと。
アルノン川に沿って、向こう側に見える一〇〇〇メートルもない山塊です。
一番高くても八〇〇メートルそこそこ。
山と言うより、丘のようにも見えます。
さて、それでも山塊ですので、木々が生い茂り、魔物の姿を隠すには都合がよい立地です。
どんな魔物、魔獣がいるのかは見当もつきません。
ま、もっとも、いない可能性のほうが多いのですが。
日の暮れるころに、サン=アマンドの街に着けたのは幸いでした。
サン=アマンド=モン=ロンド男爵は、あいにく王都に居て不在でしたが、その弟と言う実直そうな中年男性が迎えてくれました。
ピエトロと名乗る男性は、恰幅も良く四角いお顔で、目じりに愛嬌のあるお方でした。
「これは聖女さま、道中お手数を煩わせて、申し訳ありませんでした。」
城門で出迎えてくれたピエトロは、恭しく腰を折りました。
男爵家らしく、飾りっ気のない服装ながら、ぴしりと着こなした上着に、なかなかの風格があります。
黒いキュロットに、白いソックスが映えます。
髪は、後ろでひとまとめにくくった総髪です。
晩餐など放っておいて、さっそくオーガの見聞をさせました。
なにしろ、なにがしかの特徴を見定めて、騎士たちの取り逃がしたものか確認しなければなりません。
「どうですか?騎士殿。」
「はい、ここに一本角の折れたものがいます、間違いはないでしょう。」
「そうですか、では、この街の脅威は除かれたと見て、間違いはございませんね。」
ピエトロも、ティリスの言葉に、ほっとした表情を見せました。
「よかった、聖女どの、これでゆっくり休んでいただけますね。」
「はい、ありがとうございます。民の安寧のためには、なによりでした。」
「はは、では、こちらにどうぞ。」
城では、ピエトロの夫人も出てきて、歓迎してくれました。
「兄がいない間は、私が城代としてこの領地を守っているのです。」
ピエトロは、まじめそうにそう言いました。
「さようでございますか、なにかと気苦労の多いことでございますね。」
「左様でございます。しかし、ここ何年も魔物が出てきたことなどなかったのですが。」
「なるほど、災難でございましたね。」
「まったくです。」
サン=アマンド家としては、ブルージュ家に対して、オーガの討伐報酬を出さなければなりません。
お隣同士とはいえ、そう言う算盤はきっちりなさらないと、侮られますからね。
そう言った支出も、バカにはできないのです。
「明日は教会に、参拝に参りますわ。」
「よろしくお願いもうしあげる。」
その夜は、何事もなく過ぎてゆきました。
翌早朝、冒険者ギルドに飛び込んできた男がありました。
「た、たいへんだ、ギルドマスターはいるか。」
早朝のこともあり、ギルドには受付の女性が数名出てきたところでした。
「み、みず…」
「はい、新鮮なミミズです!」
「あ~このニョロニョロぐあいが…ってちがう~!水だ。」
「はい、お水です。」
「はああ~、マスターはまだ出てこないのか?」
「もうじきいらっしゃいますが…あ、来ました。」
「どうした?なんだ、ガスじゃねえか。」
「ああ、マスター大変だ。ここじゃなんだ…」
「わかった、こっちへ来い。」
ギルドマスターは、二階の部屋に案内しました。
「なんだと!」
一階の事務所まで響くような大声が、ギルドの建物を揺らしました。
「だから、グリフォンだ。」
「どこで!」
「東の山の森の中だ、崖下の洞窟のところにいた。」
「よく見つからなかったな。」
「野郎、お食事中だったんだよ、でかいオークを仕留めて、食ってた。こちとら風下だったからな、運が良かった。」
「風下…ほんとうだな、しかし困ったな。」
「どうしたい?」
「いま、ここにはA級冒険者がふた組と、B級冒険者がお前を混ぜて十組しかいないんだよ。」
「げえ!早くしないと、この街が襲われちまうぜ。」
「騎士団にも知らせて、防衛体制を取るか。」
「なんでもいい、俺たちゃオークなんかより、食われやすいんだぜ。」
ガス(B級冒険者)の言うとおり、毛の少ない人間は魔物にとっては食べやすい生き物なんですね。
しかも、人間はまとまって巣を作っているし。
ちょうどいい狩り場が、近くにあるようなものです。
「さて、困ったぞ、とりあえず領主さまに連絡だ。」
ガスは、所在無げにその辺に立っています。
「ガス、お前も来るんだ!」
「へ、へい!」
B級冒険者ともなれば、それなりに実力者なんですが、まるで下っ端のような返事に、マスターは顔をしかめました。
「しっかりしろい!で?グリフォンは一匹だけだったのか?」
「いや、そこまではわからねえ、なにしろオークを食ってたのは一匹だったが。」
「そうか、まあしょうがねえ、ハンナ今日の業務は終了だ!C級以上の冒険者は全員ここに集めろ。」
「ははい、わかりました!」
冒険者ギルドは、緊急事態に備えて、余計な反問はありません。
ハンナは、あわてて業務カウンターの扉を閉めて、連絡体制を取り始めました。
ピエトロ=モン=ロンドは、のんきにマスターを迎えました。
「はあ?グリフォンだと?そんなものいるわけがないだろう?」
「いえ、あっしがはっきりとこの目で見ましたんで。」
「ああ、キキタクナイキキタクナイ!」
耳を押さえて首を振るピエトロ。
おちゃめやってる場合じゃないですよ。
「なにやってるんですか、ピエトロさま!領地だけでなく、国の危機ですぞ!」
「…ぐう、しょうがない。いま集められる高位の冒険者は?」
「は、A級冒険者がふた組、B級冒険者が十組です。」
「足りんな…騎士団が三〇〇名、これだけでグリフォンに対抗できるのか…?」
「ううむ…」
ギルドマスターも思案投げ首。
「とにかく、王都に向けて第一報を送るのだ、冒険者五名を出してくれ。」
「お、おお、そうでした。ここから王都までは二〇〇キロ足らず、応援は間に合いましょうか。」
ギルドマスターは不安げにピエトロを見ました。
「さて、住民を避難させるにも、彼奴<グリフォン>には羽がある。逃げ場所はないな。」
「建物もあまり役には立たんし。」
「つまりは、撃退または討伐しか手はないわけだ。」
ピエトロの声に、一同酢を飲んだような顔になりました。
「グリフォンは一頭だけなんだな。」
ピエトロがマスターに確認すると、マスターもうなずいて言いました。
「は、目撃情報が一件だけなので、断言はできませんが。」
「まあしょうがない、まずは城壁の上にバリスタを展開、弓隊を配置。魔法使いと投石機はその後ろだ。」
「は。」
「騎士・剣士は城門の前に整列。」
「は、馬防柵などはどうします?」
「走ってくるわけではなかろう?」
「しかし、騎士たちの防備にはなります。」
「よかろう、木を切って馬防柵を作れ。」
「はっ。」
騎士団長とギルドマスターの指示により、城門の前には馬防柵が展開され、街道筋からの侵入に備えました。
「気休めでしかないがな。」
ピエトロは、城壁から見つめて、ぼそりとつぶやきました。
「それでも、できる限りはやりませんとな。」
「そうだな、伝説の勇者がいるわけではないからな。」
「現実は厳しいですな。」
「そうだ、聖女さまに避難していただこう。」
ピエトロは城壁から降りて、領主館を目指しました。
「避難でございますか?」
「さようでございます、なにしろグリフォンでございます、聖女さまご一行に何かあっては…」
「ご心配、痛み入ります。」
「は、では、さっそくご出立を。」
「いえ、可能であれば私も、防衛に参加します。」
「にゃっ!お方さま、それは無茶ですにゃ!」
「まこと、お方さま、それはあぶのうございます!」
「なにを悠長な、いいですか、このままグリフォンを野放しにすれば、やがて王都にも進攻するのですよ。」
そこで言葉を切って皆を見まわします。
「ましてや、この領地にも、赤子もいれば子供もいるのです、見捨てることなどできましょうか!」
ティリスは、そう言い放って仁王立ち。
「装着!」
かきんかきん!
いずこからか現れたメタルブルーの鎧は、ティリスの全身を覆っていきます。
「かあさま、かっこいい!」
「アンジェラは、ベンとこの館にいるのですよ。」
「あい。」
「ミケ、二人のことは任せます。私になにかあれば、すぐに王都に向けて脱出なさい。」
「お方さま!」
「アンヌマリー、どうします?ここで二人を守りますか?城壁で撃退しますか?」
聖女ティリスは、目から火を噴きそうに闘志を燃やしています。
「はは!私も陣営の隅にお加えください!」
「よろしい、ついて参れ。」
「はは!」
ピエトロは、そのやり取りにあっけにとられていましたが、慌てて後を追います。
鎧が、がしょがしょと音をたてました。
ティリスの鎧は、しゃらりとも音がしません。
「これがドラゴンの聖鎧…」
白いマントをたなびかせて、石の廊下を進むティリス。
玄関に立つと、杖を振りあげました。
杖の先からは、強力なライトの魔法が上がりました。
「サン=アマンド=モン=ロンド男爵領の強力な騎士たちよ、聖女ティリスと供に困難に向かう気概はありや!」
「「「おう!おう!おう!」」」
「ならば、この領地の女子供を守るため、その命かけるか!」
「「「おおおおお~!」」」」
「よろしい、作戦はピエトロ殿より指示がある、速くとりかかるがよい!」
「「「「おおおおお!」」」」
ティリスの激を受けて、騎士たちは奮い立った。
相手、おそろしいグリフォンであり、命の保証はありません。
せめて、聖女なりにすがらなければ、己を鼓舞することも難しい状態でしたから。
「レジオの蒼き聖女さまのおっしゃる通り、この地の騎士は勇猛果敢!すぐさま、城門を閉めその前面に展開せよ!」
ざざっと足音がして、全身を金属鎧に覆った騎士たちが、馬上槍をかついで城門を目指しました。
「「「がんばれー!」」」
「「「たのむぞー!」」」
街の人々から声がかけられました。
このなかの何人が生き残るか…
ティリスは、暗澹たる気分でありました。
「サン=アマンド=モン=ロンド男爵領の住民は、反対側の城門へ避難!」
聖女の声に、住民たちは避難を開始しました。
せめて、グリフォンが来たときに、巻き添えで死なないように願うだけです。
城門に到着すると、ふわりと浮きあがり、ティリスは城壁の上に立ちました。
「へあ!」
城壁にいた兵士は、急に現れた蒼い鎧にびっくりしました。
「すみません、おどろきましたか。」
面を持ち上げて、ティリスが笑ってみせると、兵士は赤くなって下を向きました。
「魔術師諸兄は、バリスタ発射時に風の魔法で加速をかけてください。できますか?」
「い、いえ、やったことがありません。」
「まあ、それは困りましたね。」
「聖女さまは、どのようになさいますか?」
「そうですね…」
ティリスは、傍らにあった矢を一本持ち上げました。
その矢を、軽く紙飛行機のように投げると、矢は勢いをつけて森に向かって飛んで行きました。
「こんな感じですけど。」
「む、無詠唱で、そんな技使えません!」
「え?そうなのですか?」
「ははい!まさか無詠唱で、そのように無造作に付与魔法を行うとは!さすが聖女さまです。」
「あ~、そうですか、わかりました。そのことはあきらめましょう。」
「面目ありません。」
筆頭魔術師どのは、目を伏せて震えています。
自分の中で、葛藤しているのでしょう。
「サーチ。」
ティリスは、探査魔法を展開し、グリフォンの居場所を探りました。
「おかしいわね、見つからない?」
「「「「「上だ~!!!!」」」」」
地面を操作しても見つからないわけです、グリフォンは空を飛んでいました。
失敗でしたね。
「うえ?」
ティリスが見上げると、グリフォンは悠然と翼を広げて空を滑るように飛んでいます。
「バリスタ、弓隊、魔法部隊、てー!」
指揮官の声があせってひっくり返っています。
無数の矢が、杭が、ファイヤーボールが、グリフォンめがけて飛んでいきます。
が、グリフォンに当たっても、まるで意に介さないようにはじかれています。
「く!第二射てー!」
もう一度、打ちだされて行きましたが、同じようにはじかれてしまいました。
「なんて硬いのよ。」
ティリスは、練りに練ったランドランサーを成層圏に向けて打ちだしました。
間髪をいれず、空の彼方からソニックブームを引っ張って、ランドランサーが落ちてきました。
いいいいいいいいいんんんんんんんんんんんんんん!
がいん!
グリフォンの獅子の体躯に当たりましたが、その姿勢を軽く崩すだけで、刺さりはしませんでした。
「そんな、お方さまのランサーが、刺さらない!」
「そう言うこともあるでしょう。」
『ほう、面白いな、ドラゴンの鎧を着るものがいるではないか。』
あっという間に、城壁の前にグリフォンがいました。
鳥の首、獅子の体、蛇のしっぽ。
高さは五メートル
長さは一〇メートル
幅は三メートルもあろうかという化け物です。
「青龍メルミリアスの聖凱です。」
ティリスも目の前に化け物がいて、ちびりそう。
『なるほどな、あのばあさまが。』
「どうなさいますか?」
『なに、ちょっと歯ごたえがあるが、食えないわけでもなかろう?』
「ひ!」
『おお!なんだこの魔力は、すばらしい魔力の持ち主がいるな、まずはそいつを食らうとしよう。』
グリフォンは、領主館に顔を向けています。
「あ、アンジェラ!」
ティリスは、剣を抜くとグリフォンにたたきつけていました。
『なに?』
グリフォンは、前足の蹴爪で受けましたが、それは中ほどまで剣に食い込まれ、なかば切り取られそうになっています。
『ふむ、なかなかの業物、しかし遣い手が悪いな。』
剣は、あっさりひねり返され、ティリスの手から離れてしまいました。
「あ!」
カラン
『あとで食ってくれるほどに、そこで待つがいい。』
ばさりと、大きな羽をふるうとふわりと浮きあがりました。
「アンジェラ!」
ティリスは、思わず短距離転移で領主館の前に立ちました。
「はあはあ、なんとまあ私にも短距離転移が使えるとは。」
母は強し。
『なんだ、ここまで跳んだのか。やるな。』
「アンジェラに手は出させません。」
剣を前に突き出して、中段にかまえます。
『よせよせ、そのようなものでは、私は切れぬ。』
「さっきは切れたじゃないですか!」
『爪はな、体には刺さらんぞ。』
「やってみなければ!」
ティリスが走る!
『うお!』
メルミリアスの剣は、ぐさりとグリフォンの胸に刺さりました。
「ほら、刺さるじゃない!」
『ふはははははは!なかなかやるな!しかし、効かぬわ!』
剣は、吐き出すように、グリフォンの体から出てきました。
「ああ!」
『引かぬ、媚びぬ、顧みぬ!』
セリフがちゃうでしょ!
『ふははははは、次はどうする。』
「うう!」
『じゃまだ。』
グリフォンの前足が、横からなぎ払われました。
「ぐふ!」
ドラゴンの聖凱が守っていなければ、ミンチになったであろう一撃に、ティリスは一〇メートルも吹っ飛ばされました。
『ふははははは、弱い、弱いぞ!』
ティリスは、口から盛大に血を吐き出しながら、肘をついて立ち上がろうとしていますが、力が入りません。
「ま、まだ!」
ぼひゅ!
魔力を練った、高温のファイヤーボールが打ちだされます。
『ふん!』
前足でそれをはらったグリフォンは、悲鳴をあげました。
『ぎゃ!なんだこれは!熱い!』
ティリスの放ったのは、カズマの得意技、高温の粘着ファイヤーボールです。
高温の塊が、ゼリーのように貼りついて、対象を焼き尽くします。
『ぐはあ!』
グリフォンの前足は、骨まで黒こげになって、手首から先がなくなりました。
『やるではないか、まずはお主から食おうかのう。』
「だれがあんたなんかに。」
よろりと立ち上がったティリスに、焦げた手の一撃が襲います。
「ぐあ!」
吹き飛ばされたティリスは、壁に激突し、ずるずると壁に沿ってずり落ちます。
「ぐふ!」
口から血を吐くと同時に、耳からも血が流れます。
ヤバい…
ティリスの口が、聖女らしくない言葉を紡ぎますが、誰にも聞こえません。
「お方さま!」
ミケが叫びます。
「に、逃げて…」
それだけ言うのが精いっぱい、がくりと首が垂れました。
「かあさまー!」
アンジェラが、真っ赤な顔をして叫びます。
『ほう、そこか。』
グリフォンが、その硬いくちばしの端で、笑ったように見えました。
さあ、アンジェラちゃんは、大ピンチ!
どうする?
どうなる?
さあ、どうするんだ~(笑)




