第1話 聖女失格?
なんか、サイドストーリー考えていたんですが、イマイチティリスの気持ちがわからない。
そこで、少し旅を通してティリスが、なにを考えているのか、掘り下げてみたいです。
イシュタール王国で三年前に起こった、『レジオの暴走』と呼ばれる事件は、ブルードラゴンの襲来による魔物の避難行動でした。
その、暴走ルートの真正面に合ったのがレジオの町。
人口が八〇〇〇人程度の、小さな町です。
私は、そこのオシリス女神を祀った教会の、修道女見習いをしていました。
聖堂のお掃除が私の日課で、その日は奥の方の棚を掃除していて、荷物が崩れて物置に閉じ込められていました。
どうやって出ようかと思案していたのですが、いい案も浮かばず。
そのうち先輩修道女が気がついてくれるだろうと、安易に考えて眠ってしまったのです。
私が眠っているうちに、レジオの町には魔物が一万匹も押し寄せて、東門が破られ街の中に魔物があふれかえったそうです。
私はその間も、呑気に寝ていたんですけど。
はっきり言って、いい感じに暗い部屋の中は妙に居心地が良くて、ほぼ一昼夜眠っていたようです。
マゼランの街から様子を見に来たカズマと言う、変な名前の人がやってきて、物置の扉を開けてくれるまで何も知りませんでした。
おなかがすいたので、ポケットに隠してあったクッキーをかじっていた時に、不意に物音がしてきました。
誰かの話し声も聞こえます。
私は、扉をカリカリひっかいて、扉を開けようとしました。
「だれかいるのか!」
『い、います、扉が開きません。』
中から答えました。
「なんだ、人間じゃないか。」
『はい、教会のシスターです、どうかここを開けてください。』
本当は、見習いですけど。
その人は、隙間に指をかけて、思い切り引っ張りました。
『うきゃー!』
扉にへっついて、私は転がり出ました。
ころころころ…と、転がって壁に向かいます。
お約束通り、行きついた先でお尻丸出しです。
黒い法衣の下は、膝上のドロワーズで、お尻丸出しと言うのは強烈に恥ずかしかったりします。
「なにやってんだ?」
その人の声に私は、わちゃわちゃとあわてて、向き直りました。
「すみません、出していただいてありがとうございます、この教会のシスターでティリスと申します。」
「そのティリスさんが、どうして祭壇の後ろに詰め込まれていたんだ?」
その後、事情を話して、外に出たときの驚きは、今も忘れません。
にぎやかだった通りも、子供たちが遊んだ広場も、みな崩れてあたり一面廃墟となっています。
どこもかしこも瓦礫だらけ。
なんとか食べ物を工面していただいて、ようやく落ち着いたのでした。
カズマと結ばれたのは、その晩のことでした。
吊り橋効果と言いますか、もの凄く不安でさみしくて、ついカズマにくっついてしまったのですが、彼はそれを誤解したようです。
私も、司祭さまが逃げてしまったり、お金を貯め込んでいたりして、なんだかどうでもよくなってしまって…
まあ、いたしてしまったわけですが。
その後、ドラゴンの問題を解決したところ、ドラゴンは私とカズマに聖鎧を献呈してくれたのです。
おかげで聖女扱いですよ。
私が聖女と呼ばれてすでに三年。
すでに二十歳を越えてしまいました。
(ほんとうのトシはナイショ。)
聖女とは名ばかりで、せいぜいが治癒魔法が得意な女と言う程度だと思います。
だいたい、子持ちの聖女ってどうよ?
ダンナは、好き勝手やってる冒険者だったんだけど、あれよあれよと言う間に男爵さまになってしまって、領地持ちの貴族ですよ。
それが、王弟殿下(とは言え四〇代のおっさんですが。)とケンカして、戦争になって。
ついには領地がえ。
と言う、体のいい左遷。
森と草原しかないような、辺境の土地に領地を与えられて、家族で旅に出る始末。
ええ、いいんですよ。
ダンナと決めた人ですから、ついて行きますわよ。
嫌いな人の子供なんか産む訳ないじゃないですか。
流れが速すぎて、あんまり甘い時間なんてなかったのよね。
それが不満。
男爵夫人なんて、ガラじゃないのもわかってます。
いまや、右府様夫人ですが。
乳飲み子を抱えての、長い旅。
実に一年がかりで、領地に移動すると言う大遠征。
ここイシュタール王国でも、超難所と言われるダイアナ峡谷を越えての大遠征です。
峡谷なんて大ウソです。
谷の深さは浅くても五〇メートル。
深いところは二〇〇メートルの切り立った崖。
距離にして五〇キロは狭い方。
一番広くて二五〇キロは優にあります。
その中は、進化から置き去られたような、巨大な生き物がうろうろしていて、長い毛の生えた、牙が三メートルもあるゾウとか。
(それ、マンモスね。)
全長一五メートルもある地竜とか。(ティラノサウルスらしいです。)
全長五メートルもあるジャイアントセンチピード(オオムカデ)とか。
とにかく、危険が危ない場所です。
行く先々で、教会を建てて、家を建てて小さな村を作りながらの旅。
あとで、その道は巡礼街道と呼ばれるようになるんですが。
私と、もう一人の聖女アリスティアは、その教会を祝福し、周りの人々を祝福しながら進みました。
ええ、なぜかキャラバンは、日を追うごとに人数が増え、目的地に着くころには三〇〇人ほどに膨れ上がっていたのです。
その間に、三人目の聖女が現れて、その人もダンナの子供を産むし。
なんなのあの男は!
連れているのは聖女じゃなくて、性女じゃないの!
げふんげふん
まあいいわ。(いいのかよ!)
私たちが旅をしている間に、王都ではクーデターがあって、王弟が国王を追放すると言う政変がおこりました。
こりゃ大変と、お屋形さまは国王一家を救出に向かいます。
無事、国王陛下をお連れしたところ、国譲りの儀とか言いだして、お屋形さまに国を委ねると言い出す始末。
これにはお屋形さまも、くちあんぐりですよ。
どちらにせよ、クーデターの首謀者、王弟殿下はゲルマニア帝国にだまされて、領地も蹂躙されて、国を取られそうになっていました。
そこで、お屋形さまがやってきて、ゲルマニアを蹴散らし、国を守ったと言うわけです。
おかげで、お屋形さまは今や飛ぶ鳥を落とす勢いの、内府さま。
今は、王女アンリエットさま(十二)をたてまつり、国政を建てなおそうと必死になっています。
こう言うときは、聖女アリスティアが大変役に立ちます。
落ちぶれたとはいえ、貴族の子女であるアリスティアは、貴族社会のありようを知っているので、その対応がうまいのです。
教会でお掃除ばかりしていた私とはちがいます。
アリスティアは、立派にお屋形さまの支えとなって見せました。
お屋形さまに対する愛情って、どこにあるんでしょうね?
あの日、魔物一万匹に蹂躙されたレジオの町で、一人生き残った夜。
心細くて、悲しくて、カズマのそばで一人泣いていた私。
カズマの温かい手にすがりついてしまったのは、なんだったのか。
ちょっと複雑な気持ちになってしまいました。
子供までなしたと言うのに、いまいちついて行けない感情。
私って、流されやすいんでしょうか?
ちょっと思うところがあって、古代の遺跡へお参りに行こうと言うのが、今回の旅立ちの理由です。
王都の南に三〇〇キロほどの場所に、むかしから信仰を集めている古い遺跡があります。
およそ五〇〇年の前、この地に聖女ジェシカが降臨し、人々に祝福を与えたと言う伝説の場所です。
白いローブに身を包み、わが子アンジェラの手を引き、王都の城門を出たのは三日前。
お供は、トラの部下でシノビと呼ばれるネコ獣人の、ミケ。
我が家のメイドの黒ワンピースに白エプロンの制服です。
それから、女性騎士のアンヌマリー。
革の鎧を身につけて、冒険者のような出で立ちです。
こんな小パーティでの巡礼旅です。
パリカールと言う名前の、年老いたロバが引く小さな幌馬車。
お屋形さまは、由緒正しいロバの名前だと言いますが、変な名前です。
パリカールは、大遠征でも黙々と私たちを運んでくれました。
意外と力もある、頼りになる存在です。
お屋形さまが、街道整備に公共事業を導入したため、王都からの主要な街道は徐々にりっぱな石畳で舗装されています。
国の事業を興すことで、街道沿いの人々が賃金を得て、国が潤うのだそうです。
私には、よくわかりません。
「奥方さま、前方に人ですにゃ。」
ミケの声に、私は顔をあげました。
どうやら、うとうとと、舟を漕いでいたようです。
「どこですか?」
「あそこです、ほら倒れていますにゃ。」
「まあ、どうしたのでしょう。ミケ、すぐに側に。」
「はいにゃ。」
ロバの手綱を持っているミケは、そのそばに車を寄せました。
「まて、ミケどの。私が先に様子を見てくる。」
騎士のアンヌマリーは、鹿爪らしい顔をして、馬車を降りました。
よく見ると、道の端にうつぶせて倒れているようです。
「子供のようです。」
見ればわかりますよ。
「生きていますか?」
「かろうじて息はしています。」
「そう、では私が診ましょう。」
私は、馬車を降りて、子供に向かいました。
ああ、足にけがをしているようですね。
「足に怪我をしていますよ。」
「そうですね。気をつけてください。」
アンヌマリーは、剣の鞘で軽くつついてみましたが、動く気配はありません。
「もう、なにをしているの、状態はかなり悪いですよ。ヒール・ヒール・ヒール。」
ヒールの重ねがけで、少し荒かった息はおとなしくなりました。
足のけがも治り、出血は止まりました。
「さすが奥方さま、無詠唱のヒールですか。」
「感心するところそこ?」
よく見ると、頭に犬耳があります。
「犬獣人ですか。」
ひっくり返して、顔をふくとどうやら男の子のようですが、いがいと整った美しい顔をしています。
「は!ここは?」
「もうだいじょうぶですよ。」
「わわわ!なんだおまえ!」
ざざっと下がって、威嚇のポーズをとる男の子。
「きさま!せっかく治療して下さった聖女さまに、その態度はないだろう。」
「せ、聖女さま?」
男の子は、ぽかんとした顔をして、その場に座り込みました。
「そうだ、この国一番の聖女ティリスさまである!頭が高い!」
「へへ~!」
「なにやってるのよ、今は、ただの巡礼者でしょう?いいのよ君、のど乾いてない?お水飲む?」
私が差し出したコップに、かじりつくように手を出した男の子は、がふがふと水を飲みほしました。
「あ、ありがとう。」
「いいのよ。ミケ、ここでお昼にしましょう。」
「はいにゃ、奥方さま。」
ミケは、ストレージから敷物を出して、木陰に広げました。
「ここにお座りなさい、あなたの名前は?」
「お、俺は…」
「おれは?」
「だれだ?」
「きさま、なめてるのか!」
アンヌマリーは、男の子に詰め寄ります。
「いや、本当にだれなんだ?どこのだれかわからない。」
「怪我に寄る、一時的な混乱でしょうかね?じゃあ、ベンと呼びましょう。」
「は、はい。」
「おかあさま、その子は大丈夫?」
「ええ、もう大丈夫よ、怪我も治したわ。」
「よかった、リンゴのジュース飲む?」
アンジェラは、木のコップに注いだジュースを差し出しました。
薄いコハク色の飲み物は、すぐにベンのおなかに消えて行きました。
「あはは、おいしかったでしょ?」
「うん。」
「お父様が、いっぱい作ってくださったのよ。」
「そうなんだ。」
「私はアンジェラよ。」
「べ、ベンと呼んでください。」
「そう、お母様にしては好い名前を下さったわ。よろしくね、ベン。」
三歳にして、この口調はどうかと思うわ。
ほとんどアリスティアの受け売り。
娘の方がよっぽど聖女らしいわ。
お昼のサンドイッチは、ベンにも好評でしたので、たくさん食べさせてしまいました。
ベンは、かなりおなかが空いていたらしくて、どうしてこんなところで倒れていたのか。
私は、ベンを次の村まで連れて行くことにしました。
「来る時にはいなくなった子供の噂などありませんでしたから、次の村で聞いてみましょう。」
「はい、奥方さま。」
王都から南に向かう街道は、広く明るく、森までの距離もかなりあって、魔物の影もありません。
また、この辺はウサギも少ないのか、農地が遠くまで広がっていて、麦や様々な作物も見えます。
野生のレッドブルを飼いならして、畑で鋤を引かせる方法も確立しているようです。
「のどかですにゃ。」
「そうね、農夫たちは安全に作業しているわ。」
「そのようですにゃ。」
ミケは、器用に手綱を操作して、ぽくぽくと街道を進みます。
たまに農夫が畑からやってきて、話しかけて来ます。
聖女だとわかると、祝福を求める者もいます。
そういう時は、すぐに祝福を授けるようにしています。
「村で、一気にやったほうが早くすむと思いますにゃ。」
「それはそうですけど、みなさんの気持ちを考えるとね。」
「奥方さまはお優しいですにゃ。」
私は、不器用なので、いちいち対応してしまうのです。
それが、教会でも要領が悪いと言われてきた所以ですかね?
「いいのよ、あとでまとめてやっても、今やっても祝福はうれしいことでしょう?」
「は、さようでございます!」
アンヌマリーは、気まじめに返事してきます。
この子も、もう少し砕けてくれればいいのですけど。
なにしろ、根がまじめで、曲がったことが嫌いなので、仲間内からも煙たがられて、持て余されていたのです。
ですから、今度の巡礼旅に連れて行くことにしました。
まあ、この旅の間に、少し成長してくれないかな?
田園風景の中を進み、木に囲まれた村が見えて来ました。
農地がずっと続いているので、森からかなり離れています。
おかげで、魔物の侵攻がなくて、かんたんな柵でも平気なんですね。
「ぎぎぎ~!」
「あら、ウサギだわ。」
「は!わたくしが!」
「あら、いいわよ。このくらい。」
私は、無詠唱のマジックアローを飛ばして、ウサギを仕留めました。
「さすが、奥方さまです!すばらしい魔法です。」
「たいしたことないわよ、このくらい。ウチの子たちなら、みんなができるもの。」
「みんな…でありますか?」
「ええ、みんなよ。ウチの孤児たちは私とアリスで鍛えているもの、魔法の腕も上がっているわ。」
「はあ~、それはうらやましいですね。」
「そう?」
「ええ、魔力があっても、根本的に教えてもらえないと、魔法と言うものはうまく使えないものです。」
「そうかしらね~?旅の間に、いろいろやってきたから、きっと成長したのね。旅は大事よ。」
「だいじですか?」
「ええ、平素は気がつかないことも、旅の空だとよくわかることもあるわ。」
「なるほど、聖女さまの言葉には、含蓄があります。」
「褒めすぎよ。」
「そんなことはないです。聖女さまの護衛に選んでいただいて、これ以上の誉れはありません。」
「そう?まあ、気楽に行きましょう。」
私は、ウサギを革袋に収納して、腰のベルトに差しました。
これは、私の旦那様が作ってくださった、魔法の革袋で、中の空間が広げてあります。
実際には、倉庫三棟分は入ります。
ざっとですが。
お屋形さまの師匠のルイラさんは空間魔法の使い手で、お屋形さまの膨大な魔力を使って収納魔法を使うように指導してくださいました。
ですから、空間魔法の様々な使い方を知っています。
まあ、私がそれを知っていても、使えるとは言えないんですよね。
これは、イメージができるかどうかなのですが。
もう一人の聖女、アリスティアはこの空間魔法を、少しだけ使えるようになりました。
う~ん、空間ってなんなんでしょうね?
ナゾです。
「あ、ほら、もう一匹来ましたよ。」
前方から、白茶のブチの角ウサギが駆けてくるのが見えます。
「あれは、アンヌマリーに任せましょう、できますか?」
「もちろんであります!」
アンヌマリーは、馬車から下りてすらりと剣を抜きました。
この剣は、チグリスと言う鍛冶屋の上手<じょうず>が作ってくれました。
お屋形さまが、忘れ病で倒れていた時に助けてくれた、お屋形さまの恩人で親友でもあります。
細く、鋭く、美しい波紋の通った、鍛造の剣です。
つまり、新技術を使ってあります。
お屋形さまの知識は、鍛冶屋のありかたすら変えてしまいました。
すごいですね。
「ぎゃぎゃ!」
「ふん!」
もの凄い切れ味の細剣は、角ウサギの真正面から頭を真っ二つに切り裂きました。
「さすがですね、よい腕です。」
「おほめにあずかり、光栄であります。」
「そこまで固くならなくてもいいにゃ。」
「いや、お方さまは本来なら、こんな護衛ひとりでなど旅するお方ではありません。」
「いいのよ、まじめに旅路に出たら、総勢五〇〇人とかの行列になってしまうもの。」
「はは。」
アンヌマリーは、革袋を出してウサギを収納しました。
今回の旅に出るときに、荷馬車二台分の革袋を、お屋形さまにお願いして作っていただきました。
アンヌマリーに持たせるためです。
旅も三日目ともなれば、革袋の使い方も落ち着いてきました。
「最初は、びくびくしながら使っていたのにね。」
「それはそうです。お方さまは平気かもしれませんが、これ一つで金貨三〇〇枚はするものですよ。」
「道具など、使ってナンボです。飾っておくなら、もっと可愛いものにします。」
「お方さま。」
アンヌマリーは、ちょっと非難するような涙目です。
「小さな革袋など、床の間の飾りにもなりませんよ。」
私が言うと、アンヌマリーは困った顔になりました。
「いいのよ、アンヌマリー。さ、出ましょう。」
「はい。」
「はいにゃ。」
ミケは、マイペースですね。
「お姉さん強いねー。」
ベンは、馬車の荷台でアンジェラと座っていました。
「うん、アンヌマリーは、騎士団の中でも強い方なんだ。」
「へえ~、女の人なのに偉いね。」
「うふふ、偉いね~。」
アンジェラの周りには、緑、黄色、白、蒼、赤などの精霊がまとわりついています。
「お母さま、前の方に木が倒れているって。」
精霊は、周りの様子を知らせてくらました。
「あら、どうしたのかしら?」
「ミケ!馬車止めて!」
ダンは、急に大声を出しました。
「どうしたにゃダン、おしっこなら…む!いますにゃ!」
「なに?」
アンヌマリーは、前方を凝視しました。
一〇〇メートルほど向こうの、街道の真ん中に三〇センチほどの丸太が転がっています。
「そこにゃ!」
ミケは、長さ二〇センチほどの細い鉄の棒を、投げつけると、前方の木の枝から一人の男がぼとりと落ちて来ました。
ぐしゃりと、頭から落ちたようです。
「む!見張りか!」
アンヌマリーは、油断なく剣を抜いてあたりを警戒しました。
「あ~あ、やられっちまいやがった。」
丸太の周りには、一〇人ほどの汚れた服を着た男たちが居ました。
どうやら街道脇の茂みに隠れていたようです。
「なにもの!」
「いや、何者って、この格好見てわからないか?」
「ええっと、浮浪者のみなさん?お風呂に入ったことがないようですし。」
「そうなんすよ~、わかります~?って、ちゃうわ!」
「こんなことするのは、盗賊しかないにゃ。」
「おう、ネコ獣人のねーちゃん、大当たり。盗賊だ。」
「あらまあ、盗賊さんですか。初めて見ました。」
「何事も、はじめが肝心だ。そう言う訳で、あんたらは運がいい。」
「どのように?」
「俺たちは、優しい盗賊だ、死ぬほどの目には会わせねえよ。」
私は、つい吹いてしまいましたが、アンヌマリーは激昂して叫びました。
「お前ら!そこになおれ!ぶった切ってやる!」
「おいおい、いきなりだな。身ぐるみ脱いで置いて行けば、手出しはしねえよ。」
「言うな!盗賊風情が!」
「盗賊風情とはご挨拶だな、じゃあ、話はおしまいだな。フルコースで行くけどいいな。」
「フルコースってなんですか?」
「さんざん楽しんだ後、奴隷にたたき売る。」
「おやまあ、それは困りましたね。」
「もう遅い、そのねーちゃんは話し合いの機会を捨てた。」
「なにおう!」
「やれ!」
「にゃにゃ!」
ミケが素早く両手を振ります。
一歩前に出た盗賊たちの内、二人の首に鉄の針が生えて、その場で崩れました。
「おう!」
アンヌマリーは、一歩踏み出します。
もう一人の盗賊の首が飛びます。
「まじっくあろー!」
私は、盗賊たちの足元に向けて、数十本のマジックアローを打ち出しました。
盗賊の残りは、みんな足を撃ち抜かれてその場で転倒しました。
あ~、地面が血だらけで、真っ赤になっちゃいました。
魔物が寄ってこないかな~?
「あ~、数が多すぎたでしょうか?」
盗賊の足は、すべてずたずたで、骨が露出しているようです。
「ぎゃー!」
今頃になって、みな悲鳴を上げました。
全員の両足がずたずたで、とても立てたものではありません。
血の海の中で、のたうちまわっております。
「うおおー!足が、あしが~!」
「盗賊なんて、割が合わないお商売でしょう?」
私が、盗賊の頭に声をかけた時に、馬車の後ろで声が上がりました。
「うぎゃー!」
見ると、むさくるしい盗賊が、アンジェラに手を出そうとして、火の精霊にまとわりつかれてしまったようです。
あ~あ、ご愁傷さま。
アンジェラは、ベンが抱きしめて、顔を上げないようにしています。
盗賊は、頭をかきむしりますが、そんなことで精霊が離れるはずがありません。
「およしなさい、戻って!」
私の声に、火の精霊はアンジェラの横に戻りました。
盗賊は、頭が真っ黒に炭化して、崩れ落ちました。
見なくてよかったわね、アンジェラ。
「精霊さん、よく、アンジェラを守ってくれましたね、ありがとう。」
精霊は、うれしそうにぴかぴかと明滅しました。
「そう、またなにかあったらよろしくね。」
ぴっか~。
「さて、ヒール。」
足を持ってのたうちまわっていた盗賊は、ぴたりと止まりました。
はみ出した骨も、元に戻ります。
まあ、居たくない程度に治しました。
「どうですか?お話しできます?」
「あ…あんた…」
盗賊の親分は、馬車の上の私を見上げました。
「はい?」
「あんたは…」
「頭が高いわ!このかたをどなたと心得る!もったいなくも、オシリス女神の第一聖女・ティリスさまである!みなのもの、控えおろう!」
「「「へへ~!」」」
アンヌマリーは、剣をささげつつ大声で言い放ちました。
「あ~あ、こんなところでそんなこと言わなくてもいいのに。」
「しかしですね!盗賊風情に直答などと。」
「だから貴女は固いと言われるの。そういうことはいいから。」
「はい…」
アンヌマリーは、うなだれて上目で私を見ました。
「盗賊さん、あなたたちはこの場で切り捨てても、だれも文句を言いません。」
「へい…」
「しかしですね、当局に差し出せば、死ぬわけではなく奴隷労働になります。」
「…」
「どちらを選びますか?」
「はい?」
「生きたいですか?ならば、奴隷になりなさい。」
「せ、聖女さま!」
アンヌマリーは、信じられないことを聞いたと言うような顔をしています。
「それとも、このままここで魔物にかじられたいですか?」
「めめめめっそうもない!」
「では、次の村まで歩きましょう、亡くなった方々は仕方がないので、ここに埋めて行きましょうね。」
「へい…」
頭は、自分たちで穴を掘るのかと、立ち上がりかけました。
が、いきなり開いた大きな穴に、開いた口がふさがりません。
「あ?あああああああ」
直径二メートル、深さは三メートルもあるでしょうか。
四人の死体は、レビテーションで持ち上げられ、ゆっくりと穴の中に消えました。
そして、浮いていた穴の土は、ゆっくりと穴をふさいで行きました。
頭は、自分たちがいかに無謀な襲撃をしたのかが、改めて理解できたようです。
「わかったにゃ?頭目どの。あんたたちは、生き残っただけマシなのにゃ。」
ミケが、諭すように頭に話しかけました。
「…へい。」
「魔物一万匹の奥方は、やはり魔物一万匹なのにゃ。」
「げえ!魔物一万匹って、あのレジオ男爵ですかい!」
「そうなのにゃ、ブルードラゴンの口に入って帰ってきた、剛の者なのにゃ。」
頭は真っ青な顔をして、馬車を見上げました。
手下たちも、寄り添い合って震えています。
「さあ、出発しますよ。日が暮れてしまいます。」
湿気た盗賊は、ポケットの中も湿気ていて、全部まとめても銀貨数枚と言うところでした。
これじゃあ、明日も息抜けませんよ。
「そうですか、村が魔物に襲われて、みんな亡くなったのですか。」
「へい、盗賊なんてやる気はなかったです。」
「でも、やはり旅人を殺してしまったのでしょう?」
「それは…はい…」
「罪は罪です。ゆっくり償いなさいな。」
「へえ。」
盗賊は、おとなしく馬車に従って歩いています。
「回心したら、ガイエスブルクにいらっしゃいな、農地はたくさんありますよ。」
「レジオ男爵の領地ですかい?死ぬほど遠いって噂の。」
「あら、馬車でもそうね二月あれば着くわよ。」
「へえ、そうなんですかい?」
「私たちは、道を作りながら、駅の村を作りながらの旅でしたからね。」
「へえ~、そうなんですかい。」
「第三の聖女が、ご出産なさいましたし。」
「へえ。」
「それが、産み月近かったので、三月ほどそこで過ごしましたし。」
「あそこは、いい村になりましたにゃ。」
「そうですね、旅人がゆっくり休める村になりました。」
盗賊たちは、武器も戻されて、普段のかっこうのまま馬車に従って歩いています。
「第一聖女さまに逆らうわけにはいかない。」
と言っていますけど。
よほど土魔法が怖かったようですね。
あんな使い方をすいる魔法使いが居なかったようですし。
夕方になって、あたりは赤く染まるころ、村の門に着きました。
「とまれー。」
「はい、どうしました?」
「後ろのやつらはどうしたんだ?」
「はい、襲って来ましたので捕まえました。」
「はあ?」
門番は、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になりました。
「きさま!聖女さまの言うことが嘘だと申すか!」
アンヌマリーが怒って前に出ます。
「で~、聖女さまですか!」
「ええまあ、それより兵営か、冒険者ギルドに連絡を。」
「ははい!ただいま!」
兵士が駆けだしてゆくと、私は後ろに向き直りました。
「いいですか、あなたたちは一生懸命償いをして、かならずガイエスブルクに来るのですよ。」
「きっとそうします、聖女さま。」
「「「へい!」」」
盗賊たちは、地面に膝まづいて聖印を切りました。
「よろしい、オシリス女神の第一聖女として、その誓いを受け取りました。がんばりなさい。」
「「「へい!」」」
その様子を見ていた兵士は、その晩酒場でおおいに吹聴したようです。
その後私は、兵士に引かれて兵舎に消えて行く盗賊たちを、長く見送っていました。
え~、どこが聖女失格なのか、わからんです。
とめきちの書くはなしは、やっぱこんなもんか?
次回、誘拐団
来週もサービスサービス~‼️