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魔女戦線  作者: 結城紅
序章 日常の崩落
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1-5.日常の崩落


魔女という存在は人智を超越している。

科学的に説明し難い術を行使し、ありとあらゆる武具弾倉を弾き飛ばす防壁を持ち合わせている、とても同じ人種とは思えない存在なのだ。

そんな彼女らに勝利する方法がひとつだけ確立されている。確立なんて仰々しい言葉を使うのも烏滸がましい、卑怯極まりない手段だ。


 ——不意打ち。


魔女人間問わず、生物というのは無防備な状態が最も弱い。魔女もまた、油断して防壁を解き身を晒すこともある。

人類の勝機は、そこにしかない。

人が誇る科学は、未だに魔法という未知の領域に辿り着けていない。精々が、魔法の源である魔力を感知する程度だ。

魔法を持たない人類は、不意打ちという姑息な手段に頼るしかない。

遣る瀬無いとは思わない。殺せる手段があるだけ、まだいい。

世の中には、殺したくても殺せない人間もいるのだ。


「位置座標、受信した」


風が強い。前髪が背後へ靡く。冬の寒気が容赦なく全身を打ち付けた。


「風向き、湿度、全てクリア。対特殊弾装填完了。目標補足済み」


臥せったまま、黒塗りのスコープを覗き込む。拡大された視界が対象を補足する。確認と同時に、片目を横のパソコンに向け片手で操作を完了させた。画面上には、射撃の条件が全てクリアされた旨が表示されていた。


「いつでも撃てる」


俗にスナイパーと呼ばれる物を手に、僕は言い放った。

魔女には感知魔法という、索敵能力が備わっている。その範囲は、最大で半径3kmほどと観測されている。実際に、米軍が膨大な死者数と共に叩き出した確かな数値だ。

魔女を殺す前提条件として、索敵範囲外から防壁を解いた状態の魔女を的確に即死させなければならない。一撃で死ななかったり撃ち損じた場合、狙撃者の命はほぼないと見ていい。魔女はものによっては傷を再生するし、何れにせよ追跡される恐れがあるからだ。追いつかれたら最後、殺される。

超長距離の狙撃、即死が条件。まず間違いなく、不可能だろう。

しかし、今の状況は幾千幾万の屍の上にある。米国では魔女の殺害に成功した例もある。

やらなければならない。例え、日本にその前例がなくても。


「殺して、生きて帰る……」


魔女から見て斜向かいにある、超高層ビルの屋上で黒塗りの銃が光沢を放つ。

ビルの足下には、兵装の配達と逃走用の装甲車が控えている。

態勢は万全だ。

インカムの先からカウントダウンが開始された。10秒間の猶予をゆっくりと嚙みしめる。

画面を確認してから、スコープを覗き込んだ。人を殺すのも人。どんなに機械に頼ろうと、最後は己が手腕に委ねられる。肉眼で、遥か先の視界を映し見る。

窓に映る魔女の姿は明瞭だった。パンクロックな格好が目に付く。ふと、その腕に何かが飛び付いた。その様相に目を瞠る。


茶髪のロングが、視界を泳いだ。


優しげな顔が、悲痛に歪んでいた。哀切が痛切なまでに訴えられている。

見知った顔だった。スコープの先にいたのは、僕の友人であるはずの少女。

栗栖京子に他ならない。


「何故、そこに……!」


舌打ちしたい気分だった。

このままだと、僕は彼女ごと魔女を撃たなければならない。今から射角を変えるのは不可能だ。いや、可能だったとしても特殊弾が跡形も無く彼女の家ごと爆破する。

助かる道はない。

覚悟を決めるしかなかった。

どうした? と、耳元でオペレーターの声が響いた。なんでもないと返す。

魔女が防壁を張っていないことは確認済みだ。絶好の機会を逃すわけにはいかない。

オペレーターのカウントダウンが再開される。

少女の命は、この状況に於いてあまりにも軽い。


殺すのだ。僕が。つい先ほどまで、笑顔で娯楽を共にした彼女を。楽しそうに喋っていた彼女を。恒久的な平和を願っていた彼女を。

それは、まるで人殺しのようで……。

不意に、強烈な目眩と吐き気に襲われた。

自我を揺るがすほどの拒絶が濁流となって脳裏に到来する。


——僕は、ただの人殺しに成り下がるのか?


——何の理由も無く、巻き込まれただけの少女を躊躇無く殺すのか?


——僕は、そこまで落ちたのか?


…………人殺し。人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し。


否定、しなくては。僕が僕でなくなってしまう。

僕がただの人殺しなわけがない。僕は正義なのだ。誰もやりたくないことを仕方なく引き受けているだけの正義。偽善者だ。悪いわけがない。許されているんだ、何も悪くは……


——あの少女は、かつて母がされたように見捨てられる。


その一言が、強く心を穿った。


——それで良いのか?


視点が定まらない。痙攣するようにぐらぐらする。否定の言葉がぬめるように心の奥底に垂れた。事実から目を背けるよう、擁護し、しこりを、覆い隠す。

何人殺した? 彼女だけ殺せないというのは甘えだろう? 二律背反の思考が混濁する中、過去の記憶が他人事のように思い返される。


血が、舞っている。胸から咲く血華。鮮烈なまでに鮮やかな赤、朱、紅……。一面の青を毒々しく染め上げた一色。僕は、後悔したはずだった。


——心を凍結させろ。


かつて津田島に言われた言葉が記憶を強く縛り付ける。漏れ出る思考が押しとどめられていく。だが、それでも足りない。

右手が携帯に伸びかける。少女に今すぐにでもそこを離れろと伝えたかった。その感情を、すんでの所で断ち切った。理性と感情が乖離していく、奇妙な感覚が胸中を満たした。

視界の先では、少女が腕を振りほどかれていた。少女が乱雑に突き飛ばされる。その体が魔女から離れた。

この瞬間しかなかった。


——発砲音が、虚空を凪いだ。


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