第九話 チョコレート
「おはよ」
「おう、おはよ…」
現れないと思っていた、否、現れて欲しいと思っていた双葉は、望み通り俺の前へと現れた。
片手にはいつかのように紙袋を下げていた。
いつの間にか、千堂は遠くで他の男子と話していた。いつ移動したのだろうか。
それよりも、今は目の前にいる双葉である。言われなくても、彼女がなんの用なのかはわかる。俺は驚きをはらんだ震えた声で尋ねた。
「お前、俺にチョコくれるのか…?」
「? そりゃあげるよ。くれないと思ってたの?」
双葉はなにを聞かれているのかと分からないときょとんとした顔をしていた。
俺は双葉に千堂に言ったのと同じことを、芝居を掛けずに話した。すると、彼女はおかしそうに腹を抱えて笑った。
「そんなわけないじゃん! 変なこと考えるよね、武野って」
「でも、土曜日に配っていたのは本当だろ?」
「確かに、土曜日にも配ったけど、今日も配ってたよ? たまたま見られなかっただけかもしれないけど」
「だって、二日に分けてチョコ作るなんて面倒臭いこと、杉下がすると思えなかったからさ…」
「んー…まあ、面倒くさいけどさ、一香とか綾とか、武野とか、本当に渡したい人のは日曜日に作ったんだ。土曜日に配ったのは試作品。これで大丈夫かどうか毒見もかねて」
「毒見って…」
言い方がひどい。そこは味見でいいだろ。それや土曜日にチョコを配られた人たちは被験者ですか。
チョコが貰えるとわかった安心感からか、俺は脱力しつつ一人ツッコミを入れていた。
「紛らわしいな…」
「そうかな? でも…」
双葉は花が咲いたようににぱっと笑みを浮かべた。
「おかげで、武野にあげたいチョコができたから」
その俺には眩しすぎる笑みに、思わず俺は顔を逸らした。彼女を直視できない。直視してしまえば、きっと俺はだらけきった顔になってしまうから。
俺は顔をそらしつつ、どうしてかぶっきらぼうに言う。
「じゃあ、貰ってやるよ」
「え?」
「その、俺にあげたいってチョコ」
俺が手をそっと前に出すと、双葉は「はい」と言ってその紙袋を渡してきた。
軽さから考えて、この中にはきっと大した量のチョコは入っていない。それに、材料費もかかっていないだろう。
だけど、この腕じゃ計れない想いの重みはずっしりとしているんだろうなと思った。
「ありがとう」
「うん、どういたしまして」
本当は、誕生日プレゼントにもバレンタインチョコにもそんなに興味がないし、すごく欲しいわけでもない。それらを望むのは、きっと贅沢で。
彼女が、双葉が傍にいてくれていること自体が、俺にとって最高に幸せなことなんだと思う。
二月十五日、バレンタイン。この日、俺は最高の『チョコ』を貰った。




