奴隷の私と優しい貴方
(人間達がここから離れてくれればいいのに)
私は焦る。家に居ないことに気付き彼は心配するだろう。
目の前にある鉄格子は人化すれば壊すことは可能だ。
それ以前にこの人間に獣人だとバレれば彼に会うことはできなくなる。
ずきずきと痛むのは殴られた頭か、彼を想う胸なのか、狼の姿がこんなにも忌まわしいと思うことはなかった。
私は逃げるために犬達に低く話しかけた。
私が生まれたのは獣人が暮らす小さな村だ。
そこは魔物と魔法が存在する世界だった。
人間は魔力を、獣人は獣に変化でき怪力を持つ。
人間は魔法が使えない獣人を奴隷のように使役する。
この世界は人間が支配者だった。
村が襲われ捕まると私は奴隷商人に売られた。
そこの奴隷の使用方法は魔法使いの実験台にされるらしい。
移転用の魔法陣に乗せられ、魔法使いの呪文を唱えると、辺り一面が光り消えた時にはこちらの世界、日本と呼ばれる国にいた。
石の建物ばかりが建ち並び、どこもかしこ人が溢れ隠れる所もない。奇妙な鉄の塊が人を乗せて動く。
人間の匂いだらけで、同じ獣人は匂いは全くしない。
ここは魔法使いの国なのか。絶望だけが頭を占めた。
私は元々使い捨ての実験奴隷のため、食事などほとんど与えらていなかった。夜の帳がおり激しい雨が降り注ぐ中、ふらふらと食べれる物を求めさ迷い歩く。
もうお腹が空きすぎて目がくらむ。立ち眩みをおこかけた時に、人間にぶつかり階段から転げ落ちた。
その人間は大丈夫かと声をかけてきた。獣人にそんな気遣いをする者なんていないのに。
助けを呼ぶからとの声にやめてと呟いた。治癒魔法使いが来たら魔力を持たない私は獣人とバレてしまう。
彼は訳ありかと呟くと私を背負った。
両親と離れて久しく感じることがなかった暖かい体温に安堵し、私は意識がかすれていった。
目が覚めると暖かな布団に寝かされていた。何年ぶりだろうか。
「あ、目が覚めた?具合はどう?大丈夫?」
寄ってくる人間に思わず身がすくむ。
「お腹は空いてないかい?」
その言葉にぐぐ~とお腹が反応する。彼は笑ってすぐにお粥を持ってきてくれた。
何日ぶりのまともな食事!がっつく私におかわりはあるからゆっくり食べなと水を差し出す。
飲み干した水は飲んだことのない甘い味がした。
「悪いとは思ったが濡れていたから僕の服に着替えさした。元の服はぼろぼろだったから替えを買ってくるまで我慢してほしい」
見てみれば服は大きなかんとう衣みたいな上衣だ。
それでも前に着ていた物より上等な物だった。
「いいえ買うなど。ご主人の服を貸して頂けるだけでもありがたいです。
行き倒れの私を助けて頂きありがとうございます。
どうぞ私を奴隷として扱ってください」
「いやいやいやいや。君が訳あり家出少女だとしてもそんな鬼畜なことはしないよ」
彼は慌てふためく。はて何かおかしい所があるのだろうか。命を救ってもらって返せるものは労働力ぐらいなものだ。
「しかし私は「こっちが傘をさして前方不注意だったんだ。だからさ、元気になるまで利用すればいい」」
「いえ、そんなこと「それとも自宅にでも帰るの?」」
「………。」
…魔力のない私に帰る方法などない。
「わ、わ、わ、泣かないで!聞かないから!何かしないと落ち着かないなら仕事をしてもらうから!お願いします!」
彼は慌てて土下座をする。奴隷に人間がすることなどありえない。驚きに涙が引っ込む。
「よかった。泣き止んで。えーと、じゃあ掃除、洗濯をお願いします」
「洗い場はどこですか?井戸か川は裏手ですか」
「川?冗談?…にしては顔が笑ってないよね。洗濯機って分かる?」
首を横に振る私に呆れたようだが彼は私を隣の小部屋に連れて行き指し示す。
洗濯機?獣人は魔力がないので魔法の道具は使えない。
「ここに洗い物と洗剤を入れて蓋を閉める。この開始のボタンを押す。ね、簡単でしょ」
私でも動かせた!驚く私を彼の方が驚いて見てた。
「なんだろ。このジャングルから出てきた原住民みたいな反応」
掃除機の使い方から始まり、コンロ、水道の蛇口、終いにはトイレまで教わった。
彼はちょっと苦笑いしながらも怒らず優しかった。
彼はヒロトというらしい。ご主人様と呼ぶとそんな趣味はないのでやめて人格を疑われる!と懇願され呼び捨てにするまですがり付かれてしまった。
獣人に触られるのを嫌う人間と違う種族なのか、それとも私を獣人と気付いてないのか彼は私を人間と同様に扱う。
彼が作った食事を同じ食卓で一緒に食べる。夜には風呂に入れ、彼と隣の暖かな布団で寝れる。
終いには私用の服を何着も与えて頂いた。
それがとても歯がゆいほど嬉しく、同時に後が怖くてそのことを彼に聞けない。
この幸せな時間を壊したくはなかった。
いつもの時間が過ぎても彼が帰ってこない。
『決して出ては行けないよ。女の子は襲われるからね』
と言い含められていたが、私より力の弱い優しい彼が襲われているかもしれない。
そう彼は人間の中でも攻撃魔法を持っていないらしい。
痺れを切らして探しに行くことに決めた。
女の子の姿でなければいい。
服を脱ぎ捨て、狼の姿に変化する。
嗅ぎなれた彼の臭いを追った。
駅という場から先に進めない。動物は入れてもらえない。人間に追いまわされて捕まりそうになって逃げる。
近寄れず周辺をうろうろするうちに背後から頭を殴られ昏倒した。
「やっぱりこれ狼だよ。絶滅したはずの!」
「ハスキー犬の見間違えじゃないのか。もしくはいたとしても狼犬」
「いいや、これは絶対狼だ!検査してみよう。俺親父の狩猟用の檻があるからそれに入れておこうぜ」
気が付くと檻に入れられていた。
ここで人間に歯向かい暴れたら殺されるのだろうか。ずきずきと痛む。
彼の言うことを聞かなかったばかりにこんな目にあってしまった。
やはり人間は獣人を実験奴隷としているのか。
涙が浮かぶ。
彼等は覗きこみ中々離れようとはしなかった。
私は狼の言葉で助けてと呟く。
それは近くの犬達に伝播する。
一匹が遠吠えを始めると連鎖のように泣き出した。余りの異様さに飼っている猟犬の様子を見に彼等は離れた。
チャンスかもしれない。
動こうとした所に声がかかった。
「アマリエ。助けにきたよ。一緒に帰ろう」
なぜ彼が狼の自分を分かった。それ以前にどうしてここにいると知ったのだろう。
食い入るように見つめる私に彼は続ける。
「アマリエがね狼に変身しているのは前から知っていた。そのことを隠していたのも。
でも僕にとってはアマリエはアマリエ。
そんなこと関係ない。大切な女の子だ」
彼はそう言って檻を外そうとするが、太い金属でできたそれは硬くて重い。手こずる彼に声をかける。
「ヒロト、ちょっと離れてください」
私は一瞬で人化すると鉄格子を掴みねじ開く。
「す、すごい怪力だね」
「はい獣人は魔力はありませんが力が強いのです」
「獣人…そうか。ごめん。目のやり場にちょっと困るからコレを着て」
彼は目線を逸らしながら服が入った袋を差し出す。着替えるとその場からとっとと逃げだした。
「よかったら僕に君の事情を話してくれないか?」
アパートに着くと彼は私を額の傷を治療し、暖かなミルクを出しながら聞いてきた。
もう獣人ということはバレているのだ。この世界に来た経緯を話す。
この世界のことを何も分からない。労働力にもならない存在。異端な自分。
なのに彼は私のために泣いてくれた。
「ぐすっ。そうか辛かったね。よく頑張った」
彼はそう言って私の手を握ってくれる。
「アマリエ。どこにも行く所がないのなら、これからも僕と暮らさないか?
ここは魔法使いもいない。獣人という種族もだ。
僕は君を利用したり、いじめたりしない。
ここで暮らすのに必要な知識も教えるから」
「僕は人間だけど君と仲良くなりたい」
この方は人間なのに優しい。私を認めてくれる。
溢れた涙で霞む彼にしがみつき、私は年甲斐もなく泣いた。
背中を撫でてくれる彼の大きな手は、拾われた時と変わらず暖かく優しいものだった。
あれから彼は特に優しい。
外にも連れ出してくれる。電車やスーパー、自販機の使い方や、水族館、遊園地にレストラン。
この世界の物は驚かされる物のばかりでよく失敗もするが、彼はそんな私を微笑ましく見守ってくれる。私は彼が側にいると常に笑うことができ安心する。
ある日彼は聞いてきた。
「ねぇ、尻尾と耳だけを出すことはできないの?」
「できません。何を考えてるのですか?」
「アマリエ。僕の一生のお願いです。どうかコレを着けてください!」
そこにはつけ耳と尻尾、肉球のついた手袋を掲げ持ち土下座している彼。
あちらなら獣人とか化け物と忌み嫌われる象徴で、付けようものなら罵られる行為だ。
怒ってもいいだろうか?
それともそこまで愛されてると喜べばいいのか、悩むところだ。
だけど彼を好きになった自分。惚れた弱味か断れそうもない。
そんな私を尻目に彼はどや顔で言う。
「ケモ耳娘は男のロマンです!」
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