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グリム機関の赤頭巾  作者: 兎月竜之介
グリム機関の赤頭巾
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06

 翌日。


 森斗は普段通りに、彼が通っている私立稀野学園に登校していた。彼は高等部の二年一組に所属しており、グリム機関の仕事がなければいつもは高校生として生活している。高校生としての生活も正体隠蔽の一環なので、そうそう休むことはできない。

 先日の戦闘はかなり激しかったが、幸いにも大きな怪我はしていない。ただ、シルフィのグルカナイフを受け止めた両手は傷口を縫われることになった。数日で治る怪我ではないが、鉛筆を持つ分には支障ないだろう。


 自分の席について周囲の声に耳を傾けると、すでに大神煌が失踪したことについて噂が飛び交っているようだった。恋人と駆け落ちしただとか、ヤクザの抗争に巻き込まれただとか、根も葉もない噂ばかりである。中には狼男の噂を耳にしたものもいるようだが、どちらかといえば面白半分で語っている様子だった。


 どれもこれも、グリム機関の処理班が上手に情報操作してくれた結果である。彼らは死体の後始末から、事件そのものの後始末まで完璧にこなしてくれる。東京の夜を恐怖に陥れた狼男の存在は、あくまで都市伝説として広まっていき、そのうち忘れ去られてしまうことだろう。


 彼らが後処理をしてくれるおかげで、森斗のような狩人と戦闘班たちは戦闘に専念できる。激しい銃撃、十数人での乱闘が行われていたにもかかわらず、あの廃工場で何かが起こったはずだと疑うものは現れなかった。


「狩屋、その手はどうしたんだ?」


 めざといクラスメイトが、森斗の両手に撒かれている包帯を発見する。

 森斗はあらかじめ考えておいた理由を答えた。


「新品のコピー用紙で両手を同時に切っちゃったんだよ」

「げっ、聞かなきゃよかった……」


 クラスメイトは青い顔をして去っていく。

 これもまた、グリム機関による隠蔽活動の一環だろう。


 森斗は机に肘をついて、シルフィのことを思い浮かべる。

 彼女は先日の夜、医療班の車両に乗せられていった。人間と人狼のハイブリッド状態だなんて聞いたことがない。怪我の状態だけでなく、体がどうなっているのか検査されるのだろう。今の森斗では簡単に会えないどころか……もしかしたら、二度と顔を合わせることはないのかもしれない。


 別れの言葉を言う暇もなく、当然ながら仲良くなる時間もなかった。とはいえ、とてつもなく印象深い相手ではあったと森斗は思う。彼女の苦しげな過去、人狼化の秘密――気軽に首を突っ込めることではないが、決して忘れられることでもない。

 他にも回し蹴りを二回も喰らったことや、彼女の裸を二回も目撃してしまったことも含めて……。


 森斗は両の頬に熱を感じる。

 もっと積極的に話しかけておけば良かったと、今更ながら思わずにはいられない。


 そうこう考えているうちに、担任教師の諸岡文彦が二年一組の教室に入ってきた。

 そろそろ、朝のホームルームが始まる時間である。

 彼は教壇に上がると、唐突にこんなことを言い始めた。


「――突然だが転入生を紹介する」


 生徒たちがざわめいて、自然に森斗も正面に視線をやる。

 諸岡に続いて、セーラー服の上に真っ赤なパーカーを羽織った少女がやってきた。

 彼女は教卓の横に立つと、ぺこりと小さくお辞儀をする。


「ドイツから来ました、シルフィ・ローゼンです。よろしく」


 銀髪碧眼の転校生の出現に、大きな拍手を惜しみなく送るクラスメイトたち。

 何か新しいことが始まる予感を覚えて、森斗もシルフィの転入を拍手で迎えた。


 シルフィも森斗の方を見やるが、二度と会えないと思った昨日の今日で再会というシチュエーション故か、なんだか恥ずかしそうに視線を外してしまう。白雪のような肌のせいもあってか、頬が赤く染まっているのがとてもよく分かった。

 盛り上がりに水を差すように、


「えぇ、それで転校生なんだが実は――」


 諸岡が再び口を開いたときであった。

 教室の外にある廊下から、全力疾走で近づいてくる上履きの足音が聞こえてくる。ホームルームで学校全体が静まっている時間なので、上履きの足音はパカパカと廊下全体に響いた。盛り上がっていたクラスメイトたちも、何事かと廊下の方を見やる。

 そして、次の瞬間――


「流石は私ですね! 二度寝をしたにもかかわらず、ギリギリでホームルームの開始時刻に間に合いました! 生半可なお嬢様だと、こうは上手くいきませんからね!」


 腰まである長い黒髪、深い青色の瞳を持つ少女が、猛スピードで二年一組の教室に飛び込んできたのだった。

 シルフィと比較してみると、身長は女子にしては高めの方だと分かる。真っ直ぐな黒髪、切りそろえられた前髪と古風な印象だが、鼻筋の通っている日本人離れした顔立ちだ。藍色の瞳から判断できる通りに、おそらくは外国人とのハーフだろう。豊満なバスト、黒ストッキングに包まれた美脚が、嫌が応にも男子の視線を釘付けにしてしまう。


 彼女はくいっと腰を突き出すようなポーズを取って、両手でピースサインをした。


「私の名前は西園寺マリア。父が日本人、母がイギリス人のハーフです。これからクラスメイトになるみなさん、私と仲良くしてくださいね。ピース☆」

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