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グリム機関の赤頭巾  作者: 兎月竜之介
切り裂きジャック
31/46

30

 同人誌ショップ『コミック・ジーク』ショッピングを堪能したあと、森斗たち三人は近場にあったファーストフード店を訪れていた。稀野学園の近くにもあるハンバーガーショップ『腹筋バーガー』の秋葉原店である。


「……うん、この店のハンバーガーは相変わらず美味しい」


 森斗は注文したダブル腹筋バーガーを食べ終えて、紙ナプキンで口元についてしまったケチャップを拭った。

 傍らのカバンには同人誌が一冊だけ入っている。どうしても内容が気になった一冊で、先ほどハンバーガーを食べながら読んだ。残りの同人誌はどう考えても持ち歩ける量ではなかったので、宅配便でマンションの自室に送ってもらうことにした。


 ショップの二階席からは、秋葉原の中央通りを見ることができる。せわしなく行き交っている通行人たちと、チラシ配りをしているコスプレした女性たち。稀野学園のある町とは大違いだが、それでいて居心地が悪いわけではない。

 森斗の向かい側には、シルフィとマリアが並んで腰を下ろしている。


「まったくひどい目にあった……」


 シルフィがイチゴミルクティーという謎飲料をゴクゴクと飲んでいる。一口飲ませてもらったマリア曰く、喉が焼けるように感じるほど甘い物体であるらしい。それを美味しそうに飲み干すのだから、シルフィの甘党は筋金入りだ。


「またまた、そんなことを言って。同人誌は嬉しそうに受け取ったじゃないですか」


 おもむろに肩を寄せるマリア。

 嬉しかったことは事実のようで、シルフィは反論せずに口をもごもごさせていた。

 チラチラと森斗に送られる彼女の視線。

 マリアは人差し指でシルフィのあごをなぞった。


「シルフィさんがダウンしている間に、森斗さんが代わりに買ってくれたわけですから、これは彼に感謝しないといけませんね。シルフィさんはどんな風に感謝の気持ちを表すのでしょうか? 西園寺さん、気になっちゃいますよ」

「な、なんだその圧力のかけ方は……」


 苦々しい顔になるシルフィ。

 彼女が困っている様子なので、森斗は正直な気持ちを言葉にした。


「感謝だなんて大げさなことは必要ないよ。だって、最初からシルフィの分を確保しておいたんだからね。シルフィが自分で同人誌を買うようだったら、余分な一冊を棚に返せばいい。だから、マリアもあまりシルフィに言わないであげてくれないかな?」

「森斗さんがそう言うなら、私の突っかかる話ではないですね」


 マリアがあっさりと引き下がる。

 それでシルフィも納得するかと思いきや、彼女は釈然としない様子で黙っていた。

 どうやら、内心ではもっと複雑なことを考えているらしい。


「……それよりも、次の店はどんなところだ?」


 シルフィに話を振られて、マリアがハッとした顔で言った。


「そうそう! 次に行くところは、私の行きつけのお店なのですよ!」

「先ほど言っていた女性客がメインの店だな?」


 マリアは大きくうなずく。


「ですから、男性客の目を気にする必要はありません。未成年お断りのコーナーなんかもないので、お店全体を今度こそ楽しむことができますね。そして、男性である森斗さんにも別の意味でお楽しみがありますよ!」


 別の意味という言葉が引っかかるが、そこは今から気にしても仕方ない。

 森斗たちは空になったトレイを片づけてから『腹筋バーガー』の秋葉原店をあとにした。


 午前に引き続き、マリアの案内についていく。

 道中、不特定多数の視線がシルフィに集まっている事実に森斗は気づいた。通行人たちは口々に「あの外国人の子、可愛いな!」だとか「何のコスプレしてるんだろう?」だとか囁き合っている。マリアに目を向けるものも多かったが、何しろ銀髪碧眼の外国人美少女というのは秋葉原でもインパクトが大きい。

 シルフィ自身も当然そのことに気づいていた。


「……やはり目立ってしまうな」


 交差点で信号待ちをしているところで、彼女がぼそりと呟いた。


「私はごく普通の一般学生になりきれているはずだ。派手な格好をするのは任務のときだけと決めている。今日だって、休日を楽しんでいるだけの女子高生だ。だというのに、どうしてこれほど目立ってしまうのか……」


 マリアが森斗に耳打ちする。


「彼女、本当に気づいていないのでしょうか?」

「……分からない」


 森斗は首を横に振った。

 常人ならは気づいて当然のことだが、それがシルフィにも言えることなのか判断できない。だが、本当に気づいていないにしろ、そうでないにしろ、とりあえず指摘するのが吉であるかもしれない。真意を問えば答えは出るだろう。

 森斗は試しに言ってみる。


「シルフィが目立ってしまうのは、きみがとても可愛いからじゃないのかな?」

「――はっ!?」


 シルフィが立ち止まる。

 交差点の真ん中で。


「流石にそこは危ないって!」


 森斗は彼女の手を握ると、マリアと一緒に駆け足で横断歩道を渡った。

 三人が渡りきった直後に信号が切り替わる。

 シルフィは数秒ほど放心していたが、すぐに我を取り戻した。


「い、いつまで握ってるんだ!?」


 森斗の手を弾いて、彼女はパーカーのフードを被ってしまう。

 恥ずかしさのあまりに対話を拒否するとき、シルフィはいつもこうするのだ。事実を伝えているだけなのだから、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのにな――と森斗は思うのだが、どうやらシルフィにとってはそういう問題ではないらしい。

 マリアがほっこりと満ち足りた表情をしている。


「照れてますねぇ、そこがまた可愛いですけど」

「お前もそれを言うのか!」


 シルフィはローキックを放つが、全然キレがないのでマリアに避けられてしまった。

 荒くなった息を整えて、彼女は森斗たちに向かって小声で主張する。


「……私は、その、可愛くなんかないぞ」

「何を言ってるんですかね、この子は……」


 シュンとして小さくなっているシルフィ。

 最初は心配していたマリアだが、すでに若干呆れた様子で彼女を見ている。


「まぁ、シルフィさんがどれだけ否定しても、あなたが可愛いことには変わりありませんけどね。それどころか、これからもっと可愛くなってもらいますよ。西園寺さん、その辺のことは容赦しませんからね」

「もっと可愛くって……うわっ!」


 マリアがシルフィの手を握って、いきなり全速力で駆け出した。

 秋葉原の大通りは大変な混雑だが、森斗よりも経歴の長い狩人であるマリアならば、通行人とぶつかることなく簡単に人混みを抜けることができた。急に立ち止まったら、逆に人通りの邪魔になるので、シルフィは抵抗できずに引っ張られている。


 森斗が追いかけていくと、マリアとシルフィは一軒の店に入っていった。

 どういう店なのかは分からないが、ともかく後に続いて入店する。


 パステルカラーのファンシーなドアを抜けると、その先には色とりどりの衣装が飾られたファンタジックな空間が広がっていた。一目見たところだと服屋のように思えるが、カウンターの逆側には謎のスペースがぽっかりと空いている。多数のスタンドライトと、集合写真を撮るのに使うようなカメラが設置されていた。


「そんなに引っ張らなくても、私はちゃんと――」


 顔を上げるシルフィ。

 そのとき、カウンターの奥から一人の女性がやってくる。女性はノンフレームの眼鏡を掛けていて、どことなく美希と同じようなできる女の気配があった。よくよくネームプレートを見てみると、そこには『店長』と書かれている。


「お久しぶり、マリアちゃん。彼女があなたの言っていたシルフィちゃんね?」


 マリアが店長と柔らかいハグを交わした。

 それから、店長はおもむろにシルフィに迫る。


「今日はこの私があなたを最高のヒロインにしてあげるわ、フフフ……」

「……ここはつまり、どういう店なのだ?」


 気圧されているシルフィ。

 店長がノンフレームの眼鏡をくいっと押し上げる。


「ここはコスプレ写真館『アリスの小部屋』といって、可愛らしいあなたをさらに可愛らしく変身させて、日常とはかけ離れた異世界にご招待するのよ。ここでは現実を忘れて、本当の自分を解放してちょうだい」

「コスプレ……ま、まさか!?」


 シルフィがハッとした様子で店内を見回した。

 コスプレ写真館『アリスの小部屋』に飾られている衣装は、漫画やアニメの世界を意識させるものが多い。マリアが美術部の部室で着ていたようなメイド服やら、放映中アニメの人気キャラクターの服装を模したもの、眼鏡や帽子や武器といった小道具も揃っている。品揃えはかなり良好だ。

 マリアが悪役のような邪悪な笑みを浮かべている。


「あれだけピュアだったシルフィさんも、コスプレという言葉の意味を理解するようになりましたか。そうですよ、シルフィさん。このお店はあなたが大好きな可愛らしい衣装がたくさん揃っているお店なのです」

「そ、そんなっ、私は別にこんな衣装が好きなわけでは……」

「それならば、任務のときに着ているフリフリのゴシックロリータは何なんですかねぇ? 興味がない振りをしていても体は正直なもの。私には見えていますよ。シルフィさんが物欲しそうに尻尾を振っている姿がね……」


 マリアに言われて、シルフィがとっさに自分のお尻を手で押さえた。

 もちろん、シルフィのお尻から尻尾が生えているわけはない。彼女が人狼化するには、実際に人狼を目撃するか、人狼を強くイメージしなければいけないのだ。だが、それすらも忘れてしまうくらいに彼女は動揺していたらしい。

 店長がハンガーラックから衣装を選び始める。


「もちろん、コスチュームを着用するだけじゃないわ。あなたの変身した姿をスタジオで撮影することができるの。写真はその場で印刷する以外にも、メールアドレスを教えて頂ければデータで送ったり、記録メモリに保存してお渡しできるわ」

「記録に残ってしまうのか!?」


 開いた口がふさがらないシルフィを余所にして、店長と一緒になってマリアも衣装を選び出した。森斗は楽しそうにしている女性三人を少し離れたところから見守っている。どんな変化が起こるのか、彼自身もとても楽しみだ。


「これなんてどうでしょうね?」


 マリアが一着のコスチュームを選ぶ。

 彼女が持ち出したのは西洋風の鎧をイメージしたものだった。乙女らしさが溢れる真白の装甲、高貴さを表している金色の縁取り装飾、勇ましさを感じられる赤色のマント。ただ、なぜかは知らないが体を覆える面積が水着のように少ない。


「な、なんだこの、ビキニみたいなアーマーはっ!?」


 シルフィは目を背けることもできずに硬直している。


「というか、これは本当に鎧なのか? お腹も脇も全然守られていないじゃないか!」


 すると、マリアが真顔で言い放った。


「このビキニアーマーには女神様の加護があるので、重苦しい装甲は不要なんですよ。敵の攻撃は聖なるバリアではじき返してくれます。温度調節の機能もあるので、寒い場所での戦いもバッチリ。これは作品世界だと実に機能的なデザインなのです」

「それはアニメの中での話だろ! 却下だ!」


 シルフィに拒否されて、マリアは渋々とコスチュームをハンガーラックに戻した。

 森斗的にはなかなか悪くないと思ったが、どうやら彼女はお気に召さないらしい。


「これなんかどうかしら?」


 店長が一着選んでマリアに手渡した。

 マリアは「これなら肌面積が少ないですね」と、シルフィにコスチュームを差し出す。


 次にオススメされたのは、つま先から首元までを覆うような薄手のボディスーツだった。確かに生肌を空気にさらしている面積は少ない。シルフィに似合う赤色を基調としており、近未来的なデザインが特徴だ。


「――って、なんだこれ!? お腹から背中にかけての生地がすけすけじゃないか! 機関のボディスーツだって恥ずかしいというのに、こんな局部しか隠せていないようなものが着られてたまるか!」


 シルフィがコスチュームから目を背ける。

 森斗も試しに覗き込んでみたが、確かに腹部と背中の生地が透けていて、向こう側をハッキリと見ることができた。シルフィは恥ずかしいだけと言っているが、例えば内出血のような体表に現れる怪我が一目で認識できるなど、透明素材の採用には一理ある。グリム機関のボディスーツにも取り入れてくれないだろうか?


「仕方ないですねぇ……」


 マリアが渋々とコスチュームを店長に返した。


「ですが、シルフィさん。この程度で恥ずかしがっていたらコスプレはできませんよ? コスプレの基本は羞恥心の壁を突破して、キャラクターになりきることで自己表現をすることですから。恥ずかしいのは私だって一緒なんですよ?」

「なっ……マリアも恥ずかしい気持ちがあるのか!?」


 驚きに目を白黒させるシルフィ。

 マリアはコスチュームを両手に持って、それぞれ自分の体に合わせている。


「最初の頃は恥ずかしかったですよ? だけど、解放した自分を誰かに見てもらえることが段々と心地よくなってくるんです。コスチュームを着ることによって、いつもより大胆に、さらに笑顔になれるわけですから」

「マリアはそれでいいかもしれないが、私は別にコスプレがしたいわけじゃ……」

「……ふーむ」


 コスチュームを店長に渡して、マリアがシルフィの元に歩み寄る。

 マリアは彼女の肩をガッと掴むと、カウンターの向こう側に移動した。


 二人は何か話しているようだが、声のボリュームを抑えているので森斗の位置からは聞こえない。そもそも内緒話をするために移動したのだから、わざわざ首を突っ込むのも野暮というものだろう。

 マリアがシルフィの耳元で囁く。


「シルフィさんは私との約束を忘れたんですか?」

「……約束?」


 シルフィはピンと来なくて聞き返した。


「私たちが美術部に入部した日の放課後、シルフィさんがシューティングゲームの筐体を壊しちゃったじゃないですか。私が筐体を弁償したことに対して、シルフィさんは何でもやるって言いましたよね?」

「あっ――」


 ここまで言われると、流石のシルフィも思い出す。

 春臣に案内されたゲームセンターで、確かに彼女はゲーム筐体を一つお釈迦にしていた。巨大スクリーンにドロップキックをしてしまったのだ。今になって思い返すと、どうしてそんなことをしてしまったのか理解できない。


「だ、だが、あのときはコスプレというものを知らなかったわけで……」

「まぁ、先月の約束を抜きにしても、シルフィさんはコスプレするべきですけどね」

「……どういうことだ?」


 怪訝そうなシルフィを連れて、マリアはさらにカウンターの奥に移動した。

 二人はハンガーラックに掛けられた衣装に顔を突っ込むようにして話を続ける。


「森斗さんにお礼をしなくてはいけない、という話ですよ! 手作りのお弁当のこと、吸血鬼も元から救い出してくれたこと。恥ずかしがっていたら、いつまで経っても感謝の気持ちを表すことができませんよ?」

「そ、それはそうだが……」


 シルフィが頬を赤らめてモジモジしている。

 だが、いよいよ意を決したのかキュッと唇を強く結んだ。

 それから、ふーっと息を吐く。


「……あいつは部屋のいかがわしい雑誌を溜め込んでいて、お前から送られてきた動画もしっかり保存していて、ことあるごとに私に抱きついては心地よかったなどと言って――私たちが着飾れば、確かにあいつは喜んでくれるかもしれない」


 彼女の決意を聞いて、マリアはパァッと笑顔になった。


「やってくれる気になりましたね、シルフィさん。大丈夫です。ちゃんと布面積が広めで、スタンダードな恥ずかしくないコスチュームを選びますから!」

「ただ、その前に……」


 シルフィが振り返って、カウンターの奥から戻ってくる。

 彼女は早足で森斗のすぐ前までやってきた。

 両手を腰に当てて、精一杯に胸を張る。


「森斗、お前は私のコスプレが見てみたいのか?」


 問いかけられて、森斗は素直に答えた。


「いつものパーカー姿も素敵だけれど、僕はシルフィのいろんな姿が見てみたいな。きみがコスプレを披露してくれるなら、それはとても嬉しいことだよ。シルフィ自身もコスプレを楽しんでくれるなら最高だね」

「……そうか、お前が言うのなら仕方がないな!」


 シルフィが満足そうにうなずいている。

 先ほどまで恥ずかしさに耐えきれない様子だったのに、マリアは一体全体どんな風に彼女を説得したのだろうか?

 ともあれ、森斗としても彼女が楽しんでくれているなら嬉しいことだ。


「そうと分かれば、さっさと写真撮影をしてしまおうか」


 くるりときびすを返したシルフィ。

 マリアが何着かのコスチュームを手に取る。


「店長さん、奥の試着室を使わせてもらいますね!」


 二人はカウンターのさらに奥の方――ドアを抜けた先の試着室に入っていった。

 フロアには森斗と店長が残される。

 すると、店長が何かを閃いたように手を叩いた。


「そういえば、試しに男の子用のコスチュームも一着入荷していたんだわ」


 彼女はカウンターの下から段ボールを引っ張り出して、その中からビニールに覆われたままのコスチュームを取り出す。


「黒いロングコートと指抜きグローブの中二病セットよ! 二丁のモデルガンもあるから、あなたも秘密機関のアサシンに早変わり。どうかしら?」

「仕事で似たようなものを着ているので遠慮しておきます」

「どんな仕事!?」


 待つこと数分。

 カウンターの奥から「着替えが終わりましたよ!」とマリアの声が聞こえてくる。

 そうして、試着室から飛び出してきたのは――


「流石は私とシルフィさん、何でも似合ってしまいますね!」

「何がスタンダードだ! 恥ずかしいにもほどがあるぞ!」


 バニーガールのコスチュームに身を包んだマリアとシルフィだった。

 マリアのコスチュームは青色、シルフィのコスチュームは赤色である。ウサギの耳を模したカチューシャだけでなく、蝶ネクタイ、カフス、網タイツもちゃんと身につけている。尻尾のついたレオタードは二人の体型をくっきりと浮き上がらせていた。

 マリアがピンヒールを鳴らしながら森斗に接近する。


「バニーガールといったら、コスプレにおいては定番中の定番じゃないですか! ウサミミ、レオタード、網タイツ! ……まぁ、アニメ系のコスプレとは違って、ちょっと怪しいお店っぽい雰囲気ではありますけれどね」


 森斗の腕を取ると、おもむろに上目遣いをする。

 そのときになって、森斗はレオタードに肩ひもがないことに気いた。

 レオタードはコルセットのように形作られているので、ちょっとやそっとのことでは型くずれしないようになっている。そのため、いきなりズレたり脱げたりすることはないが、それでも万が一のことが気になってしまうのだった。

 マリアの口からよだれが垂れそうになっている。


「感じます……感じますよ! 森斗さんの視線が胸の谷間に注がれているのが! もしもよろしかったら、胸の谷間に一万円札をねじ込んで頂いても結構ですよ? そのまま手をすべらせても、西園寺さん的には一回までなら誤射だったと――」

「――ストップ!」


 突然、シルフィが手刀で割り込んできた。

 マリアは「おっとっと……」と数歩後退する。

 森斗も少々驚かされたが、すぐさまシルフィの姿に見入ってしまった。


 ナイスバディのマリアとは異なって、彼女には精一杯に背伸びしたような雰囲気がある。隙間の空いてしまったレオタードも、大きめに見えてしまうウサミミのカチューシャも、シルフィの小さな体を強調させていた。とても、グリム機関の狩人として怪物たちと戦っている少女には見えない。


「……マリアのことばかり見るんじゃない!」


 シルフィはそう言って、直後にハッとして首を横に振った。


「そ、それは別に私のことだけを見て欲しいとか、そんなことではないぞ! ただ、一人の女性をジロジロと見るのは如何なものかと思うからな! だから、バランスを取るためにマリアを見たあとは私のことを見ろということだ! な、何を言っているのか、自分でもよく分からないが……」

「それなら、お言葉に甘えさせてもらおうかな」


 森斗は彼女の方に歩み寄る。

 シルフィは後ずさるが、すぐ背後が壁だったので半歩しか下がれない。


 二人に身長差がありすぎるので、森斗は壁に片手を付いてシルフィのコスプレ姿を念入りに眺めることにした。もしかしたら、このような機会は二度と巡ってこないかもしれない。伊達眼鏡も邪魔なような気がして外してしまう。


 店長が「やだっ、壁ドンですって……」と、なぜか嬉しそうにしていた。

 森斗はじっくりと鑑賞して感想を述べる。


「オオカミのシルフィも可愛いけれど、ウサギのシルフィもとても可愛いよ」

「……そ、そうか?」

「僕はきみの新しい一面が見られて嬉しいよ。シルフィ、ありがとう」

「そ、そんなっ……」


 シルフィの顔がカァーッと赤くなる。

 彼女の透き通った肌は、頬の赤みが他の人より目立つのだった。

 お礼を言うだけでは物足りないと思って、森斗は財布から一万円札を一枚取り出した。

 シルフィが小首をかしげる。


「バニーガールがどういうものかは詳しく知らないんだけど、マリアが言うことによれば、こうすることで合っているのかな?」


 そして、森斗は彼女の胸元に折り畳んだ一万円札を突っ込んだ。

 結構、奥深くの方まで手を入れた。

 胸元とレオタードの間に隙間があったものだから。


「地獄の底で――」


 シルフィが低姿勢で踏み出して、そこから跳び上がりざまに後方回し蹴りを放つ!


「悶え――うわっ!」


 だが、空中で体をひねっているところで、背後からマリアにキャッチされてしまった。


「はいはい、シルフィさん。店内で暴れるのはやめましょうね?」

「うっ、そうだな……」


 シルフィも公共の場には逆らえないらしい。

 彼女は胸元から一万円札を引っ張り出して、森斗に投げて返した。

 森斗はそれを財布にしまって、ぺこりと頭を下げる。


「ごめん、シルフィ。今のは間違っていたみたいだね。不快な思いをさせてしまって本当に悪かった。だけど、僕は大切なものに触れられた気がしたよ」

「お前ならそう言うと思ったよ、ハハハ……」


 シルフィがフラフラとした足取りで撮影スペースに向かった。

 マリアは入院患者をいたわるかのように、彼女にピッタリと付き添う。


「撮影をお願いします、店長さん!」

「私に任せてちょうだい、いいものを見させてもらったものね!」


 店長はカメラの元に駆け寄ると、すぐさまコスプレの撮影を開始した。

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