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グリム機関の赤頭巾  作者: 兎月竜之介
切り裂きジャック
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 改札を出た途端、森斗たちの視界に飛び込んできたのは『英国メイド物語シャルマ』の巨大な広告看板だった。広告看板にはアニメ化を知らせる旨とテレビ各局の放送予定が書かれている。描かれている銀髪メイドのシャルマは満面の笑みを浮かべていた。


「やってきましたよ、秋葉原!」


 マリアが高らかに言った。


 ゴールデンウィークだけあって、駅前の時点でとてつもない混雑である。小学生くらいの子供から、杖をついているおじいちゃん、地方から遊びに来たらしき学生に、海外から買い物に来た外国人までと、まさに古今東西の老若男女が集まっている。

 駅前には巨大な駅ビルなども建っているが、通りに面して立っているのは七、八階建てほどの建物がメインだ。アニメ、アイドル、パソコン部品などの専門ショップが軒を連ねている。ゲームセンターや飲食店も多い。


「……同じような店がいっぱいある」


 森斗がパッと見た程度では、どれも同じような店にしか思えない。

 視界に入るだけでも、アニメグッズを扱っている店が五店舗くらいある。


「目的地は内緒だと言われていたが、なかなか悪くないチョイスだな」


 素直に感心しているシルフィ。

 マリアが意外そうにキョトンとしていた。


「シルフィさんのことだから、てっきり怒るのかと思っていました」

「どうしてだ? 秋葉原といったら電化製品だろう?」

「いや、ほら……」


 マリアの指差した先にシルフィは視線を向ける。

 雑居ビルの壁面に掲げられていたのは、この夏に発売される新作パソコンゲーム『本当は美少女なグリム童話~きみは夜の狩人~』の広告看板だった。赤頭巾+赤のマイクロビキニという斬新な格好のヒロインがでかでかと描かれている。


「破廉恥!」


 シルフィが叫び声を上げた。先入観の力というものは凄いもので、どうやら彼女にはアニメ系の看板が一切見えていなかったようである。言われた途端、彼女の視界に破廉恥(あくまで個人の感想)なものが次々と飛び込んできた。

 森斗はじっくりと広告看板を眺める。


「春臣が言っていたパソコンで遊ぶゲームってのはあれのことか。店舗ごとに予約特典があるって書いてあるから、せっかくだから予約してみようかな」

「さてさて、軽くカルチャーショックも受けてもらったところで、まずは昼食前に一つくらいお店を見ておきましょうか。ついてきてくださいね」


 マリアがシルフィの手を取って歩き始めた。

 衝撃から脱することができないのか、シルフィは彼女に導かれるがままである。

 森斗は町並みを眺めながら、先導するマリアの背中を追った。


「マリアは歩き慣れているようだけど、秋葉原にはよく来たりするの?」

「近場に住んでいたときは、毎週どころか毎日のように来ていましたね」


 森斗の質問にうきうきした様子でマリアが答える。

 彼女は振り返ってニコッと微笑んだ。


「だから、何か欲しいものがあれば案内しますよ?」

「それは良かった。ちょうど『薄い本』というものが買いたかったんだ」


 お言葉に甘える森斗。

 すると、マリアがクスッと小さく笑った。


「薄い本というのは俗称で、正式には同人誌と言うんですよ。ちょうど、これから同人誌を扱っている書店に案内しようと思っていたところです。漫画やライトノベルの新刊も扱っていますから、きっと欲しいものがまとめて見つかりますよ」

「それはよかった」


 森斗はつい気持ちが盛り上がって語り出してしまう。


「春臣が読ませてくれた『英国メイド物語シャルマ』の薄い本は素晴らしいものだった。原作のキャラクターを独自に解釈して、新たな一面を読者に提案している。そうすることで原作の見方にも深みが生まれる」


 そのとき、放心状態だったはずのシルフィがピクッと反応した。

 彼女は顔を上げて森斗に迫る。


「原作は最新刊まで読んだが、その同人誌というやつは読んでないぞ!」

「シルフィはそうだったね。でも、春臣が言うには書店に在庫があるらしいから、運が良ければ買えると思うよ。話によると大手ナントカの出版した同人誌だから、大量に入荷しているらしいんだ。ただ……」


 口ごもる森斗。

 薄い本改め、同人誌について春臣からレクチャーされたときから、ずっと気になってることがあるのだ。


「……ただ?」

「同人誌は非正規品であって、原作者や出版社の知らないところで密造されているらしい。そして、地下で密造された同人誌は特殊な流通経路を辿って、最終的には同人誌専門のバイヤーを通すことでしか購入できないと言われている」

「何だとっ!? 春臣のやつ、そんな物騒なものを持っていたのか!?」


 声を張り上げるシルフィ。

 森斗はごくりと生唾を飲んだ。


「同人誌を売っているのはグリム機関のような秘密組織かもしれない。そして、アンダーグラウンドな組織は異端者たちの格好の隠れ家だ。組織のリーダーが異端者で、構成員が全てグール化されているという事例も聞いたことがある」

「それなら望むところだ。異端者を倒して、同人誌を購入する。私たち、グリム機関の狩人がするべきことはいつも変わらな――」

「――到着しましたよ」


 マリアに言われて、森斗とシルフィが立ち止まる。

 そばのビルを見上げると、そこにあったのは『コミック・ジーク』という店名のオタク向け書店だった。出入り口の脇にあるショウウィンドウには、放映されている新作アニメのキャラクター立て看板が置かれている。


「……普通だな」


 拍子抜けしてしまったシルフィ。

 あはは、とマリアが楽しそうに笑った。


「森斗さんの言っていることもあながち間違いじゃないですけど、同人誌自体は普通の書店と同じように買えますよ。さて、目的の品を探しに行きましょう!」


 マリアに続いて、森斗とシルフィの二人もコミック・ジークに入店する。

 自動ドアを通って最初に目に入ったのは、大量に山積みされている新刊の数々だ。漫画、雑誌、ライトノベルが揃っている。特典ペーパーがついているもの、著者のサインが書かれているものまであった。


「ぐぬぬ、こんなところにまで……」


 シルフィに言われて、森斗は振り返る。この書店にも『本当は美少女なグリム童話~きみは夜の狩人~』の広告ポスターが飾られていた。どうやら、ゲーム本編に先駆けて雑誌に漫画版が掲載されているらしい。


 森斗はポスターに描かれているヒロインとシルフィを見比べる。

 彼女がマイクロビキニを着たらどうなってしまうのだろうか?


「……お前、良からぬことを考えているな?」

「良からぬことは考えてない。ただ、期待に胸を膨らませている」


 森斗がそう答えると、シルフィは「お前は本当に漫画が好きなんだな……」とズレたコメントをした。どうやら、彼が同人誌について考え事をしていると勘違いしたらしい。結果オーライなので森斗は黙っておくことにする。


「このお店だとゲームの予約はできませんから、まずは同人誌を見に行きましょう」


 マリアに連れられて、二人は階段を上っていく。

 辿り着いたのは三階の版権物同人誌コーナーだった。


「おぉ、これは凄い!」


 森斗は思わず感嘆する。

 フロア全体に所狭しと同人誌が並べられていた。放映中のアニメ化作品を扱った同人誌がメインだが、すでに『英国メイド物語シャルマ』の同人誌も入荷されている。来期からアニメ化ということで注目されているようだ。

 シルフィが顔をしかめる。


「……客層が偏っているな」

「まぁ、基本的には男性向けのジャンルですからね」


 シルフィとマリアが三階フロアに足を踏み入れると、同人誌を物色していた男性客たちが一瞬だけざわめきが起こった。だが、すぐさま彼らは二人から視線を外して、再び同人誌選びに没頭し始める。


「あとで女性客がメインのお店も紹介しますから、今は同人誌を探してみましょう」

「そ、そうだな……」


 マリアに勧められるがまま、シルフィは知っている作品の同人誌を探し始める。

 森斗も早速、春臣が読ませてくれた同人誌を探すことにした。


 あれは本当に良いものだった。内容はしっかりと読み込んだが、思い出したときにまた読めるように一冊購入しておきたい……などと考えていると、新作コーナーに山積みにされていたので簡単に見つけることができた。


 シルフィの分も一冊確保しておいて、他のシャルマ本をチェックしていく。イラスト集に四コマ漫画に長編もの、コメディ調からシリアス調まで、同じ作品を元にしているはずなのに同人誌の形は様々だ。


 森斗はあっという間に同人誌の世界に没頭していく。

 その一方、シルフィも真剣に気になる作品を探していた。


「おっ、あそこにあるのは……」


 彼女の目に止まったのは、フロア奥の棚に掲げられている『シャルマ本コーナー』という小さなプレートである。森斗が見ている場所とは別のコーナーが用意されているようだ。どうして、わざわざ離れたところに作るのかは分からないが……。


 シルフィは小さな体を生かして、男性客たちの間をすり抜けていく。

 グリム機関での訓練、そして数々の実戦で鍛え上げられた彼女のフットワークを遮られるものは誰もいない。ましてや全員が同人誌に夢中なのだから、シルフィから一度視線を外したら最後、彼女がそばを通ったことに気づけるものすら皆無だろう。

 そして、第二のシャルマ本コーナーにたどり着いた瞬間、


「――ぎゃああああああっ!!」


 シルフィはフロア中に響き渡るような悲鳴を上げた。

 腰を抜かしてしまい、ズリズリと後ずさる。


 同人誌に夢中だった男性客も流石にこれには気づいた。シルフィがどうにか四つんばいになって逃げようとすると、男性客たちは彼女のために通路を空けてくれる。彼女はトンネルをくぐるようにして、フロア奥のコーナーから逃げ出した。


「シルフィさん、どうしました!?」


 マリアが振り返ったと同時に、彼女の胸にシルフィが飛び込んでくる。

 二人には身長差があるので、年の離れた妹が姉に抱きついたようにも見えた。


 すぐ目前にふわふわとした銀髪があって、マリアはおもむろに顔を埋めてみる。

 彼女が聞くところによると、シルフィは自分が人狼ハイブリッドであるせいで、獣っぽい匂いをしているかもしれないと気にしているらしい。だが、こうして近くにいても全然そんなことはない。それどころか、いつまでもくっついていたいほどだ。


「すーはー、すーはー、これは役得! ……じゃなかった。大丈夫ですか、シルフィさん? 何か怖いことでもありましたか? シルフィさんに手を出そうとする不届きものがいたら、この私が成敗して――」

「あの、お客様っ!」


 そのとき、レジにいた店員の青年が駆けてくる。

 彼は申し訳なさそうに説明した。


「あそこは未成年のお客様は立ち入り禁止のコーナーでして……」

「すみません、彼女には私から説明しておきますので」


 シルフィに代わってマリアが応対する。


「こちらも掲示がわかりにくかったようで、申し訳ありませんでした」


 店員の青年は平謝りしてレジに戻っていった。

 マリアの体には未だにシルフィがぎゅっと抱きついている。


「聞いてくれ、マリア! シャルマが、あの健気で可愛いシャルマが、口には出せないようなあんなことやこんなことをされていたんだ! 近代が舞台なのにスクール水着とか、体操着とかを着せられて、ご主人様じゃなくて村人Aみたいなのが……」

「おぉ、よしよし。怖かったんですね、シルフィさん」


 シルフィの心を落ち着けるため、子犬を愛でるように頭を撫でまくるマリア。

 彼女は森斗に声を掛けようと振り返る。


「森斗さん! ここは名残惜しいですが、シルフィさんがダウンしたので――」


 マリアがそこで目にしたのは、


「この同人誌はシリーズもので、第一巻から第四巻までをまとめた総集編が出ているのか。けれども、総集編ではページの都合でおまけ漫画がカットされている。ならば、いっそのこと第一巻から一冊ずつ買っていくことで――」


 任務に挑むときのような眼差しで、同人誌を真剣に選んでいる森斗の姿だった。

 彼は見本誌を見るのに夢中で、シルフィに起こった悲劇に気づいていない。

 マリアは今一度、森斗に声を掛けようとして一歩踏み出したが、考えを改めてふるふると首を横に振った。


「いつの間にか戦士の顔をするようになりましたね、森斗さん。私はあなたの成長を応援しますよ。シルフィさんのことは私に任せて、あなたは思う存分に同人誌を選んでくださいね。狩人にも休日は必要ですから……」


 シルフィの体を小脇に抱えて、マリアは三階フロアから撤退する。

 森斗の提げているカゴの中には、すでに山盛りの同人誌が詰まっていた。

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