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グリム機関の赤頭巾  作者: 兎月竜之介
グリム機関の赤頭巾
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 割とあっという間に昼休み。

 森斗、シルフィ、マリア、そして春臣の暫定美術部員たちは、四人で集まって昼食を食べることにした。机二つを向かい合わせにくっつけて、椅子を持ち寄って窮屈ながらも食事スペースを確保する。他のクラスメイトたちも良くやっていることだ。


 シルフィとマリアを食事に誘おうと、何人もの生徒が今日も二年一組の教室にやってきた。だが、森斗と春臣の男子二人組がいるのを見ると、大半のものは渋々と帰っていく。中にはそれでも強引に誘おうとするものもいたが、そこはマリアが「先約がありますから」とやんわり断った。


「まぁ、別に他のやつらと昼飯を食べに行ってもいいんだぜ?」


 美少女転校生を二人確保した余裕からか、そんなことを言い出した春臣。

 彼は今朝から石油を掘り当てた成金のような態度だ。

 クラスメイトから変な恨みを買ったりしないだろうな、と森斗は少しだけ心配になる。


「昨日約束したからな。森斗のお弁当を食べると」


 ふんす、と鼻を鳴らすシルフィ。


「お弁当だけもらって、他のところで食べるのはいささか薄情だ」

「あ? どういうことだ?」


 春臣と話すようになったのは放課後からなので、彼は状況を把握できていないようだ。

 森斗がさらりと説明する。


「僕がシルフィとマリアのお弁当も作ってくることにしたんだ」

「あっ、お前、ずるいぞ! 一人で勝手にポイント上げやがって!」

「別にポイントとかでは……というか、二人の食生活は根本的にやばいと思うんだよね」


 マリアが昼食にポテトチップスを持ってきたのは、あれっきりの間違いだったのかもしれない。だが、シルフィの方は昼食、おやつ、夕食(未遂)と前科三犯。カレーを作っていなければ、今朝の朝食もあまーいものになっていただろう。

 シルフィが異論を述べる。


「私は甘いものだけでも生活できる特殊体質だ。問題ない」

「だとしたら、いよいよ研究室送りになっちゃうんじゃないの?」


 うぐっ、と痛いところを突かれたリアクションのシルフィ。

 人のことを言えたものではないが、彼女もかなり嘘が下手だなと森斗は思った。

 彼はスクールバッグから弁当箱を引っ張り出す。


「弁当箱は小さめのやつにしたんだけど、それで良かったかな?」

「本当に作ってきてくれたんですね!?」


 シルフィが当然という態度である一方、マリアは意外そうに驚いている。


「あれはいわゆる冗談かと思っていました。それで、私もいよいよ料理の腕前を披露しなくてはいけないかと、自分でお弁当を作ってきたんです。けれど、どうしましょうか? これではお弁当が一つ余ってしまうことになります」

「それなら俺に考えがあるぜ!」


 提案したのは春臣だ。

 彼は持参したコンビニ袋を机に置いた。


「俺が昼飯用に買ってきたのは菓子パンだ。放課後まで放っておいても、食べられなくなるわけじゃない。だから、西園寺さんは森斗が作ってきた弁当を食べて、俺が代わりに西園寺さんの弁当を食べるってのはどうだ?」

「それは妙案です。では、私も森斗さんのお弁当を頂くことにしますね」


 マリアが森斗から弁当箱を受け取る。

 シルフィは彼女よりも一足先に弁当箱のふたを開けていた。


「……ほう、今回の目玉はポテトサラダか」


 弁当箱の一段目にはご飯、二段目にはおかずが詰められている。彼女の言った通りに、今回のメインは手作りのポテトサラダだ。実は昨晩のうちに作っておき、冷蔵庫に入れて冷やしておいたのである。他にも卵焼き、小さなハンバーグ(五割引の日に購入した冷凍食品)、デザートの林檎も付いている。


「な、なんだ……この林檎、ウサギさんの形にカットされているぞ!?」

「ドイツではやらないの?」

「生まれて初めて見た。林檎一つにも造形美を求めるとは……ジャパン恐るべしだな」

「森斗さん、女の子の好みを分かってますねー」


 むふふ、と口元を押さえて微笑むマリア。


「これを無自覚でやっているわけですから、かなりポイントは高いですよー」

「あっ、お前、やっぱポイント稼いでるじゃねーか!」


 俺も何か考えないとなー、と春臣が一人悔しがる。

 それから、彼はハッと思い出して催促した。


「マリアちゃん、弁当だ! 俺にはお嬢様の手作り弁当があるじゃねーか!」

「どうぞ、春臣さん。存分に堪能してくださいね」


 マリアがスクールバッグから弁当箱を取り出す。

 それは全体が淡いピンク色で、花柄のちりばめられたとても女の子らしいものだった。サイズも小さめで、腹を空かせた男子高校生としては物足りない量である。だが、女子の手作り弁当というのは、満腹感とは別の幸福感を生むのだった。


「しかも、セレブのお弁当だぜ? 一体どんな豪華な食材が――」


 ガパッと勢いよく弁当箱のふたを開ける。

 途端、弁当箱の中から黒い煙がぶわりと吹き上がった。


「ぐえっ、ぐはっ……どうなってんだ、こりゃあ!?」


 春臣が咳き込んで顔を背ける。


 森斗とシルフィが花柄の弁当箱を覗き込むと、そこには爆撃を受けて焦土と化した大地を思わせるような光景が広がっていた。消し炭という表現が端的かつ正確だろう。そこでは全ての食材が死に絶えていた。

 ともかく焦げ臭い。そして、どんな料理なのかも分からない。元々はちゃんとしたお弁当だったはずが、通学途中に悪魔か何かに呪いを掛けられて、こんな惨事になってしまったのだと思いたくなるような有様だ。


「控えめに言って地獄だな」


 シルフィが引きつった顔になっている。

 煙幕を喰らった春臣に代わって、森斗がマリアに尋ねた。


「で、物体としては一体何なの?」

「やだなー、森斗さん。料理と言ってくださいよ。これはみんな大好きな最高級フィレステーキです。このために今年最高の肉牛を一頭買いしました。そして、お弁当にするためウェルダンに仕上げてあります」

「謝れ! 肉牛に謝れ!」


 焦げ臭い煙を喰らったからか、それとも本当に悔しいのか、はたまた肉牛の無念を想っているのか、春臣は両目に大粒の涙を浮かべている。


「うわっ……しかも、ご飯だけはやたらと美味しそうじゃねーか!」


 弁当箱の二段目を開けた春臣。

 そこに入っていたのは、米粒の一つ一つがツヤツヤとしている美味しそうなご飯だった。


「そちらは経営農家が育てた完全無農薬のコシヒカリです」

「くっそ、米だけで十分に美味い! なんで、これでおかずが全焼してんだよ!」


 あまりにも可哀想になってきたので、森斗はおかずの卵焼きを一つ分け与えた。


「も、森斗! 今の俺には卵焼きが金塊にすら見えるぜ!」

「流石にご飯だけじゃあ、味気ないだろうと思ってね」


 すると、マリアも冷食のハンバーグを春臣の弁当箱に載せた。


「私からもどうぞ。といっても、このお弁当を作ったのは森斗さんですが……」

「次からは焦げないように頼むぜ、マジで」


 春臣は二人からおかずを受け取り、喜びと悲しみの入り交じった複雑な表情でご飯を食べ進める。すると当然、残ったシルフィの対応も気になってしまうのが人間の性か、春臣はチラリと彼女の方を見た。


 シルフィが視線を向けられたことに気づいて顔を上げる。

 彼女は三人が騒いでいる間に、すでに森斗の手作り弁当をほとんど食べ終わっていた。

 弁当箱に残されているのは、ウサギっぽくカットされた林檎が二つだけである。

 シルフィは震える手で弁当箱を掴むと、そっと春臣に向かって差し出した。


「わ、分かった……林檎、一つ食べて良いから……」

「逆に食べづらいわっ! 流石にデザートはシルフィちゃんが食べろよ!」


 救われた、とシルフィの表情が晴れやかになる。

 彼女はウサギ林檎を十分に愛でてから、その一つを小さな口に運んだ。

 シャクッと小気味良い音がして、口の中に林檎の甘い果汁が溢れる。

 一つ食べ終わったところで、シルフィは今度は森斗に見られていることに気が付いた。


「……な、何を見ているんだ?」


 森斗は自作の弁当をもぐもぐと食べる。


「ずいぶんと美味しそうに食べてくれるのが嬉しくてさ。シルフィが楽しそうにしていると、僕も楽しい気持ちになってくるんだよ」

「あ、あんまり恥ずかしいことを言うんじゃない! 食が進まなくなるだろ!」


 最後の林檎をためらってしまうシルフィ。

 二人のことを見ていた春臣が、おもむろに質問してきた。


「お前たち、本当に前からの知り合いとかじゃないわけ?」

「私はドイツの学校から転校してきたんだ。どうして、こいつと知り合いになる?」


 不機嫌そうに顔をしかめるシルフィ。

 春臣はさらに不審がって追求する。


「昨日の昼休み、いきなり森斗を連れ出しただろ? 人気のないところに連れて行け、とか言ってたしな。そんなこと、初対面の人間に普通は言ったりしないじゃねーか。ありゃあ、どんな意図だったんだ?」

「ふん、ドイツでは当たり前のことだ」


 シルフィがしたり顔で言い放つ。

 これは嘘をつこうとしているな、と付き合いが短い森斗でも分かった。


「ドイツの学校には鉄の掟がある。友達のいなさそうなやつがいたら声を掛けろ、だ。孤独は調和を乱すからな。私は森斗から友達いないオーラを察知して、ドイツ人としての責任感から彼に声を掛けたまでだ」


 とても理にかなっているだろう?

 シルフィは一人納得してうなずいているが、春臣は疑いの眼差しを投げかけている。

 腕組みをしているシルフィの額からひとしずくの汗が……。


「いや、まぁ、何かあるなら聞かないけどさ、だったら転校してきた理由は何なんだ? 俺的にはシルフィちゃんだけじゃなくて、マリアちゃんの理由も気になるぜ。なにしろ、美少女転校生が二人同時なんて、普通の人生にはまずないイベントだからな!」

「わ、私もですか!?」


 三角定規を投げ返されたとき以来、素の表情を見せるマリア。

 春臣は森斗にも話題を振ってくる。


「お前だって気になるだろ?」


 初対面なら反応して然るべきか。

 話の流れが不自然にならないように、森斗は彼に同意してうなずいた。

 シルフィが「厄介な話題を振りやがって……」と八重歯を剥き出しにする。


「ええと、私は父親――」

「――私は父親の仕事の都合だ」


 マリアに被せるようにして、シルフィが最もポピュラーな転校理由を挙げる。


「父親が日系企業のドイツ支社に勤めているんだ。だが、このたび東京本社に転属になったので、私も思いきって日本留学することにした」

「ふーん、普通だな。マリアちゃんは?」


 春臣が次のターゲットに狙いを移す。

 自分も使おうとしていた理由を取られて、マリアはあからさまに動揺していた。なにしろ、視線が明後日の方向に向けられている。仕事の話をするときはあんなにドライなのに、不意に虚を突かれると意外に脆い。


「わ、わ、私は……」


 突然、マリアが椅子を跳ね飛ばすような勢いで立ち上がる。

 彼女は胸元に手を添えて、西園寺さんモードのスイッチを入れた。


「――私は制服マニアなのです! 様々な学校を渡り歩いては、その学校ごとの制服を集めているのです! 稀野学園のセーラー服はスタンダードな型ですが、所々に細かい意匠が施されていてセンスの良さを感じます。ぶっちゃけ、超絶可愛いです!」

「分かるっ! 分かるぜ、マリアちゃん!」


 春臣までは瞳を輝かせて立ち上がる。

 彼は拳をグッと握って熱弁を振るった。


「何を隠そう、この俺も女子制服を目当てで学校を選んだ口でな……。この学校の制服って可愛いよねー、なんて言っている女子たちの会話に混ざりたくても混ざれなくて、この一年間はやきもきしていたんだ。だが、こんなところで同志と出会えるとはな!」

「えぇえ……」

「マリアちゃん、そこでドン引きするなよ!? 俺、立ち直れなくなっちゃうから!」

「――さてと、」


 そこで森斗がすくっと立ち上がる。

 彼は仲間たちよりも一足先に弁当を食べ終わっていた。

 弁当箱を包みに戻して、スクールバッグに放り込む。


「僕は図書館に行ってみるよ。弁当箱は机の上に置いてくれたらいいから」


 森斗はそう一言残して、颯爽と二年一組の教室から出て行った。


「おう、ゆっくりなー」


 小さく手を振る春臣。

 これで美少女二人を独り占めかと思いきや、その直後、シルフィが最後の林檎を口に放り込んで弁当箱を畳み始める。


「私は購買でプリンでも買ってくる」

「あ、私も一緒に行きます。この西園寺さんも甘いものは別腹ですから」


 彼女に続いて、マリアまでもがいつの間にか弁当を食べ終えていた。


「えっ、早くね? シルフィちゃんはともかく、マリアちゃんは食べるの早くね?」


 春臣の前にある弁当箱には、まだ大量の白米が残されている。

 女子二人は連れ立って、「さっきのはひどいですよ!」「あれは早い者勝ちだ」などと言い合いながら、春臣を放置して教室から出て行ってしまった。


「くそぅ、主人公的立ち位置であるはずの俺が森斗に後れを取るなど……」


 春臣は悔しさを胸にして、残りの白米をガツガツとかき込んだ。

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