片恋
約束の時間になっても、少年は来なかった。 雫は木陰にもたれかかり、ゲタを胸に抱く。
ポツポツと泣き出した空に、裸足の下が緩む。
向かいに見える赤いリンゴ飴を、母様に買っていこうと思い、雫は店の前へ歩いた。
チラリと店主が値踏みする。
50円と書かれた値札に、雫は財布の紐を解くと、手のひらにあけた。
5円玉が3枚。
ぎゅっとお金を握り締め、元居た木の根に戻る。
母様……雫が空を見ると、雨が水溜まりに跳ねた
『あッ…』
白い浴衣に泥がつく。 母様がくれた大事な大事な浴衣。
雫は木の根元の隆起している所に裸足のまま登った。 チクチクと木の皮が刺さる。
酷くなる雨に、人は帰路へ、屋台は灯りをおとした。
暗い祭りの後。
『……まだかな…』
昨日とは違く見える景色。 少年が隣にいないのが、祭りの後より寂しい。 昨日……離れなければよかったなぁ……時間がないのに…名前も知らないのに……。
自分が寂しいと思うことも、自分が誰かを愛しいと思うことも。
少年に会わなければ、知らないままだった。
明後日からは、見つめることさえ出来ない。
もし、あの時名前を聞いていたら? 私がもっと綺麗で……人であったなら?
しゃがみ込んで、昨日の夢を見る。 大きな手と優しい笑顔、少ししか知らないのに。 寂しさが愛しさを育てて、頬に涙が一雫落ちる。
恋なんて……しなければ良かった。
いっそ知らないままなら…こんなにも胸が痛むこともないのに。
けれど少年を知らないままは、やっぱり耐えられそうもなくて……思い返すだけの恋でいいから……ただ…もう一度会いたい。
『さむい…な…』
雨で下がる気温。
繋いだ手の温もりを奪われたくなくてぎゅっと握る。
叶わない恋だから、好きな事は告げずに逝こう。
好きになってごめんね。
時間が過ぎて、そろそろ社に戻らないといけないのに……会えないのに足が動かない。
思い出した手のぬくもりが暖かいよ。
ただ……それだけでいいの。
それだけを持っていこう。
その日、少年は現れなかった。