木之香守と佐伊羅魚
いただいたお題をつなげた、カオスな物語。収拾がつかない、よく分からないものとなりました。
このこどこのこ、もりのここのこ
きみはどこのこ、ひとのこそのこ
いくなとわらう、はなさぬと
そとはおまえがいけぬばしょ
「ん?」
ふと誰かの歌声が聞こえたような気がして青年は顔をあげた。深まる秋の中、今日は絶好のキノコ狩り日和だ。ここにも、こっちにもと次々に見つかるそれを追いかけては収穫、を繰り返しているうちにいつの間にか時間が経っていたらしい。葉を落とす木々の間から見える空は、真っ赤に染まっていた。
「いっけね!」
腰に下げた籠にはみっちりとキノコがつまっている。新たに採ったキノコを無理やり突っ込んで、青年は後ろを振り返った。
「…」
彼の目の前には道がなかった。と同時に、背中を冷たいものがだらだらと流れ落ちる。
「まよっ…た…?」
いいやそんなわけがないと首を振る。ここを真っ直ぐ歩いていけば下山できるはずだ。
しかしいくら歩いても道らしきものは見当たらない。どんどん迫ってくる夜の闇に、彼の足取りは速くなっていく。
-あの森は夜になると化け物が出るんだよ。
だから暗くなる前に帰ってきなさい。昔言われた言葉が甦った。ありもしないと笑った話にさえ、うすら寒さを覚える。だから、突然かけられた言葉に対して心構えというものはなく。
「ねえ」
「わあああっっ!?」
彼は文字通り、飛び上がった。
両手を上げ駆け出そうとしてその声の主が子どもの声だということに気が付く。彼は恐る恐る振り返った。
「わああ、あ…?」
子どもがひとり立っていた。
「まよったの?」
笑顔で問いかけるその子に、戸惑いながらも頷く。
「あ、ああ。君は、この辺の子かい?」
「うん!」
ちょうどよかった、と彼は胸をなでおろした。
「山を下りたいんだけど、下山の道を知ってたら教えてほしいんだ」
すると、子どもはあっち、と太陽が沈む方向をああ、それ指さした。
「ここをずっといくと、にんげんのつくったみちにでるよ」
「?…ありがとう」
何か違和感を覚えながら、青年は一歩踏み出す。彼がそれに気が付くことはなかった。
「ああ、そりゃあ化け物だ」
「え」
帰途につき、夕飯を囲みながら家族にその話をすると、祖父が気難しい顔でそう言った。その言葉を聞いた青年はぽろりと箸を落とす。
「言っただろう。暗くなるとあの山には化け物が出ると」
そりゃ聞いたけど、ともごもごと口の中で呟いた。自分はそんな迷信など信じていないし、現にあの子は道を教えてくれたし。ただ気になる点があったとしたら、もう肌寒い季節にもかかわらず夏の和服姿だったこと、髪は長かったが少年か少女かもわからない顔立ちだったこと、「人間の作った道」と言っていたこと、籠にぎっちり詰め込んだキノコが消えていたこと、だろう。
―あれ、意外と多いぞ。
それでも彼は何も考えないことにした。今度会ったら聞いてみよう。そう思って。
「また暗くなったなあ」
先日採ったはずの夕飯のおかずが消えていたため、彼はまた山でキノコ採りをしていた。そして案の定、暗くなるまで気が付かなかった。
「また、まよったの?」
どこからともなく子どもが現れた。彼、または彼女はこの間と同じ格好をしていた。心なしか少しだけ機嫌が悪そうに見える。
「君は、どの辺に住んでいるんだい?」
この山、と短い答えが返ってきて、青年は苦笑する。
「だよなあ」
キノコ、と小さな声が聞こえた。
「ん?」
「キノコ、またそんなにとってる…」
腰の籠を見て、ああと彼は頷いた。この時期にしか取れないキノコがこの山に生えている。
「夕飯のおかずになるんだ。うまいぞ」
食うか?と差し出すと、子どもはふるふると首を振った。口をへの字に曲げ、青年を睨み付けるように-。
「あるからってぜんぶとるのは、だめ。ぼくはそれをゆるさない」
「ごめんごめん。でも、家族のためなんだ」
見逃してくれないか、と両手を合わせるが、子どもは首を振った。そして籠から数個抜き取る。
「…ぜんぶそのばしょからもっていっちゃうと、すべてなくなる。あなたはそのあとどうするの?」
子どもの声で大人のような話し方をする奴だな、と青年は思った。採りつくしたらそれで終わりだ。次の場所に移動するだけ。
そんな心の声を感じ取ったのか、子どもは深い溜息をつく。
「らいねんのために、のこしておかないとだめだよ」
言いながら近くの木の根に青年が収穫したキノコを載せた。淡く光ったかと思うと―。
「生えた…!?」
何もなかったところから、にょきにょきとキノコが生えている。しかも数も増えていた。
「これは、ぼくのしごと」
「君は、一体…」
「ぼくは―」
言いかけて、子どもはにっこりと笑って青年の後ろを指さした。
「さあ、人間。そろそろ帰れ。ぼくの気が変わらぬうちに」
がらりと口調が変わる子どもに、青年は目を瞠った。そして言われるがまま、山を下る。逆らえない何かがあった。
「…それはな、木之香守じゃ」
「キノコモリ?」
何それ、と尋ねると、祖母は涼しい顔で漬物を頬張った。ぱりぱりと小気味良い音がする。
「子どものなりをした、山の神じゃ」
その昔。双子が忌み嫌われていた集落があった。そこで女が双子を生み落したとき、後に生まれた子供は忌み子として山に捨てられたという。
「それと神様と何の関係があんの?」
ほんのり醤油味の茸ご飯を口へ運ぶ。お焦げができて香ばしい。
「それには続きがあってな」
哀れに思った神がその子どもを生き返らせ、山の神にしたのだ。
「へえ…」
あいつ神様だったのか、と青年はぼんやりと思った。
それにしても。
「ばーちゃん、ご飯うまいよ」
あいつは食わないのかなあ、とふと考えた。こんなおいしいもの、知らないのならば。
「…え?これを食えと?」
適当にいつもの山をぶらぶらと歩いていたら、いつものように子どもが現れた。
じと、と睨み付ける子どもに、青年は満面の笑みで包みを渡す。中を開いた子どもは、そこにあった茸ご飯のおにぎりを見て呟いたのだった。
「ああ、うまいぞ。食ったことないだろ、このか」
「このか…?」
お前の名前だよ、と青年は木の根元に腰かけた。
「女の子っぽい見た目だしな」
「女でも男でもない。そんな概念はとうに捨てた」
言いながら子どもはおにぎりを恐る恐る口へと運び、一口。
「…うまい…!」
なんだこれは、とあっという間に平らげる。その様子を、青年は頬杖をつきながら目を細めていた。
「魚は?」
「サカナ?」
なんだそれは、と首を傾げる子どもに、青年は苦笑しながら立ち上がった。
「そうか、魚を知らないか。…この時期はな、秋刀魚が旨いんだ」
一緒に行くか?と問いかけると、子どもは悲しげに首を振った。
「外へ行くことはできぬ。それがここの、ぼくの掟。生き永らえる代わりに、山を出ることは禁じられている」
残念だな、と青年は呟く。
「じゃあ、待ってろ」
ぽん、と子どもの頭に手を置く。怪訝そうに見上げた顔に笑って見せた。
「また、明日な」
背中を向ける青年に、我に返った子どもは慌てて声をかけた。
「おい、人間!」
「待ってろってー」
背中越しにひらひらと振る手に、違う、と異を唱える。
「下山道はあっちだ!」
青年は、派手に転んだ。
翌日は青年の荷物が増えていた。重そうな何かを持ち、えっちらおっちらと山を登ってくる。
「人間、なんだその荷物は」
どさ、と肩から降ろすと、額の汗をぬぐった。
「ふー。…ん?これは、七輪って言って、まあ、見てろって」
にやりと笑う青年に、子どもは近くに腰を下ろした。もう一つの包みからは、細長く銀色に輝く刀のような何かが出てきた。
「これが、サンマ、か?まるで刀みたいなものだな」
そうだ、と頷きながら青年は器用に火をおこす。もちろん、周りは枯れ葉など脇に寄せて燃え広がらないようにしていた。
「秋に捕れる、刀みたいな魚だから、秋の刀の魚と書いてサンマって呼ぶ。あと、細長い体だから狭真魚っても呼んだりするんだとよ」
ほおお、と子どもは目をキラキラとさせた。
「人間、お前は何でも知ってるんだな」
「だてに旨いもん食ってませんから」
パチパチと魚から滴る脂が爆ぜる。その度にじゅう、と音を立て七輪から煙が立ち上った。
「…そろそろ、かな」
器用に網から魚を剥がし、青年は焼けたサンマを子どもに渡した。皮が色付き、香ばしい香りが辺りに充満していた。
「ああ、これは旨いな」
ほら、食ってみろ、とサンマを差し出すと、子どもはそっとかじり、見る間に顔を輝かせた。かと思うと、ぼろぼろと泣き始める。
「な、何でお前はこんなに構うんだ…?」
普通は怖がるだろう、と大きな涙を零しながら子どもはしゃくりあげる。その言葉に青年は首をひねった。
「うーん、何でだろうな…?お前さ、なんか飢えてるような感じだし…。いろいろ苦労したんかなって思ったり…、あとは、罪滅ぼし的な?」
「罪滅ぼしだと…?」
ほら、キノコいっぱい採りまくってたし、と言うと子どもは袖で顔をぬぐった。
「ようやく分かったか」
「あ、はい」
つい居住まいを正してしまう。
「このかがこの山を守ってくれてたんだな、ありがとう」
子どもは少し顔を赤らめ、またサンマにかぶりついた。
「んー?照れてるな?」
「違う!」
どこかに、木之香守がいる山があるという。そこには、お世辞にも素直だとは言い難い子どもの姿をした神が住んでいると言われ、秋刀魚を捧げてからキノコを採りに行くと下山までの無事を保証してくれるらしい。
題名の佐伊羅魚は、日本古来の読み方の一つで、サンマの事だそうです。
秋の味覚。美味しいですよね、秋刀魚。これ書いて想像してたらお腹空いて大変でした(苦笑)




