共闘
毎週末、日曜日。昼の三時を過ぎた頃合いになると、もう明日いやだーだっりー。てな具合で月曜日への憎悪をちらちらと高め続けるのだけど、今はそんな余裕はなかった。
入ったことのない喫茶店にいて、才川。
眼前に、才川。
正直言って気まずい。
どうしてこうなったか──。
・
屋上での戦いの後。
俺達はやってやったぜ、として勝利に酔いしれてカレーにがっついていたわけだが、結局アンリ自身に『成長』なんてものが起きずにやきもきしていた。
ぶっちゃけ倒してはいないんだが、俺達にとっちゃあれがなせる限界だ。こと魔法においての決着となれば。
精霊さん、頼むよーなんて思っても何も起こらず。このままじゃわりとマジで詰むんじゃねーかと若干焦りながらも打開策は一向に見えてこないまま迎えた金曜日。
帰りのホームルームが終わってさ。さー明日は寝まくるぞーって決意した時にだ。ちらと見えてしまったんだよ。異物が。もう、明らかに見ない方がよかったものが。ぺろっと机の中から出ててさ。見て見ぬふりをしてしまったら土日に悶々とする羽目になる気がしたから、俺は手にとってしまったっつーわけだ。
えらい達筆で日時場所が端的に書かれた白い封書が俺の机の中にあった。他に記されていたのは『待つ』という二文字。前時代的過ぎて笑いそうになったが、その笑いはすぐにかきけされた。
右端に才川って名前を見てね。
再戦を申し出てくる可能性が大いにあった。なんかどうみても果たし状的なものにしかみえなかったし。
俺達は成長出来ずに使える魔法はお披露目しちまった<真実のジャッジメント>のみ。ってことを予測されていれば攻撃手段がないってことに才川は気が付いているだろう。あいつは頭よさそうだし。実際学年の学力テストではいつも五番以内入ってたと思う。
だっさい魔法ネームを叫ばなければよかったとやはり後悔する。アンリめ。
んで、戦いが来れば受けざるを得ない。奴らの魔法も既にネタが割れてるから、再戦するとなれば肉弾戦になるだろう。エルロットは男のわりには中性的で、体格も小さくてとろそうだったから、まだつけいる所はあると思うけど。何の試験なんだかな。
もう一つ考えはあるし、出来ればそうしたいという気持ちはあるんだが、どうも成就出来る気はしない。
再度の戦いになった場合の具体的な対抗策を思いつかないまま、俺達は日曜日を迎えた。
しかし当日になって俺はようやく違和感を覚えたのだ。アンリのことを普段バカにしているが、俺もバカなのかもしれん。
待ち合わせ場所が駅前だったのだ。人通りが多い。
霊体化して、いくら周りに気が付かれないとはいえ、そんなとこで好んで自ら戦いを挑んでくるとは思えなかった。
才川は人一倍TPOには厳しいはずだ……確信はないけどそうだろう。実際奴のクラスでの振る舞いは注意すべき点がないくらいにいつも模範だからな。
他人に迷惑がかかりそうな場所を選ぶはずがない。
戦いでないとなると……
そんな風に考えながら、待ち合わせ場所で立ち尽くしていると私服姿の才川が姿を現わした。はん。俺の方が早かったぜ。なんせ三十分前に来てやったからな。
エルロットの姿は見えないが、大きめの鞄を俺と同様持っていた。詰めてんだろなって予想。多分合ってる。あとでアンリに板が光ってるか聞けばわかるだろう。
まー険しい表情だったね。
そんな才川が開口一番言った言葉。
「こんにちは、シャツを入れなさい」
こういうファッションなんですけどぉ! 挨拶の和やかさがもう色々台無しだよ!
しっかし私服姿の才川は貴重なもんだと思った。ぱっと見れば清楚で控えめな感じ。ぱっと見ればね。私服はね。ただよく見ると学校で放っているあのオーラはやっぱり出てるよ。才川だよ。
最初こそ新鮮な才川に見とれていた俺だが、段々とそんな余裕もなくなってくる。こっからどうするんだろう。何を言ってくるんだろう。緊張してきた。
「行きつけのお店があるの。そこ行きましょう」
有無を言わさないってのはこういうことなんだろうな。
俺の返事を待たずに踵を返し、すたすたと歩いて行く才川。
脇道の、寂れた通りにレトロな感じでしゃれた喫茶店があった。こんなとこにこんな店があったとはな。
外見のわりに、内装は豪奢だ。趣味が悪い派手派手な感じではなくどっしりとしたアンティーク喫茶って感じか? 客は少ない。
店主っぽいお婆ちゃんが「はいはい」と言って奥から出てきた。
俺達は窓際のすみっこらへんのテーブル席にこしかけた。そこだけくぼんだスペースになってて、開放的でありながら、個室っぽくもある。
「いつもの頂戴ね」
で、でたぁー。きざっぽく、常連になったのを鼻にかけて「いつもの」とか言っちゃう奴でたぁー! ドラマでしか見たことなかったから俺は若干感動したぜ。
しかし感動は驚愕に変わったね。
メニューを開く。たけぇ。コーヒー六百円。はぁ? 最低の金額がこれ。にげぇ豆汁が六百円。はぁ? 紅茶がない。というか飲み物のメニューがコーヒーしかない。はぁ?
才川、お前持ちだよな。なんて聞けるわけもない俺はにこやかなばあちゃんに気が付くとコーヒーを頼んでいた。飲めなくもねぇし。全然好きじゃねぇけど飲めなくもねぇし。
「飲み物を待ちましょう」
んで、無言。
才川は堂々と俺をみてきやがって、俺は手持ちぶさたにメニューに目を落としたり、きょろきょろと内装や掛けてある絵に目を配らせたりした。
頼むぜばぁちゃん。はやく品物持って来てくれ。なんて心内で阿鼻叫喚としているとようやく運ばれてきた。
飲んで、んで無言。
無言の圧力しか放たない才川。もう仕方ないから俺から喋ることにした。待てって言って待つのは犬だけでいいんだ。
「今日は日曜日だな」
「そうね。汐見恵一」
「その、フルネームで呼ぶのやめてもらっていいすか」
「微妙な敬語を使うのもやめてもらっていいかしら。汐見恵一」
こいつ、喧嘩売ってるのかなやっぱ。
「俺達は言い争いをしにきたわけじゃない。そうだろ?」
俺は大人だったぜ。決してびびりなわけじゃないぜ。
「どうでしょう。そこのところは今後のあなた達次第というところじゃないかしら。いるんでしょ? あなたの魔道士」
「お前もいるんだろ。エルロットだったよな」
「別にあなた達から隠しているわけじゃないし、そんな見破った風に言われてもね」
「拙い背くらべはいいよもう。本題だ。何しに今日俺を呼んだ?」
このままこいつのペースにのってたら主導権を失ってしまう。俺はなせうる最大の強気をもって打って出た。
「ずばり交渉です」
才川の鞄から声。
「ちょっとエルロット!」
「ご主人様すいません。このままだとどうも上手くいかないような気がして」
「交渉? どういうことだ」
「単刀直入に言います。僕達は汐見さん達の力を借りたいのです。もちろん、私達も力を貸します。つまり同盟です」
「ほほぉ」
意外にも早く俺の希望していた展開になってくれた。よかった。しかし安心した顔は見せない。主導権はあくまでこちらが握りたいのだ。
「こちらから言うことはないでしょう」
「今日の目的はそれ以外ありません。僕は。僕は不安なのです」
才川の表情が変わった。沈痛な面持ち。
「むう……」
俺は神妙な顔をして唸ってみせた。ぶっちゃけ願ったり叶ったりではあるし、奴らから交渉どうとかでひねり出せるものがあるとは考えていないのだが、とにかく才川に言わせたかった。お願い、と。
「むしろこちらからもお願いしたいです!」
余計な声が聞こえて。嫌な予感。アンリ、おい。
「汐見さんったら、ずっと言ってたんですよ。『出来ることならあいつらと仲間になりたいんだ』ってね」
「ばっ。いってねぇし! 全然いってねぇし!」
「えぇー。もっと覚えてますよ『誰ともしらねぇ奴より少しは気心の知れてた方がいいだろ。才川もそこまで悪い奴には思えねぇんだ』」
殺意が芽生えたが、我に返ったぜ。
拙い背比べをしていたのは俺だったのかもな。顔が赤くなっているのを感じた。はっずい!
「ま、んなところではあるよ。あったよ。実はな」
「気心知れてはいないけども」
こんにゃろ、まだ挑発するか。
「まぁでも別に……悪くない選択肢だと思うわ」
才川なりの照れ隠しのように聞こえた。若干俯いていて。こいつも素直じゃねぇなぁ。
「ありがたいです。お互いが認め合わないと仲間は成立しないですからね。本当によかった。よければ僕も鞄から出て話し合いたいのですけど。いいですかご主人様」
「ここならあまり人目につかないから問題ないでしょう」
「汐見さん、私も私も。いいでしょ?」
「まぁいいだろ。いっつも狭い鞄の中だからな」
店主のばあちゃんが何事もなかったように注文を取りに来た。ボケてんのかすげぇ対応力なのか、商売人根性があるってことなのか。わからなすぎた。
「ケーキッ! ケーキッ! ケーキッ、ケーキッ!」
バカやろう。ケーキは八百円だぞ。アンリは金の感覚がまだよくわかんねぇようだから、突っ込みたいが、チンケな見栄のせいで突っ込めねぇ。はぁ。俺ってちっちゃ。
結局ケーキを頼むことになって会話が再会。
「汐見さんとアンリさんの魔法は強いです」熱そうにコーヒーを啜るエルロット。猫舌なのかな。
「ほう? まぁ俺達もそこまで悪いもんだとは思ってないがな。ていうか、やっぱわかる? わかっちゃう? 使った魔法の概要」
「あれでわからない方がおかしいわ」
「は、ハンデだ。なんてな。一応説明しとくよ。仲間ってことだしな。情報は全部共有しておくべきだ」
俺は二人に<真実のジャッジメント>の概要を簡単に説明した。
「やっぱり制限があるのね」
「そこも気が付いていたか」
「強すぎるもの。もし無制限だったら」
「だよな。精霊達はわりと公平らしいし。で、お前達の能力はどうなんだ? 結構アレな感じだったが」
「大きなお世話よ!」
急に顔を赤らめた才川。屋上での戦いが思い出されたのだろう。
「僕達の魔法は<ラフマジック>といいます」
「おいおい、お前らもド寒い魔法ネームつけてんのかよ」
「汐見さん、魔法はロマンですよロマン」
「俺達だけで十分だと思ったのだが」
「そうですね。ロマンです」
あぁ、そこにはわりと堅そうなエルロット君も賛同するのね。魔道士の共通認識ってやつなのかな。
「実際ロマンだけでなく、魔法を発現する為に魔法名は必要です。本来であれば僕達が使う魔法を、代替的にパートナーが使うわけですから、そのプロセスを意識した詠唱と術式をあらかじめ組み込まなければなりません。霊体化した体から魔法を放つという意思を確認する為に魔法名を名付けて、言う、という行為は非常に有用なのです。引き金として言ってもらうということですね。必ず必要というわけでもないのですが、魔法名を言って魔法を発動した方が安定性が高まります。上手く発動出来なければ効果が弱まってしまうこともあるようですので」
「そんな理屈があったのか。知らなかった」
今度からは俺がつけようかな。魔法の名前。
「で、<ラフマジック>の効力は?」
才川が今度は苦い顔をした。決してコーヒーが苦いんじゃないとわかる。
「ご存じの通り、対象が笑った分だけその気力を霊体への攻撃力に変える魔法です」
「それだけか?」
「実戦で使ったことは汐見さん達への一回のみですので、細かな特質はわかりません」
んーむ。やっぱり組むのやめよっかな。なんてのはナシだよな。実際どれだけかぼそい攻撃力でも俺たちにとっちゃ有益だ。そう思うことにしよう。逆にどいつもこいつもこういう魔法しか持ってないのかもしれん。つうのはちょっと甘い考えかな。
こいつらが果たしてあの調子で笑いを生み出せるのかが一番の疑問なわけだが……才川がすごい顔で俺を睨んできたのでそこに言及するのはやめておくことにした。
「しっかし喜怒哀楽の精霊ってんなのありか? って思うんだが」
「ありですね。精霊様は本当に数多くいらっしゃいますから。例えば、喜の精霊様っていうのも多分いらっしゃると思います」
「えぇっ! そこは喜怒哀楽の精霊でまかなえよ! どうなってるんだ精霊のバランスは」
「大人の事情というやつですね」横でケーキを食べているアンリが言った。どんな事情だよ。
「ねぇ。既に気が付いているのよね? この試験、行動するなら早い方がいいって。あなた達は試験生を探すための行動はした?」
「ああ。気が付いてはいた。けどそこまで積極的にはなれなかったんだ。俺ら。なんせ魔法が攻撃的じゃないからな。仲間が偶然上手い具合に見つかればいいなーってことを考えてたら、才川達が勝負を挑んできたってとこだ」
「戦わずとも木の板を奪えるのかもしれないけど。結局それはまず出来ないからから戦わざるを得ないのよね、この試験」
「木の板を奪う?」
才川が前提としていることがいまいち理解出来なかった。
「え?」
「いや、どういうことだ。板ってあの精霊と通信するとかいう木の板だよな?」
「ええ。木の板を奪取されたら脱落してしまう。板を得ることが出来れば成長できる。そういう試験じゃない。もしかして知らなかったの?」
横を向く。かすれた口笛をならしてそっぽを向いているアンリがいた。
こんのやろぉぉおおおお。今にでもぶんまわしてやらんと気が済まん!
「おい、なんでそんな大事なことを」
「大事なこと。大事なことだということはわかっていたんです。聞かなきゃ聞かなきゃって。でも私、前日に過度の睡眠不足に陥りまして。緊張しすぎてて。もう朦朧としておりまして。嘘じゃないんです。だって私にとっても大事な試験ですからね?」
「それで聞いたルールを満足に覚えていなかったと? 曖昧に記憶していたと?」
「いや本当その通りです」
「こんにゃろおぉぉ!」
さすがに公共の場でぶんまわすことは出来なかったので、俺は頭ぐりぐり攻撃を執行した。
「ぎょえぇぇぇ!」
しかしみすみす不利になろうということは考えにくいから、やむを得ない事情があったんだろうが、緊張とは無縁そうなこいつに言われてもなぁ……
「っはぁぁぁ。わかった。もういい。過ぎたことはしかたないからな。ただ、もう後出しのルールはないよな?」
腑に落ちない点がこれでようやく解消された気がする。なるほど。奪うだけなら……いや、それでも俺達の魔法じゃきついか。
「奪取した木の板を重ねて精霊に報告すれば成長が出来る。成長というのは、三つから選べる。一つは魔法の強化あるいは取得。二つは板による索敵範囲の拡大。三つは情報の取得。いずれかから選べる。そうだったわね、エルロット」
「はい。ご主人様」
「これまた新情報なわけだが。当然か。そもそもあの木の板に俺らはなんの価値も見出していなかったわけだから。にしても興味深いな。まず索敵範囲の拡大って、どんくらいなんだろうな」
「具体的な距離はわかりません。一度試しに取得してみる必要がありそうです。一度強化すれば精霊さんにお願いして伸縮可能だそうです」
「うーん微妙だな」
「本当にそう思う?」
「優先すべきは魔法だろやっぱ。俺らは特にな」
「一理あるけど。私はこれも魔法と同列に考えた方がいいと思う。特に試験の序盤は。先に探知出来るってのはそれだけで有利だと思わない? 多分誰もがあなたのように魔法へと興味の対象を移すと思うし」
「一理あるがそれでもやっぱり魔法だろ今は。あと情報の取得って一体なんだ? 成長というよりかはご褒美って感じだが」
「これは僕も何のことだかわかりません。大精霊様も情報としか教えてくれませんでした」
「うーん。何かわからんもんには板を捻出できるわけがないな」
「私達はそうでもないと思ってる」
「マジで言ってるのか?」
「あくまで勘だけど」
「どういう根拠でそう思うんだ?」
「根拠はないわ。勘と言ったじゃない。ただ、この三つの選択肢を全て同列のものと考えるのなら、相応の情報を引き出せるはずということよ」
「むぅ。どういう情報なんだろうな」
「全く予想がつかないけども、他の試験生より一歩先をいけるような情報だと思うわ。でも、推測だからやはりリスクがあることに違いはない。余裕が出てから考えればいい選択肢ではあるわね」
「魔法、索敵、情報……か。板の使用用途がこれだけあることを考えるとあまり徒党を組みすぎてもよくないかもしれんな」
「そうね。その方がより自己を強化できる」
「しばらくは俺らだけで戦った方がいいのかな」
「増えてもあと一から二組ってとこが限度かしら」
「汐見さん、ケーキおかわりしていいですか」
「だめっ! 夜飯食えなくなるだろ。そういやお前らは他の試験生達と遭遇したのか? 俺たちはまだ遭遇していないわけだが」
「ガーン」
「してないわね」
「そもそも、試験生がいるのが日本のみなのか地球全体なのかわからんのだが、そこんところどうなんだ?」
「僕もわかりません。異世界で、ということですし。ただ広さから言って大精霊様が日本を適したものと判断して集中させたという可能性もあります」
「ま、考えてもわかんねーことはしゃーない。あとまだ聞きたいことはある。今アンリとエルロットの板は隣接してるから光ってるんだよな?」
「光ってますね」
「この状態で新しい敵が来たらどうするんだ? 複数の敵を察知出来るのか?」
「それは出来ませんね」
「だったらエルロットと会うたび互いに板が光って索敵できなくなってしまうわけだが。そこらへんどうするんだ」
「精霊さんにお願いすれば多分エルロット君の板と隣接しても光らないように設定してくれますケーキ」
「語尾にケーキつけても駄目だぞ。つか精霊便利だな」
「主催者ですので、融通を利かせてくれる部分は結構あるようですよ」エルロットが答えた。
それから俺らは今後の方針について話し合った。
とりあえず出たとこ勝負で、二対一の状況を作り出して、勝ち、板を奪取する。そんなところだった。つまり方針もクソもなかった。
すぐに連絡が取れる状況にしておきたかったが、才川も俺も携帯電話を持っていなかった。才川は色々と理由をつけていたが要するに機械音痴らしかった。で、その機械音痴克服の為にパソコンを買って最近始めたとかで、家の電話番号とそのパソコンのメルアドも一応教えてもらった。機械音痴克服の為にパソコンっていきなりハードル高くないかと思ったが、突っ込まないでおいた。
「そういや最後に聞いていいか?」
「才川はなんでこの試験に参加したんだ?」
「別に、なんでもいいじゃない。あなたこそどうなのよ」
「俺、俺……は。どうだろうな」
明確に説明が出来ない。そういえば、なんで参加したんだろう。
わからんが。才川が言ったように、別になんでもいいのかな。そんなもんか。
この試験が緊張感がうすいっていうのもあるし、何となく楽しそうだったから。
そんなもんかな。軽いノリだ、多分。
・
才川達との同盟が成立した翌日。月曜日。
学校で一日中才川がやたらと視線を送ってきやがるんだが、話しかけてはこなかった。
多分あれだろ。あいつは孤高を貫いているから俺みたいな愚民と話しているとこなんて見られたくないという、そういう安いプライドなんだろう。
ようやく話しかけて来たのは放課後になってからだった。話しかけて来たっていうより、帰ろうとして席から立ち上がろうとする俺を見下ろしてきた。
「どうした? なんか顔色悪くねーか?」
そんな才川にまず話しかけたのは俺の方だった。才川の安いプライドを遠回しになじってやる言葉を授業中考えていたのだが、わりとマジで具合悪そうな顔していたので、気が付くとそう口にしていた。
「そう見えるのなら、そういうことなんじゃないかしら」
そこで強く出られてもなぁ。
「じゃぁそういうことにしとくわ。一応、お前の体を気遣ったんだぜ。どうだ」
「ところで汐見君」
初めてフルネーム以外で、しかも君付けで呼ばれた。なんか新鮮だ。人の名前をフルネームで呼ぶところしか見たことないから。
「そんなことより、今日。絶対パソコンのメール見てね」
俺のパソコンは相当古く、全然起動してないから果たしてまともに使えるかどうか危ういが。なんか才川がすごい形相してるんで頷くしかなかった。
「いい、絶対よ?」
「わかったって。そんな大事な内容が記載されているんだな?」
「見て判断して。それじゃ」
仕方ないから俺は帰宅してパソコンを起動してやった。
壁紙の画面が出るのに五分くらい要したが、なんとか立ち上がった。マウスも動く。一応まだ使えるようだ。
スパムメールばっか溜まってるであろうメーラーを開いてみると確かに才川からメールが来ていた。
『
汐見君へ。才川椿より。
メールを送ります。どういう記述で始めればいいかわからないけども。なかなか楽しいわね。文通は以前やっていたのだけど、電子的に手紙をやりとりするのは新鮮だわ。本当に届くのかしら? あなたと文通するというわけじゃないけど、折角パソコンを買ったからね? メールというものを送ってみるのも悪くないと思っただけよ。
それで本題だけど。試験に関して。
結論から言うわ。もう行動を開始した方がいい。
試験が始まってからというものの、この界隈ではほとんど他の試験生とすれ違うことはない。戦ったのはあなた達とだけ。わからないけども、動いていかないと早々探し出せないんじゃないかしら?
私達はそのつもりよ。あなた達にもそのつもりがあるのならば次の週末から行動を開始しましょう。強制はしないわ。
追伸
戦力的な面を不安視しているのならば策があるわ。
』
これ、今日口頭で言えたんじゃねぇか? わざわざメールする内容だろうか。
パソコン買って嬉々としてんだろうか。もしかして俺にしか送る奴いねぇのかな……顔色悪かったのはもしかしてこのメール作るのにかかりっきりだったとか……まさかな。
ともあれ書いてあることは間違いなくその通りだ。
不安要素があるからってこのまま足踏みしていても何も起きやしない。自分達からライバルを探しに行かないと。そこは俺も全面同意だ。策があるってのは……なんかいい予感がしないけどな。
要するに一緒に来いってことなんだろう。仕方ないから返信をぱちぱち打つことにしてやるぜ。
・
んで才川と色々メールをやりとりしながら再度週末。土曜日。あいつ、本当に俺にしかメールを打つ奴がいないのかもしれん。やたらとすぐ返信してくるし、一日に結構な数のメールを送ってくるし。仕方ないから付き合ってやったよ。
「お出かけーお出かけー」アンリは嬉しそうだ。知らないものばっかりあるだろうからな。
駅前でまた俺達は落ち合った。
アンリは鞄に入れずに、そのまま外出させることにした。隠していても窮屈なだけであんまりメリットがないだろって判断だ。
「やっぱり外は普通の体で歩くのがいいですね。鞄の中はもう嫌です」
「僕も同感ですね」エルロットも同様にそのまま才川についてきていた。
「で、どうするよ? 正直ひたすら練り歩くのなんて俺はゴメンだけどな。疲れるし」
ライバルを探しに行くというものの具体的な行動プランは全く考えていなかった。
「人の多い場所に移動するのが一番手っ取り早いかもしれない。人が流動的で、あまりこちらから動く必要もないような」
「するとこの駅前でずっと待ちぼうけするってのはどうだ」
「それをやるならここよりもっと人が多い駅の方がいいと思うけど」
「いや、自分で言っといてなんだがやっぱやめよう。なにもせず突っ立って、身を強ばらせながら来るかもわからん人間を待つなんて。何より退屈になっちまう。まだ交通量チェックのバイトの方が楽しい。やったことないけど」
「遊園地がいいです!」
「遊園地か。久しく行ってないけど。ここからだとめちゃくちゃ遠いぜ。だから却下」
「ぶーぶー」
「ぶーぶー言っても駄目だ。また今度な」
「僕が今日のプランを考えてきました」
「おぉ、エルロット。どんなだ」
「いつの間に」なぜか才川が心外そうにしていた。
「ご主人様のためを思って、サプライズなのです。僕は本当にご主人様に感謝を持っているのです」
「そういやそのご主人様ってのはどうなんだ? なんか想像しちまうんだけど」
「何をよ」
「いや、今お前が想像したようなこととか」
「次はしたないことを言ったら同盟を解除するわ」
はしたないこと一つも言ってねぇけど……ひでぇやつ。
「もうすぐお昼です。お昼はまず牛丼屋さんでとるのです」
「牛丼屋?」
「はい。ご主人様の憧れですので」
ちらと才川を見る俺とアンリ。頬が赤くなっていた。
「ちょっとエルロット。そういうことは言わなくていいのよ?」
エルロットは理由がわからずきょとんとしている。当然だろう。才川が何に対して恥ずかしいと思っているのか全然わからないはずだから。
「ですがご主人様。僕も行ってみたかったのです」けなげだ。エルロットはただ忠実にパートナーに恩返しをしようとしているのだ。
そんなエルロトに免じて言及はしないでおくことにしよう。
「よし、いくか牛丼屋」
「よしぎゅー!」
・
「ここが牛丼屋……なのね」
牛丼屋の前。才川がごくりと生唾を飲み込む音が聞こえた。好奇の目で中をのぞき込んでいる。
「いや、いつもここにあるだろ」
「入っていいのかしら?」
「オールオーケーだ。駄目な理由がない」
休日だというのにわりと空いているようだった。
俺達四人はカウンターに横一列で座った。
やたらときょろきょろ中を見回している才川。
「やっぱ女子一人だと入り辛いっていう例のやつか」
「別に。普段行く予定がないからね。珍しいだけよ」
「へぇへぇ」
ぶつくさ言い訳を作る才川の目ははっきりと輝いていて、どうやら本当に牛丼屋に憧れを抱いていたらしい。どこのお嬢様だよマジで。
いかにも牛丼が好きそうな巨漢の店員が注文を取りに来た。通路に挟まりそうだが、大丈夫か。
それぞれ注文を告げて、店員が戻っていった。やっぱり挟まってしまっていた。
「汐見君。あなた今つゆだくって言ったわね」
「おう。つゆだくに卵がベストチョイスだろ」
「ずるいわ」
「言ってやろうか?」
「いいわよ。別にお汁がいっぱい欲しいわけじゃないんだから」
「ふっ。牛丼屋の醍醐味はいかにさらっとつゆだくって通ぶって言うかにかかってるからな。そういう意味では才川。お前は時既に遅いぜ。注文時に言わないと通ぶれないからな」
「ぐっ──ッ!」
才川。こいつも意外にバカかもしれん。
「そういやエルロット。今後のプランはどんな感じなんだ?」
才川の隣に座っているエルロットが持っていた小さな鞄を開けて、中から四つ折りになった紙を開いた。書いてきたのか……慎ましい奴め。
「昼食に牛丼屋の後は、電車で一駅移動し最近出来たショッピングモール内でショッピングです」
「おお。そういやそんなの出来たんだっけか」
「その後が、カラオケ。ボーリング。ゲームセンター。これもご主人様が前から……」
「エルロット!」
有無を言わさぬ例の迫力でエルロットを制した才川。ああ、かわいそうなエルロット。
「なるほど。まー大体わかった。つってもかなり詰め詰めのプランだな。果たして全部実行できるか」
しかしこのプランを聞くとなんだか普通に遊んでるみたいだな。まぁただ待ってるってのより全然いいんだが。
「あ、汐見さん汐見さん」
「ん? どうした?」
「板、光ってます」
「は?」
見るとカウンターの下で、アンリが手に持っている板が確かに発光している。
「マジか。遭遇しちゃってるのか、今。つうかマジで光るんだな、それ。今更だが、それって木の板以外に何かネーミングないのか?」
「ないです」「ありませんね」
魔法の名前にはこだわるくせにそこはないのかよ! かわいそうな木の板。
「どうしましょう?」
「ひとまず牛丼食ってから考えるか」
「そうね」
やはり俺達に危機感はあまりなかった。牛丼屋だし。早々何かが起こるってのも考え辛い雰囲気だ。
才川も眼前の敵より牛丼の方が大事らしく、品物がきたらまた目を輝かせていた。
・
牛丼にがっついて俺達は店を出た。才川がえらく満足げな顔をしていたので、このまま帰るかーなんて言い出しそうになってしまった。だが。そうだ。敵がいるのだ。
「今は光ってるか?」
「もう光ってないですが、店を出るときは確実に光っていました」エルロットが自分の板を見ながら言った。
「つーと、あの店の中に敵がいるってことで間違いがないな。この入口で張っておくか。また光り出せばそいつだ」
もし店内にいたというのならば相当の擬態をしていたのだと予測される。全然それっぽい人いなかったし。
しかし、そこから三十分が経過して、客の出入りは多くあったものの再度板が光り出すことはなかった。
「んー。俺の考えに間違いは無いはずだよな?」
「ええ。でもこれだけ待って光らないということは、一つ答えが見えてきたじゃない。気が付かない?」
「んーっと……」気が付かないと答えるのはなんか癪だったので、考えてみる。
「店員の人よ。それ以外に考えられないわ」だが、すぐさま才川に答えを言われてしまった。
「まさか。牛丼屋で働く魔道士がいるっていうのか?」
「可能性がないことはないわ」
「まぁ、あり得ないことではないが……こう、なんか嫌だな」
「それか霊体化してどこか店内に隠れているということも考えられるわね」
「もしそうだとしたら、パートナーが店員としてここに勤務しているのかもしれません」とエルロット。
「その可能性もあるな。いずれにせよ俺らはその魔道士かパートナーの労働が終えるまでここで待たなきゃならんようだな。最悪かなり粘らないといけないかもしれない」
「でもこれで遭遇しても板奪えますかねぇ……? 勝てますかねぇ……?」突然不安そうになるアンリ。まぁその気持ちはわかる。
「正直、出たとこ勝負でしかないが、がんばってみよう」
最初からその予定だったし。
「いや、そうだ。才川。お前メールで策があるって言ってたよな?」
ろくなもんじゃないだろうなと思ってはいたが、一応聞いてみる。
「簡単よ。私達が敵を笑わせれば勝てるということ。そのための秘策があるということよ」
絶対嘘だ。俺はお前らの笑いのレベルを知っている。お前らの笑いは間違いなくシュールボケにもなっちゃいねぇんだ。人には多かれ少なかれ笑いのツボの差があるから、誰かが笑うかもしれないが、望みは薄い。
「おう。わかった」
しかしもとより期待していないので勝手にやらせておこう。俺がアドバイスをしたところで改善するとも思えないし。
それから更に三十分くらい立った後、ようやく板が光り出した。
店から出てきた人物は……通路に挟まっていたあの巨漢店員だった。
「やいやい。待ちなさいなのです!!」
ちょッ。突っ走るなよアンリ……止めようにももう遅いか。
「な、なんだ君たち」
「勝負です。今更逃げるなんて許しませんので」
「なにをいってるんだチミは。ぶふー」
あれ。こいつじゃないのかな。全く心当たりのないような顔をしているが。
アンリが首をかしげてこちらを見てきた。うーん。どうしようか──
「アンリッ! 後ろ!!」
店員が突然歪んだ笑みを見せた。背後から、急に人影。魔道士だ。ちくしょう。霊体化してサイズを変えてたってことだが。どこに隠れていやがったんだ。もしかして……あの服の中とか? おぇっ。考えたくもねぇ。
現われたツリ目の魔道士がアンリの背後をめがけて腕を振り下ろした。
アンリは何とかすんでのところで攻撃を回避して、こちらに戻って来た。
「ぶふー! ぶふー! お、お前ら。ボクをバカにしたなぁ!」
「え、いや。まだ何にも言ってないだろ」まぁ心の中で若干バカにしたのは間違いがない。ぶふーってなんだよ。ぶふーって。
「ふふ。でもいいのかな。ボク達は既に一組倒していてね。魔法の強化をしているんだ。チミたちは仲間を組んでる辺り、まだまだ戦闘の経験ってないカオしてるよぉ?」
気持ち悪ぃしゃべり方だがその予測は的を得てやがるぜ。だが。
「仮にお前がどんだけ強くてもだ。今の状況は二対一。こっちの方が有利だぜ」
「量より質だよ」
「貴様それでも牛丼屋の店員かぁ!! 質より量だろがぁ!! 安く、早く、そこそこ旨くで腹一杯。そういう場所だろうがぁ!!」
「ガッ。し、しまった!」
よし、やはりこいつもバカのようだ。
「今だ。かかれ、アンリ、エルロット!」
指揮する俺。結構気持ちいい。ただの人海戦術だけどな。
「ふん。甘いんよ君たち。肉弾戦で挑もうっていうその発想が君たちの魔法がろくでもないということを表わしているよね」
そう捉えられてしまうのは予測してた。けど実際使える魔法がないからこうするしかねーんだよ。
「ハーリア。魔法だ! こんな奴らけちらしてやろうよ」
「了解です。マスター」
緑色のローブを着込んだ魔道士。ハーリアっていうのか。結構魔法使いって感じで、やべぇ。強いのかな。
「くらえっ。<グラヴィティストーン>!」
店員が腰を屈めて、両手を前に突き出した。
太った牛丼屋店員が魔法を使うのは絵的にキツいものがあるぜ。放送事故レベルだ。
何が起こるのか身構えていると、エルロットとアンリの動きがぴたりと止まった。よく見ると二人の足下から黒い、瘴気のようなものが出ている。魔法っぽい魔法だ。下からとは。完全に意識の外だった。
「おいっ! 二人ともどうした!?」
「し……汐見さん。これ、結構ヤバ気です」
「ぐ……う……」
どういうことだ。二人とも苦しそうな顔をしている。
「ははは! やっぱりたいしたことないね。二人分一気に奪っちゃうよぉー。絶対に、絶対にボクが一番になって、億万長者になってやるんだから」
こいつと同じ発想をしていたのがすごく恥ずかしくなった。
「アンリ! 喋ることも出来ないのか?」
「体が本当に重……い……んです」
重い。あっ。そういやさっきグラヴィティなんちゃらとか言ってたな。グラヴィティってあれだ。重力だ。
「別に隠す必要はないからね。おバカなチミたちに説明してあげるよーん。そうだ! ボクのハーリアの精霊は『質量の精霊』だ。チミたちはどうせチンケなもんなんでしょ? ん? ん? キコエナーイ!」
ぺらぺらうっとうしい奴だ。でもまずいな。このままじゃこんなやつに負けてしまう。俺はアンリの元へ駆けた。
「アンリ。今のまま魔法は使えるか?」
「だい……じょぶです」
「折角だから、君の魔法を見てあげるよ。ゴミみたいな魔法をね。ははは!」
「ぶっぱなしてやるぞ」
ゆっくりと、苦しそうに頷くアンリ。
「おい、ジャイアンにもブタゴリラにもなれねぇ半端野郎! お前も説明してくれたからな。あらかじめ俺達の魔法も説明してやるよ。いいか? 言葉の精霊と契約してる。使える魔法は一つ。俺の疑問に対して、真実を奪える魔法だ。図体と比較して小せぇ脳みそで理解出来たか?」
「ブフッ! 何それぇ? そんなのが一体何の役に立つって言うのさ」
こいつ……苛々するなぁ。
確かに言うとおり攻撃はできねぇけどな。やりようによっちゃ、仕返しくらいは出来るんだよ。
「なぁ。ハーリア。お前は横のそいつを自分のパートナーとしてどう思ってる? 結構お前って忠誠的に見えるけど」
「なーにを聞いているんだチミは。ハーリアはボクと一心同体。さっきだって、ボクの服の中に隠れていたからね」
え、やっぱそうだったの。すごい聞きたくなかった情報。
「どうなんだ、ハーリア」
「マスターの言うとおりです。私は共に勝利に近付く身として、尊敬し、お仕えしています」
よしっ。頂いたぜその言葉。アンリも俺に魔法を詠唱済みだ。
「<真実のジャッジメント>!! ハーリア! 君に問おう。『自分のパートナーを尊敬し、仕えている』それは嘘だ。真実を答えよッ!!」まだ二回目とはいうものの、段々板についてきたな俺も。
ハーリアの表情を観察して間違いがないと思っていた。
こいつは絶対、ドン引きしてるな、と。そしてパートナー選びに後悔しているな、と。結構寡黙そうだし自分の意見は言わないが、内にフラストレーションを抱えるタイプだと何となく直感で判断した。そういう奴ってクラスに一人は必ずいるよな。
前のように、白い魔法をやりとりさせて俺はハーリアから情報を得た。
「ふむふむ……ほー。ほー。なるほどねぇ。俺が今読み取ったものををそのまま言ってやろうか?」
「──やめてください!」表情が崩れて叫ぶハーリア。
「『嫌だ。醜いし。試験で残れるなら何でもいいと思っていたけど、一緒に生活をするのがそもそも苦行です。出来ることならパートナーを選びなおしたい』」
ほとんど俺の読み通りだった。実際読み通りじゃなくてもでたらめ言えばどうともなるところではあったが、俺を制したハーリアの言動が証拠につながり、説得力はマックスだぜ。
「だってよ」
「グゥゥヌヌ! フガッ。ハーリア! お前、お前!」
「マスター……」
「本当……なのか。ボク達は通じ合えていなかったっていうのか……」
怒りから一転。店員はもの悲しい顔をして、今にも泣きそうになった。意外とピュアらしい。
「ハーリア!」
肩をわしづかみして前後にゆすっている。
こいつらにどんなドラマがあるのかはこれ以上知りたくもないので勝手にやらせておくことにしよう。
時間制なのか、はたまた俺のゆさぶりが効いたかわからないがアンリとエルロットを襲った地面からの魔法が消えた。
「動けるか?」
「大丈夫です」
「よし、一旦体勢を立て直そう」
「──駄目だ。ハーリア。今後のことはあとでゆっくり話そう。今はこいつらを仕留めなきゃ」
「はい……マスター……」
ハーリア。もうお前は楽になっていいんだぜ。顔面が蒼白になっている。
「汐見君。よくやったわ。後は私達に任せて」
背後から才川の声。
「でもお前」
「自信はあると言ったでしょ──エルロット!」
「はい、ご主人様!」
颯爽と従者のようにしゅたっと才川の元まで戻るエルロット。
すぐに放たれた<ラフマジック>。
おい、またあの漫才もどきを見せられるっていうのか!?
ダメだ。やめろ。やめてくれ。俺が精神的なダメージを被って立ち直れなくなるから。
そんな俺の気持ちをよそに、才川達は行動を開始した。
二人は意味ありげに深呼吸をして──
「キツツキ!!」
叫んだ。そして、組み体操のように連携して何か体で表現している。いや、キツツキだ。あれ、キツツキだ。キツツキを体で表現しているのだ。す、すげぇ。すげぇけど。すげぇけどアホだ!
「パンダ!!」
違う。あいつらの魔法にとってはアホでなんぼ。滑稽でいることに価値がある。
変えてきたんだ。笑いを得る方法を。策とはこのことか。練習してきたんだろうか。
「キリン!!」
確かにインパクトはある。
が、意味不明すぎる。これで笑えるのは小学校低学年くらいまでだろう。
「カメ!!」
どうやら動物シリーズのようだ。真顔で取り組むエルロットと才川。こいつら、ガチだ。結構クオリティは高く、相当の練習を重ねてきたのだと推測出来る。
「カメ──からのパンダ──からのカメ!!」
ぷっ。ちょっと今のは俺も笑った……が、まだ失笑レベルのものだ。爆笑をもらうにはもう一ひねり以上のものが必要になってくる。
ちらと奴らを見た。
「ぐはは。ぐははっぎゃふっ! だあははぁうぐうううはははは! バカじゃないのこいつらぁ」
めっちゃ笑ってるー!
いや、店員だけじゃない。ハーリアも笑ってる。さっきまで散々辛気臭いムードだったのに。
マジかよ! こうなると俺の笑いのツボが少数派ってことになっちまう。
空中にあった<ラフマジック>が奴らの元へと移動を開始した。と同時に、笑い転げていたやつらの表情が変わった。
「ぶふっ!? なんだこれは」
危機を悟った奴らは<ラフマジック>にまた重力の魔法を放った。が、<ラフマジック>はそれを見計らったように球体から形を変えて、飛散した。
「なっ!?」
散った発光体は、先が鋭い、細長い針のようにそれぞれ形を変えて、奴らの全方位を囲った。
「やめろっ。なんだこれは──」
必死の訴えも空しく。その針が一気に四方から奴らを貫いた。
二人は膝から崩れてその場に倒れた。
「すげぇ。一発かよ」
攻撃力がこんなにあるとは思わなかった。奴らが大爆笑していたからっていうのもあるんだろうが。
才川達は汗だくになりながら、誇らしげな顔をしていた。いや、まぁ事実倒したからね。誇らしくなるのはいいんだけどね。うん。まぁ。俺としてはちょっと納得いかない部分があるけどね。
「汐見君、あれ」
才川が奴らを指さした。
見ると気絶したハーリアを光が包んでいた。
一体何事だ。この期に及んで新しい魔法かよ。アンデッド属性かよ。と思ったら板が中に浮かび上がってきた。ふっとその浮力を突然失って、かたんと地面に落ちた。
「全自動なのか、これ」
「精霊さんがやってくれているんでしょう」
あちらの精霊さんが観念したってことか? 便利なもんだな。
俺はその板を手にしてから、仲良く気絶した二人をもう一度見下ろした。
ちょっとだけ同情したくなったので、気絶している二人に声をかけてやることにした。
「お前ら。通じ合えていないって言っていたが、笑いのツボだけは通じ合えていたよ。そこだけは、繋がってたよ。うん」
こうして、俺達の初陣はなんとか初勝利ということでことなきを得た。
勝因は奴らの笑いのツボが特殊だったから、ということなのであんまり晴れ晴れとしないものではあった。才川達の魔法もツボにはまれば強いってことか。
・
目的は果たせたと言えるので、エルロットの掲げたプランは変更され、俺の家で祝勝会兼作戦会議的なことをすることになった。才川は男部屋に難色を示していたが、アンリが住んでいてエルロットもいるということから「板のこともあるし、秘密裏に行わなければならない」として承諾した。
最近はアンリが汚し気味ではあるが、俺はわりと綺麗好きではあるので、才川に嫌な顔をされることはなかった。リビングを眺め見るや否や「これが1LDKというやつなのね」と感心していた。
「なぁ、ずっと気になっていたんだがお前ってお嬢様なのか? 箱入り的な」
「お嬢様ってなによ」
「いや、よくいるじゃん。こう、金持ちすぎて浮き世離れしている人」
「わからないわ。別に比較したことないもの。他人と」
まぁ1LDKに驚くくらいだから相当優雅な生活してんだろなー。羨ましい。俺も他人が服の着せ替えをしてくれるような生活に憧れるぜ。
「あっ。これ、パソコンじゃない」
「ああ。年季入ってるけど、まだ動く。いつ壊れるかわからん動作してるけどな……たまに変な音するし。って、なんだその勝ち誇った顔は」
「私のは最新よ。最新」
「お、おう」
わかりやしーなー。大方今まで機械ものを買ったことがなかったから、その反動で今までに得たことがない満足感を見出しちまってるんだろうな。機械ものってのは持ってるだけでウキウキしちまうもんだからな。
「汐見さん、汐見さん。アレやりましょうよアレ」アンリがジュースの入ったコップを掲げて言った。
「アレ?」
「カンパーイってやつ」
「なんだ。そっちじゃやらないのか?」
「やりませんよぉ。一度やってみたかったんです」
「まぁそんくらいならお安いご用だろ。実際今日はそれなりにめでたいし。ほんならいくぞ」
「僕は知っています。こういうときは、音頭を取る方が乾杯をする前に演説をするんですよね?」
なになにに祝して! みたいな感じのやつのことを言ってるのか。
三人の目線が俺に注がれている。しゃーねーなぁ。
という俺もまんざらではなく、コップを持ち立ち上がっていた。
「えー。諸君。今日は我が同盟における初陣で、初勝利を得た日だ。試験に向かってアンリとエルロット君はね、これからどんどん精進していって。あと……俺らは、ほら。うん。俺らも頑張ろう! カンパーイ!」
ぐだぐだになっちまった。恥ずかしい。
一通り食べ散らかして、無駄話に花を咲かせてから、ようやく才川が本題を切り出した。
「それで、これよ」
テーブルの上に置かれた、木の板。
「ああ。使い道ってわけだろ。作戦会議ってのはそのことっつーのはわかるぜ。今後の戦略を握る重大な決定だからな」
「そこまで考える必要もなく、魔法の取得でいいんじゃないですか?」
教えた腹踊りをまだやっているアンリが言った。
「ま、実際そうなるんだよなぁ。事実今回勝てたのは偶然に近い」
「何を言ってるの? 立ち回りとしては完璧だったじゃない」
「そうですよ」うんうん頷くエルロット。
「いや、あのなぁ……」
実際よく考えてみると、俺は既に<ラフマジック>の性質を知っていたから、どこか無意識に笑うまいとしていたのかもしれない。何も知らない連中が唐突に真顔であれをやられたら笑ってしまう──ものなのかな? ええい。もう何を基準に考えていいのかわからんぞ。
「上手くいきすぎたってことだ」
「それはあるけど、私達の魔法は完璧だったでしょう」
「……あぁ。そうかもしれん」
仕方ない。もうそういうことでいいか。板も手に入ったことだし。
「才川達はどうしたいんだ?」
「これは汐見君達が使うべきだわ」
「理由は?」
「私達は自衛出来るから」
魔法の性質で言うのであれば、<ラフマジック>は確かに攻撃魔法だ。論理的には確かに自衛も可能。
でもなぁ。安定性に乏しすぎる。魔法が発動できなきゃ自衛も何もない。今回は本当に例外として位置づけた方がいい。
「自衛云々の前に、単純に魔法を比較したときに俺達の方が機転が利く。だから、お前らが使えよ」
アンリの方をちらと見てみる。表情には出していないが、もしかすると俺の言ったことに反感を持っているかもしれない。
「いや、いいわよ」才川もエルロットの方を一瞥した。エルロットも顔には全く出していないが、わりと動揺しているのかもしれん。
結局その後話し合いを続けても折り合いがつくことはなかった。これで気まずくなったら嫌だなぁと思ったので俺はこう宣言した。
「ジャンケンで決めよう」
皆がはっとするような目で俺を見た。
「アンリが勝てばアンリが使う。エルロットが勝てばエルロットが使う。どっちが使っても変わらん。恨みっこなし。その代わりに次に得た板は公平に今日ジャンケンで負けた方が使う。どうだ?」
気を遣いながら話すのにも疲れたようで、皆は頷き合った。
結果は、エルロットの勝利。アンリはがっくりと跪いた。やっぱり本心は欲しくてたまらなかったんだな。
「よし、今すぐ使ってみよう」
「そうね。どうなるか知りたいし。エルロット」
エルロットは頷いて板を合わせた。堅そうな二つの板が、うっすらと青白い発光が伴いながら。溶け合うように重なって、一つになった。
「精霊すげー」俺はそう口走っていた。
エルロットは板を手にとって、耳に当てた。さながら受話器である。
「……どうだ?」
「新しい魔法を授けてくれたって。でも、効力は使って考えてみろって」
「なにそれ」
「よし、汐見君。霊体化して実験台になってくれない」
「さらっとこええこと言うなよ」
だが結局こうなる。
人通りの少ないアパート前の道路で向かい合った。日が落ちかけていて辺りは薄暗い。
「よしこいよ。魔法、一度くらってみたかったってのも実はあったし」
「マゾの気もあるんですね、汐見さん」
「違うわい!」
「いきますよ。ご主人様」
「ええ。いつでもいいわ」
俺らをガン無視して、才川達は行動を開始していた。既にエルロットの杖が光っている。
「ご主人様、オッケーです。今回は簡易的に<放て、精霊の力>と詠唱するだけで放てます」
言われたとおりに、才川は魔法の詠唱をした。
両手に構えた掌の中に光が渦を巻くように集っていく。
それらが段々と形になって、放たれた。
放たれたそれは……なんと表現すべきか。
無色透明の、ぶくぶくした袋……じゃない。シャボン玉とでも言うべきか。
俺は恐る恐る人差し指で触れてみた。瞬間、弾けた。ダメージは全くない。むしろなにも感じない。
「なんだこれ?」
「……なんでしょうね。もう一度放ってみますか。いきますよ」
再度魔法を発動。同様に才川の掌で渦のように光が巻いていく。さっきより若干放たれるまでのタメが長いような。気のせいかな。
そんでもう一度シャボン玉(?)が放たれた。
「今度は心なしか色が薄いような」
さっきは無色透明だったが、今度は若干水色……なのかな? わからん。暗いし、もしかしたら勘違いかもしれない。
「触ってもいいか?」
「ちょっと待ってみましょう」真剣な表情のエルロット。
地面にゆっくりと落ちていき、また破裂した。
「うーん。なんだこれ」
「もう一度使ってみま……いや、ダメでした。どうやら時間が経たないとまた使えるようにならないようです」
「そういう制限の魔法もあるのか」
「<ラフマジック>もその類いです。こちらは使用回数が比較的多いですが」
<真実のジャッジメント>にも制限があるし、もしかすると制限がない魔法の方が少ないのかもしれないな。
「よし、俺がこの魔法の名付け親になってやろう。名付けて<レインボーバブル>。どうだ」
「いいですね!」ぱっと表情が明るくなったエルロット。いつもは冷静だが、やっぱりまだまだ子供だな。てか、結構適当に言ったんだけどいいんだ。
「汐見さん、案外私のセンスを笑えないセンスですね」
アンリに突っ込まれて、少し恥ずかしくなった。
「ま、全く使えないってことはないだろ。何かしらの効力は必ずあるはずだ」
「ええ。そう信じないとやってられないです」
「大丈夫よ。エルロットの才能は私が保証するから」
「ありがとうございます。ご主人様」
そんな感じで、板は未知数の魔法取得に消えた。吉と出るか凶と出るかはまったく予測出来ない。
なんにせよ、こんな俺らでも勝利をつかめたってのが一歩大きな進歩だと思った。前途多難そうだなってことには間違いがねぇけどな。
Ⅲ
毎年の夏休みっていうと、大抵俺は家にいる。
なんてったって、暑いからな。
体がもうまったく拒否しちまうってわけじゃねぇけど。あの、コンクリートから発せられる地熱によって眼前の景色が蜃気楼みたいになる現象? あれのせいで、どっか行こうと思って家を出ても、出た瞬間帰宅したくなる。実際帰宅する。そういう夏休みなわけだが。
精霊試験に巻き込まれ、アンリが家に来た。
今年はひと味違うのかもしれん。
そんな予感はあったんだけど。夏休みに突入してから今んとこ、扇風機の前で二人して転がって、やっぱり家にずっといる。外出は買い物くらいか。
才川達はどうやら夏休みやたらと忙しいらしく、前のようにライバルを探しに行くのはまだまだ先になりそうだと夏休みに入る前に言っていた。
そう。決して暑いからってだけで家にいる訳じゃないのだ。外に出てライバルと遭遇したときのことを考えてってのもある。俺達だけじゃ危機には瀕しても勝てる見込みが薄いからな。
ひとまず才川達が落ち着いたらあいつら誘ってどっか行くかってことにしてるんだが。
「汐見さん、プール行きましょうよ、プール」
最近アンリはインドアの娯楽よりも外に興味が向いているようで俺にやたらと外出をせがんでくる。テレビの影響か、最近やたらと行きたい所が増えている。
「アンリ。お前はまず洗濯をしてからだな」
ちなみにこいつは全く家事をしないままだ。最近は食べた食器を下げるくらいのことはするが本当それだけだ。それだけで免罪符になると思ってやがるから困る。普段すさんでる奴がちょっといいことしたくらいで評価がやたらと上がるあの現象を期待してやがる。
「第一回選択希望選手 一位 汐見恵一。はい、選択しました。だいぶ前に選択していました」
「つまらんぞ」
「うあぁぁー。プール! プールゥ!」じたばたするアンリ。
「子供かっ!」
「子供です」
「あ、そうだった……って開き直るなっ!」
うーん。どうすっか。
まぁちょっとくらいいいのかな。才川もいつ予定が空くかわからんし。この調子だとアンリの不満がどんどん募っていきそうだし。
「しゃーねぇな。行くか。その代わり家事をなんかするって約束しろよ。ギブアンドテイクだ」
幸いわりと近いところに市民プールがある。さっと行ってさっと帰って来れるだろう。
「はいっ! さすが汐見さんです」
本気で嬉しそうだ。ここまで嬉しがってもらえると……悪くはねーのかな。
・
アンリ用の水着がなかったので買ってやってから、市民プールに到着。開放的な屋外プールがあるのがここの特徴。さんさんと太陽が俺達を照りつけた。
「これが市民プールだ。どうだ、流れるプールなんてないぞ。直列にコースがあるだけだぞ。どうだ」
「すごい! 全然感激ですよ汐見さん。こんな大きな桶に水を入れるなんて」
「で、お前は泳げるのか?」
「泳げませんね」
「どうすんだ?」
「考えてませんでした」
「海とかだと波打ち際でばしゃばしゃ遊べるもんなんだけどな……まぁとりあえず入ってみようぜ。俺が教えてやらんこともない」
「海行きたいです!」
「あのなぁ……じゃあひとまず海に入った気持ちで入ってみそ」
恐る恐る足の指先から入っていくアンリ。そこから飛び込むように一気に体を沈めた──足がつかないようで、顔が出てこなかった。パニックになるということはないみたいでひたすら沈んでいた。ぶくぶくと泡だけが出ている。
意外とセンスはあるのか。なんて冷静に考えてからやべぇよなと思って飛び込むことにした。
「死ぬかと思いましたよ。汐見さん、呪っていいですか。汐見さん」
やはりしんどかったらしい。
「悪い悪い。お前が冷静に溺れるものだからちょっと面白くって」
「汐見さんのせいでこれ以上泳げる気がしません」
「実はそんなアンリのような泳げない人のために超あっさい噴水コーナーってのがあそこにあるんだ。幼児用だけどな。そこでまずは慣らすかな」
「もー先に言ってくださいよぉ」
というわけで移動。わりと広くて、俺も小学生くらいのころここでよく遊んだっけ。
アンリが楽しそうに噴水の水を浴びてばしゃばしゃとやっている。
こうしてみると本当にただの女子中学生……いや、小学生にも見えるな。無邪気なもんだ。いつもは邪気が結構あるけどな。プールでは誰の心も清らかにしてくれるのかもしれない。
「あ、汐見さん汐見さん」
「んー?」太陽光が心地よくて眠っちまいそうになっていた。
「板、光ってます」
「マジかよ!! お前そういうのはもっと緊張しつつ言ってくれないと困る」
「パターンB! 板! 光っています!」
「今更だよ! でもマズいな。俺達だけじゃ勝てる気がし……」
一目散に逃げようとしたところ、背後に影。はっとして立ち上がり背後を見た。
やたらとお胸が大きい黒髪ロングのお姉さんとアンリくらいの年頃の少女が立っていた。こっちは金髪で、暖色のビキニを着ている。最近は子供用のビキニなんてあるのね。
「あぁ!! な、な、なんでこんなところにいるのよ」
金髪少女が目を見開いてアンリを指さしていた。
「あ、フランちゃん」
「え、知り合いかよ」
「そうです。仲良かったですよ。フランちゃんっていうんです。それにしてもすごい偶然」
「ちゃん付けで呼ばないで! あたしはアンタと馴れ合う気なんてないんだから! しかし本当あたしって運がいいわ。グズのアンリと出会えるなんて。カモよ、カモ」
「ああ見えて、ちょっとだけ不憫に見えて、いい子なんですよ」
アンリに不憫と言われるなんて相当不憫な子なんだろうな。俺達は痛い子を見る目でフランとかいう子を見た。精神攻撃である。
「アンタに言われたくないんだから! むかつくぅー! グズの、グズのアンリぃ」
必死である。ちょっとかわいい。
「でもよ、知り合いなら組むって手はないのか? 数奇なもんだろ。こんな広い世界で出会えるなんて」
「あたしがアンリと組むなんてあり得ないわ。ここで会ったが百年目。板を奪うまで返さないんだから。キモッ」
うわ、小声で言ったのに。地獄耳。もしかしてそういう魔法? あと、キモッて俺に言ったんですかね? そうだとしたらおじさんわりとマジでショックを受けるよ。
「仲悪かったんか?」
「私はフランちゃんのこと好きなんですけどねぇ」
「あたしは別にアンタのことなんかどうとも思ってないんだから。まぁ学校は一緒だったっていうのはあるけど? この試験では情なんかにうつつを抜かしちゃいけないのよ」
「おい、待てよ。お前らはそんなに成長を急いでいるのか? 俺達はそうでもないぞ。魔法、使えるからな」才川に使ったはったりをもう一度かましてみた。
「ふん。こっちだって強いんだから。闇の精霊よ、闇の精霊。絶対アンリより強いわ」
「闇の精霊だと?」
やべぇ。それはちょっとマズいな。あの牛丼屋店員とハーリアのより強そうだ。なんか攻撃的な魔法を放ってきそうだが。どうする。使うか? ジャッジメント。でも、嘘って顔つきじゃねぇしなぁ。
「闇の精霊かぁ。すごいねぇ、フランちゃん」
「感心してる場合か」
「ふん。アンリのことだから、どうせ貧弱な精霊でしょ? 降伏するなら今のうちなんだけど?」
「戦わなきゃわからないさ」
「後悔しても遅いんだから。うろぎ! 行くわよ」
「は、はいぃ」
なんだかこのパートナーのお姉さんは頼りなさそうだなぁ。弾けるお胸にどうしても目がいってしまうぜ。これが闇の魔法ってやつか。
「<狂い盛る魔物達。我らに力を貸したまえ。サモン>!」
やべぇ。本当に戦う気だ。そしてなんか強そうな感じの魔法。
奴らの前に突如黒い円が現れた。そしてその中に見たことのない模様が浮かび上がっている。これは多分魔法陣ってやつに違いない。
おいおい。マジで闇の魔法って感じの雰囲気じゃねぇか。しかも……魔物? サモン? まさか召喚しようってのか。魔物を。
「ちぇい!」
うろぎと呼ばれたお姉さんが情けないかけ声を出して両手を振りかざすと、薄白い煙のようなものと共に魔物とやらが現われた。煙に隠れて影しか見えないが……わりと小さい……のか?
段々と白煙が晴れてその実体が露わになってくる。
「くぅーん」
そこに佇んでいたのはどこからどう見てもチワワそのものだった。
なんか愛くるしいの出ちゃったー!
想像してたのとかなり違うぞ。ていうか魔物じゃなくね? 日本国内に思いっきり生息しているような気が。あれか? ここから変身とかしちゃうのか? 豹変したりしちゃうのか?
「は……はは。どう? これが闇の精霊の実力よ」
「かわいいという感想しか出てこないな」
チワワが慈愛を請う目でこちらを見てくる。
「ええい! うろぎ。さっさと命令だして」
「は、はいっ! しもべよ、攻撃して!」
「くぅーん」
動きが緩慢なままこちらに来た。走っているとは言いがたい。あ、こけた。溺れてる。
必死にもがいて、ようやくアンリの足下まで来て、かぷりとかみついた。
「痛い。けどかわいい。あ、この子も霊体化はしているようですね」
ダメージはなさそうだ。
「よしよし。怖かったねー」
アンリがそう言ってなでていると、顔をこすりつけてその愛くるしさを前面に出してきた。
「あの。これ大丈夫か。色々」
「うるさいわね! 今日は調子が悪いのよ」
「闇の精霊ってのも名ばかりのようだな。どうだ? 降参するなら今のうちだぞ」
「ぐっ……別に。平気よ。あんた達の魔法をまだ見てないし。それに、うろぎ! どんどん命令をしなさい」
「噛みついて!」
チワワが急に凶暴になって噛みついたが、やっぱりダメージはなくまたすぐにしおれた。
「キィー!! この犬ころっ! もうこうなったら──」
「おい、来るぞ」
肉弾戦ってことか。そういえばアンリはどれだけ戦えるんだろうか。
アンリがそれっぽい構えをして、迎え撃つ。
一瞬だった。
フランが足払いをして、こけて、マウントポジションとられて、されるがままって体勢。
「ちょ、ひどい。フランちゃん。ちょ、やめて、やめ」
一方的過ぎる。
マズい。こんなとこで負けちまうのか?
「おいフランちゃん!」
「ちゃん付けで呼ばないでって言ってるでしょ!」
「お前ら仲間だったんだろ? 同じ学生同士だったんだろ? いいのかよそれで。めちゃくちゃ後味悪くなるだろ。同窓会とかであの時そういえばなぁ……つって大人になっても気まずくなるんだぞ!」
情に訴えるという最終手段だった。何もしないよりはマシだろうということでほとんど効果は見込めなかったのだが。
「ぐっ……」
このフランちゃんというのはわりと情深かったのかもしれん。
「そうだよ、フランちゃん。一緒に話したじゃない。あれだけ。魔道士のことについて。私達の友情は嘘だったっていうの!」
ナイスだアンリ。命乞いをストレートにしないのがお前だぜ。
「ぐぐぅっ……」
効果ありそうだ。そりゃそうだ。俺だって中学時代のわりとどうでもいい、会っても気まずくなるような友達とさえガチでバトったりはできねぇぜ。同窓会の時のことを考えてな!
「わかったわよ。でも、あたしの勝ちだからね!」
そう言って、フランはアンリを解放した。すげー。マジかよ。
「でもいい? 今見逃すのには条件があるわ。私に木の板一枚。後で献上しなさい。それまではせいぜい生き延びてなさいよ? わかったわね?」
「ナイスツンデレ!」
「ツンデレってなによ!」
「ありがとうフランちゃん……多分、持って行くよ」
「多分じゃダメよっ!」
「わかった。絶対持っていく」
よかった。命拾いした。アンリの旧友じゃなかったらゲームーオーバーだったぜ。
結局俺達は四人でばしゃばしゃやって、最終的には何事もなかったように帰宅していた。
再度話を持ちかけてみたんだが、フラン達は徒党を組むつもりなんて毛頭ないとのことらしく、やっぱり同盟は成立しなかった。でもまぁフランはアンリに試験で残って欲しそうだったから、今後敵対するってことはないだろう。
傍から見てて思ったのは、結構アンリと仲良かったんだなってこと。しがらみなんて忘れて、水をかけあって楽しそうにしている二人の姿はとげがなく、純粋なものだった。友達との久々の再会ってのはやっぱり嬉しいものなんだろうな。
・
んで、翌日。なぜか俺の家に胸のお姉さんもといフランのパートナーが訪ねてきた。焦った。
「雨露木さん」
結構珍しい名字だなと昨日聞いて思った。
「汐見さん……どうも」
雨露木さんはぱっと見二十歳オーバーの大学生って感じ。とろーんとした垂れ目が特徴的だ。
「一体なぜここに? というか、なんで住所わかったんです?」
「昨日、お二人が帰られた後……尾行をしたのです」
えっとそれは犯罪的な何かですよねぇ。でも雨露木さんに言われると気分は悪くならないな。むしろ心地いいぜ。
「あぁっ! 誤解なきよう説明しておきますと。フランちゃんがいつでも板を請求出来るよう突き止めておこうといって、尾行をしたのです」
「俺達は逃げも隠れもしないですよ。本当に、あの時は純粋に負けたので、一枚はいつかお渡しします」
いつとは言わないけどな!
「その点で心配されてるのなら、そういうことでお約束はしますが、他になにか用事が?」
雨露木さんは一瞬物憂げな表情で俯いた。
「ちょっと、お話をしてもいいですか? どこか、お店とかいきませんか」
「俺の家でも大丈夫ですよ。外は暑いし、アンリもいますし」
別に下心はないぜ。外はマジでクソ暑いんだよ。
「じゃぁ、お言葉に甘えてもいいのかしら」
ちょっとだけ上等なお茶を煎れて向き合った。若干気まずい。昨日会っただけの人だからなぁ。アンリは深夜まで格ゲーやってたので爆睡してる。起きててくれればこの気まずさも解消されるかもしれんのに。
「あの……汐見さんは失礼ですがおいくつですか? 私は22歳で大学生なんですけど」
「俺は16ですね」
こうやって実年齢を明かし合うとなんともそんなに年齢差があったのかと驚かされる。
「お若いですね」
「ええ」
しーん……
なんかお見合いみたいな問答だなおい。
「でも、高校生って結構忙しいんじゃないですか? 部活とか」
「いや、俺は部活とかやってないんで。暇ですよ。まぁこいつが転がり込んで、いつもと違う夏休みにはなっていますがね。若干」
「へぇ……」
「えぇ……」
うむ。やっぱりちょっと変な空気だな。そもそも年上の女の人とあんまり話したことがないんだよ俺。
「で、何か本題があるんじゃないですか。雨露木さん」俺は耐えきれずそう口にしていた。
「えぇ。いや。たいしたことじゃないんですけど。いえ、違う。私……その……悩んでおりまして……」
「どういうことで?」
「この精霊試験です。正直言ってこのまま続けるべきなのか」
「どうしてです?」
「色々と理由はあるんですけど、一番はやっぱり私じゃ、あの子の足手まといになってしまうような気がして……」
「足手まとい……ですか。そんなに深く考える必要ないんじゃないですかね。俺らはあくまで協力しているだけだし。最初はノリ気でフランと契約したんじゃないんですか?」
「そうです。でも、私はいつだって甘いんです。先のことを考えられなかったんです。所詮、私がこんな戦いを完遂出来るわけがないんです」
段々と感傷的になってきた雨露木さん。確かにちょっとのろそうではあったけどなぁ。
ううむ。俺はそこまで深刻に考えたことはなかったので、かけてやる言葉が見当たらない。
「実際、あの子はいつだって真剣です。この試験に対しての意気込みが本当にすごいんです。言っては来ないけど、後悔していないかなって。私みたいなうすのろの人間とパートナーになったことを。私、辛くて」
「そこらへんはアンリに聞いてみた方がいいかもしれません」
「話は聞かせてもらいました!」
突然がばっと起きるアンリ。
「起きてたのかよ」
「フランちゃんなら大丈夫ですよ。あの子は人一倍優しい子ですから。でもその優しさって全然表に出てこないんですよね」
「まーツンデレだったわな」
「そう、フランちゃんはツンデレなのです。私、昨日戦ったとき、フランちゃんが許してくれるのを確信してましたし。優しいから。なのでツンツンした部分にあまり気を取られない方がいいと思いますよ」
「そうなのかしら……」
「不安に思っていることがあるのなら、俺に言わず、フランに直接言った方がいいんじゃないですか?」
「そうです。多分わかってくれますよ」
「正直いって、怖いの。なんだか。私は多分、そのままのろまだと思われていて。信頼されていないと思うから」
「雨露木さんだって、一緒にやろう! っていう思いがあったからこそ、この試験に参加したんじゃないんですか? その思いをフランは感じ取っているんじゃないでしょうか。それがあれば、フランも雨露木さんを蔑ろにするはずなんてないですよ。そんな子には見えなかったし」「私は、自分が変われるかな、って思って。うすのろで、あんまり人の役に立てたことがないから。そういうのが変わったらいいなって。本当単純ですよね……うん。でも、よく考えれば、一番最初にひたむきに私を説得してくれたあの子がいたから。今こうして参加しているのよね。『あたしに全て任せて』ってあの子が言って。そういえば、私にひどく負担をかけたことはないし、面と向かって私を否定することも言わないし……背負い込んでいるのはあの子もよね……責任感、ある子だから」
戦った時は結構命令口調だったけどな。まぁ言わんでおこう。
「だったら、初志貫徹。最初の気持ちを忘れずに行動することが一番。フランの為にも。雨露木さんの為にもなりますよ!」
「そうですよ!」
なんとか前を向いてくれそうだった。よしよし。これで俺達のおかげ的な空気出しとけばいつか協力してくれるかもしれない。打算的ですまないな雨露木さん。
「ありがとう二人とも……ふふ。ごめんなさいね。私の方が大人だっていうのに。うじうじしちゃって。帰ったらあの子ともう一度話してみるわ。お互い後ろ向きになっている部分があるし。心を通じ合わせなきゃ」
そういや前にも俺は才川と話したっけ。なんでこの試験に参加してるんだろうなって。
雨露木さんは自分を変えたいっていう明確な目標と、フランに心打たれたということがあるようだが……俺は?
物珍しいから? 多分そんなことにしていて保留中。上手く説明する根源がないままだ。流れるまま参加して、結局はあの牛丼屋店員と一緒で、億万長者になりたいって。それだけか。
「そういえば、闇の精霊の魔法はチワワしか召喚できないんですか?」
「えっ? いや……その……」
「あ。ごめんなさい。俺達も敵ですよね。単純に気になったんで」
「そういうわけじゃないんです。実は……うん。やっぱり言おう。あの、私達闇の精霊なんかと契約していないんです」
「えぇ?」
「私もなんであの子があんなことを咄嗟にいったのかわからないんですけど。私達の精霊は『運の精霊』です」
「運って。幸運の運?」
「幸運か、不運か。はたまた運命の運なのかはわかりません。もしかすると全てを包括しているのかもしれないですね。魔法の正体は<ハッピールーレット>と言います。私が命名したんですけど、あの子は気に入ってくれないみたいで。発動時には違うことを叫んでます」
「<ハッピールーレット>……? 一体どんな魔法なんですか?」
「はい。ずばり、生物を召喚して仕えさせることが出来るんです。でも、どんな生物が出てくるかは全部運……ということになっているんです。つまり無作為に選ばれた生物ということ」
「強そうで弱そうで……よくわからん魔法ですね。だけどポテンシャルはすごく高そうだ」
「今のところ召喚出来たのは、ブルドッグ。ゴールデンレトリバー、コーギー、チワワ……と、このように犬系がほとんどですね。ちなみにちゃんと霊体化していて、一定時間が経過すると魔方陣でいなくなってしまいます」
「本当にアットランダムなのか疑問だ。そもそも皆地球上に生息してるし」
「一応、異世界の生物も召喚出来るということらしいんですけどね。私とフランは恐らく魔法の強化でどんどん召喚出来る幅、つまり選択される幅が増えてくるのではないかと推測しています」
「って。いいんですか? 俺達にそんなことをベラベラ喋って」
「構いませんよ。私達は汐見さん達と戦いたくありませんから。それはフランも同じことを言っていました」
俺はそれなら、とこちらの魔法も説明した。
「何か力になれることがあれば手伝いますよ」
「ええ。ありがとう。でも、フランは一人でこの試験に挑むって豪語しているから。気持ちだけね」
「何があるかわかりませんからね」
「ええ。何かあれば。またきます」
俺とアンリは来た時とは違い、晴れた表情をした雨露木さんを玄関先まで送った。
「それじゃぁ! またなにかあったらー」
「はーい。ばいばーい」
「フランちゃんによろしくいっといてくださーい」
ばいばーいって