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初陣


 あの少女。アンリが家に来てから。

 俺は精霊試験とかいう名目の戦いに巻き込まれてしまったらしいのだが、生活が劇的に変わっていたかと言えば……そうでもなかった。


 俺は高校から一人暮らしをしている。元々はこの家に三人で住んでたんだけど、親父は急遽海外で単身赴任。それを見たおふくろはなんと「ずるい」とかいって自分も主婦をやめて仕事を開始。

 おふくろの破天荒ぶりには呆れる部分もある。そろそろ一人で生きていけるでしょ、とか平気で言って翌日には夢だったとかいう農業を田舎で開始していた始末だ。俺は児童相談所的な所に駆け込む権利を持っているに違いない。

 ま、そんな両親でも高一の頃はよく様子を見に来てくれたからやっぱり一人息子っていう意味で気にはかけてくれてるんだろうけど…………最近では電話一本入れて俺の生死を確認するくらいだ。田舎に来いって誘われてはいるんだけど、転校しなくちゃならんし、踏ん切りはどうしてもつかん。

 甲斐性なしとはいわねぇし、俺は一人暮らしという楽園に身を浸すことが出来るから、文句はねぇけど、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ寂しかったりはするんだよな。

「ただいまー」

 アンリが来てから、俺は家で一人ではなくなっていて、喧噪も佇んでいて。その寂しさなんてものが紛らわされるようになってはいるんだけど。

「あははは! ははは!」

 テレビを見て笑い転げているアンリを見下ろす。

 アンリはようやく俺に気が付いたようだ。笑ってつむった目を見開いて俺と視線を合わせた。

「あっ。汐見さーん。おかえりー」

 現状、それ以外に変わったこと。特になし。精霊試験? なんだそれって感じ。

 俺の家に転がり込んできてからというものの、アンリは、ひたすら衣食住をむさぼっている。何か無理に変わったことを見つけようとするならばそんだけ。やりたい放題って感じだよこいつは。仕送りでのやりくりも結構きつきつなんだぜ。

 ふざけ半分で『契約』とやらを交わしちまった俺が悪い……のか? まぁどこかで何となく面白そうっていう感じがあるにはあるんだが……

「俺は今日という今日は決心した。お前に言うことがある」

 俺の期末試験もようやく終わったし、いい区切りだ。

「えぇーなんですかー──あははは!」

 問答無用でテレビを消す。部屋にあった騒々しさは一気にかき消えた。

「いいからそこに座れ」

「あぁ……私の憩いの時間が」

「四六時中そうしてるじゃねぇかぁ!」

「ちょっ。怒らないでくださいよぉ」

「俺はお前がもうわりとマジで異世界に来たって信じてるよ。実際そうなんだろうよ。あんなもん見せられたらな」

「そうですよ。汐見さん! 一緒に一位通過で目指せおくまん──」

「それなんだが。あれから一週間くらいか。俺は俺の試験で忙しかったから何もしなかったけどな。ぶっちゃけ何も起きてねーじゃねぇか。俺は結構身の危険を感じながら勉強していたんだぜ?」

 その間アンリといえば家でくっちゃねテレビ。ゲーム、漫画。平たくいえば俺の家に引きこもっていただけだった。そして精霊試験について聞いても、はぐらかされて適当な受け答えをされるだけだった。俺がそこにしびれを切らすのはしょうがないことだと言える。

まぁ俺も期末がピンチな状態だったので、時間に余裕がなくあくせくしていたってのはあるが。

「これは戦略的な。あれですよ。なんていうか。待機!」

「嘘だっ。お前絶対日本での生活を謳歌する気マンマンだろ。働かずに! 俺の家で! そりゃぁ修学旅行気分なんだからそうなんだろうなぁ」

「ひぃいぃぃ! 回すのだけは勘べんをぉ!」

「……いや、単純に教えて欲しい。乗りかかった船だしな。もうその精霊試験とやらは始まっているんだよな?」

「始まっています」

「可能な限り協力してやるからさ、もっと情報をくれよ。例えば参加人数は何人なんだ」

 そう、圧倒的に足りていないのは危機感と情報だった。

「えっとぉ……わかりません。正確には」

「時が来れば終わるっつってたがいつ終わるんだ?」

「それもわかりません」

「話にならんじゃねぇかぁ!」

「わぁ! これがジャパニーズちゃぶ台返し!」

「外人装ってんじゃねぇ! あ、まぁ外人なのか。ってどうでもいいわ。つまりお前が言いたいことはこういうことだな。お前のような試験生はどこに何人いるかもわかりゃしねぇ。何週間後か、何ヶ月後か、何年後がいつ終わるかもわからねぇ戦い。それに俺は全身全霊付き従いお前の助けをする。そういうことだな?」

「はい!」

「アッホかあああぁぁぁぁぁァァッ!!」

「ひょえっ! いやいや待ってください。全体の動向というのはですね、本当にわからないんですよ。私の予想ではですね……ええっと。大体、多分百名から、数百名です。場合によっては千名くらいです」

「今随分桁数上がったけどぉ? どんだけアバウトなのかなぁ?」

「で、時が来れば終わるというのは、人数が減ってきて、膠着状態になったら精霊さんが終わらせてくれるということらしいです」

「ほぉー。じゃぁどんどん攻めていけば終わるっちゅーわけだ」

「まぁ……そういうことなんですけどね」

「ん。どうした、うかない顔をして」

「実は、私がこれだけ汐見さんのおうちに引きこもっているのも理由があるのです」

「ほぉ? 話してみ」

「あの、私の魔法に自信がなくて」

「え? 魔法はもう使えるのか? この試験に勝ち残ったらってことじゃないのかよ」

「今は精霊さんに自分に合った魔法を仮契約という形で使えるようにしてもらってます。これも、あっちに戻ったら使えなくなるし、今回の試験にあたっての一時的なものなんですけどね。ひとまず自分に合った精霊さんから才能に見合ったものを与えてくれるんです。才能があれば、より強い魔法を与えてくれます」

「おお。どんな魔法なんだ」

「まず、私は言葉の精霊さんと契約しています。そういう才能ですので。言葉の精霊さんも数多くいるみたいなんですけどね。私は結構な正当派なんですよ」

 さっとすました顔を作るアンリ。すごさがよくわからんのでつっこまんでおく。

「そういえばあの木の板にもそんなことを言ってたっけか」

「あの木は精霊さんとやりとりをするときに使う特殊な板なんですけど。この前あれが光っていまして、精霊さんが私に魔法をくれたのです──聞いて驚かないでくださいよ」

「おう。これは重大なことだぞ。今後の戦いのキーじゃないか」

 なんだかちょっとわくわくするな。本当に魔法とか、そういう戦いが始まるのだと思うと。しかし言葉の精霊というところから、どういった魔法が使えるのかまったく予測できない。

「ジャジャーン! 疑問という概念を言霊に乗せて対象の虚実から真実を得る魔法!!」

「うむ。全然わからんぞ」

「言った通りです。もう超すごいんです。例えば友達とだべっている時にですよ? 『一体どの中華まんが好きか』という話題が出たとします。皆世間体を気にして肉まんを選びますよ、そりゃ王道。これ言っておけば無難だろってのをね。でもこの魔法を使って指摘すれば、その嘘を見抜いて、本当に好きな中華まんを教えてくれるんです。圧倒的多数でピザまんかカレーまんという解答が得られるでしょう」

「いや、肉まんだろ普通に」

 そういやこの前カレーまんをやたらとうまそうに食ってたな。

「つまり人目を気にしたとっさな解答じゃなく彼彼女らが人生において愛している中華まんを教えてくれるんです。嘘を見抜けるんです。一つ注意点がありまして、一人につき一回しかこの魔法は使えないんだそうです。なんでも、言霊で抽出可能な概念が一人あたりうんたらかんたらということらしく」

「えらく例と説明が雑だが、うん。すげぇよ。攻撃的ではないけど。いいんじゃないか?」

「ははーん。どうですか。もう、勝ったでしょこれ。てっぺん間違いなしですよこれ」

 自信ないと言っていたわりにはノリノリだ。なんなんだ一体。

「使いどことか全然わからねぇけどな」

「どうぞ! もっと褒めてください!」

「よっ、大統領!」とりあえずおだててあげることにした。

「紙吹雪紙吹雪! 私はこの技に名前をつけました。聞いてくれますか」

「いや、恥ずかしそうなのでやめとく」

「真実のジャッジメント!」

「まんまじゃねーか! ただそれっぽいこと言いたいだけじゃねぇーか! つーか本当に言葉の精霊憑いてるのかってくらいなんか安直だぞ!」

「言葉の精霊さんと契約していたって、賢いことには繋がらんのです」

「馬鹿って認めちゃったー!!」

「紙吹雪紙吹雪!」

「で、他には?」

「えっ?」

「はいっ?」

「いや、だから他にもあるんだろ。なんか魔法」

「ないです」

 有頂天になっていたアンリの顔が一瞬で凍った。

「はっ?」

「だからないです」

「あれ。いや、他にはなんかあるんじゃないの。こう、どばーんと……する……やつとか……」

 アンリがどんどん項垂れていったのをみて、俺も項垂れた。

「戦いってあれだよな、魔法で戦うわけなんだよな? 他の試験生と」

「ええ。まぁ……」

「っておぃぃぃ! どうやって攻撃すんだよぉ!」

 どんよりした雰囲気をかき消すために、俺は声を張って見せた。

 なるほど。アンリがここまで引きこもっていた意味がようやく理解出来た。他の試験生に遭遇しても勝ち目がないということか。

「言葉の精霊さんが私の『成長』を認めてくれたら、他にも魔法が使えるようになるんですよ!」

「例えばそれはどんな時だ?」

「同じ試験生と戦って、勝てばいいのです。倒せばいいのです」

「倒すっておまえ……」

「あぁ……」

 絶望感が漂い始めた。

「原始的な攻撃をしかけるというのか。まさか。魔法の試験だというのに。俺達二人で金属バットでも持って夜襲をかけろっていうのか」

「道具の使用は失格です。あくまで戦いは魔法が主です。精霊さんたちに金属バットなんて持ってカチこみにいくとこを見られちゃったら一発で元の世界に戻されちゃいますからね」

「いやいや。でもさ、なんか根本的におかしくねぇか? 魔法が主ってのはわかったけど。お前が言ったその魔法を使って誰かをやっつけろってことなのか?」

「えぇ……まぁ遠回しに言えばそうなりますかね」

「いや、遠回しに言わなくてもそうなるぞ。絶対勝てないだろ! 勝ち目ないだろ!」

「だからもう、私やばいかなぁって思って。現実逃避をしておりました次第です」

「やばいかなぁじゃないぞ。やばいだろ。お前、落第するんじゃねーか」

「ちょっ! 人ごとみたいに言わないでくださいよぉ!」

「いやぁ、実際人ごとだしな」

「そんなぁ……」

「でも俺はやることはやる。お前の協力するって。出来ることはしてやるって言ったろ。多分、まだ諦めるのははやいぜ」

 本当に多分ということで、全く根拠はないんだけどな。がっくりきてるアンリがなんとも不憫だったので、俺はそう言わざるを得なかった。

「ま、やるだけやってみるしかないだろ。で、念のため聞いときたいが、他にはどんな精霊がいるんだ? もしかしたら皆そんな感じなのかもしれないだろ」

「それが、どんな精霊と契約するのかは自分たちで決めるのではなく、全てを司る大精霊様に決めてもらうのです。それも異世界に飛ばされる直前に。だから一体どんな精霊と皆契約しているのか、全くわからないのです。精霊さんもすっごいいっぱいいますし」

「なんとなーく。俺のゲーム的な経験から予測すると、雷とか火とか、水とか? そういうもう、ザ、魔法っていうようなのがやっぱいるような気がするが、どうだ?」

「そうですねぇ。多分いると思います。でも結局は目の前の敵に対してどう戦うか、だと思います」

「んー。そういう仕組みなんじゃ、確かにそうかもな」

「汐見さん……」

時計に視線を送って、急に顔を強ばらせたアンリ。

「ん? なんだ?」

「見たいドラマがもうすぐやるんですが……」

 思わずずっこけそうになってしまった。

「わかったよ。見ろ見ろ」

 これだけ家にいる理由というのはひとまず理解出来たからよしとしよう。


    ・ 


 頑張って協力してやるかという気概は、一度決意も改まって、少しばかりは生まれてきたのだけども、俺はといえば翌日も普通に学校に行くだけだった。

 ただ、アンリがやたらとついてきたがるので、霊体化してサイズを変えて、鞄にいるよう指示をした。

 俺みたいなごくごく珍しい例外くらいしか霊体化したアンリを認知できないらしく、普通の人間には早々ばれないとのことだが。どうだろう。俺はやめておけと散々言ったのだが……結局言うことを聞かなかった。

 なんでも、他の試験生が俺の学校周辺にいるかどうかを探りたいらしいのだ。やれやれ。


「そもそも、どうやってライバルを見つけるんだ?」

 昼休み、一人で中庭の隅っこで飯を食っている際に鞄から顔をのぞかせているアンリに聞いてみた。

「あの木の板ですよ。あれ、試験生皆持ってて、近付くと光るのです。精霊さんが教えてくれるんですよね」

「ほー。それは結構有益な情報だ。というか、もっと先に言おうか。大体どれくらい近付けば光るんだ?」

「具体的にはわかりません。でもこれも私の成長に合わせて索敵範囲が広がってくるそうですよ」

「へぇ。そういやどうだった? 今日はどっかで光ったのか?」

「いえ、あいにく。試験生はこの学校にいないようです。なので、私はここに入学してもいいでしょうか。学校ってつまらないですけど、いざなくなると恋しくなりますよね」

「断固駄目だろそれは。お前が大事な試験を落ちたいというのならば別だけどな。自分から危険を晒そうっていうんだから」

「木を隠すなら森っていうじゃないですか」

「でも入試の勉強しないと入れないぞ」

「うぐ。やっぱりいいです」

「板でしか感知できないというのなら、その板を持ち運ばなければ敵にばれにくくなりそうだな」

「この板は常に肌身離さず持っていないといけないのです。離れた場所に隠したりしたら失格ですので。でも汐見さん流石ですよ。鋭いですよ。その調子でどんどん助言してください!」

「何様じゃ」

 軽くチョップでドツいてやる。

「きゃんっ」

「あーでもよく考えたら敵から逃げてもあまり意味がないかな。戦うなら早い方がいい気がするし、敵は常に探し続けていた方がいいと思う」

「なぜ?」

「お前……少しは自分で考えろよ。自分の試験だろ。まぁお前が言ったことを全て真実と捉えるならの話なんだが。ヒントは、成長。数」

「あっ!」

「わかったか?」

「今日の夕飯カレーがいいです!」

 更にチョップでドツいてやった。

「やる気あんのかよっ」

「ぷしゅー。わかりました。考えます。成長……数ですね。あの、全然わかんないです」

「はええよ! はぁ……もう。答えを言う前に確認しておきたいが、皆いきなり強い魔法が使えるってわけじゃないんだろ?」

「才能があれば、強い魔法を使えます。本当に才能があれば、精霊さんもそれに見合うものを最初から使わせてくれるんです」

「お前の魔法はどうなんだろうな。才能、あるのかないのか」

「ありますよ!」

「わかった。そういうことにしておこう」

 実際、攻撃能力はないし、制限もついてはいるけども。非凡なことは確かだ。そこは俺も認めているところではある。

「んで、今は例外の話ではなく、大多数の話をしよう。仮定として、誰もが一つの魔法しか使えず、かつ能力の低いものだとして。新しい魔法が使えるようになるらしい『成長』のきっかけ、トリガーが『誰かを倒す』ということであるのならば、その数は限られている。試験生が無限にいるわけじゃないだろ」

「あっ、そうか」

「倒せば倒すほど『成長』が出来るのならば、全員の能力が均衡しているであろう今のうちに行動を起こす必要があると思うんだ。少し頭が回る奴ならすぐにこの発想に至ると思う。存外この試験は早く終わるのかもな」

「どうしよう。私ずっと寝ていた」

「かといってそうすぐ焦る必要もないだろう、何せ俺らの魔法は攻撃的じゃないからな」

「そこなんですよねー問題は」

「しかし情報という意味では圧倒的に優位に立てる可能性がある。誰かと共闘するのならば悪くない魔法だと思う。そこで提案なんだが、俺達はまず仲間を探さないか」

「仲間!」

「そうだ。俺達のこの能力をうまく使いたいって奴はいるだろ、多分。知らないけどな。逆にそれしか勝機がないんだよな。疑問なのは、精霊さんとやらが俺達のこの戦い方を見てどう思うかだ。『倒した』ってのは間接的にでも助力すればいいのかどうか、全然わからん。そこんとこどーなんだ?」

「うう……ぐぐぅ……どうなん……ですかね?」

「いや、俺に聞かれてもわかるわけないんだが……お前なんでそんな肝心な所が……まぁいずれにしても、ハナからこの魔法で誰かを倒すなんて無理に決まってるんだ。それで『成長』出来ると信じるしかない」

「汐見さん。実は戦闘手段が全くないというわけではないんです。肉弾戦も許されているのです」

「肉弾戦? そうだったのか。魔法の試験だというから、魔法のイメージだけが先行しすぎていたぜ。ってことは今の状態でも八方ふさがりってわけじゃなさそうだが……俺もどんぱちやらないといけなかったりするのか、これ。筋トレとかした方がいいのかな」

「これは私達の試験ですよ。お忘れなく。パートナーの肉弾戦は許されていません。そんなことしたら精霊さんに即失格を言い渡されますから」

「精霊さんのジャッジは信じていいんだな?」

「割と甘めの裁量らしいですが、いいはずです。試験ですからね、これは。公正にやるという必要がありますので」

「公正さを考えるなら確かにそうか。空手家とかボクサーがパートナーだったらそいつらが一番とっちゃいそうだものな……ん、でも待てよ。そうなると戦いは全てお前らがやるってことになるわけだろ……俺達パートナーが存在する意味がなんもなくね? まさかお前らに衣食住を提供する役割を持てってことか?」

「ふふふ。魔法はパートナー、つまり汐見さんが使うんですよ」

「どういうことだ」

「私が汐見さんに力を与えますので。魔法を放つのです」

「俺が? なんかおかしくねぇか。だってお前らの試験だろ。魔法の」

「だってそうしないとパートナーの意味が本当になくなりますしね」

「そんな理由かよ」

「それに一人で戦うなんて出来ませんので」

「偉そうにいうなっつの。つまりお前ら試験生は魔法を直接放てないってことなんだな?」

「そうです。これは皆そうです。まぁ汐見さんは本当に放つだけでいいんですよ。それ以外の複雑なことは一切いりません。コマンド入力が不要で、技名だけ叫べばいいってことなんです。どうです。簡単そうでしょ」

「どうだがな。ぱっと想像できないが……ひとまず信じておくよ。んで、俺達はどうやらお前の体術に賭けるしかなさそうだが、どうなんだそこんとこ」

「平均的……だということにしておきます」

 大げさにシャドウボクシングをしてみせるアンリ。全然強そうに見えない。

「でもやっぱり、推奨行為は全て魔法での戦い、決着と大精霊様が言ってました」

「推奨行為とかわけわからん。それをすれば『成長』するのかな」

「私も詳しくはわからないので。精霊さんにも色々あるんで。主催者なんで。スポンサーなんで」

「わからないってあのなぁ。わりと重要な意味を持ちそうなその『成長』に関する部分が曖昧なのは結構困ると思うんだが。まぁわからないのならばしょうがないか。あとまだ確認したいことはあるぞ」

「なんなりと聞いてください」

「お前は血みどろの戦いなんてないみたいなことは言っていたが、そうとは考えにくいのだが。だって、魔法使ってくるんだろ? くらったらどうなるんだ?」

「死にますね」

 アンリはこれ以上ないってくらい真顔だった。

「アホかぁ!」

「嘘ですよぉ。安心してください」

 アンリが小さな手を鞄から必死に差し出して来た。

 その手が俺の膝に触れた途端──俺の体が少しだけ透けた。ってえぇ!?

 アンリが手を離し、もう一度俺に触れると、今度は元に戻った。

「やっぱり汐見さん才能ありますね。まぁ才能あるからこそ霊体化した私を見て触ることが出来て、こうしてパートナーとして精霊さんにも認められているわけですけど」

「説明もせず人の体を透過させるのはお前の故郷では一般的なのか」

「大丈夫ですよぉ。霊体化させただけですから」

「全然大丈夫に聞こえないんだが……」

「つまりこういうことです。戦いは全て霊体化して行われます。そうしないとおっしゃるとおり死にますし。汐見さんは私が霊体化させてあげますんで、ご安心を。私がしなくても、魔法をくらえば自動的に霊体化しますので」

「ほー。霊体化した状態で攻撃をくらったらどうなるんだ? 全く何もきかないって訳じゃないんだろ? 本当に安心なのか?」

「もちろんダメージはあります。魔法もくらいますし、同じく霊体化したものからの物理的な攻撃もくらいますよ。パンチとかキックとか」

「それで体がもげたりしたらどうすんだ」

「死にますね!」

「意味ねぇっ!」

「嘘です。霊体化していれば、どんな攻撃であろうと生身の肉体に影響はありません。でも一定以上ダメージを受けたら気絶します」

「その線引きはどこでされるんだ?」

「難しいですね。個々人によります。汐見さんも霊体化して攻撃なんかを一度くらってみるとわかりますよ。肉体的なダメージはないんですけど、けっこうぴりぴりきます。それを根性で耐えるような感じです」

「根性?」

「そうですねぇ……中々説明が難しいです。こればっかりは経験してみないとわからないかもしれませんね」

「わかった。そこまですぐに気絶しちゃうってわけじゃないんだな?」

「イメージ的には、あれですね。格ゲーでいうぴよった状態ですよ。あれくらい一気にぼこられるとやばいです。体力ゲージがゼロになってもまずいです」

「後々勘取っていくとするよ。なんにせよかった。生身の肉体に影響はないって聞いて安心したよ。でもさ、あんなすけすけになったところ誰かに見られたら色々問題になりそうな気がするんだが」

「大丈夫です。霊体化すれば、他人からも見えなくなる……というよりかは気が付かれなくなるという言い方のほうがいいですね。そこにいて、声とかも、実際には聞こえているんだけど、気が付かない、みたいな。存在感がすんごぉーい薄くなるという感じです。ただ、私達試験生や適性のあるパートナーには見えますけどね」

「なるほど。存在そのものを認識出来なくなるってことか」

「ですので、安心してどこでも戦っちゃってオッケーということですよ」

 なんとなくわかってきた。恐らくだが、霊体化した状態の相手を気絶させれば『倒した』ってことになってそれが『成長』に繋がるということなのかもしれない。他にも『成長』の方法があるといいが……思いつくものはないな。

 だが『魔法での決着』を推奨しているのが腑に落ちない。

 俺達のような魔法じゃ、仮に気絶を決着とするのなら、出来るわけがない。公平を装っている精霊とやらがこういう詰めの甘さを露呈するんだろうか。

 少し考えて、するんだろうな、と結論づけた。

 なんか適当そうだし、そういうノリなんだろう。

「ひとまずある程度試験に関して理解出来たよ。で、どうする? このまま仲間を見つける路線でいいか? そう簡単に見つかるとは思えないけど」

「はい。それで問題ないと思います。でもその前に敵が現われてしまったらどうしましょう」

「そん時はそん時だ。潔く戦ってやれるだけやってみるしかないだろう。言ったように、早めに戦っておくことそのものは、悪くない選択だ。相手は選ぶべきと思うが」 

「よし、じゃあ汐見さん頑張ってください。いけ、汐見さん! 君に決めた!」

「お前も頑張るんだよ! むしろお前が頑張らないと!」


 へらへらして、差し迫った感じが何もないが、アンリはこれで大丈夫なんだろうか。

 やっぱり旅行気分の方が強いのかな。でも本分は試験とも言ってたし……どうなんだろう。まぁ好きにやらせておいていいのかな。こいつの試験なわけだし。

とはいえ俺も参加するわけだからな……やはり先が思いやられる。

共闘出来る仲間さえ出来れば活路は開けそうではあるんだが、その仲間さえ出来れば……というのがかなりハードルが高そうだ。


   ・


「だはー! カレー旨いッ! カレー作らせたら汐見さんの横に出るものは二万人くらいいますよ」

 俺達は帰りにスーパーに寄って、材料を購入し、アンリの希望通りカレーを作って二人でありついていた。カレーはある程度保存が利くし、わりと手軽に作れるから俺の料理レパートリーの中では頻度が高く、作り慣れている部類だ。以前アンリに一度食わせてやったら病みつきとのことらしい。

「へらず口をへらしてお前も家事やったらどうだ? そういうのも勉強だろ。片付けとか、洗濯とか、食器洗いとか手近なとこで、なんでもいいから」

アンリは依然家事全般を何もしないで終始自分の好きなことをしている。

 修学旅行気分のようだし、あのわくわく感はわからんでもないので少しは大目に見ようか……と思って甘やかし過ぎた結果がこれだ。

「いやぁ。私は試験で忙しい身なのでぇ……」

「家事くらいは前向きに検討してもらわんとマジで追い出すぞゴラァ」

「えぇ……ちょっと慣れない旅路なもので胃がぁ……あぁ……痛風がぁ……」

「今思いっきりカレーにがっついてたよなぁ。あと痛風って意味わかってるのかよ」

 まーたぶんまわしてやらんといけないようだ。

「しっかし学校ってのはつまらんものですなぁ」

 何事もなかったようにひょっこり起き上がってまたカレーをがっつきはじめやがった。まったく。

「お前も今まで学生やってたって言ってたじゃないか。魔法学校なんて俺から言わせればメルヘンそのものだし、楽しそうでしかないけどな」

「どうやら学校がつまらないというのはどんな世界でも通じる一つの真理のようですよ。だけど、その真理に抗う為に楽しくしよう、楽しくしようだなんて考えちゃうんですよねぇ」

 腕を組み、大げさにうんうんと頷いている。

「一体なにしてたんだ?」

「汐見さんの学校と似たようなものですよ。理論、理論、理論。実践? 理論。くらいの割合でしっちゃかめっちゃかお勉強ですよ」

「わりと知識的に覚えることがあるんだな」

「ええ。何の役にも立ちませんよ」

「役には立つだろ。魔法の……ほら、あれなわけだから。知らんが」

「私は体で覚えろ派なんですよ。格ゲーだってコンボだけ覚えても、いざ実践じゃなんの役に立たない場合があるじゃないですか、ただの自己満足でしかないってことはあるじゃないですか」

「まー確かに学校の授業はどんなとこでも概ね退屈なのかもな」

「そうそう。でも汐見さんの学校ときたら……つまんなそうな授業なのに皆すっごい真面目に聞いてて、私笑いそうになっちゃいましたよ。てかこらえてましたよ。皆でなんだかよくわかんない迫力だしちゃって。汐見さんも……ぷぷ、思い出し笑いしちゃいそ」

「学生の本分は勉強だからな。つっても、ちと俺のクラスは異常かもな」

「異常ですね確かに。あの顔は」

「そうしなきゃならん理由があるんだよ」

「成績のためですか?」

「違うな。俺のクラスには風紀委員がいる。委員長も兼任しててな」

「あっ。もしかして今日授業中にどぎつい声を出してたあの人」

「そう。才川っていうんだけどな。どういうことかっつうと恐怖政治だわな。実は俺も結構怖かったりする。あの恐怖はわりと本能的なものかもしれん」


   ・

 

 俺も多くの高校生と同様に「こんなものが何の役に立つのだ?」という疑問を投げかけながら授業を聞き流している。純粋に興味が持てないままなのだ。とりあえず義務感からそこそこの勉強はするんだけども。

 一年の最初の頃まではわりと熱心に受けてたんだけど、最近は気分が乗ったらまぁやったるか、という感じ。乗らない時は、右耳から左耳へ、一瞬で教師の声が抜け出ていってしまう。

 そんな時。今日はもういいや。寝ちまえ。なんて時。本当はおおっぴらの机に突っ伏して睡眠を取りたいのだが。

 才川椿。

 このクラス、2―Bの委員長。そして風紀委員。風紀委員では二年でありながら既に相当の地位を占めているらしい。誰もが楯突くことを許されないという噂も出ている。

 こいつのせいで昼寝だなんてことは出来ないんだ。

 委員長という誰も立候補しない、倍率も低い、大して偉くもない役職を鼻にかけて、奴はさながらクラスの首領として君臨している。首領と書いてドンだ。

 もし授業中に公然と居眠りしようものなら、強烈な叱咤が後方最奥左席から飛んでくる。そう。奴はクラスを俯瞰出来る位置にいるのだ。マジでドン。

 飛んでくるその鋭い声の方が授業で迷惑なのではないかと思うことも多々ある。

 他にも、例えば服の乱れや日頃の行いも注意してくる。授業中程のきつさではないけど。

 育ちがいいのかわからんが才川の人間としてこうあるべき、って基準はかなり高いようだ。俺らにそれを求められても、ってのはある。

 女に怒られても別に怖くないぜ、はんっ。って開き直れればいいんだがそうはいかない。むしろそうしたくないと思わせる。

 何より迫力があるのだ。オーラっていうか、見えない力っっていうか。

 才川に名前を呼ばれると、誰もが恐怖ですくみ上るという。俺もそうなのだが。

 2―Bの生徒は男子女子共におっとりした奴が多いので、もうされるがままっていう感じだが、内心では快く思ってない奴が多いだろう。特に女子の中では。おかげであいつはいつも一人だ。

 ……二年が始まった当初はそんなきっついキャラじゃなかったと思うのだが。

 委員長に立候補した当初は、クラスの大多数がただの委員長キャラとして認知していていて、事実あんまり干渉してこないおとなしい奴かと思ったのだが。

 なのにいつからだろう。急に2―Bの自治を始めたのだ。心境の変化というものだろうか。そんなことでいちいち俺を含めたクラスメイトが被害を受けるのは困るのだがな。

 いや、本当困ります。

 なぜこっちを見ているんだ才川。

「汐見さん、ガン見されてますよ」

 っておい。なにやってんだこいつ。公然としゃべってんじゃねぇ。

アンリはまたまた学校についてきていた。

「不意に顔を出すなっつの」俺は周りに気を遣いながら小声で怒鳴った。

「平気ですって。このクラスで私の霊体化を見抜ける人はいません」

 豪語しているが俺にはその根拠がわからん。

 しかし今はアンリより才川だ。俺はアンリを押し込んで寝たふりをした。

「まだこっちみてますよぉ」鞄越しに聞こえる声。

 今日、やたらと才川の視線を感じる。ちくりちくりって感じで。そんな一日もあるのかなと思ったのだが、昼休みの今。もうやばいくらい見てる。しかも、あんまり快く思っていないような表情で。

 おおっぴらに注意を受けた経験がないから、余計に身震いしてしまう。なんだ。何に目をつけられた? 俺は至って普通の高校生だと自負しているのだが。

「あ、行きました」

 ふう。あぶねぇ。

 偶々ってことにしちゃ今の視線はキツすぎた。これから毎日あんな目線を送られたらたまったもんじゃねぇな。

しかし根源がわからん以上こちらからも動けない。わかってても動けるかどうかわからないけど。とにかく今は様子見ってことにしとくしかないのかな。


   ・


「汐見さん、帰りましょうよ。カレー食べましょうよ」鞄の中からアンリがわめいている。

「だぁっとれ。俺だって少しインテリな部分はあるのだ」

「ここにいると根が暗くなりそうです」

 放課後、図書室に来ていた。

 読書家というほど読書をたしなむわけではないが、たまぁに週一回くらい本を読みたくなる。活字ってのはそういう中毒性があるもんだ。そんなときはふらっと図書室に立ち寄るのが俺のジャスティス。日頃がルーティン過ぎるから、意外性を求めたくなるのかもな。ま、才川のせいで気分が悪くなってたから、気分転換の為にもここに来た。

「やばいです、汐見さん。根が本当に暗くなってしまいます。図書室というのはどんな世界でも陰気くさい。これも真理のようですよ」

「静かでいいだろ」

 放課後の図書室はがらっとしていてほとんど誰もいない。奥の詰め所で司書さんや委員がいるくらいだ。

「やばいです。根が真っ暗になってからでは遅いですよ? あの、私の根が暗くなったとこみたいですか?」

「みたい気持ちもあるな」

「ひどい! サディスト! 独裁者!」

「んなひどいこといってねぇだろっ」


 駄々をこねるアンリに負けて、よく吟味せず適当に本を見繕って帰ることにした。借りてもつまらない場合は最後まで読めなかったりするから、本当はよく選びたかったんだけど。


 ドアを開けて、才川。


 ──あれ。


 んー。 


 腕を組んで、こっちを見ている。

 あれれぇー。視線ががっちり合っちゃってますけどぉ?

 ちらと後ろを振り返る。うむ。誰もいない、静かな図書室だ。

 もう一度前を向く。

 見てる。俺を。もう言い逃れできないくらいに。

「よほ」

 意味不明な、挨拶に似た言葉が紡ぎ出された。

「汐見恵一」

「はい」

 やはりこいつは俺を待っていたらしい。マジかよ。昼休みの続きかよ。

「この後暇かしら?」

「暇というか、まぁその……ね。予定的なあれはないかなぁ。けどなんつうか色々ね」

「ちょっと時間を頂戴」

「はい」

 俺って結構根性座ってると思ったのに、萎縮して即答していた。

 全く話したことがないし、話しているところも誰かを説教しているところくらいしか見たことがないから、俺の中の才川はもうそのまんま恐怖の対象でしかなかった。

 そら縮こまってしまうさ。何かしらの説教はくらうだろうとな。がんばれ、俺。卑屈になるな。

 しかし放課後まで待っていやがるとなるとことが重大そうに見える。俺の存在が気に入らんとか、そういうことかな。そういうことくらいしか考えられんのだが。

「ここじゃぁ人目に付くから。来てくれない」

人目に付いてはいけないことをしようというのか? 何すんだおい。制裁という名の暴力を執行しようというのか? それくらいしか想像できない。

 困惑しながら俺は無言で階段を上る才川について行った。一目散に逃げれば振りきれるだろうが、翌日が怖い。

 ちなみにスカートはかなり長かったので、パンツは見えなかった。って何やってんだ俺。意外と冷静かもしれない。

 いや、でも待てよ。俺は何もやってない。そうだ、うん。そうだ。胸を張れるだろ。自信を持て、俺。普通、俺普通。

 よく耳をすますと鞄越しにアンリの笑い声が聞こえてきた。後でしばいたろか。

 才川はぐいぐいと階段を上っていった。嫌な予感がする。このまま行けば屋上だ。って思ったらもう屋上に到達していた。


   ・


 放課後の、誰もいない屋上。昼休みなんかはそこそこ賑わっているけど、こうして才川とサシで向き合ってると、いつもの和やかさなんてかけらもないね。はは。笑えねー。

 この、そこそこ距離をとってる感じは意味があるんですかねぇ。

 束の間。才川の口から出た言葉は俺の予想を全て、根こそぎ取るような、まるで意外過ぎる宣告だった。


「戦いを申し込むわ」

「は?」


 戦い。

 何のことだろうか。考える。ここは日本だよな。決闘で解決しようってお国じゃない。そもそも俺と才川の間に決闘するような因縁もない。けど、なんだか今にも果たし合いが行われそうな雰囲気だ。

「精霊試験よ」

 その一言でようやく合点がいった。

「まさか才川。お前も?」

「そうよ。ここに呼んだのは、あなたとその魔道士を倒す為よ!」

 なんだって? こんな身近にライバルがいたなんて。

 混乱に陥れられていると、鞄に収まっていたアンリが普通の大きさに戻り、俺の背後に立った。

「やい! 望むところですので!」

「バカ、お前勝手に出てくるなよ!」

 こいつはやはりバカだ。もしこのまま戦いが始まるというのなら、不要なことは相手に言えない。アンリは口を滑らせそうで危うい。

 俺は才川に見えないように、百八十度振り返って、口に人差し指を当てた。我ながら鬼気迫るものがあったと思う。アンリはなんとか察してくれたようで、口をつぐむような素振りをした。

「汐見恵一。使える魔法が増える仕組みは既に知っているわよね」

「知っているぜ、もちろんな」

 俺は動揺を顔に出さないように、平静を努めて言った。具体的には全く知らないままなんだがな。

「より有利にこの戦いを進めるには、どんどん戦った方がいい。そういう結論に落ち着いたのよ。私とエルロットはね」

 急に才川の背後に人間が現われた。アンリと同じようにちっちゃくなって鞄に隠れていたのだろう。

「まさか才川。俺がこの戦いに参戦しているのを気が付いていたっていうのか。しかし一体どうやって」

「鞄の端からひょっこりと見えていたからね」

 再度振り返ってアンリを見やる。素知らぬ顔をしている。まったく。このヤロウ。

「てか、あれ? お前持ってた板光らなかったのか?」

「たしかに!」

 アンリが慌てて裾の辺りから板を取り出した。発光している。

「おい、もっとはやく俺に危機を伝えてくれよ」

「気が付きませんでした。バイブ機能とかあればいいですね。でも学校の……少なくともクラスでは全く光ってませんでしたよ?」

「エルロットは放課後来るように呼び寄せておいたから。反応がないのは当然だわ」

「なるほどな」

 一通りのやりとりを終えて俺達は再度向き合った。

「戦い……ね。しかしいいのか?」

 俺はうつろな目をして、ため息がちに言った。なんとなく余裕そうな感じを出すために。

「構わないわ」

 才川も眼鏡をくいっとして、眼鏡かけてる奴特有の自信たっぷりな感じを出して言った。

「ほぉ、随分勝ち気なんだな」

 負けじと笑みをこぼして見せた。

 でもやべぇよな。もし仮に奴らに攻撃的な魔法が何かあるのならば俺達は逃げの一手しか打てなくなる。どうするべきか。

 先手を打つべきか? <真実のジャッジメント>を放ち相手の能力を探る。

 いや駄目だ。一人に使える回数は一回。これを使ってしまったら、本当に何も出来なくなる。切り札は最後まで取っておかなければ。取っておいてどこで使うかも見えてこないのだが。

 いや、そもそも相手の嘘がないと使えないんだった。

「このまま初めても……いいんだな?」

 仕方ないから俺は限界まではったりに挑戦することにした。

「いいわよ」

「俺はあまり無益な戦いはしたくないんだがな。というのも、なんていうか……あれだ。特段成長を急いでいないからな。俺達は。もう十分戦える能力が身についている。ライバルの母数が減ってから行動に移しても全然問題ないんだ。応用とか効くし。そちらさんは結構お急ぎとか? 俺達を雑魚だと期待して、一か八かの行動ってわけか?」

 よし。我ながらいいはったりアンドかまかけだぜ。

「ふん。そんなことを思っているのならば攻撃をしかけてくればいいのに。自信があるならね。でもそうしないのは、汐見恵一。あなたの魔道士とその魔法が弱いということじゃないかしら? いや、そうに違いないわ!」

 ぐっ。やるな才川。

「はっ。これは警告していただけさ。何なら、いつだって戦いに移したっていい。大体お前らだって全く攻撃をしかけてくる素振りがないが。もしかしてはったりなのか?」

 一つ気になっていたことがあった。なぜ才川は俺達に不意打ちをしかけなかったのだろうか。はっきり言って、宣戦布告なんてする意味が無い。俺達は才川が精霊試験に参加していることなんて全く知らなかったんだから。屋上に来たとたん、攻撃をしかければいいだけだ。それをしないということは、奴らだってはったりをかましている可能性は十分にある。

 だが宣戦布告をするということは、同時にどこかに勝機を見込んでという行動ではあるから……やっぱり、逃げた方がいいかな。

 いや。相手も情報が無いのは同じだ。俺と同じプレッシャーを感じているに違いない。

「確信したわ。攻撃手段はあなたたちにない。これだけ待っても、攻撃してこないんだから」

「どうだかな」

 俺は意味ありげにアンリを見た。アンリもにやりとして意味ありげに俺を見て頷いた。しかし全く意思疎通は出来なかった。これもはったりである。アンリもほとんど逃げの一手しかないということは理解してくれているだろうか。アンリを突っ込ませても、相手に魔法があるなら自殺行為だし……

「もう、はまっているぜ」

「はまっている?」

「ああ。既に俺達の魔法は放たれている。お前らが気が付かないだけでな」

 全くの大嘘だった。土壇場でこんなことを言えるとは。アンリのへらず口を毎日聞いているからか。

「特定の条件の下、発動する。はて、なんだろうな。お前らの……身近な行動かもしれないな」

 このはったりはどうやら効果があったらしい。

 才川は後ろの魔道士を見やって何か話している。

 再度こちらを見据えた。

 少しでも危なげな感じなら逃げだそう。

 奴らに魔法をかけたことにして、作った発動条件を言わないようにするのだ。捨て台詞としては、『ある行動をきっかけに、魔法は起動する! お前らは四六時中監視されているんだ!』とまぁこんなところか。苦しすぎる。

 さて、来い。いつでも逃げる用意は出来ているぜ。

 空気が一気にぴりぴりと張り詰めるのを感じた。

 奴らも不用心に行動出来なくなってしまったに違いない。

 

 ──が、動きがあった。

 才川の背後にいた……ええっとエルロットだっけか、が横に一歩ずれた。

 何が来る。まだ危険な、魔法を使うような素振りはない。そもそも魔法ってどうやって使うんだ。

 才川が手を前に突き出した──来るか、魔法。続けて何かを呟いた。上手く聞き取れなかった。

 魔法だ。奴の掌の中に、薄く橙色に発光している何かが蠢いている。あれを魔法と言わずなんと言おう。

 才川が突き出していた両手を戻す。なおも発光体は空中で動かずその場で滞在したままだ。

 一体どんな効力を持っているんだ……? 即座に危険を及ぼすような、攻撃的な魔法には見えないが。

「い、いやー今日は暑いですねぇ」

 横にいたエルロットがぽつりと、俯きながら言った。

「は?」

 意味がわからなかった。その言葉に何の意味があるのだろうか。今日は別に暑くないぞ。

 もしかして、これが奴らの魔法の……なにかきっかけになるものなのか? だとしたら逃げなければならないのだが、足は動かなかった。

 身の危険は正直言って感じていない。魔法が放たれたという事実はあるにせよ。

 エルロットがこつりと肘で才川を押して、目線を送っている。

 才川の方は俯いて、斜め下を見ている。

 どういうことだ? さっぱりわけがわからん! 混乱の魔法とかか? 何をしようっていうんだこいつら。これもただのブラフか?

「本当に、暑いですねー」今度は才川が言った。

「なー。暑くてほんま。かなわんわぁ」またエルロットが呼応した。

 えーと?

 なんで、なんで今関西弁入ったんだ?

 やばい。今はもう俺にそう思わせていた。

 身の危険というか……そういうのじゃなく、こいつらが最後までこの会話を続けたら絶対にやばいことになる。漠然とした予感。

「そんでな、暑いって言ったら、この前アイス買おうと思って、コンビニ寄ったんよ」

「ほ、ほー。ほ、ほー」

 死にかけの鳩みたいな声で才川が首を立てに振って相槌を打っている。

 やばい。予感がどんどん確信へと動きつつある。にもかかわらず、俺は何も出来ずにただ立ち尽くすだけだった。このままどこに流れ着くのかということを見届けたいという好奇心の方が強くなってしまっているということだろうか。

「それでなんとな、コンビニに入っても暑いんよ。一体何が起きた? 思ぉて、店員に聞いてみたんだ『すいません、なんでこない暑いんですか』て。そしたら店員の奴、なんて言ったと思う?」

「まったく、おもい、つき……つかへん」

「じゃあヒント。アイスってどんな時に食べたらおいしい?」

「うーん……暑いな、と思うとき?」

「そう、店員はこう言ったんだ……」 

 エルロットが大きく深呼吸を挟んだ。

続けて、片手を胸に当てて、もう一方の手を大げさに前に伸ばした。

 

「『アイスを愛すゆえに!』」


 そして──そう叫んだ。

 

 ……………………

 …………


 沈黙が佇んで、どこかにいるカラスがそれを嫌うように鳴いた。

 息を飲んだ。後ろでアンリもごくりと言っているのが聞こえた。

 奴らもこちらに向き直った。才川は額に汗をかいていて、それをスカートのポケットから取りだしたハンカチで丁寧に拭っていた。

 でかい。この精神的なダメージはでかい。

 恐らくこれは……漫談か、漫才か。なにかそういう類いのものだ。内容的にはオヤジギャグの範疇を超えてはいないが。

 そう、ダメージはあった。間違いなく。

 俺が恥ずかしくなってしまっていた。やっていた当人達以上に!

 目の前の二人と同様に、俺は顔を赤らめていた。

 そんなんだっていうのに、奴らは話を続けようとしている。今にも。ちらちらと俺達の様子を伺いながら。

 新しいオヤジギャグを披露するのか。それならまだいい。今のギャグを解説してしまうのだけはやめてくれ。解説の余地なんてほとんどないけど、なんだかこいつらは俺がギャグを理解していない空気を出そうとしてる気がするから、やってくる可能性はある。

 いや、そもそもこれ以上続けさせてはダメだ。見えている。破滅が。これ以上にこの場がどうしようもなくなってしまう。というか俺がやってもないのに、夜な夜な寝る前に思い出して赤面しそうだ。避けたい。そういう事態は避けたい。

 奴らのさじを投げさせてやるのが俺の責務だ。そういう気概を持ってしまっていた。

「なぁ」

 俺はこれ以上言うのを躊躇った。全く面白くない漫才もどきをやってのけてしまった奴らがかわいそうになっていたから。しかし、これは戦いだった。魔法とかそういう次元じゃないけども、戦いだったのだ。

「今のって、一体なんだったんだ?」

 残酷な言葉だった。才川たちは絶望の淵に落とされたような表情をいっぺん作ってから、それを隠すようにしてみせた。

「これで君たちに魔法をかけました」

「そ、そうよ。気が付いていないけどね」

 う、うそくせー。

 全く俺が言ったはったりと同じことを言っている。

 だが可能性は……あるのか? 奴らが本当に魔法をかけたということの。

 現に魔法は放たれているが、俺達には何も危害を加えていない。魔法がかかっているということに関して、俺ははっきりほとんどないように思えた。橙色の発光体もその場に浮かんだままだし。

 だけど意味がなけりゃ、あんなことはしないはずだ。

 先程の行動のどこかに意味があるはず。魔法と関連性があるはず。そう考えると奴らが言っていることもただのはったりではないのか……?

 アンリの方を振り返った。よくわかっていないようで、首をかしげていた。 

「まぁいいさ。俺達には確認する術がある。そうだろう、アンリ」

 ここで使わない手はない。つうか正直一度使ってみたかった。魔法とやらを。俺が放たないといけないらしいし勝手は知っておきたい。

「はいっ! 準備は万端ですよ」

「……で、どうすればいいんだっけ?」

「術式やその他諸々、魔法を使うにあたってのお約束は私が行いますから、汐見さんは叫んでください。例のヤツですよ」

「バカ、お前あれを叫ぶメリットはないだろ」俺は小声でアンリに向かって叫んだ。能力がなんだかばれてしまう。

「駄目です。こればっかりは本当にお願いします」

 しかしこいつがバカなことを忘れていた。

「まぁいい。お前が責任を取れよ」

「エッチなことを言わないでください!」

「エッチじゃねぇだろぉがぁ!」

「まんざらでもないんですね。じゃぁいきますよ」

「もうどうでもいいからはやくやってくれい!」

 アンリの持っていた杖が薄く発光し始めた。あいつらの魔法にも共通している光。橙色ではない部分を除けば似通ってる。

 ぶつくさと日本語ではない何かを呟いた後、俺に杖をかざすと、何か力を感じた。

 おおう、俺の右手も光ってやがる。

 本当に魔法使えたのか、こいつ。あ、いや。これから俺が使うのか。

「右手を前に出して、例のやつです! お願いします!」

 アンリが嬉々としている。仕方ない。

「<真実のジャッジメント>! エルロットに問おう、『既に俺達に魔法をかけた』それは嘘だ。真実を答えよッ!」やべぇ恥ずかしい。

 これがベストな疑問かはわからなかったが、まぁ必要な解答はとりあえず出ては来るだろう。緊張感がごっそりなくなっていた俺は少しばかり適当になっていた。

 白い、鋭利な発光体が俺の右手から放たれると、エルロットに突き刺さった。どうやら命中は俺がつけなくてもほとんど勝手に対象をめがけて飛んでいくようだ。

 一瞬でその白い発光が再度俺の右手に戻って来た。瞬間、はっとした。頭にするりと知りたい情報。つまり疑問の解答が入っていた。なんだろう、新感覚。

「そういうことか」

 思わず笑ってしまいそうになった。でもダメだ。ここで笑ってしまったら、奴らにやられてしまう。しかし……ダメだ……笑うなッ。こらえるんだ。

 俺は必死に深呼吸して、わき出る笑いを押さえ込んだ。

「つまり、お前らの精霊の正体は、『喜怒哀楽の精霊』だった。そういうことだな?」

 二人は狐につままれたような顔をして俺を見た。

「対象が笑うことによって、その笑った分の精神的なエネルギーを代替に攻撃魔法へとする。そういう魔法を持っている。さっき放ったそこの魔法。それがそうだな」

 項垂れながら、頷いた。

「つまり俺達が笑わなければ、攻撃も何も出来ない。そういうことだな」

 頷いた。

「じゃ、俺達帰るわ」

 頷いた。

 カラスがその場の哀愁を増長させるようにして、再度鳴いた。


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