広がる大地
「ルー様の首輪をはずすことは正しいのでしょうか?」
「あいつももう16だ。 道を決めたのなら、俺の勝手で留めて置くわけにはいかない」
俺の後ろで、カイアスは渋面を作っているのだろうが、振り返るより、遠ざかっていく“息子”の背を見つめることのほうが重要だ。
“息子”はおそらく二度とこの地を踏まないだろう。
「武将の息子とはいえ、あいつは剣を持つのも嫌がる」
ラルア地方に足を踏み入れた瞬間、俺の息子でもなくなるのだ。
「本当に行かせてしまって良かったのですか?」
カイアスが反乱の火種があるところに、わざわざ反乱の旗頭を送ることを案じているのはわかる。
“ラルア王国”との争いは最初は鉱山一つの所有権の争いだった。鉱山を確保できた我が国はそのままの勢いで国を一つ滅ぼした。
同じようにいくつもの国を滅ぼして……
「この国を広げて、世界がこの国になったらどうなるのだろうなぁ」
ラルアの戦神キアン・アルタルトの息子を見るたびに感じていた。考えるたびに背筋に冷たい物が走った。
いつも明確な答えを返すはずのカイアスは口を閉ざした。
この国は膨れ上がりすぎたのかもしれない。
国の端々に目が届かなくなっている。
いつからだろう。国を守る戦いから国を広げる戦い、国民を制する戦いに変わったのは。
「このまま……。このまま国はどこまで広がるんだろう」
「……さあ」
敵将と討ち合うのはいい。向かってくる敵兵を倒すのも構わない。
反乱を抑えるために軍を派遣する。農具しか持たない農民を制圧するのは……痛い。
「後進を育てたら……あと数年したら、俺は……軍を辞める。今から次の上司を探しておくんだな」
「どこまでもテューレ様についていきます」
「男に言われると微妙な台詞だな」
そう返したときには、キアン・アルタルトの息子、ラルー・アルタルトの姿はかすんで消えていた。