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隣にいれるのは自分だけ

作者: 彼方遥陽

そろそろ引き時だと思うんだ。


「ねぇ、類」

「なんでしょう?」

「別れよっか」

「んー、別れ・・・は?」

ふわふわのラグの上でごろごろしていた類が飛び起きた。

彼は東森類。

職業は“人気”俳優である。

もうすぐ32歳の癖に童顔な甘いフェイスが売りというなんとも似非臭い奴だ。

そして私は佐々木しのぶ。

もちろん一般ピーポー(古いギャグだな・・・)の事務職員だ。

年は一緒だが、老け顔の私の方が年をくって見えるという残念な感じだ。

そんな私達が出会ったのは映画館だった。


今の仕事について色んな意味でくたくたになってて、なんか突然自分を慰められることをしたくなった。

そんな時にふと思い出したのが、昔好きだった映画の再演だ。

DVDを見ればことが済むが、気持ち的に映画館で映画をみたくなったのだ。

次の日は休み。

今日の最終クールには間に合う。

そう思えば行動は早かった。

到着し、チケットと飲み物だけを買う。

今日はポップコーンなんていらない。

大好きな映画で泣く為にきたんだから。

映画館に人はまばらで満員ではなくて、自分には好都合だった。

思う存分泣ける。

ただの悲しい涙では泣きたくなくて映画という手段に出たのだ。

この映画は女優さんがとても綺麗で、幸せなようだけど切なくて。

涙がポロポロ流れた。

高校生の時、彼氏に振られてこの映画を映画館で見て泣いた。

大学生の時、人間関係が上手くいかなくて、DVDを買って何回も何回も見て泣いた。

今回は仕事でくたくたになって精神(こころ)身体(からだ)もボロボロで泣きたくなったから泣きに来たのだ。

物語が終わりに近づく。

ここでまた訪れるのは最高に泣けるシーンだ。

恋人が死ぬ。

それは在り来たりなシーンかもしれない。

だけど、女優さんの演技力がハンパなくて引き込まれるのだ。

エンドロールが流れる頃、もう私の顔は見れた物ではない。

ぱらぱらとはけていく人達。

私は1人お構い無しにポロポロ泣き続けていた。

「どうぞ」

突然声を掛けられ、顔を上げると、男の人がハンカチを差し出してくれた。

新手のナンパかしら?

でも、顔が良さそうだし、私なんて相手にしないよね。

好意だと思い、頭を軽く下げて受け取る。

泣くために来たから化粧はしてない。

自分のハンカチはもう意味をなさなくなったので使っていない。

それでも差し出してくれたハンカチはぐしょぐしょのぐちゃぐちゃになった。

「あの」

もう一度顔を上げると、男の人が真剣な顔で私を見ていた。

あぁ、お礼ちゃんとしなきゃと思っていると、びっくりすることを彼はいった。

「東森類といいます。これ、俺のデビュー作なんです。偶然再演してるの見つけて自分の未熟さを見つめ直そうと思って見てたら貴女を見つけてしまいました。そんなに泣いて見てもらえるなんて、どうしてもお礼を言いたくて」

東森類?

あ、相手役の男の人そんな名前だったな。

彼の演技も上手いから、今までに彼が出てる映画を何本か見ている。

・・・え、東森類!?

た、確かに本人かもしれない。

顔がそうかも。

いや、でもとりあえず。

「そ、そうなんですか」

びっくりし過ぎて涙が引っ込んでしまった。

「はい。本当にありがとうございます!」

「はぁ。どう致しまして・・・?」

「あの、そしてもし御迷惑で無ければこの映画の話を少しして頂けませんか?食事、俺奢りますので。いや、奢らせて下さい!」

勢いに負けて食事にいった。

後から聞けば、泣いてる姿に一目惚れをして、逃がす物かと思ったと言われたわけで。

この顔に似合わない肉食男の真面目なんだか真面目じゃないんだかよくわからない理由と私の残念な理由からの付き合いは何故かズルズル続き、その一ヶ月後には交際、半年後には同棲と相成った。


で、お付き合いして6年目。

彼は年を追う事に有名になり、来年には海外の映画出演が内々に決まっている。

私の腕の中に収めておくには大きすぎる。

そろそろ彼を羽ばたかせなければ。

「しの!お前悪い冗談、」

「冗談じゃないよ。別れよう。今まで私のことはよくバレなかったねって状態だし、来年には大きなお仕事あるでしょ。私のことがバレて勢いを落とすのは利ではないよ」

「バレたっていいだろう。俺はお前とは結婚するつもりで、」

「付き合ってる、って言いたいんだよね。でもね、私ももう32なんだよ。女にはタイムリミットがあるの」

そう、タイムリミットもあるのだ。

子どもを安心して生み育てるにはあと数年しか猶予はないと私は思う。

「何より類には私なんかつり合わないもの。類の世界には類につり合うような素敵な女性がいっぱいいるじゃない。私も私につり合うような人、見つけて、結婚する」

「なんだよ、それ。はい、別れますってそんなにすぐ相手が見つかるわけでもないだろ」

「地元でお見合いでもするよ」

そういった瞬間、類の表情が完全に無くなった。

類は本当に怒ると無表情になる。

どんなに類が怒っても、私の考えは変わらない。

これがお互いの為だと思うんだ。

欲を言うなら、類と結婚して家庭を持ちたかったなってのが本音。

でも、そんな夢物語を思っても仕方がない。

類が家を空けた時に出て行こう。

さて、自分の部屋の荷物でも纏め始めようか、と私は立ち上がった。

そうすると、手を掴まれ、抱きすくめられてしまう。

「類。やめて」

私の訴えに構わず、類はどこかに電話をかけだした。

「あ、もしもし。社長」

社長?

社長って類の事務所の?

なんで・・・?

その疑問はすぐに判明する。

「明日か明後日に記者会見やるから・・・そう、籍入れる・・・急過ぎるって?知らないから」

「類!何を、っ!」

片手で口を覆われ、もう片方の手は私をガッチリホールドしている。

電話は器用に首に挟み、そのまま会話は続けられた。

「また半年待てとか言ったら事務所辞めるよ。社長のせいでしのがいなくなったら俺何するかわかんない・・・んー、事務所立ち上げて若手引き抜くとか?・・・出来っこないって?何その根拠。先輩に将来事務所経営したいって言ってる人いるの知らないわけじゃないでしょ?俺、けしかけるよ。社長には恩はあるさ。だけど、しのと社長を天秤にかけたらしのの方が俺の中では重い・・・俺は本気だよ」

腕の力を込められ、ふっと息が漏れる。

類は私と別れる気がないんだ。

でも、結婚なんて現実は多分電話の先で社長が説いているように難しいのだろう。

もう、いいんだよ。

ねぇ、類?

貴方がそう言ってくれるだけで十分なの。

類の言葉に感動した。

こんな自分をこの後すぐに悔やむことになるなんて、誰が思うよ。

「・・・わかった。これから俺はしの孕ますから。できちゃった婚なら事務所がどうこう言ったって関係ないよね?」

類はすぐに電話を切って、携帯の電源をそのまま落とした。

そして、ポンと携帯を放り投げる。

「いや!類!ダメだって!」

肩に担がれ、寝室に連れて行かれる。

その道中でちゃっかり固定電話の電源を引き抜いていくんだから、用意周到過ぎないか?

「類!自分のイメージ大切に、」

「そんなもんどうでもいいよ。お前がいなくなるくらいなら、今の仕事辞めたっていい。一緒に親の店でも継ごうか」

類の実家は定食屋だ。

継ぐのか、それもいーなー・・・なーんて。

なるか、バカ!

「確かに定食屋を一緒にやれるなら楽しいでしょう!!だけど、そういう問題じゃない!!類は俳優さんだよ!?」

「だから?」

だからって・・・

「好きな女と添えないくらいの仕事なら辞めたっていいんだよ、俺は!」

とうとうベッドに降ろされてしまった。

もちろん類は覆いかぶさってくる。

マズイ。

目がマジだ。

一瞬の睨み合い。

お互いに怖気づくわけもなく、類は自分の服をさっさと脱ぎ捨てる。

そして、私の服に手をかけ、私はまるで果物の皮を剥かれるが如く服を奪われた。

だが、しかし。

下着は死守。

でも、もう危うい。

今日に限ってお互いにお休みスタイルで上下ジャージだった。

芸能人だから、一般人だからって関係なく、ジャージは共通の文化の極みなんだから、という私達ルールが裏目に出た結果だ。

「類!本当にダメだって!わかったから!話し合おう?私が悪かったの!類の気持ち無視してた!」

下着が外されようと背中に手を回された。

もちろん私の手は抵抗しないように片手で押さえつけられてます。

「はい、いいよって言ったら仕事で家空けてるうちにいなくなってるだろ。それがわかってて了承できる?」

「逃げないから!」

「ならいいだろ」

プツリとブラのフォックが外され、抑えられていた贅肉の塊が解放される。

マズイマズイマズイ!

「ダメだって!」

今、きっと私は青ざめてる。

けれど、類は私とは違い、至極嬉しそうに笑った。

だって、今日は・・・。

「知ってるよ?何年一緒に住んでると思ってるのさ。今日、排卵日だよね?」

うわー!!!!

やっぱりわかってるぅぅうぅぅぅ!!!

私のバカ!!!!

なんで今日言ったのよ!!!

だって、明日から現地入りするって言ってたから暫く帰ってこない予定だったんだもん!!!

だからいいかなって・・・うわぁー!!!

泣いて避妊を懇願する私を宥めすかし、結局そのまま行為に及ばれてしまったわけで。

「これで子ども出来てたら嬉しいな。後で婚姻届出しにいこうね」

愛おしそうに私を抱き締める類は私の腹部に手を添える。

そして、この後判明するのだが、私の書く所を残すのみとなった婚姻届を類は持っていたのだ。

予感があった。

10ヶ月後、きっと類は私の隣で子どもを抱いている。

それを私は微笑みながら眺めているのだ。




1年後。

『はい、今日のゲストは奥村秀明と東森類!』

大きな拍手と歓声が巻き起こる。

『えらい人気だな』

『良輔先輩には敵いませんよ』

『やっぱり?』

メインの司会者は会場の笑いを誘う。

もう1人の司会者のアナウンサーの女性はそれを上手い具合に収め、進行を始めた。

『今日のゲストのお二人は篠原さんの事務所の後輩だそうですね。それに公私ともに仲がいいとか。どうですか?篠原さんから見て、お二人はどういう後輩でしょうか?』

『うわ、それ聞いちゃう?ていうか、そんな番組じゃないしょ?』

『出来れば聞かないで欲しいな。何を言い出すか・・・』

『メグミ!いい事いった!残念だったな!この番組は俺がルールだ!』

『おげー』

『りょうさん、それただの暴君だよ』

『じゃあ、秀明から行くか』

『類先輩の発言丸無視っすか?』

この番組は普段から崩壊してるが、今日はいつも以上だ。

『秀明は、アレだな。超がつくほどブラコンだ』

『あー!!!もう勘弁!!!』

『そうなんですか?そうは見えないけど』

『それがな、メグミ。コイツのブラコンは涙無しには語れないんだよ。16歳でデビューした秀明は親に反対されててさ、唯一応援してくれてたのは10歳上の長男だけだったんだ』

『苦労されたんですね』

『いや、そうでもなくてさ。長男夫婦の所に身を寄せてて、やっと最近になって一人暮らししたんだぜ?超楽じゃん。あ、ちなみにコイツの兄貴と俺は親友!奥さんは超いい人で、あの、』

『良輔さんストーップ!!!それ以上言ったら兄貴や義姉さん達に怒られるよー!!!』

『それに秀明のお兄さんはりょうさんの親友発言認めてないよ。あと、メグミちゃんが言ってる苦労とりょうさんが言う苦労の方向性が違うからね』

『でさ、』

『篠原さん、東森さんの発言拾って下さーい』

『いいんだよ、コイツは後だ。俺は怒ってる』

『え、類先輩なんかしたんですか?』

『いや、心当たりない』

『あ?お前こないだしのちゃんと明慶と弥生ちゃんと子ども達とで鍋パーティしたんだって?なんで、俺を呼ばない!!!』

『うわ、それだけ?ていうか実名出しちゃった』

『誰ですか?』

『コイツの奥さんと秀明の兄夫婦。いいんだよ、実名くらい!』

『あ、えっと、そういえば!6年お付き合いしていた女性と結婚して、今年の5月に男のお子さんも生まれたんですよね。東森さんは溺愛していらっしゃるとか。最近パパとしての株が急上昇中ですよ』

『有難いですよね。俺は仕事も好調だし、家庭は円満です。妻も子どももとても可愛いし幸せですよ』

『うぜぇ』

『りょうさんも早く結婚したらいいじゃないですか。いいですよ、家庭って』

『お前、死ねぇぇぇ!!!』

類は首を締められながら大爆笑している。

いいのか、この番組。

「あ、それ見てんの?番宣で出たはずなのにほとんど番宣しないで終わっちゃったんだよね。あ、りょうさんが今度ご飯奢ってくれるって。遠慮せずに食べにいこう」

自分の背後から声が届く。

目の前ではテレビの中で類が話していて、後ろでは風呂上りの類が頭をガシガシ拭きながらお茶を飲んでいる。

人気低迷どころか人気が急上昇し続けているコイツは何者なのだろう?

「ふ、ふにゃー!」

突然、猫の鳴き声のように息子が泣き出す。

類はすぐにかけより、息子を抱き上げた。

「お、どうした?オシメか?」

良きパパをする類は微笑ましい。

「しのー!ミルク作ってー!」

「はーい」


この人の隣にいれるのは自分だけ。

そう思うことにしたら、悩んだことが馬鹿らしくなった。

この人がいてくれる。

子どももいる。

だから私は幸せです。



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― 新着の感想 ―
[良い点] とても素敵なお話でした。最後も幸せなハッピーエンドでよかったです。しのさんが幸せになってくれてうれしいです。 [一言] できたら続編読みたいな、と思ってしまいました。 欲張ってしまって申し…
[良い点] 三十代女性の恋愛に対する気持ちとかよく書かれていると思います。 共感しますもの♪ ハッピーエンドで良かったです。
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