気付かない関係
「久嗣~・・・好きだ~~~~」
と、寝ぼけながら酔っ払っている豊島の頭を、金子は一発叩いてやった。
豊島は飲みかけの缶を持ったまま、テーブルに突っ伏している。
二人の回りは、ビールの缶でいっぱいになっていた。
叩いてやっても顔を少し顰めるぐらいで、起きる気配は微塵もない。
「ったく・・・」
そう言いながら、豊島をベッドまで担いでその上に放り投げる。
乱暴な動作だったが、眼差しだけは優しかった。
それから窓を閉めて、クーラーをいれてやる。
先ほどまでは涼しかったのに、今は熱帯夜になるだろうと予測させるだけの気温があった。
空き缶も一箇所にまとめ、さて、そろそろ帰るかと扉に向かった金子であったが、寝ているはずの豊島に待ったをかけられた。
「コラ!!テメェ金子!!帰んじゃねぇよ!!!」
あまりにも鋭い言い方だった為、本当は起きてたんじゃないかと少し辟易しながら振り返る。
が、そこには健やかな寝息を立てている豊島の姿があった。
「金子~~~」
と寝言を言っている姿を見て苦笑し、結局彼はベッド脇まで戻ってきてしまう。
「帰るからな」
律儀に寝ている豊島に断りをいれる。
「・・・帰んなよぉ・・・。まだまだ飲むぞぉぉぉ」
酔っ払いの言い草である。いつもの冷静な豊島はどこへやら。だが、彼のこんな姿を見るのも、金子にとっては楽しいことだった。
「そうだな」
「そうだそうだ」
そう言って、豊島はうっすらと目を開ける。
「なんだお前、起きてたのか?」
驚いたように、微かに眉を顰める金子。その姿を目を細めながら見て、豊島はやけに冷静な声で言った。
「・・・お前とは・・・ずっとダチだよな・・・」
本当にさっきまで酔っていたのかと問いたくなるぐらい、それは冷静な声音だった。金子は一瞬だけ息を飲む。そして、珍しく表情を和らげた。
「あぁ。そうだな」
その返答に満足したかのように、豊島はニッと笑って眠りの世界に落ちていった。
幸せそうに眠りについた豊島を見て、金子は思わず溜息をついてしまった。
「人の気も知らないで無防備に寝やがって」
言いながら、屈んで軽く頬にキスを落とした。
今日で何回目かになるキスにも、やはり豊島は気付かなかった。
これが金子にとって、幸いなのか不幸なのかは分からないけれど・・・。
「ずっと友達ってのもいいけどな。そしたらお前とは離れずにすむだろ?」
押し隠す感情。
いつかくる別れを予感したくないからこそ、金子は豊島に気持ちを告げずにいた。
人生を達観している勘のある、実は本気の恋をしたことがないお子様な豊島と、豊島に関してだけ臆病な、恋をすっ飛ばして愛に走っている大人で不器用な金子。
二人はいつになったら本当の意味で分かり合える日がくるのだろうか?
もし、万が一そんな日が来るとしたら、それは遠い未来になるのか、はたまた近い未来となるのか―――。
「じゃあ」
それだけ言って、金子は今度こそ部屋を出て行った。
夏の虫達の声がクーラーの音にかき消されるように、その部屋の中から金子の気配も消されていった。