揺れ動く関係
豊島が起きた時、約束の時間は30分過ぎていた。
豊島が起きたのに気付いた金子が、読んでいた雑誌から顔を上げる。
脱色したことのない髪が短く刈り込んである精悍な顔立ちの男だ。少し厚めの唇が動いた。
「勝手にやってるぞ」
そう言って、金子は持っていた缶ビールを無造作に持ち上げる。
「あぁ・・・」
まだ少し寝ぼけた感のある豊島は、頭をふって大きく伸びをした。
「俺のビール」
金子は視線を合わせないまま自分の向かい側のテーブルの上を指差した。
そこには、まだビニール袋に入りっぱなしのビールが十数本置いてあった。
豊島はベッドから降り、金子の向かい側に腰をおろしてビールを袋から一本取り出した。
開けて一口飲む。ビールはとっくにぬるくなっていた。
「ぬるいんだけど・・・・・・・」
「お前が悪い」
間髪いれずに言い返される。
金子の言い分が正しいので何も言えなくなってしまった。
「お前、何読んでんの?」
「雑誌」
「いや・・・それは分かってんだけどさぁ」
豊島は、これ以上金子と会話するのを諦めた。
静かな空間。
金子が雑誌をめくる音だけがしている。
一枚一枚ページを捲る男っぽい大きな手を豊島は眺めていた。
まだ半分ほど残っているところで、金子は雑誌を閉じた。
「もう読まねぇの?」
「見たいところは見たしな。で?」
で?というのは、自分がここに呼ばれた理由を尋ねているのだう。
本当に言葉の足りない男である。
「いや、なんかお前と飲みたくなってさ」
「そうか」
それ以上は聞いてこない。
たまに物足りなく感じる豊島だが、今子の時は、その返事は心地よいものだった。
「俺、ふられちゃってさ~」
なるべく軽いノリで口にする。
「っていうのは、あの坊やにか?」
「坊やって言うなっての。俺達とタメだぜ?」
「見えないな。まぁどっちみち、お前のよさが分からないなら、坊やと呼ばれてもしょうがないだろう」
フッと笑って、ビールを一口飲んだ。
「お前の良さは、俺が分かってるさ」
二人の間を、夏の熱風がふきぬける。
意味もなく豊島はじっとりと汗をかいた。
「ダチが分かってりゃ、今の俺達には十分だろ?」
知らず緊張していた豊島をからかうようにニヤリと笑った。
「・・・だな。俺達にはまだ恋人は必要ねぇか」
「あぁ」
豊島は何故か釈然としない気持ちを抱えながらも、金子の意見に同意した。
―――いつの間にか、フラれてしまった事よりも、もっと他の事に心を囚われたまま―――