心地よい関係
親愛のキスに出てきた豊島の話です。親愛のキスを先に読んだ方が、分かりやすいかもしれません。
玄関に入って、豊島は溜息をついた。
この地獄のような一週間。
目の前にかなり無防備な状態で欲望対象がいるっていうのによく我慢できたもんだと思わず自分を誉めたくなる。
自分の部屋へ入ると、外から車の発進する音が聞こえた。
ベッドに座り、窓の桟に置いてある煙草を箱から一本とりだす。
遠ざかっていく車の音に耳を傾けながら、煙草に火をつけた。
極端に久嗣が煙草の煙を嫌うので、豊島も一週間、煙草は遠慮していたのだ。
相手に気付かせないようにさりげなく気を使うのが彼の性格だった。
「俺ってマジ良い奴じゃん。っつ~か、何であんなガキに惚れちゃうかね。俺様としたことが」
ふぅっと煙を吐いて、携帯電話に手を伸ばす。
コールの音が七回。ラッキーセブンで電話は留守電に繋がった。
「あ~、俺だけど・・・」
とそこまで言って、留守電に向かって暇だったらこれから飲まないかというのも馬鹿馬鹿しくなっしまい、電話を切ることにする。
「やっぱいいわ。じゃあな」
プツッと切った携帯を放り投げて、豊島はまた煙を吐いた。
「今頃うまくやってんのかね、あの二人は」
はたから見ていれば上谷と久嗣の気持ちなんて丸分かりなのに、本人達だけが気付いていないというなんともまぬけな二人を思い出し、豊島は苦笑する。
何度久嗣を自分のモノにしてしまおうか考えたが分からない。
だが結局は、上谷が久嗣に優しい眼差しを向けていたから、できなかっただけのことだ。
好きだからという理由だけで、がむしゃらに相手を求めるには豊島は達観し過ぎていた。
物思いにふけっていると、携帯が鳴った。
何かの映画のテーマソングだったが、熱しやすく冷めやすい豊島は、それがなんの映画だったのか既に忘れていた。
携帯のディスプレーには、金子という名前があった。
それを見て、煙草を窓の桟に置いてある灰皿で潰し、携帯に出る。
「何か用か?」
『それはこっちのセリフだ。俺に用事があったんじゃないのか?あんな留守電入れられたら誰だって気になる』
「いや、ただ暇だったら一緒に飲まないかと思っただけだったんだけど」
『いいぜ。どこで飲む?』
「忙しいんじゃねぇの?」
『別に』
そうだけ答えた金子が、豊島にはおかしく思える。きっと電話にも出れないような用事をしていたのだろう。
でも金子は、そんな用事よりも豊島を優先する。
もし逆のことがおきた場合、きっと豊島もそうするだろう。
どんな用事よりもまず最優先に金子を・・・。
『どこで飲む?』
「俺んち」
『OK.んじゃ、八時に行くから』
「おう」
電話はそこで切れた。
ツ―――――となる携帯電話を切り、もう一度放り投げる。
だが今度は、さっきまでのように荒んだ気持ちは無かった。
「お互いダチを最優先にするようじゃ、恋人なんてできないわな」
そう言いながら、いつか壊れてしまうかも知れない恋人より、壊れても何回でも修復のきく友達の方が関係が心地よいのかも知れないと思った豊島であった。
金子のあまり笑わない一見怖そうな顔を思い出して豊島は笑う。
「八時まで寝るか・・・」
きっと八時までに起きなくても、金子は勝手に部屋にあがりこんでいるだろう。
今日は散々泣き言を聞かせてやるんだ。
と思いながらあくびをし、ねっころがった。
久嗣とはまた月曜日、普段と同じ態度で話せる。
眠りに付く瞬間、そう確信した豊島であった。