↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】追放騎士は、アップルパイを食べる  作者: m


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/3

林檎の木の下で


「随分……育ったもんだなぁ」


 さわさわと揺れる木陰から落ちた影が、磨かれた墓石に、美しい模様を描いている。


 数年前には、トマスの背より、少し高いくらいだった林檎の木は、もう見上げるほどの高さになっている。

 その根元にある墓石の側には、綻び始めたばかりの白い野百合と、こんな墓地には不似合いな、艶々とした赤い林檎がそっと並んでいた。


 目の前の木に、鈴なりに生っている実は、どれもまだ固く青い実ばかりだった。

 わざわざどこからか、収穫時期の早い林檎を、供えてくれる者がいるらしい。


 こんな場所で芽吹いた木が、こうして実をつけるほどに成長していることに、ただただ圧倒される。


「暫く来られなくて、悪かったな」


 とりあえず、無沙汰をした詫びが、今日の挨拶がわりだった。




 誰もいないのをいいことに、持っていた酒瓶を木の根元に置くと、その横にどかりと座り込む。

 少し前に痛めた右足の膝が、立ちっぱなしだと、時折堪えるようになってきた。


(お前だってきっと、そうなってたさ。歳には勝てねぇよ)


 夏の終わりの日差しが、茂った枝にちょうどいい具合に遮られて、墓地に吹く風が何とも心地いい。

 もう何年も前、新王の即位に伴って始まった祭りの喧騒も、ここまでは流れて来ないようだった。


 普段は、訪れる者が絶えないらしいこの墓地にも、今はただ、葉擦れの音だけが聞こえている。



「姫様、頑張ってるぞ」


 色々と、報告したいことがあったはずなのに。


 出てきたのは、ずっと昔に、親友が仕えていた主人のことだった。

 既に他国の王族の妃となった彼女を称するには不敬だが、それを咎める者は此処にはいない。


 あの痛ましい災禍の後。

 続く先王の崩御と、その後の兄王の即位を支えた妹姫の名は、国内ばかりか周辺国にまで知れ渡っている。


 あの混乱の最中、簡素な黒衣のドレス姿で、いつもほんの僅かな供しか連れず、自ら孤児院や救貧院に物資を配り、彼らの手を取って、声をかけ続けていた。 


 彼女のその活動無くしては、いくら彼女の嫁ぎ先である帝国の後ろ盾があったとは言え、この国の王家の存続は危なかっただろう。

 あの災禍での、国の責任を問う声は少なくはなかった。 


 父王の喪が明けてから程なくして、黒衣を脱いだアンネマリーだったが、今でも時折、警備の場で見かける彼女はいつも、灰色や茶の地味なドレス姿だった。

 

 その事を、社交界で揶揄された時には、


『その方がいつでも、地に膝をつく事ができるでしょう?』

 

 と答えたというのは、民の間でも語り草だった。


 そうして今でも、帝国とこの国を頻繁に行き来しては、自ら国内を周って、福祉施設の建設や法案の見直し、主要な通りの拡張や水路の整備など、民に寄り添い続けている。


 その献身は真実、聖女のようだと皆が言う。

 けれど、まるで。


 この国に殉じる為のようだ、と言う者もいる。


(あの時……お前の最期に、立ち会えなかったことが)


 何かしら彼女の、未練になっているのだろうか。 



 それもこれも、


「お前が英雄なんかに、なっちまったからだぞ」


 そんな柄じゃなかっただろうに。

 名声や武功になんか、これっぽっちも興味がなかった癖に。


(でも……そうだな、一度だけ)


 それっぽいことを、尋ねられたことはあった。


 いつもと変わらぬ、馴染みの酒場でだった。

 尽きない上官への愚痴や、同僚からのやっかみや、振られた恋人への未練、そんなものをいつものように腐しながら。


 この太平の世で、一国の姫を娶る程の功績とは、どういうものだろうかと。

 

(そんな夢見てぇなことを、思っちまうくらいには)


 姫のことを、憎くなく、想っていたのだろう。

 そんな年頃の少年らしい、なんてことのない感情が。


 今、子を持つ身になって……初めて、胸にぐっと来るものがある。


 

 こいつとは、騎士見習いとして、寮で同室になった頃からの付き合いだった。


 出会った頃から、黒髪とくっきりとした目元が華やかな顔立ちで、やっかみを受けることもままあったが、持ち前の要領の良さで、それなりに上手くやっていたように思う。

 その辺りが、同じように口ばかり上手い自分と、なんだかんだ馬が合ったのだった。


 上からの評価はそれなりだったが、下からはよく慕われていた。

 この墓石の横に、若い林檎の木が生えてきたことを、最初に報告してくれたのも、かつての彼の部下だった男だった。


(英雄の墓だっていうんで、誰も引っこ抜かなかったなんてな。出来過ぎてるだろ) 


 互いに、さして出世には興味がない者同士、それなりに騎士団の職務をこなし、仕事終わりに飲みに行き、随分長いこと相部屋だった。

 

 そんな彼が、唯一固辞したのが、この王都に留まることだった。

 転属を拒否すれば、出世の頭打ちになるぞと周囲が諭しても、この王都で、騎士でいることに拘ったのだった。

 

 代わりに辞令を受けたトマスが、いくつかの街での任期を終えて、数年越しに王都に戻った時も、変わらずあの酒場で酒を飲み交わした。


 自分が、待ってくれていた恋人と結婚し、街に家を持つようになっても、階級が上がって上司と部下になっても、その関係が変わることはなかった。


 彼にも何人か、結婚するのかと思っていた相手はいたような気がする。

 けれどいつの間にか、そんな話はなくなっていたようだった。


(姫様のことが……心にあったからなのか)


 結局そのことは一度も、聞けないままだった。




 楢の木から切り出した杯を二つ、懐から取り出して、持って来た酒瓶から、それぞれの杯に注ぎ入れる。

 美しい黄金色の林檎酒は、彼の生まれた故郷のものだった。 


「でも別にお前、林檎が好き、って訳じゃなかったよなぁ」


 その地方の生まれだというだけで、特に好物という訳ではなかったようだった。

 どころか、あの夜以来、なんとなく敬遠していたのを知っている。


 この親友が泣いている姿を見たのは、後にも先にも、あの夜だけだった。

 彼女の婚姻の日には、いつもと変わらぬ顔で、職務に着いていた記憶がある。


 あの夜、姫との身分差を嘆きながら、アップルパイを食べていたデュークの顔は、もう朧げだった。


 この木がこうして実をつけるくらいの刻が。

 火に焼かれた死に顔ですら、柔らかに溶けていくだけの月日が。


 自分にだけ、流れていることが。



 無性に今、寂しかった。




 誰が供えたかしれない林檎から芽吹いた、木の影で眠る男の墓石に、片方の杯をそっと置く。


 ただの酒ではなく、林檎酒を選んだのは、はっきりと嫌がらせだった。

 この男の林檎嫌いは、これからもずっと、自分の胸にだけ、仕舞っておこうと思う。


「先に逝っちまった分、甘んじて受けろよ、デューク」


 

『なんでだよ』


 なんて声が。

 林檎の葉擦れの音に紛れて、聞こえてきそうだった。








「ようやく来たなトマス。老けたなぁ、お前」


「あらお久しぶりだこと。どうぞお掛けになって。お茶とアップルパイはいかが?」


 あの城の中庭で、目にしたことのある懐かしい景色だった。

 

 娘も息子も無事に巣立って、妻も看取った自分の。

 これが確かに、心残りだったのかもしれない。


「光栄です、英雄様、姫様」


 嫌がりそうな呼び方は、勿論、わざとである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。