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石像と魔女と勇者の企み

 ポテンザ山脈のふもとに、雷竜たちと別れを告げて雲海より降りてきたコスナーたちがいた。

 人の生活圏より離れた場所で、街道までもまだ遠い。

「まずはなんでもよいから、新たに得た竜のスキルを試してみるのだ。今のうちに能力の整理をしておかねば、いざというときに使えぬぞ」

 風竜はそう提案してきた。

 800もの種類の竜のスキルを得た。だがそこまで多ければ火竜や氷竜のときのようにはいかない。時間がたてばたつほどなんの能力を授かったのかすら忘れてしまう。今ならまだいくつかは憶えている。さすがに800全部を調べるには、棚卸しをしないといけないから、とりあえずのところは憶えているものだけでも使いこなせておきたい。

「だがあまりのんびりとしてはおれんぞ」

 地竜が言った。こうしている間にも、罪のない人々が苦しめられているかもしれない。いや、それよりも、いつ先日のようにボリトールらがコスナーのもとに現れるやもしれない。

 そうじゃな……と風竜はうなずいた。

「とりあえずは今日一日だけ鍛錬に使おう――」

 それでどこまで能力をモノにできるかは不透明であるが、これまで火竜と氷竜の力を使いこなせたのだから、無理ということはあるまい。

「――で、あとは道中、折を見てやっていくとして」

 まとまった訓練時間が確保できるかどうかわからない以上、隙間時間にはそういった訓練を続けていくべきだろう。光の巫女の加護を受けた勇者の能力は計り知れないし、いつやってきても対処できるよう、準備は怠らないに越したことはない。

 コスナーとケートに異論はなかった。自分たちの命がかかっているのだから、当然である。

「では、さっそく、わしのスキルから始められい!」

 風竜はやる気満々だった。

「――わしがお手本を見せるから、それをイメージしてみるがよい」

 こうして、コスナーとケートは、風竜と地竜の指導のもと、新たに獲得したスキルを使いこなす鍛錬にとりかかった。

 これまでにも竜の力を使っていたせいでスキル発動には多少なりとも覚えがあり、なんとなく使えるような気がしないでもなかったが、それでも800という数はすさまじかった。これだけの種類ならば、もしかしたら、意識しないでイメージをするだけで隠れていた能力が飛び出してくる可能性もあった。いくつかの種類が混ざって発動されれば、それこそ〝化学反応〟を起こすだろう。ただ、そうなるとコントロールが難しい。猛烈な破壊力が周囲に影響するほど暴走して、味方まで巻き込んでしまっては本末転倒である。

「よいか――」

 と、風竜は年長者にありがちな先輩風を吹かせる。

「竜の能力は、つまるところ想像力だ。どんな能力が発動されるかをイメージできれば持っている能力がおのずと出てこよう」

 そう言って、目の前で大風を起こした。木々が葉を鳴らしながらしなった。それから逆方向に風の向きを変え、さらにつむじ風を起こす。

「やってみよ」

 他の竜はここまでレクチャーしなかったから、その意味では親切といえた。

 コスナーは精神を集中させる。体の中にある風の能力を取り出すイメージは、これまでの竜と同じだ。

渦巻強風スパイラルストーム

 言葉が口をついて出た。

 風が起きた。目の前で見たことを再現させるように強く念じた。風の強さや向きが変じる。

「おお、できるではないか」

 風竜は感心する。

 これまでの火竜や氷竜と同じ要領でスキルが発動できた。いってみれば、〝知っている〟能力についてはなんとかなりそうだ。逆にいえば、地竜の錬金術のように仕組みがイメージできなければ、きっとうまくいかない。

「では、その調子で他の竜の能力も取り出してみよ」

「はい」

 返事はしたが、たとえば妖魔系の竜となると、なかなか難しかった。

「なんじゃ、これは……?」

 出現した不格好なぬいぐるみを見て、風竜は呆れる。

「まぁ、簡単にはいかんものもある」

 地竜の言葉は実感がこもっていた。

「ううむ……。次、ケート。やってみよ」

「ハイなのです!」

 右手を高くあげて、ケートは返事をした。



 一日みっちり鍛錬をした翌日、目が覚めると、二頭の竜は人間の姿になっていた。

 驚くコスナーに、

「これから人間の町に行くことになるので、この姿になったほうがよいのであろう?」

 風竜は言った。髭の長い爺さんであった。

 人間の姿になると、これまでのように「地竜さん」「風竜さん」という呼び名に違和感があった。

「二人の竜さんには、名前ってのはないものなの?」

 コスナーは訊いた。

 地竜の姐さんと風竜の爺さんは顔を見合わせる。

「地竜、風竜でいかんかの? 古来より我ら竜は先祖の名を襲名してきたので個体の名前は基本的にないのじゃ」

 風竜はなにが問題なのかピンとこない様子。

「でも呼びにくくて……。呼び捨てってのもダメでしょ。一応土地の神様なんだし」

「我はおまえが以前呼んだ『姐さん』でいいと思うが?」

「それならわしもおまえが呼んだ『じーさん』でいいぞ」

(そんな安易な…ッ!)

 適当に決めたRPGのプレイヤー名やSNSのハンドルネームを今さら変えられなくて後悔するパターンだった。

「ではそろそろ孫のところに参ろう。わしの周りに固まれ」

 と、風竜が言った。昨日、風竜のスキルはいくつか学んだが、まだなにかコスナーの知らない、使いこなすのが難しい能力があるらしい。

 なにをするのかわからないまま、コスナーとケート、それに地竜の姐さんまでもが風竜の爺さんの側に寄った。

風神竜巻グレートトルネード!」

 周囲に凄まじい竜巻が起きた。中心部は無風だが、ほんの3メートル圏外には砂埃が渦を巻いて、急上昇していく。恐怖を覚えるほどの大竜巻である。ケートはコスナーにしがみついた。

 周りの景色が一瞬だけ見えなくなった直後、突然、嵐が消滅した。

 そこは別の空間だった。

 さっきまでの荒涼とした山のふもとではなく、木々の間をそよ風が抜ける穏やかな場所に、一軒の石造りの家が建っていた。

「おおっ、すげー! じいさん、こんな技あんの? 瞬間移動じゃん!」

 コスナーは感動した。この能力があれば、ボリトールを急襲できるかもしれなかった。いきなり背後に現れて攻撃をかければ、いかな光の巫女の加護を受けた勇者であろうともダメージを与えられそうだった。

 竜のスキルに対するコスナーの期待はますます膨れ上がった。

「正確には時空の歪みのありそうな場所を魔力でこじ開けて、その裂け目に入り、目的地付近の弱い時空の場所を同じ要領でこじ開けて出ているだけじゃ。風竜を……そうさな、5000年は務めんとこの技は出せん。まさに老舗の匠の技じゃ」

 自慢げに解説する風竜の爺さん。だから付け焼き刃では無理だと、昨日は教えなかったのだ。

「あそこにあるのが、わしの造った家だ」

 ぽつん、と建っている一軒家。さほど大きな家ではなく、これでは竜の姿では住めない。

 しかし人間が住むにはじゅうぶんな広さがあり、屋根もしっかりとしていた。

「おじーちゃーん!」

「おかえりー」

 そこへ、二人の少女が家から出てきて駆け寄ってきた。人間の姿をしているが、この二人が風竜の孫なのだろう。歳は十歳ぐらいに見える。もっとも、本当にはどれぐらい生きているのかはわからないが。人間とは寿命も違い、成長の速度も違う。

「おお、エエ子にしとったかの?」

 風竜は相好を崩した。

「紹介しよう。この二人が鏡竜と朧竜じゃ」

 のんきに言う風竜に対して、しかし二人の孫は血相を変えていた。

「それより、アルルちゃんの村が大変なの!」

「アルルの村……ハヤカ村になにかあったのか、鏡竜かがみ

「おじいちゃん助けて!」

 朧竜が両手の指を組んで懇願した。

朧竜おぼろ、どうしたというんじゃ、話してくれ」

 風竜の爺さんは首を傾げて訊く。二人の孫の様子を見るに、ただ事ではない。

 そこへ、もう一人、少女が家から出てきた。その少女も十歳ぐらいで、どうやらそれがアルルらしい。不安な表情で、恐る恐る周囲をうかがっている……。

「アルルちゃんの村の人たちが、石になってしまったの」

 鏡竜が訴えかける。

「なんでそうなったのか、ぜんぜんわからなくて、元に戻る方法もわからないの」

 と、朧竜。

 アルルが歩み寄ってきて、心細そうに口を開いた。

「わたしのおにいちゃんが石になってしまって、隣村に助けを呼びに行こうとしたんだけど……」

「途中でわたしたちが引き留めたの」

 朧竜がアルルを振り返って。

 隣村に行く途中に、風竜の家は建てられていた。そこへアルルが飛び込んできたのが昨日のことだった。

 竜は、一般的には人間世界と隔絶して生きていた。しかし風竜は人間の姿になって、人間と交流していた。下等な生き物、と見下している人間と交流することで己の万能さを常に感じられ、それはそれで気分がよいのであった。そういうところが、また風竜らしい。村の中で、村人に溶け込んで生活する、というところまでしないのは、風竜のプライドがあるせいといえるかもしれなかった。一方で、二人の孫は、そこまで人間に対して上から目線ではないようだ。

「そういうことなら、おじーちゃんがなんとかしてくれるって」

 朧竜は、子供が行っても相手にされないと思ったのだ。おつかいならいざ知らず、こんな現象を説明したところで信じてはくれまい。田舎の出張所とはいっても暇を持て余しているわけではないのだから。複数の行政サービスをおこなっている領主出先機関には、周辺の村々を含めた住民から様々な要望が寄せられる。日々こなさなければならない、金融や郵便などの業務もあるのだ。

 交流の少ない人口60人ほどのちっぽけなハヤカ村のことを気にかけている人は、ほとんどいないのが現状だった。

「石になった……とな?」

 風竜は険しい表情でアルルに尋ねる。

「詳しく説明してくれるか?」

 アルルはうなずいた。

「わたし、お母さんに頼まれて隣村に助けに来てもらおうとしたんだけど、村を出た途端に、村が煙みたいなものに包まれて……そしたら、みんなみんな石になっちゃった……。こわくなって、隣村に行く途中にかがみちゃんにも知らせなきゃと思って立ち寄ったの。そしたら……」

 アルルは思い出したのか、しくしくと泣き出した。

「なんと……!」

「じーさん、これはどういうことだと考えられる?」

 コスナーは訊いた。

「わからん。長いこと生きてきたが、こんな現象、初めて聞くわい」

「我もじゃ……」

 地竜の姐さんでも知らなかった。

 単なる自然現象でないのは明らかだが……。

「とにかく、ハヤカ村に行ってみないと、どうにもならぬな……コスナー、ケート、着いてそうそうだが、つきあってくれ」

「もちろん、かまわないとも」

「わかったです」

(もしかしたら、これもボリトールの仕業なのかもしれない……)

 この世の災厄のすべてにボリトールが関係しているわけはないだろうが、この容赦のない残忍なやり口には、じゅうぶんその可能性があると、コスナーには思えた。



 ハヤカ村についた。

 少女の足でたどり着ける距離といっても、田舎のことゆえ、そこそこの道のりであった。アルルを先頭に、一時間ほどかけて到着した。

 だが……。

 村への入り口で立ち止まってしまった。村全体が赤土色の煙に包まれていて、霧のように見通しが悪く、奥の方までは見えなくなっていた。

 アルルの話によれば、煙は昨日から消えることなく存在していることになる。それだけでも普通ではない。

「風が吹いても消えないとは、また面妖な……」

 風竜の爺さんがつぶやいた。

「あの煙に触れるか吸い込んだら石になってしまうというなら、うかつに村内に踏み込めないな……」

 地竜の姐さんの見立ては、たぶん正しい。煙はたゆたい、見るからにおどろおどろしい。一度石になってしまったらもう元に戻れないのなら、慎重に考えるのも道理である。

「これは大ごとなのですっ…」

「おれとケートが村に入ります――」

 コスナーがアルルと竜たちを振り返る。

「おれもケートも、石竜のスキルを貰っている。それを発動すれば、村に入っても石化はしないはずだ」

「皆さんここで待つのです。二人で見てくるですよ」

「だいじょうぶなの?」

 アルルが不安そうに尋ねる。見た感じ、とても頼りになりそうにない人間の少年とハーフエルフの少女のように思えて。

「うむ、気をつけていくがよい」

 しかし風竜の爺さんは二人を平然と行かせる。竜のスキルを信用していた。そのために昨日鍛錬もした。

 コスナーとケートはうなずきあい、村へと入っていく。

石化耐性ハーデンガード

 スキルを発動した。



 ハヤカ村のなかは、赤土色の煙のために視界が赤く染まっていた。

 道の両側には畑が広がっている。茂っている葉の形から芋が植えられているようだった。

 そこに、一体の腰をかがめた石像があった。中年の女で、表面を触ってみると冷たく御影石だとわかる。かかしにしては不自然であった。

 さらに進むと一軒の家が見えてきた。近づいてみると軒先に一体の石像が立っていた。子供の像で、いままさに走っているところといった躍動感がある。

「みんな普通の所作のまま、一瞬で固まったみたいなのです」

 ケートは、家の周辺の、歩いているところを石化されたと思わしき老人や、鼻輪を引いている牛ごと石像になっている若者を見やった。

 コスナーは鑑定スキルを発動。彫像を走査していく。

「あっ、これは……ヒタクルの魔素だ」

 やはりボリトールが噛んでいた。

「ひどい……なんでこんな事するのです?」

「ううむ……スキルを集めるにしては、ここの村人のスキルにそれほど意味はないし、だいたい、こんな少人数の村をせめても効率が悪い……目的は他にあるのか?」

「おまえをおびき出すため、って言ったら納得する?」

 頭上から声がした。

 見上げると、人間が空中に浮いていた。

 仮面をかぶっていたが、紫色の髪と首にかけたペンダント様の法具に見覚えがあった。

「まあ、本当はそういう理由じゃないけどね。ボリトールの作戦なのよ。もっとも、ノコノコお前が出てきてくれたのなら、それでもいいかしら?」

「っく…!」

 村人全員を石に変えるほど強力な魔力を持つヒタクル。ここでの戦闘は避けられそうにない。

「おまえたちのせいで、こんな仮面をつけなきゃならないハメになったのよ。よくもあたしに恥をかかせてくれたわね。今度は拷問のようにはいかないわよ。あの世に送ってあげるわ!」

 逆恨みも甚だしかった。

聖光領域ホーリーフィールド!」

 周囲100メートル四方が結界に包まれた。ボリトールがコスナーらを追いつめた魔法だ。

「あたしも使えるのよ。もっとも、ボリトールの加護をおすそわけしてもらってる身分だから、この程度の範囲しか張れないけどね。ただし、結界の威力はほぼ同じよ」

「コスナーさん!」

「離れるな、ケート!」

「もう逃げられないよ。さって、どうしてくれようかしら? やっぱここはスタンダードに、おまえたちもオブジェにしてあげるわね――絶対石結ストーンズロック」!

 結界の中が一気に赤土色――よりももっと魔力の密度が高い鼠色の煙に包まれた。

 煙はぐるぐると渦を巻き、禍々しさを発していた。

「さて、どんな焼き上がりになったかしら?」

 指をパチンとならして煙を消すと、石像化している二人が現れた。結界を消し、したり顔で近づくヒタクル。

「いい感じねぇ。インテリアで風呂場に置きたい感じ。まあ、このまま持ち帰ってボリトールに差し出しましょう」

 これで仮面の下に隠した醜い顔ともおさらばよ――。

 が、ヒタクルが石像に触れた瞬間、雷撃が襲いかかった。

「ぎゃああああっ!」

 そしてその刹那、石像の表面が粉々に砕け散った。

 石像の中から無傷のコスナーとケートが出現する。

魔封結界ウィッチブロック!」

 突き出したコスナーの掌がヒタクルの腹に当たると、出現した魔法陣がヒタクルを包み込んだ。

 ヒタクルは吹き飛ばされ、畑を飛び越えて民家の壁に激突した。背中を強打して、息が止まった。

「そんなバカな……」

 ゲホゲホと咳込み、コスナーとケートを睨み返す。

「こっ、こんなもの……お返しよ! 鋼針渦巻スパイラルニードル!」

 立ち上がり、右手を前に突き出したが、なにも起こらない。

「……え? 魔力が出ない…?」

 戸惑うヒタクル。

樹液結晶レジンクリスト!」

 ケートがスキルを発動。掌から琥珀色の液体が吹きだされた。

 頭から大量のペンキを被ったかのように、ヒタクルは全身琥珀色の液体で包まれたかと思うと、魔琥珀で固められ、一本の柱になる。さながらアクリルのトロフィーのよう。

「あ……あたしの力が通じない……嘘っ!」

 動くことさえかなわず、ヒタクルはこの状況が受け入れられない。

 コスナーが放った妖魔竜のスキル「魔封結界ウィッチブロック」にケートの放った樹海竜のスキル「樹液結晶レジンクリスト」は、いずれも破楼飲はろおういんで八百竜の面々から託されたスキルだった。昨日の鍛錬で試して会得していたのが役立った。

「さて、村人をもとに戻してもらおうか。おまえの魔素は封じても、先に出した魔素は消えない。おまえ自身が中和しなきゃ解除できないからな」

「く……っ!」

「おーい、どうなったんだぁ!?」

 そこへ、息せき切って駆けてくるのは、村の外で待たせていた竜たちだった。石化の煙が消えたので、村に入ってこれたのだ。

「おおっ、これは……?」

 風竜の爺さんは、コスナーとケートが無事なのを認め、琥珀の柱に閉じ込められている魔導士に目を留めた。

「こやつ、勇者の仲間じゃな――」

 仮面をつけていても、地竜にはそれがわかった。

「――コスナーもケートも、竜の能力を使いこなせておるようだな。安心したぞ」

「はい。地竜の姐さんと風竜のじーさんのおかげで」

 コスナーは今一度ヒタクルに対する。

魔封結界ウイッチブロックは一度刻まれたらいつでも再発動が可能だ。今後おまえはおれの許諾なしに魔法は使えないぞ」

「今までさんざんやった悪い事、償ってもらうのですよ!」

 ケートも鼻息が荒い。

「それと、勇者たちの事についても詳しく教えてもらわんとな」

 風竜も言った。

 ヒタクルは腹に刻まれた魔法陣に目を落とす。魔力を封じられ、ことここに至っては敗北を認めざるを得なかった。

「あたしが話せば、助けてくれるか……?」

 コスナーはうなずく。

「ああ、いいだろう。ただし、罪は償うと約束しろ」

「……わかったわ。今、勇者ボリトールは――」

 ヒタクルが言いかけたときだった。

「裏切者を俺が許すと思ったかぁ?」

 空に念波のような声が響き渡った。どこから発せられたのか、竜やコスナーたちは周囲を見回すがわからない。

「ま、ボリトール! ちっ、違うの! これは相手を油断させるつもりで、あたしはあなたを裏切ったりなど……」

「もういい。どうせきさまは使い物にならん。消えろ」

 ヒタクルの全身が金色に、激しく光りだした。

「ぎゃああああああ……!」

 悲鳴を残して、全身が光の粒に分解されていく。仮面がはがれ落ち、髑髏の顔がむき出しになり、それすらも分解されて消えていく。

 ところが、破壊はそれだけにとどまらなかった。

 元はヒタクルだった光の粒は、火の玉のように飛び回っていき、村人の石像を次々と粉々に破壊していくのだった。

 アルルが絶叫する。

「いやあ! おかあさん! おにいちゃん! やめてー!」

「コスナーさん、なんとかしてあげてなのです!」

「ヒタクルの魔素に吸い付けられるように魔素弾が命中している。くそぉ、どうしたら……」

 コスナーは竜のスキルで阻止しようとするが、どんなスキルが有効なのか判断に迷う。その間に、村人は一人残らず石片と化してしまった。

「ボリトール……最初から村人を助ける気などなかったということか!」

 コスナーの拳が怒りに震える。

 アルルはその場にへたり込み、地面に顔を伏せて号泣する。60人の村人は、みんな家族のような存在だった。そんなハヤカ村の住民は、アルル一人を残して全滅した。



 たった一人、生き残ったアルルは村はずれの鏡竜・朧竜の住む家に身を寄せることになった。すべてを失って脱け殻のようになったアルルが以前みたいに笑顔を見せるようになるには相当時間がかかりそうだった。

「コスナーさん……私たちの力をあなたに託します。どれだけの手助けになるかわかりませんが……」

 ボリトールの無慈悲なやり方に鏡竜もかなりのショックを受けていて、風竜の爺さんの助言で、コスナーにそう言ってきた。

「アルルちゃんのおかあさんたちの仇を取っていただけますね」

 とコスナーの両手を握る朧竜。

「ああ、わかった、絶対に……」

 コスナーは、これ以上の殺戮をやらせないためにも、早くボリトールらを倒さないといけないと強く思うのだった。



 ハヤカ村などを治める領主も加盟して連邦を構成しているラカータ連合王国――その王都にボリトールはいた。

 人口40万人を数えるその大都会は、大きな集合住宅が軒を連ねて立ち並び、広い通りには絶え間なく馬車が行き交っていた。雑踏から聞こえてくる人々の話し声、赤ん坊の泣き声、大道芸人が奏でる笛の音などが聞こえ、たいそうな賑わいであった。

 王都にいくつか設けられている広場のひとつに面して建つ聖光エポルプ教会の支部の前で、ボリトールは声を張り上げた。

「善良なる連合王国の市民諸君、我は光の巫女の加護を受けた勇者ボリトールである! さて、諸君、我の足元に刮目せよ!」

 そこには、粉々になったハヤカ村の人々の石像の欠片が並べられていた。コスナーたちに気づかれないよう、破壊された村人の石像のいくつかを光魔法で転送したものだった。

「諸君らにはこれがなにかわかるだろうか。驚くべきことに、これは連合王国に属するハヤカ村の罪も無き善良な人々の変わり果てた姿なのだ! 彼らは突然、石像にされ、無残に殺された! なぜか! それは、冷酷無比な殺人鬼、魔王の使い・コスナーの毒牙にかかったからだ!」

 拳を振り上げ、広場に居合わせた人々に訴えかける。

 コスナー?

 魔王の使い?

 ボリトールの声に、何人もの市民が立ち止まって耳を傾ける。

「やつは殺人と破壊に快楽を得る憎むべき殺人鬼である! 我はかような残酷な事件を見逃すことはできない! 故に、我は光の勇者・光の巫女の使いとしてここに宣言する! 悪魔コスナーを逃すな! 討て、捉えろ! やつこそ、人類最悪の悪魔である!」

 群衆がざわめく。

「悪魔コスナーだってよ」

「勇者様がおっしゃるのだから、間違いない!」

「なんてやつだ、コスナー!」

「殺せ殺せ!」

「コスナーを殺せ!」

「コスナーを殺せ!」

 ヒートアップする群衆。

「ありがとう、諸君。だが相手は悪魔だ。まともにいっても勝ち目はない。やつらの手配書を作ったので、その一行を見つけたらすぐに各地の聖光エポルプ教会支部に報告してほしい。報告者には報奨金を与える。身分の低いものにはワンランク上の市民称号も与えよう」

 おお、という歓声すら上がる。

「さあ皆の者! 人類の未来のため、人間の尊厳を守るため、悪魔コスナー撲滅活動に奮って参加しようぞ!」

 いつしか聴衆は膨れ上がり、誰もがボリトールに賛同した。

「コスナーを殺せ!」

「コスナーを殺せ!」

 やまぬ群衆の声。

 満足そうにうなずくボリトールは、腹の内でほくそ笑んでいた。



 住む者のいなくなったハヤカ村に、動くものはなかった。廃墟となった村内には、破壊された石像の残骸があるのみ……。

 そんな無人の村に、人影があった。砕かれた石片の前に、一人の少女がたたずんでいた。

 白い服の裾が地面に擦れそうなほど長い、見た目は七歳ぐらいの少女である。

 少女は膝を折り、石片を拾い上げると、小さくため息をついた。

「これでは仕方ないな……」

 その瞳は、流れるような細い髪と同じように金色に輝いていた……。


【第9話につづく】



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