酒とエルフと爺とモブ竜
ポテンザ山脈の上空、はるか高度9000メートルにその雲海「マルキュー」は存在していた。
竜たちの協議で例年より早い時期の開催が急に決まった破楼飲……。
呼集がかけられた翌日、まるでかなり前から打ち合わせでもしていたかのように準備が整い、会場であるマルキューには世界中の竜が大勢つめかけていた。
会場の外では参加者を誘導する係もちゃんといた。
「はい真っすぐ歩いてー。立ち止まらないでぇ!」
DJポリ竜が櫓の上でダンスィンしながら誘導中。陸続と押し寄せる、押すな押すなの人波――ならぬ竜波を、見事に整理していた。
会場には飲食物が用意され、各自、勝手に飲み食いできるよう並べられていた。
竜たちは思い思いのお気に入りのコスプレをして、遠慮することなく好き勝手に飲み食いして楽しんでいた。
ピンクアフロを頭に乗せた軽いコス程度なら腐るほどいる。
他には愛称がドラゴンだからと藤波辰○のコスプレした竜、さらに「哭き○竜」の竜、「呪術○戦」の石流龍、「BLEA○H」の石田竜弦、「デュラ○ラ!」の竜ヶ峰帝人、「うる星○つら」の藤波竜之介、「リ○グにかけろ!」の高嶺竜児、「科学忍者隊ガ○チャマン」のみみずくの竜、「ゲッタ○ロボ」の流竜馬とみんなコスプレ花盛り。
竜の掟でコスプレは「竜」縛りらしい。中○ドラゴンズのドアラなんていう変化球もいた。
「ひさっしぶりやんけワレー!」
「おー。元気しとったんかいワレ!」
「おんどれもまだくたばってなかったんかいワレ!」
「死んでたまるかいワレ!」
「それよりもっと飲まなあかんどワレ!」
「やんけ~」「やんけ~」「せやんけワレ!」
河内の竜の団体が酒盛りをしているらしい。
「ほな宴会芸、一発、火を吹きまーす」
「んなモン竜なら皆できるわい!」
「せやせや、他の芸やれ他の芸!」
「ほなら、空飛びまーす」
「おまえナメとんか! みんなできるっちゅーねん!」
河内の竜は宴会芸にうるさい。皆、芸には一家言持っているだけに。
「こんだけ集まると壮観だなぁ。竜って群れるとこんな雰囲気になるの?」
コスナーはその雰囲気に飲まれそうだった。会場内にはいたが、竜たちといっしょになって騒いでいるわけではないから、参加しているというより見物人である。
「皆、それぞれの大陸や国で守神に祀られている身だからな。日頃の鬱憤がなにかと凄いのだ。ゆえに破楼飲は彼らが本性むき出しで羽根を伸ばせる数少ない機会なのだ」
地竜はそう解説した。
これが竜の本性……。コスナーのなかで竜のイメージがまたも大きく変わった。いついかなるときであっても気高く堂々としてあわてふためくことのない威厳に満ちているものというのが、おおかたの人が持つ竜に対する印象で、コスナーもそんなものだと思っていた。火竜を始めとした何頭かの竜との接触でその先入観は若干改まったもののこの光景は……と瞠目に値した。
「あたいは羽根ないけどね~ヘッヘッヘ」
水竜サーペントが絡みついてきた。明らかに酔っ払っており、まさにからみ酒だった。
「ちょ、くっ、苦ひぃーっ!」
長い胴体に体を絞められて、コスナーはあえぐ。
「ちょっとすまぬが、少し頼みがある」
地竜が、すっかりできあがっている水竜サーペントに声をかけた。
「なによぉ?」
目がとろんとしていて、真面目に誰かの話を聞けそうな状態ではないようなのだが、とりあえず話してみる。
「この人間の男にそなたの力を分け与えてほしいのだ」
「はぁん? なぁに、それ?」
「実は、地上には光の巫女の加護を受けた勇者が非道の限りをつくしておってな――」
「ち、地竜さん……。その前に、こ、これを……」
コスナーはまだ水竜サーペントに首を絞められたままで、目を白黒させていた。
他の場所では、赤金竜や黒鉄竜、雷竜も来場者に協力を持ちかけていた。
会場ではいくつかのグループができあがっており、そこに首を突っ込んでは、いちいちボリトールらの悪行について語り、その行為をなんとか止めたいと説いて回った。
「──と、言うわけだ。皆の耳にも今の勇者の悪行の数々は届いていよう。皆の力、貸してやってはくれまいか?」
しかし前例のないことゆえ、すんなりとは受け入れてはもらえなかった。なにしろ人間界のことなど対岸の火事のようにとらえている竜も少なからずいたからである。
しかも光の巫女というのは、竜にとっても神聖にして侵すべからずの存在であり、滅多なことでは近づけない。その巫女の加護を受けた勇者なのである。
とはいえ、手をこまねいているのもよくない、と一定の理解を示す竜もいた。
地竜も、手応えがありそうだと、ここはもう人押ししようと力説した。
「人間に? 大丈夫なのか? 人間などに竜の力を与えていいものなのか? そんなことをして平気なのか?」
テーブルを囲んで飲み食いしていたグループの竜の某が、懐疑的な表情で危惧を口にする。
地竜は、連れているコスナーを一瞥し、
「こやつはもう三つの竜の力をスロットで蓄えている」
問題ない、と受け合う。
そのグループの竜たちは、確認のために各自鑑定スキルを発動させてみた。
すると、
「なんと!」
「たしかにお主の言う通り、竜の力をもっておるな」
「そのうえさらに竜スキルを集めれば、化学変化でとんでもないチート能力が生まれるかもしれんな」
驚きの声が上がる。
なんとか協力を得られそうだと思ったとき、割り込むように声が響いた。
「わしは反対じゃ」
後ろから出てきたのは古参の竜だった。
「風竜さん……」
手前の若い竜がその名を知っていた。
風竜。爺さんだが、他の竜にもれずコスプレをしている。よりにもよって「ひぐらし○なく頃に」の竜◯レナ」の恰好で。
「人間などになぜわしらの竜の力を分け与えねばならんのじゃ? わしらが人間に力を委ねねばならんほど、わしらが衰えたとでもいうつもりか? バカにするでないわ」
白のワンピースのジジイが吠えた。
地竜はここで言い負かされてはならないとばかりに躍起になる。
「バカにしているわけではない。問題になっている勇者は人間だ。人間は神の御姿に似せて作られた生き物と聞く。故に魔力や加護の力などの伝導率が最も良いのが人間とも言われておる。故に今の我々では勇者には太刀打ちできん……そういう性質の違いを言っておるのだ」
風竜の表情が豹変する。病的なほどの眼力で、くわっと見開かれる。
「嘘だッ!」
言いたかったのかジジィ。気に入っているのか竜宮○ナのコスプレまでしているし、内心回収できてホッとしているのかもしれなかった。
「そんな戯言信じない! 嘘だっ、嘘だっ」
「人間にやってもらう以外、この問題は解決しないのは、わかるだろう?」
「それでもじゃ!」
風竜は、コスナーの前に立ちふさがるようにして近づいてきた。体の大きさは数倍の差があり、その威圧感はさすがに竜であった。
「誇り高き竜が人間如き下等生物に劣るなどありえん! 小僧、それを証明するためわしと勝負せい!」
急な申し出に、コスナーは目をむいて仰天した。
「え? そんな無理ですよ! 生身の竜と人がガチ勝負したら瞬殺でしょ! そも、そんなつもりで来たわけでなく……」
風竜のオーラに押されてしどろもどろになってしまう。
「そ、それに今日はせっかくのハッピー破楼飲じゃあないですかぁ。そんな祭りの場を血で汚しては興が削がれるも甚だしいと申しますか……」
「四の五のとうるさいぞ小僧! わしは勝負をしろと言ったのだ! 勝利か、しからずんば死か! きさまが選ぶのは二つに一つだ!」
声高く切られた啖呵に、グループの外側から、なにごとかと首をつっこんできた竜がいた。
「おう! なんかオモロなってきよりましたでぇ~」
「ええどええど~! 風竜のじいさん、いけいけ! いてまえ~!」
口の悪い河内の竜の若衆たちがイラん煽りでハッパをかけてきた。
引き返せない空気がその場を満たしてしまっていた。
(ええ~、どうすんの? もうバトルステージに立たなきゃいけないルートの追い込みかけられてんですけどぉ~!)
コスナーは理不尽な成り行きに呆然としてしまう。
(竜のスキルで再生能力はあるけど、竜の一撃食らったら能力相殺で死ぬかもしれないじゃないですかー!)
「まま、おじいさん、落ち着いて。ね、ね。ほらほら、ここは美味しいものでもひとつ。ドラゴンポテトにドラゴンフルーツなどいかがです?」
テーブルに手を伸ばし、つかんだ果物と皿を差し出した。
ぺいっ、と手で払われる。
「小僧……先に一手入れさせてやる。参られい!」
(わわわわわ……詰んだ。もう逃げられん。結局死亡フラグだったか……。こんな形でエンディングとは……)
「ち、地竜さぁん……」
情けない声で助けを求めた。
ダンッ!
そこに、空のジョッキをテーブルに叩きつける音がして、注意が削がれる。
目を向けると、ケートだった。コスナーとはべつに、雷竜らといっしょに協力を求めて会場内を回っていたはずだった。
「爺さ~ん! なぁにうちのリーダーにからんでんすかぁ? リーダー迷惑してんのわかんないんすかぁ? ったく、イイ歳して躾のなってない爺さんですねぇ~!」
目がすわっていた。どうやらその大きめのジョッキ――竜のサイズだとお猪口なのだろうが――で相当飲んでいた様子である。いつの間に!
「なな、なんじゃとお! きさまぁ!」
風竜の顔が怒りに赤くなった。ハーフエルフの小娘なんぞに偉そうな口をたたかれ、頭に血がのぼった。
「こらっ、ケート! 古参竜さんになんてことを」
コスナーは気が気ではない。そういう火に油を注ぐような態度では、治まるものも治まらない。
しかしケートは、今度はコスナーにびしっと指を突きつける。
「コスっちもだらしねーっすよ!」
(コスっち……?)
知らん間にニックネームがついていた。
「言われっぱなしじゃないですか。――しょーがねーですね……。いいっすよ、私が爺さんの相手するです!」
「なっ!?」
風竜は思わず絶句する。
コスナーはあわてた。
(相手って……本気か?)
「バカッ! 相手は古参竜だぞ! ハーフエルフのおまえとは体力差がありすぎて勝負にならない……」
だがコスナーの心配をよそに、ケートは、
「ただし!」
と力強く言うと、テーブルの上のミニ樽――人間の感覚だとワイン樽ぐらい――を抱えると、目の前にえいやっと置いた。非力なハーフエルフだが瞬間的に竜の力を発動したらしい。
「飲み勝負です!! 先に酔いつぶれたほうが負け! 言うことなんでも聞くですよ!」
風竜は不敵な笑みを浮かべた。
「フン! 竜のキャパをなめよって、小娘が! よかろう! 酔いつぶれた瞬間、肴にして食ってやるわ!」
片腹痛いわと言わんばかりに、当然、受けて立った。ハーフエルフごときに負けるはずかないという自信があった。
とんだ余興であった。
「では始めましょう! 第一回チキチキ飲み比べ潰しあい対決~!」
どこから現れたのか、MC竜が調子に乗ってそんなことを叫んでいる。
どういうエフェクトなのか炎をバックに対峙しにらみ合うハーフエルフと風竜。「ROUND 1」の文字が空中に現れる。これも誰かの竜のスキルなのか。
「ほな、いきまひょうかー、皆さん掛け声よろしく~。さん、ハイ」
MC竜は試合開始を宣言。
風竜とケートを遠巻きにとり囲んで見物しているモブ竜たちが、
「♪風竜の、ちょっとイイとこ見てみたいっ、それ一杯目! ほれ一杯目! それイッキイッキイッキイッキ……わ~っ! アンタはつおいっ♪」
妙な節をつけて歌うような声援を飛ばすと、風竜はいい気分でジョッキを一気にあおる。飲み干して、ぷはっと息を吐いた。
「ほいたら、次はエルフの嬢ちゃん、さん、ハイ」
とMC竜。
するとモブ竜も、
「♪嬢ちゃんの、ちょっとイイとこ見てみたいっ、それ一杯目! ほれ一杯目! それイッキイッキイッキイッキ……わ~っ!アンタはつおいっ♪」
同じような調子でケートを乗せる。
まるでバブル期の新人歓迎会である。河内の竜は悪ノリ大好きっ子だった。
遠目に見ているコスナーと地竜。
「だいじょうぶかな?」
「勝負といっても力を使ってではないのだから、当面命の危険はないであろう」
「う……うん……」
助かったのだから、まぁ、いいとしよう。
「それより、今のうちにとりあえず了承を得た竜から順にスキルを授かっていこうではないか」
地竜は耳打ちするようにコスナーに言った。
「そ、そうですね。鬼の……いや、女装爺竜の居ぬ間に」
コスナーはうなずいた。
ケートのことは気にはなるが、地竜の言うとおりにする。せっかくこのためにわざわざ開いてくれた破楼飲なのだ。目的を果たさねば。
赤金竜と黒鉄竜、雷竜とも合流し、それぞれが説得できた竜たちから力をさずけてもらった。会場には大勢の竜が詰めかけていたが、意外にも多くの賛同を得られていた。事態を深刻に受け止めてもらっていたようだ。赤金竜たちの営業トークが巧みだったのかもしれない。
「コスナー、久しぶりだな」
名前を呼ばれて振り向くと、
「あっ、火竜さん……」
最初にコスナーに竜の力を与えた、ミノーオ火山の火竜が、なにかよくわからない着ぐるみを着て会場に来ていた。
「その節はお世話になりました」
「勇者への復讐を果たすつもりなんだな」
「はい……」
力強くうなずくコスナー。
「いい目をしている。頑張れよ」
「我もいるぞ」
ぬっとあらわれたのは氷竜だ。こちらはタンブラーを持ち、すでに始まっている様子。
「氷竜さんもいらしてたんですか」
「そりゃあ、破楼飲だからな。来ずにはおれん」
がはは、と笑う氷竜。
「ところで、二人とも、なんのコスプレなんですか」
「我はリュウグウノツカイだ」と火竜。
「我はタツノオトシゴ」と氷竜。
「ああ……そうなんですね……」
なんだかわかりにくかったが、本人がよければそれでいいのだろう。
「地竜よ。コスナーを頼むぞ」
火竜はいっしょにいる地竜にも声をかける。
「おお、任せらえよ」
「では、我らは破楼飲を楽しんでくるからな。また縁があれば会うこともあろう……」
「さらばだ」
二頭の竜は立ち去っていった。
「我らもやるべきことをやっていこう」
地竜はコスナーを振り返る。
「はい」
その後も、多くの竜から力を分け与えてもらった。
ただ、次々と竜の力が体の中に入っていくのはなかなか容赦のない負担であった。
「これで130……」
コスナーは、協力してくれた竜にいちいち礼をいい、ひと息つく。
「相当数のスキルを献げてもらったな。体は大丈夫か」
地竜が気遣ってくれた。
「うん、全然」
得られた竜の力でもって、疲労も回復できた。
「予想以上のスキル容量だな。まあ、後でスキルスロットに入ったスキルを整理する必要がありそうじゃがな。似たようなスキルや意味のないスキル、他に悪影響を与えそうなものは削除していかんと、能力発動が重くなったりフリーズしたりするのでな」
まるでパソコンのデュプリケートエラー時のような対処が必要らしかった。
「ところで、ケートの様子はどうなったろう?」
コスナーは思い出して、そう言った。
「そうじゃな。戻ってみるか」
地竜とともに、さっきの場所へと移動した。
ズデーン!
と、大音響の地響きがして、何事かと駆け寄ってみると、白いワンピースを着た風竜が酔い潰れて倒れていた。見たくもないパンツが丸出しだ。
「ひゃはは、おい爺ひゃん! なぁに尻だして倒れてんですかぁ? 早く起きるですよ! この変態竜!」
指を差して嘲るのはケートだ。
周囲には空になった酒瓶や酒樽が転がっている。
(これを、全部二人で飲みきったのか……!)
コスナーはアンビリーバボーだった。
「はい終~~~了~~~! 結果はっぴょ~~~~っ! 勝者、ハーフエルフのケートさ~ん!」
MC竜が声高に宣言した。
「すっげぇ……あの子……」
「古参竜倒したぞ!」
見物のギャラリーから驚きの声が発せられ、いっせいにケートの周りに集う。
「あねさん! 見事でおます!」
「わしら竜一同、あねさんに協力させて頂きます!」
「おみそれいたしましたあああっ!」
いっぺんに河内の竜・若衆の尊敬の的に登りつめていた。
手のひらをひらひらさせて、それに応えていたケートがコスナーを振り向き、
「だってさ~。コスッち~。あとよろしく~。おら、てめーら……気が利かないですねぇ」
「はい?」
河内の竜・若衆は、ケートがなにを求めているのかぴんとこない。
「あんたら、私の前に空の酒樽置いて、なにも気に留めないのですかい?」
やっと気づいた。
「すっ、すんまへん! おまえらっ! 早うサラの酒樽持ってこんかいっ!」
まさかまだ飲むとは思っていなかった河内の竜・若衆はあわてて取り巻きに指示する。
たちまち「長龍」「白龍」「龍力」「清龍」「黒龍」と、龍と名がつく酒という酒がケートの前に並べられた。舌なめずりし、河内の竜・若衆に酌をさせて豪快に飲みだす。たいしたウワバミぶりである。
宴はまだまだ続くような気配だった。
翌日……。
千鳥足で帰る世界中の竜たち。皆満足しきった様子だった。散らかった会場をボランティア竜(赤金竜、黒鉄竜、雷竜、それに地竜も)が掃除している。祭の後の寂寥感がなんとなく漂っていた。
そんななか、風竜はまだ帰らずにいた。
「おそらく、おまえは今、勇者に匹敵するほど凄まじい量のスキルと力を手に入れたはず。なにせ800もの竜の力を手にしたのじゃからな」
昨日酔い潰れていたとは思えないほど、すっかりしゃんとしていた。
「そうは言っても、あまりに数が多すぎてどのスキルをどう利用すればいいのか把握できないよ……」
目的は達成された。思った以上の大成功である。竜たちには感謝しかない。しかし同時にコスナーはそのスキルを持て余していた。せっかく得た能力であるが、うまく使えないでは宝の持ち腐れになってしまう。今後は、それら大量のスキルをどう使いこなすのかの訓練が待っていた。といっても説明書があるでもなく、スキルを取り出すだけでも苦労しそうで、コスナーは閉口する。
一方、コスナーと同じようにスキルを得たケートは――
「ふにゃぁあ~あ~……頭がイタイイタイのですぅ……」
泥人形のような二日酔いエルフ。点数15点の顔である。
「にしても、おまえがあんなに酒豪とは知らなかったよ」
コスナーは素直に感心する。けれどもそのおかげで、さらに多くの竜の協力を得られたのもまた事実であった。とりわけ風竜に勝ったケートを尊敬する竜たちは仲間を集めて体育会系のノリで、『どうぞ、あねさん!』と、有無を言わさずケートにスキルを差し出させた。
「お父さんに…『社会に出たら新人は皆、飲み潰しの目にあうから、今のうちに鍛えとけ』って子供の頃からメチャクチャ酒飲まされててぇ……こんな女になりました……のですぅ……」
ケートのたまげた告白だった。エルフの辞書にアルハラの文字無しである。
「ところで……爺さん」
コスナーは気になって尋ねた。
「なんじゃ?」
「なんじゃ、じゃねーよ! なんでおれたちに同行しようとしてんの!」
「いや、あれだけの竜の力を結集したおまえたちの能力がどうなったか、その顛末、確認しておきたくてな。古参竜として当然のことと思うがの」
「う……そうか……。いや、それはわかるけど、その前にいい加減、女装コスプレやめろよ!」
「この格好はそんなにイヤかの?」
ワンピースの裾をつまむ風竜。
「あんたは良くても、見てるこっちはたまらなく嫌な気分になんの!」
「この格好はわしの孫の二人が薦めてくれたもんでな……おおそうじゃ、わしの孫の力もおまえに与えよう!」
「ええ~? もう800も協力してもらったし、別によくない?」
「きさま、わしの孫をハミゴにする気か! ならばこのコスプレでどこまでも纏わりついてくれん!」
「いやー、お孫さん、きっとお爺様ににて利発なお子様なんでゲしょうねー。いやはや、おいら楽しみでヤンス」
吐き気がするというのもあるが、このコスプレのままついて来られては風紀が乱れる。街道でも目立つし、国境の検問で一悶着おきたり、町でケンカを売られでもしたら面倒だ。
ここはひとつ機嫌をとっておくかと、わざとらしい小芝居で切り抜けようとした。
が、風竜はとくに気にする様子でもなく、
「わしの孫のスキルは捨てたものではないぞ。鏡竜と朧竜。こやつらのスキルはむしろ勇者に勝つには必要不可欠なシロモノかもしれん」
などと、孫に会わせる前提でいる。
(鏡竜に朧竜か……)
古参竜の風竜が言うからにはなんらかの根拠があるのだろう。それにあと一つ二つ増えたところで……と思うコスナーだった。
空の雲海からはるか見下ろす地上。
そこより東方の小さな村、ハヤカ村。
60人くらいの小さな集落は、住人たちが自給自足で生活している、外部との交流がほとんどない、なんてことのない田舎であった。
藁葺の家屋が田畑の間に点在し、ときどき鳥の鳴き声がする程度の静かな村だった。
村人たちはここで生まれ育ち死んでいく、大昔から時間が止まったかのようなところである。発展する兆しもなければ衰退するでもない。
石が転がるだけでも大事件の平和を絵に描いたようなその村で、今日も人々は野良仕事に精を出していた。
「おかあさーん!」
十歳ぐらいの少女がドタバタと家に駆け込んでくる。開けっ放しの家屋は、泥棒とて盗るものすらないから入らない。
「どうしたの? 血相変えて」
粗末な服を着た母親が、台所仕事をしていた手をとめて振り向く。
「お兄ちゃんが……」
「なぁに? 変なイタズラでもしてきた?」
「違うッ!」
軽いボケとツッコミのあと、
「こっちに来て!」
と、少女は母親の手を無理やり引いて畑のほうへと急ぐ。
青々とした葉を茂らせる畑を横断していくと、一体の彫像が立っているのが見えてきた。御影石でできた、表面に光沢のある少年の像。
昨日まで、こんなところに、こんなものはなかった。
「あらよくできたお地蔵様ねぇ……」
母親は、なんでこんなところにと不思議がるより先に、そんなことを言った。
「ちがうのおかーさん! それ、さっきまでお兄ちゃんだったの……それが、空から鼠色の霧みたいなのが突然絡みついてきて、そしたらお兄ちゃんが石になっちゃった~!」
母親がよく見ると、たしかに少女の兄とおぼしきモノが姿そのままの御影石と化している。
「あれまぁ!」
母親は腰を抜かした。
しかしその現象はそれだけではなかった。
村のあちこちで村人が御影石の地蔵に変わっていたのである。夫や妻や息子や娘が、動かぬ彫像となってしまっていたのだ。
村中が大騒ぎになった。さして多くもない村民の三割ほどがそんな状態になってしまっては、もう日々の営みさえ行き詰まる。
「呪いだわ! すぐに隣村に行って助けを求めてきて! 領主様の出張所があるから!」
息子を御影石にされた母親は叫んだ。
「わかった!」
娘は利発に返事をする。こんな少女であっても、人の少ない村では役にたってもらわなければならなかった。
ハヤカ村より大きな隣村には領主の出張所が設けられていた。この近辺の村々を統括している行政上の拠点であった。税の徴収の他、モンスターからの防衛や医療などの福祉、警察機能も有していた。
そこへ行けば、この怪現象についてなんらかの対応をしてくれるだろうと期待して。
少女は駆け足で隣村へ向かう。
謎の怪現象に大騒ぎになっているハヤカ村の上空に浮かぶ人影があった……。
月が白く透ける曇天を背後に村を睥睨する眼が妖しく赤く光った。
「さあって、どこまで準備が整うかしらね? フフ……」
そんな声がもれた仮面の口元は、薄笑いを浮かべているように見えた。
紫の髪が風になびく、魔導士ヒタクルであった……。
【第8話につづく】