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結界と忘れ物と雷様

「逃がしはしないぞ、俺の獲物! くらえ、聖光斬撃ホーリースラーッシュ!」

 勇者ボリトールが叫ぶと、剣から光り輝く半月状の刃が打ち出され、空を行く地竜に迫る。

 天地を揺るがすほどの轟音が鳴り響いた。

(よし、仕留めた!)

 が、どこか手応えがない。

 ボリトールは、いつもと違う魔力の様子に気づく。

(あれは落雷だ。落雷が聖光斬撃ホーリースラッシュにぶつかって相殺されたんだ!)

 ならば、

業焔星雨ファイヤーコメット!」

 が、またしても落雷によって魔力が無効化されてしまう。

「あたしがやるわ」

 ボリトールに代わって魔導士ヒタクルが前に出る。

鋼針渦巻スパイラルニードル!」

「おまけの強酸豪雨アセッドシャワー~♪」

 召喚士カスメトールも攻撃を放った。

 しかしいずれの攻撃も落雷で相殺された。

「なんで雷が……ん? あの軌道は……そうか、おそらく地竜は雲海に昇っていくな。――こしゃくな! 勇者の追撃から逃げられると思うか!」

 ボリトールらを包み込んだ光球は急上昇。

 雲海に先回りする。頭を押さえて攻撃すれば、いかな落雷の援護があったとしても仕留められるはずだ。

が、雲海のなかに地竜の影が見当たらない。

「おかしい……。やつらの気配が消えた……」

「どこかに隠れているのか?」

 格闘士ガメルがキョロキョロと頭をめぐらせる。

「もし奴らが付近に潜んでいるなら、俺のエクストラスキル「生体検知バイオルサーチ」で呼吸・体温・心拍をすべて感知できるのだが……」

 ボリトールは戸惑いを隠しきれない。

「――さっきから能力発動させているがなんの反応もない」

「どこかに逃げた? でも、やつらにそんな余裕はなかった……」

 僧侶マンビークは状況を分析する。

「――ということは、遮断スキルかなにかで生体検知バイオルサーチを遮断している……?」

「そう俺たちに思わせてこの場をやり過ごそうという算段だろう……。だがそうはさせないさ。聖光領域ホーリーフィールド!」

 ボリトールの魔力で、辺り一帯、半径100キロが球体の結界に包み込まれた。

「これでやつらは袋のネズミだ。……コスナー、勇者をなめるな。俺は追いつめた獲物を見逃すような間抜けではない。おまえは絶対俺から逃げられない」

「まあ、ボリトールから逃げれた獲物は過去一匹もないからねぇ」

 カスメトールは、ボリトールの執念深さをよく知っていた。

「哀れなコスナー、成仏しろよ~」

 ガメル、へらへらと笑いながら合掌。



 地竜の起こした地震によって石造りの水門橋は瓦礫と化していた。水門橋の象徴として遠くからでも見えていた塔も跡形もなく倒壊し、うずたかい不格好な石の山となって川面から無惨な姿を突き出していた。

「元の場所に戻っているという選択肢は、やつらの発想順でもかなり後ろの位置にあるだろうしな。少しは時間が稼げるんじゃないか……」

 そこに人影があった。

 コスナー、ケート、そして地竜である。

 落雷の妨害に紛れて逆走し、元の水門橋の塔の跡に潜んでいた。

「傷はどうなのです?」

 ケートが気遣う。かなり回復しているのは傍目にもわかるが、あれだけひどい拷問を受けて、それがそんな短時間で治癒できるものなのかと心配している。

「もうほとんど問題ないよ」

 コスナーは答えた。本当だった。竜の再生治癒能力は驚異的だ。傷もふさがって腫れもひいている。ポーションのように瞬間的に治るわけではないが、それでもこの能力を得ているのは心強い。

 しかし、といって、ボリトールらの脅威から逃れたわけではない。

「だけど聖光領域ホーリーフィールドか……。この結界は厄介だ」

 コスナーは竜のスキルで、普通の人間には感じられない結界が見えていた。張られた結界の外には出られない。

「地竜さん、地中を掘り進んで脱出できないんですか?」

聖光領域ホーリーフィールドは球状に包む結界だ。地面の中も結界で阻まれる」

「まずいな……。ん?」

 空を見上げていたコスナーは、結界の大きさが目に見えて縮んでいるのがわかった。

「結界がどんどん狭まってませんですかコレぇ!!」

 ケートも気づいた。

「やつら、結界を少しずつ縮めて隠れてるおれたちを炙り出す気だ」

「どど、どうしたらいいんですかぁ?」

「結界に触れた途端、奴らは瞬時におれたちの位置を把握し、光速移動で捕縛に現れる!」

「結界の中にいる以上、どこにも逃げ場はないな……」

 地竜の声音は落ち着いていた。竜の性質上、感情が外に出にくいだけであり、落ち着いているわけではなかった。どうしたものか、と思案する。

「じゃあ、じゃあ私たちは……ああ、天井の結界も低く降りてきてますですぅ!」

「くそっ……どうすれば……。どうしたらいいんだ……なにか……なにか手はないか……」

 と、辺りを見渡すコスナー。

 球体の結界はみるみる縮み、コスナーらに触れんと迫りくる。結界に触れれば、たちどころにボリトールに居場所が知られてしまう。

 時間が迫っていた。



 ボリトールは余裕の笑みを浮かべていた。結界を少しずつ確実に縮める。結界面がセンサーとなって、そこにひっかかれば、いかに隠れていようと位置が特定できた。

「さあ、コスナー、逃げられるものなら逃げてみろ。聖光領域ホーリーフィールドから逃げることなど魔王でも不可能だ! せいぜい俺たちを楽しませてくれよ~っ」

 ボリトールは笑う。

 それにつられて、他の勇者パーティも笑う。

「アーハッハッハ!」「ぎゃっははっはっはー」「いーひっひっひ……」

 歓喜の笑いには品がなかった。

 結界は時間とともにどんどん収縮してゆく。球状の中心点――ボリトールに向かって目に見えて小さくなっていく。

 コスナーたちがその結界面と接触するのは時間の問題で、今か今かと待つ。

 一定の速度で縮んでいく聖光領域ホーリーフィールド

 結界面に触れた獣や鳥などの生き物はスルーする。コスナーとケートだけが聖光領域ホーリーフィールドを破れない。ピンポイントで二人だけを探知するように調整していた。

 余計なものが引っかからないため、確実に発見できるはずである。

 聖光領域ホーリーフィールドはさらに縮小し、半径1キロを切った。

 そして500メートル、100メートルと縮んでいき、やがて――消えた。

「んん?」

 ボリトールの三白眼が見開く。

「やつらがどこにいるか、わかったか?」

 ガメルが勢い込んで訊いてきた。

 ボリトールは、噛みしめた歯の隙間から声を押し出す。

「……結界に反応がなかった」

「なんだと? そいつはどういうこった?」

「やつらこの100キロ圏内のどこかにいるはずだ! いや、確実にいる! あの状況で100キロ圏内の外に出ることなど、物理的にありえない!」

 ボリトールは己の魔力に絶対の自信を持っていた。だからこそこの事実が受け入れがたい。

聖光領域ホーリーフィールドは、たとえ地中でも水中でも見逃さない。どこへも逃げ場はないはず」

 マンビークも信じられない。

「しかしやつらは網にかからなかった……」

 ボリトールは顎に手をあて、考え込む。

 ありえないことが起こった。だがそれが現実だ。

「なんで網にかからなかったんだ?」

 ガメルは、ボリトールかマンビークに答えを期待した。

 魔力は間違いなく作動した。ということは、聖光領域ホーリーフィールドを無力化するなんらかの手段をコスナーが持っているのか。

「瞬間移動でその場を離れたの~?」

 カスメトールは適当なことを言った。それが正解だとは本人も思っていない口調だ。

「どんな高位の瞬間移動魔法でも一度に三人同時に100キロ移動などありえん!」

 マンビークは案の定、否定する。

「わからん……やつら、いったいどうやって……」

 ボリトールは不審に思う。

 今一度結界を張って、再度同じようにやってみるか……。いや、何度やっても結果は同じだろう。やつらはなんらかの方法で網を破ったのだ。どんなトリックを使ったのか知らないが……。しかしあの状況で、なんらかの策をめぐらす暇などなかった……。

(もしや、それも竜の力だというのか……! だがそんな都合のいい能力が……?)

 いまだ詳細の不明な竜の力。それだけにボリトールは欲しくてたまらなくなる。どんな能力があるのか知りたくてたまらない。

 渇望が、狂おしいまでにボリトールをたぎらせるのだった。



 水門橋の塔の跡――。

 崩れた石積みが地下室まで埋めてしまっていた。

 乱雑に積まれたようになってしまっている、元は水門橋だった石が水面から凸凹と顔をだしているそこに、多面体の赤色をした半透明のかめのようなものが、逆さまになった状態で立っていた。

 魔導士ヒタクルが魔法でつくった魔水晶球ラクリマだった。地震で崩れた石が直撃しても壊れていなかったのは、ヒタクルの強い魔法力で作られたためなのだろう。

 その魔水晶球ラクリマの中にいたコスナー、ケート、地竜が息をひそめていた。

 非常に重く、人間の手では動かせないほどで、だからこそケートを閉じ込めることができたのだが、地竜にとっては簡単に扱えた。えいやっと持ち上げ、ごろんと転がした。

「結界は消滅した。……近くにやつらの姿はない。うまくいったようだ」

 コスナーは空を見上げる。晴れた空に雲がいくすじか。

「なんで私たち、見つからなかったんですか?」

 ケートが訊いた。

 コスナーは、剣で打ちつけても傷ひとつつかないほど硬い魔水晶球ラクリマの表面を手で撫でる。

「この魔水晶球ラクリマは魔導士ヒタクルが精製したもので、ヒタクルの魔素が込められている。聖光領域ホーリーフィールドの検知除外対象に勇者パーティの魔素が含まれているなら、もしかしたら結界面に反応しないんじゃないかと思ったんだ。一か八かの賭けだったが、うまくいってほっとしたよ。それにしてもよく後片付けせず残しておいてくれてたもんだ」

 僥倖であった。運がよかった。

「我の地震と逃亡、それの追撃で片付ける暇はなかったのであろうな」

 地竜は、もう用はないとばかりに魔水晶球ラクリマを蹴った。湖に転がり落ち、ざぶんと水しぶきをあげた。

「今のうちに脱出しよう。この湖はヨードン川に続いている」

 コスナーは東を指差す。

 湖に流れ込む川は何本もあったが、流れ出る川は一本しかなかった。それがヨードン川である。遠く海に向かって、延々と続いている大きな河である。

「水路で東に向かうんだ。氷竜のスキルを使えば水中を移動できるし、やつらに見つかる危険性を軽減できる」

 とにかく、いまのところはボリトールたちから身を隠すのが先決だ。

 できるだけ遠くへ離れる必要がある。さっきのような結界を張られたらすぐに居場所を察知されてしまう。こちらの防御体制が整うまで、少なくとも結界が届かないところまで逃げないと安心できない。

 地竜がうなずく。

「妥当な判断だな。急ごう」

「まかせてなのです」

 ケートは氷竜のスキルで氷カプセルを作る。地下室から脱出するときに一度うまく作れたので、二回目はもっとクオリティを高くしようと張り切った。

 水の抵抗を減らすべく、ラグビーボールを二つに割った、オムライスのような形状にし、天井に出入り口を作ってハッチで密閉できるようにした。さらにカプセル内にリクライニングできる長椅子を設えて居住性をアップした。

「これでどうなのです?」

 氷カプセルを水面に浮かべて見せるケートは、

「これを地竜さんの上に乗せれば快適な旅ができるのです」

 ちょっぴり自慢げだった。



 その数時間後の同じ場所――。

 無惨にも壊れた水門橋。

 これを再建するにはかなりの人手と期間と費用が必要だろうと思われた。だが農業用水確保のためには再建しなければならず、チボタリ村は高くない負担を強いられることとなった。それもこれも元はといえば――。

 瓦礫の上に立ち、水面に浮かんでいる魔水晶球ラクリマの前に立つ勇者パーティ。

 鑑定スキルによって、モノの記憶を呼び出してみる勇者ボリトール。

 数時間前、この中に隠れて聖光領域ホーリーフィールドの結界の外へまんまと逃れたやつらの姿が見えてきた。

「きさまのミスだな……」

 ボリトールはギロリとヒタクルを睨んだ。結界を無効化したのは竜の力などではなかった。単純な理屈だった。しかも腹立たしいことに、こちらの不手際で。

「ご、ごめんなさいボリトール。魔水晶球ラクリマを処分しなかったのはあたしのミスね。でもあの時は急な追撃で……」

 ボリトールはおもむろにヒタクルの前に立ち、その顔面に右掌を近づける。

聖光透過ホーリークリアード!」

「あーっ!」

 肉と皮の間になにかが流れ込んでくるような強烈な違和感に、たまらず顔を手で押さえ、倒れ込むヒタクル。

「な、なにをしたの……?」

 膝をつき、湖面をのぞきこんだ。水面に映る自分の顔を見て、ヒタクルは目を疑う。

「な、なによ、これ! ぎゃああああああーっ! いやっ、いやーっ!」

 手を震わせて絶叫した。

 その顔面は髑髏になっていた。

「心配するな。肉を削いだわけじゃない。きさまの顔面の皮と肉を透明にしてやっただけだ。髪は女の命というから髪は残しておいてやったぞ」

「ふっふー。やさしいねー、ボリトールん♪」

 カスメトールは仲間の失錯をあざ笑う。

「へぇー。厚化粧の下はこんなガイコツしてたのか」

 ガメルが珍しそうに見ている。

「うう……うううう……」

 ヒタクルは様々な感情が渦巻いて声にならない。すっぴんや裸を見られるよりも屈辱的だった。

「元に戻りたければ己が失敗を償え。きさまが率先して動き、コスナーらを見つけ出すのだ。でないと全身骸骨にしてやったっていいんだぞ……」

 ボリトールに脅され、怨念の瘴気をまとって立ち上がるヒタクルの目には赫怒かくどの炎が燃えあがっていた。

「こ……コスナぁあああっ! 殺すっ! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すっ! 絶対殺してやるぅ~! ギギギギギィ~!」

 呪いの言葉を吐く髑髏の顔が歯ぎしりをする。紫の髪を振り乱し、恨みの感情がヒタクルを揺さぶった。



 湖の両岸が次第に狭まってきていた。

 水中を進む地竜と、その背中の上に乗っかっている氷のカプセル。

「そろそろヨードン川だ。浮上して確認しよう」

 コスナーが言うと、地竜がうなずいた。

 浮上した。

 氷のカプセルは、絶えず冷凍魔法を送り続けているため溶けてしまうことはなかったが体力を消耗した。よって、ケートとコスナーが交代で魔法をかけていた。病み上がりのコスナーには、少しばかりキツイものがあった。なお、氷竜のスキルがあるため、二人とも氷カプセル内の室温が下がっても凍えることはない。

 コスナーは天井のハッチを開け、外へ顔を出す。新鮮な空気を深呼吸して肺に入れる。それから周囲を見回した。

 やや霧が立ち込めていた。視界はよくはなかったが、湖が狭くなってきていたのはわかった。左右の岸が近い。このまま前進すればヨードン川へと入っていく――航路は正しい。

 川が近づくにつれ湖も浅くなってきていた。ヨードン川がいくら大河であろうと川底までの深さは湖ほどでもなく、ずっと潜ってはいられない個所もあるだろう……。しかしボリトールが血眼になってさがしているかもしれないと思うと、できるだけ潜航して川を下っていきたいところだ。

「ちょうどヨードン川の川下である東の方角にポテンザ山脈がある。そこから上昇した雲海に、先ほど助けてくれた雷竜がいる。礼も言いたい」

「あの落雷はやっぱり雷竜の助太刀だったのか」

「さしもの雷竜も光の勇者と対峙すればひとたまりもないのでな。自然現象を装ってのああいう手助けしかできなかったのだが、お主が雷竜に認められてその力を得ればもっと強くなり、勇者に爪痕くらいは残せるかもしれん」

「それでも爪痕か……せめて歯形くらいといきたいなぁ。その、ポテンザ山脈まではどれくらいかかりそうなんだ?」

「空ならひとっ飛びだが、水中だとそうもいかん。あと一日はかかるだろう」

「あの……聖光エポルプ教会の本部には行かないんですか?」

 ケートが一応尋ねた。それどころではない状況だとはわかっていたが。

「今はとにかくおれたちの力を強くして、ボリトールらの追跡を逃れられるぐらいにならないと、旅を続けられないよ」

 五分の勝負ができるほど、とすら言えないところが苦しかった。

 ボリトールほどの強さを得るには、こちらも光の巫女の加護を受けなければならないだろう。だがそれには一流の勇者としての実績を残さなければならない、と聞く。それが一朝一夕でできやしないのは明白だ。

「聖光エポルプ教会本部に行けるとしても、いつになることやら……」

 コスナーは思わず天を仰いだ。チボタリ村の宿で荷造りしていたときには現実的な方針だと考えていたが、今は途方もないほど遠くの目標に思えた。一生かけても足りないのではないかとくじけてしまいそうだった。

「そろそろ潜航しよう。ボリトールに察知されぬうちに」

「うん、そうだね……」

 コスナーは今一度、周囲を見回す。霧の中からなにかが飛び出してくるような気配はなかった。

 顔を引っ込め、ハッチを閉じた。



 ヨードン川は、途中でいくつもの河川が合わさり、徐々に大きな流れとなって大陸を蛇行していた。その穏やかな流れに乗って、コスナーたちは下流へと下ってきた。警戒して、川岸への上陸は避けた。

 市場で買ったものはほとんど持ち出せなかった。が、川の中なので飲み水には困らないし食べ物は川魚が捕れた。火で焼いて食べ、ひもじい思いはせずにすんだ。

 それに地竜がいる限り、また地面の中から金銀を取り出せばどこかの町で買い物ができる。そう焦ることもないだろう。

 まる一日がすぎた。

 地竜は首を水面から出し、前方を俯瞰する。

「見えたぞ。あれがポテンザ山脈じゃ!」

 浮上して、背中のカプセルを水面上に出す。

 ハッチを開け、コスナーが顔を出した。

 天空にそびえる雪山が見えた。その雪山のさらに上空に平たい雲の塊……。

(あれが雲海というものなのか……?)

 だがまだかなりの距離がある。遠すぎて、竜の目をもってしても雲の中までは見通せない。

「ここからは飛んで行こうと思う」

 地竜は雲海を見上げて言った。標高3000メートルの山々がつらなるポテンザ山脈によって、ヨードン川の川筋は大きく曲がり、低い方へと離れていく。

「まかせるよ」

 と、コスナー。

 どのみちいつかは川の中から出なければならないし、雲海にいる雷竜に会うには地竜の上に乗っていく必要があるだろう。コスナーの持つ竜の飛行スキルでは、あそこまでは飛べない。

「ふんっ!」

 地竜は勢いをつけ、離水。川の水をしたたらせながら飛行艇のように上昇する。

 ほんの数分で連峰ポテンザの雪をかぶった山頂が迫る。来る者を拒むような険しい山だった。

 雲海はその山頂よりも遥か高い6000メートルに位置する。そこへ至るまでさらに数分。ボリトールらが急襲してこないことを祈った。

 吹く風が強い。ときどきあおられて揺れた。

 雲海が眼前に迫ってきた。分厚い雲の層は、空に浮かんでいるにもかかわらず、すさまじいほどの重量感があった。

 地竜はその中へと突っ込んでいった。


【第6話につづく】


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