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拷問部屋とハンターと逃走中

「ほう! これもよいよなぁ……」

 地竜のあねさんは迷っていた。

 高級女郎のような格好しかできないため、チボタリ村の服飾店に来て、旅をしても不審がられない衣服を買うことにした。

 コスナーが、服を買うには金銭がいるのだ、と人間の社会にうとい地竜に説明すると、

「貨幣? それはさすがに持ってはおらぬが、地金でよければなんとかなるぞ」

 そう言って手を地面にかざすこと、数分。

 地竜には、地中に眠る特定の物質を抽出し、凝固させる能力があった。とりわけ黄金きんは、他の元素と化学反応しづらく、元素単体で存在していることが多いため、比較的簡単に取り出せた。

 地中より引き出した粒子に向けて念じれば集まって凝固し、目の前に純金の玉粒が出現した。丸薬ほどの大きさの光り輝く黄金色の塊がいくつも……。

 まさしく、錬金術であった。

「この辺りの埋蔵量では、これっぽっちにしかならないが、これでどうじゃ?」

 手のひらで、じゃらじゃらと転がす。片手に乗るほどの量であったが、これだけの金の地金であれば、店ごと買えてしまえるかもしれなかった。

「こ、こ、これは……」

 コスナーは色めき立つ。

 貧しいミッカタ村で生まれ育ったコスナーの暮らしでは現金収入はわずかばかりであり、貨幣といっても銅貨しか見たことがなかった。

「これが黄金きんというものなのか……なんと美しい輝きなんだ……」

 金貨が値打ちのあるものだとは聞いていたが、たしかにこの輝きは目を奪われる。

「あれ? コスナーさん、なにをやってるんですかぁ?」

 ケートが、地面に向けて懸命に手のひらをかざしているコスナーに尋ねた。

 いくら力いっぱい気合いをいれても、地面からは、しかしなんにも出てこない。

「いや、地竜の能力をさずかったんだから、おれにもできるかと思ったんだが……」

 コスナーもヒトの子であった。欲があってもおかしくない。

「急には無理でしょう……。いくら能力を与えたとはいっても、訓練もせずにいきなり使いこなせるほど、この能力は安くはない」

「コスナーさん、あさましいです……」

「う……」

 がっくりと肩を落とすコスナーだったが、それでも、地竜が作り出した金のインゴットがあれば衣服どころか、当面の出費には事欠かない。武具などの装備も買えるし、宿にだって泊まれる。

 大道芸をやって稼いでも、せいぜい古着屋で勘弁してもらうしかないと思っていたのに、いきなり高級店で物色できたのである。

「よし、これとこれと、この服も買うぞ」

 女の買い物は長いときくが、さんざん時間をかけてやっといくつか選んだ。派手でないもの……といったにも関わらず、どれもこれも垢抜けすぎていた。生来、派手好きな性分なのかもしれなかった。

 もうすっかり日も暮れて、早く宿を決めて休みたいところであり、疲れていたコスナーは、「それでいいよ」と、投げやりにつぶやいた。



 チボタリ村でも一番グレードの高い宿に宿泊した。

 もちろん、大きな都会ではないのだから、グレードが高いといっても知れており、設備に関しては普通であった。

 それでもカネがなくて野宿続きだったコスナーやケートにとっては御殿ごてんのようにさえ感じられた。

 黄金こがねの威力はすさまじかった。

 遅い時限だったというのに、宿の主人はごちそうを出してくれたし、湯浴みの用意までしてくれた。

 よく眠れた翌日、コスナーは旅の準備をしよう、と言った。ここまで、どちらかといえば、目的をもって旅をしていたというよりは、放浪していたというのに近い。

「どこにいるかわからないボリトールらをさがすには、聖光エポルプ教会本部に行くのがいいと思うんだ。ボリトールらの行いを訴え出ても信じてはくれないだろうから、対応を期待するのは無駄だろうけど、行き先ぐらいは教えてもらえるんじゃないか。あいつらの行動を予測して先回りすることもできるかもしれない」

「これから本格的に、ボリトールらの悪行を防ごうというのだな」

 地竜のあねさんはうなずいた。

「光の巫女の加護を受けた勇者に立ち向かうのは無謀だろうが、その悪巧みから人々を救うのは可能じゃないかって思うんだ……」

「うむ、よかろう。ついでに一太刀浴びせられるかもしれんしな。いつか借りを返さねば気がすまん」

「ケートもついてくるよな?」

「うん……」

 小さくうなずくケートは、まだボリトールらを疑い切れずにいるようだった。信じたいものを信じるという傾向は、人間もハーフエルフも同じなのだろう。動かぬ証拠をつきつけられてもまだ目のさめない信者というのは、いつの世にもいる。

 コスナーも、無理に改心させようとはしなかった。ボリトールに会う、という目的は同じなのだから、ついていかないという選択はないし、きっとそのうちわかってくれるだろうと思った。

「じゃあ、今日はこれからそれぞれ長旅の準備をしよう。地竜さんの金塊おかねを使わせてもらうよ」

「ああ、かまわぬ。こんなもの、いくらでも地中から取り出せるからな」

 ひとつ間違えたら人間ダメになってしまうような、それはすごく危険な能力かもしれなかった。

「なんて心強い発言だ。助かるよ。それじゃ、それぞれ市場で買い出しだ」



 チボタリ村の市場は宿のすぐ横にあり、朝から盛況で活気があった。通りの辻から辻までの間がすべて商店で、これだけにぎやかで規模が大きいのなら、村ではなく町の市場といっていいくらいである。

 前にも述べたように、ここチボタリ村は、魔族、亜人種が人間といっしょに暮らしていた。他の町にもそんなところはあるが、ここまでその割合の多い村はそうそうない。

 市場では、そんな魔族や亜人種も店を開き、彼らの手による他ではなかなか見ない品物も売られていた。どこからか馴染みのない香辛料の香りも強く漂ってきている。

 そういうところだから、ハーフエルフがふらふらと歩いていたところでまったく目立たなかった。

 ケートにわたされた金塊インゴットは指の爪の先ぐらいの大きさなのにしっかりと手のひらに重く、この量ならたいがいのものは買えるだろう。

 しかしケートは、心ここにあらずといった様子で市場を歩いていて、店の呼び込みの声も耳に入っていない。なにを買おうかとも考えられなかった。

 ボリトールたちのことを考えていた。

 コスナーと地竜は、ボリトールたち五人を悪魔や人間のクズのように言うが、ケートにはそれが誤解であるように思えてならなかった。

 聖光エポルプ教会が公式に認めたからこそ、ボリトールは光の巫女の加護を受けているのだ。その事実は揺るぎない。そうである以上聖人に違いなく、どんな小さな悪行であろうとするはずがないのだ。これまでのことはなにかの間違いか、もしくは、なんらかの事情があってそういうふうに見えていたのだろうと思うのだった。そう思い込もうとしていた。

 聖光エポルプ教会の本部に行けば、きっと誤解はすべて氷解し、ボリトールたちと打ち解けられるだろう。

 人混みの中でぶつかりそうになった。

「あら、あなた、確か、ケ……ゲートさんだっけ……?」

 よけようとして、声をかけられた。驚いて顔を上げると――、

「あっ、勇者パーティの方なのです……」

 魔導士ヒタクルだった。シックロ氷原で別れたきりであった。足元の氷が突然割れて、ケートは湖に落ちた。コスナーが火竜のスキルでもって救けてくれたのは後から聞いた。

 まさかここで再会するとは。ボリトールたちのことを考えていたからかもしれないと、ケートは思った。

「さがしたのよ、いったいどこへ行っていたの? 湖に落ちてしまって、救けようと思ったけれど姿さえ見えなくなって……みんなどれだけ心配していたか……」

 ヒタクルは目尻を下げて、こんな偶然があるなんてねぇ……と、ニヤリと口角をあげて笑うのだった。

 ケートは感激してしまった。

(やっぱりイイ人なのです。こんな人混みの中なのに、見つけて声をかけてくれて。コスナーさんたちったら、疑心暗鬼がすぎます)

「ごめんなさい……。なにも言わずにいなくなってしまって……。でも事情があったのです……」

 こんなに心配させて悪いことをしてしまったと、ケートは申し訳なく思った。

「ひとりでシックロ氷原からこの村まで来たの?」

「いえ……、ええっと……、コスナーさんと……あと、名前聞いてなかったけど、あと一人……失念なのです……」

「コスナー……。詳しく聞きたいわ。ちょっと付き合ってくれない? 他のみんなにも会わせたいし」

「あっ、ハイなのです」

 ケートはヒタクルとともに、雑踏の中へとまぎれていった。



 武器はあっても使いこなせないだろう。剣や槍は、実績ある指導者について長い期間鍛錬しないと使い物にならない。コスナーには師も時間ときもなかった。

 現実的に必要なものといえば、野宿のときに困らないテントなどの装備だろう。水を入れるびんもほしかった。水を飲むたびに、いちいち氷竜のスキルで氷をつくって火竜のスキルで溶かすなどやっていられない。一度それで作った水をびんに入れれば飲みやすいし、運べる。塩も買った。保存の効く根菜や芋もいくつか。

 街道を行くうちに夜になってしまうこともあるだろうから、野宿に備えるのはいいとして、金塊インゴットがあるからといって調子に乗って買いすぎると重くて運べなくなるので、そこは考えた。

 ポーションも買った。

 竜のスキルがあるから、ある程度の防御力はあるし回復魔力も備わっているとはいえ、どこまでそれがアテになるかわかったものではない。ミノーオ火山で盛られた毒は火竜に消してもらったが、それが自身に使えるかどうかは未知数だ。病に倒れるときもあるだろうし、おそらくコスナーを抹殺しようという気でいるボリトールは、いつ襲いかかってくるかわからない。ポーションは必須アイテムだ。

 ついでに擦り切れてあちこち破れてきていた服も新調した。

 宿に帰り、それらを背負って運べるよう、ひとつにまとめる荷造りをしていた。

 ケートも地竜の姐さんもまだ戻ってこない。

(必要なものを買ったら、さっさと終わらせて帰ってくればいいものを、まったく女っていうのは……)

 コスナーは、買わなくても見て回るだけでも楽しいという女性心理が理解できない。

(それとも、あのインゴットで買えるだけの品物を買う気でいるのだろうか……。目についた欲しい物を抱えて帰ってきても、そんなもの、旅には邪魔になるだけだぞ……)

 そんなことを考えながら荷造りを終えようとしたとき、部屋の扉が勢いよく、ばん、と音を立てて開いた。

「よお、元気そうじゃねぇか……」

 ずかずかと踏み込んできたのは、なんと、格闘士ガメルであった。ニヤリと口元をゆがめ、コスナーを見下ろす。

 コスナーは驚愕し、声も出ない。

「生きていたとはね。嬉しい限りですよ」

 ガメルの大きな体の陰から現れたのは、僧侶マンビークだ。眼鏡の奥の目が冷たい。

「お、おまえら……」

(なんでここにいるんだ? どうやって、おれがここにいることをつきとめたんだ……?)

 コスナーは混乱した。ここでボリトールの仲間と出会ってしまうとは思ってもみなかった。

 ボリトールらをさがすつもりではいたが、まだなんの準備もできていない。いつかは悪逆非道を止めるべく行動するが、それは今ではなかった。

 コスナーは内心歯噛みした。やつらを侮っていたかもしれない。

(こんなに早くおれをさがしてくるとは――)

 その執念深さに恐れ入った。まさか、と思った。

「なあに、勇者様がおまえと是非会いたいって言ってなぁ。連れのハーフエルフもお待ちかねだぜぇ」

 ガメルが目の前に立ちふさがる。逃さない、という意思が見て取れた。

 とてもではないが、逃げられはしないだろう。

 どうやらケートはボリトールたちといっしょにいるらしい。ということは、さらわれたか、それともかどわかされたか……。

(おれがここにいるのも、ケートから聞いたんだな……)

「抵抗しないほうが、いろいろ身のためだと思いますよ?」

 ガメルの横でマンビークが言った。

 抵抗する気はなかった。抵抗したところでこの二人に勝てるわけがない。ボリトールほどではないにせよ通常の人間以上の能力を持っている。

 それにケートを放っておくわけにもいかない。

「さあ、行こうぜ、かわいい相棒さんよ」

 ガメルに促されて、コスナーは荷物を置いて部屋を出た。



「おほっ! なんじゃこのチーズドックという食い物は! こんな食い物が人間の世にはあるのか!」

 市場には露天でさまざまな食べ物も売られていた。人間だけではなく、亜人種や魔族も店を出し、食欲を刺激する匂いがあちこちから漂ってきていた。

 地竜は鼻が人間よりもきく。その匂いに誘われて、目についた露天で食べまくっていた。見た目は人間の女でも、竜であるから胃袋も大きい。長い黒髪の色気のある女が食い気を盛大に披露する絵は、なんとも人目をひく光景であった。

「こういうものがあるのなら、もっと早くこの村に降りてくればよかった。我の時間感覚では、ついこないだ村ができたと思ったんだが……」

 旅の準備をするための買い物をするつもりが、そんなことはすっかり忘れてずっと食べ続けていた。

 ラーメンや焼きそばや三色団子などのB級グルメは、宿で出された食事とはまた違った魅力にあふれていた。

「チーズの塩味とソーセージの肉汁がマッチして、ふたつの味が口の中で調和のとれたダンスを演じているようではないか……。それを両側から支えるパン生地のもちもち感……まさに名脇役。助演男優賞を贈りたい」

 食レポでもしているつもりなのか、そんな大袈裟な感想が口をついて出ている。ガイドブックでも書けそうであった。

「次は、五平餅……とかいうやつじゃ! ――オヤジ、ひとつくれ」

 隣の露天に移動し、買い求める。

 割り箸に刺さった五平餅を受け取った地竜の姐さんは勢いよくかぶりつく。

 そのとき、

「むむ?」

 二人の男と連れ立っていくコスナーが、市場の人混みのなかへ消えていくのが視界の端に映った。頬張った五平餅をぐちゃぐちゃと咀嚼しながら三人を目で追う地竜。

「あやつらは……」

 飲み込んで、つぶやいた。



 チボタリ村は湖のほとりにあった。

 それほど大きな湖ではないが、そこへ流れ込む川の水を堰き止めることにより、川の両側に広がる田園地帯へ送る水量を調節していた。

 その石造りの水門橋は、村の食料を支える重要な施設なのだった。開村の父であるクロドム・チボタリが建設したという伝承は文献が残っているわけでもなく真偽のほどはさだかではないが、かなりの昔から存在しているのは確かなようだった。

 田園の様子が見渡せるよう塔を持ち、地下には神様を祀る部屋まで作られていた。種植えの時期にはここで豊作が祈られ、収穫祭のときには神に感謝の奉納が捧げられる。

 普段は誰も近づかないその地下室に、今は何人かの男女がいた。勇者ボリトールとその仲間の四人と、コスナー、それにケートである。

 両手を鎖で縛られているのはコスナーであった。全身が傷で腫れあがり、片目が塞がるほど痛めつけられていた。

 痛めつけているのはガメルだ。よだれを垂らしながら棒とムチで叩き喜ぶところは、どうも嗜虐的趣味があるようだった。

 ヒタクルが魔法で作った、血のように赤く半透明の球状多面体をした魔水晶球ラクリマに閉じ込められたケートが、その様子を間近で見せられていた。あまりの惨劇に正視できなくて目をつぶっても、バシンバシンとムチ打たれる大きな音は、耳をふさいでも聞こえてしまう。

 気を失ったコスナーを電撃魔法で起こすヒタクル。

「さあ、白状なさい。あなた、竜の仲間がいるんでしょう? どこにいるの?」

「知らない!」

「エルフの言っていたもう一人の仲間、それがあの地竜なんですね?」

 マンビークが剣を片手に近づいてくる。口調は丁寧ではあったが、目に宿る光は氷よりも冷たい。ガメルはまだ虐待を楽しむ心があったが、マンビークにはそういう心が、どこかに捨ててしまったかのように見えてこない。

「知らんと言ったら知らん……ぐっ!」

 コスナーの太ももに剣が突き刺さった。血が噴出して、床に血溜まりができる。

「強情ですねぇ……。まあ、こうやってあなたを痛めつけていれば、契約を交わした竜なら助けに来るでしょう。もっとも、間に合えばいいんですけどねぇ」

 噴き出る血を気にすることなく、マンビークは今度は細いダガーを取り出し、弱って動けないコスナーのおとがいを左手でつかむと、右頬から左頬へ貫いた。血が口中にあふれ、どぼどぼと吐き出される。

「ほんと、手間かかるゴミムシね! あたしとしては今すぐ殺しても全然いいんだけど、竜待ち、ってヤツでもう少し生かしておいてあ・げ・る。ペッ!」

 顔に唾を吐きつけ頭を踏みつける召喚士カスメトール。

「もうやめてぇ!」

 涙ながらにケートがそう叫ぶのは何度目だろうか。地下室に反響するその声は、しかし無意味に消えていく。

 髪の毛をつかんで引っ張り上げる勇者ボリトール。コスナーの口の中に奇術のごとく縦に長剣を差し込み、剣を高熱化。凄まじい激痛に白目をむくコスナー。

「早く白状しろよ。どうやって竜と契約したんだ?」

「ギャッハハっ、カエルみたいに足ヒックヒクしてるぅ~♪」

 カスメトールは面白がってケラケラと笑う。

「てかさぁ、口に剣入れたら喋れなくない?」

 あまりのしぶとさに呆れるヒタクルは逆に感心してしまう。どうしたらそこまで頑固になれるのか、ここまで竜に義理立てするからにはなにかあるのだろうと、コスナーの口の堅さを邪推する。

「心配しなくてもヒールで喋れるくらいには回復させるさ。竜が助けに来たら、準備はいいな?」

 ボリトールはマンビークを振り返る。

「ああ、魔導漁網マジックウェブをこの塔全体に張り巡らせた。しかも五重にかけてある」

「すげえな。そんだけ張ればケルベロスも容易く捕縛できるじゃねぇか!」

 ガメルが嬉しそうに目を輝かす。

「竜が来るのをしばし待つ。おまえら、休憩だ」

 ボリトールは、最低限のヒールでコスナーの命をつないだ。

「えー、もう終わりなのー?」

 カスメトールが頬を膨らました。

「俺たちの目的を忘れるな。コスナー(こいつ)をいたぶるのを楽しんでるんじゃねぇぞ」

 ボリトールは階段を上がっていく。

 残る四人は顔を見合わせ、しかたない、といった表情で、ボリトールの後について地下室を出ていった。

 残されたのは、虫の息でぐったりと床にのびているコスナーと、魔水晶球ラクリマに閉じ込められているケート。

「ごめんなさいです……私の……私のせいで……」



 水門橋の上に吹く風が穏やかだった。日はまだ高く、湖面がきらきらと光っていた。

 見上げる塔の上に登って見渡せば、さぞや遠くまでの景色が堪能できるだろう。

「まだ竜は現れない……か……」

 ボリトールは低くつぶやいた。見通しのよい水門橋の上から俯瞰するも、それらしい影は確認できない。

「もしかしたら契約の関係じゃなく、その場限りの共闘関係だったのかもしれない」

 ボリトールの横で、マンビークがそう意見を口にした。それなら今竜がどこにいるか知らないのもうなずける。

「あいつをいつまで生かしているつもり?」

 そこへ不服そうな顔のヒタクルが割り込んだ。

「――コスナーのスキルスロットが大きいのはわかるけどさぁ……あんな拷問までして、もう事故死に見せかけられないでしょ?」

 直接手を下して殺してしまっては、エクストラスキルは手に入らない。あくまで〝事故〟で死んでもらわなければ。しかしコスナーにはもう罠は通用しない。

 ボリトールは片頬だけで笑った。

「竜との関係性がわかれば、もうあいつに用はない」

(事故死を装うことはまだ可能だろう……。脳を破壊して湖に落ちてもらうのもいいし、カスメトールに毒虫を召喚させて襲わせてもいい……)

「殺していいのか?」

 ガメルが、待ってましたとばかりに喜色をたたえる。なにを考えているのか、透けて見えるようだった。

「ふんっ、コスナーのエクストラスキルは惜しいが他で取り返せばいいか……」

(たとえ事故死させられなくても、竜の秘密が手に入れば、俺たちはますます強くなる……)

 強さへの飽くなき欲求は、いくら富を得てもなおまだ富を欲しがる感覚に似ていた。際限のない欲望であった。

 そのとき――

 どん、という突き上げるような衝撃が出し抜けに走った。

 地鳴りが響き、激しい揺れが水門橋を襲った。

「なんだ、この揺れは?」

 ガメルがキョロキョロと見回す。

「地震だ。しかしこんな大きな……!」

 マンビークは絶句する。

 湖面にさざ波が立つ。

 パラパラと、土塊が落ちてきた。

 見上げると、石を積み上げて作った塔が右や左に大きく揺れて、その度に石積みがずれていくのがわかった。

「まずい、逃げろ!」

 ガメルが叫んだ。

 五人がいっせいに駆け出した。水門橋をわたりおえ、川岸にたどり着く。するとその直後、塔が倒壊した。四角い石が怒涛のごとく湖に落ちていった。



 水門橋の地下室も無事ではすまなかった。

 上部の構造体が破壊されたことで、湖の水が一気に流れ込んできた。

 魔水晶球ラクリマは、ガラスのかめを逆さまにしたような形状で、その自重でもってケートを閉じ込めていた。ところが、湖の水が流れ込んできたことで浮力を得てしまい、ごろん、とひっくりかえってしまった。ヒタクルも、こんな単純なことで破られるとは思っていなかったろう。

 ケートはチャンスとばかり、素早く脱出する。

 しかし状況は楽観視できない。水かさはみるみるうちに上がってくる。

「あわわ……どうしたらいいの……」

 コスナーは死んではいないが、竜の再生治癒能力をもってしても、すぐには起き上がれないほど傷めつけられていた。高性能のポーションでもあれば別だが、コスナーはそれを荷造りしたなかに入れてしまっていて手元にはなかった。

 ケートひとりでコスナーをつれて、ここを脱出しなければならない状況だ。

「あせってはダメなのです。ケート、ここは落ち着いて……」

 そう自分に言い聞かせた。ただのハーフエルフなら不可能であっても、ケートには氷竜の能力があった。

「そうだ!」

 ひらめいた。

 氷竜のスキルを発動させて氷のカプセルを作り、自らとコスナーを包み込んで密閉した。

 上がっていく水位とともに、氷のカプセルも浮かび上がっていき、やがて湖に流れ出ていった。



 崩れゆく水門橋を川岸から見つつ、ヒタクルが言った。

「これじゃ、あいつら二人とも死んだわ。この場合、私たちが殺したんじゃないから、当然、エクストラスキルはあたしたちのものになるんじゃないの?」

「おお、そうだな!」

 ガメルが同意を得ようと、ボリトールを振り向く。

「――まぁ、竜の秘密は手に入れそこなったが、元々の予定どおりと思えばいいんじゃないか?」

 しかしボリトールは不満顔で、口を真一文字に引き結んで返事もしない。

 コスナーとケートの事故死によるレベルアップは確かに大きい。しかし竜の秘密はそれ以上に魅力的で、それを得られなかったことが悔やまれた。

「おや? あれは……!」

 マンビークが湖面を指さしている。水門橋に近い、川が湖に流れ込んでいるところに、なにかが浮かんでいた。

 氷塊であった。しかし、こんなところにあんな大きな氷が浮かんでいようはずがない。

「あれは……氷の中にいるのはケートとコスナーなのか……?」

 その刹那、水中から巨大な影が飛び出してきた。

 氷塊をくわえ、空へと飛びたっていくそれは、まぎれもなく――

「やはり竜か!」

 ボリトールは叫んだ。

 まさしく、それは地竜であった。

「マンビーク! 魔導漁網マジックウェブで捕らえろ!」

 ガメルが腕を振り回す。

「いや……張ったのは塔の周囲だけで湖の上には張ってない」

「バカヤロ! なんで張ってねぇ!」

「五重にかける高難易魔法は広範囲に張れないんだ!」

「もしかしたら、あいつ……竜と契約したなんてレベルじゃなく……竜の力を自らに……」

 ボリトールはつぶやき、そして下知する。

「逃がすな! 俺たちも知らない竜の秘密をなんとしてでも手に入れるのだ!」



「すまん、遅くなった……」

 と、飛行する地竜。

 氷カプセルから出て地竜の上に乗るケートは顔を伏せて泣き続けていた。コスナーがこんな目にったのも、ボリトールたちを疑わなかったからだと自分を責めた。

 ケートのすぐ側に横たわるコスナーは、死んではいなかったが重傷である。

「回復能力は竜のそれがあるからな。人が死ぬような攻めを受けても平気とは思ってたけど……」

 ようやく口がきけるようになったが、まだ声が弱々しい。

「痛みが感じられなくなるわけじゃないんだな……」

 意地でも口を割らないつもりだったが、ここまでシンドイとは正直、誤算だった。

「ごめんなひゃいでした~! わやしが、わやしがなんにも知らないばっかりにコスナーさんにご迷惑をぉ~!」

 ケートは涙と鼻水で顔をべとべとにしていた。

「あれが勇者ボリトールとその一派か。顔は覚えた。確かに皆、光の加護の影響で我の力でも太刀打ちできない壮絶な戦闘力を有しておるな」

 コスナーの気配を追って湖の中を進んでいた地竜は、ボリトールらがいっしょにいるのもわかっていたため動けなかった。

 正面からの戦闘は避けたい。下手に動けばコスナーを殺されてしまうかもしれない。拷問されているのも察知できていたからつらかったが、水中でじっと待っていた。そして、ようやくコスナーのもとから離れたのを見計らって局所的な地震を発生させ、二人を救出したのだ。そのときに川岸にいた五人も確認できていた。

「やつらがおれを普通の人間として拷問してくれたから助かったよ。全力で光の力を叩き込まれてたらひとたまりもなかった」

「ならば、さらなる力を手に入れる他なさそうだな」

「他の力?」

「我と同じアルティメットスキルを持つ竜は他にもいる。全ての竜のアルティメットスキルを手に入れれば、少しは闘えるようになるはずだ」

「そうなんだ………ちなみに何頭くらいいるの?」

「そうじゃな……800は下るまい」

「800! いやいやいや、おれたち今勇者に絶賛追撃中なんですけど、そんな悠長なコトしてる間に狩られますって!」

「ごめんなひゃい、ごめんなひゃいですぅ~!」

「あ~もう! ケートは泣くな!」

「とりあえず雷竜のもとに向かおう。あやつは顔が広い。なにか策を与えてくれるかもしれん」

「雷竜?」

「ここより東の大陸、ポテンザ山脈の遥か上空の雲海にいるという竜だ」

 そこへ突然、後方に光の球が見えた。

「なんだ、あれは……?」

 コスナーは竜の力で視力を上げる。

 空中に浮かぶ光の球の中に、五人の人影が見えた。ボリトールたちだった。

「あいつら……空を飛ぶこともできるのか……!」

 光の巫女の加護を受けた勇者の人間離れした能力に、コスナーは舌を巻いた。

 いっしょに旅をしていた一週間、そんな能力を見せたことは一度としてなかった。隠していたのか、それともこれにはエネルギーが大量に必要だからなのか、それはわからない。が、このままでは……。

「追いつかれる……ッ!」

 コスナーの再生治癒が間に合わない……。

「これ以上の飛翔速度上昇は無理じゃ。我は地竜ゆえ、あまり飛ぶのは得意ではない」

「ここまでか……!」

「ごめんなひゃ~い!」

 光の球の中で、ボリトールが怪しく、小ずるそうに微笑んだのがわかった。


【第5話につづく】

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