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毒とデトックスと全裸竜

 荒涼とした岩山であった。

 至る所、ごろごろと巨石が山肌に突き出し、崩れてきそうな恐怖を感じる。脆い性質の土が風化によって削られ、硬い岩だけが残った結果、こんな奇景が出現していた。木々はただの一本も根をはっておらず、乾燥に強い雑草だけがわずかに風にそよいでいた。

 人間が子供なら入ってしまえそうな大きなかめをいくつも積んだ荷車を、怪力自慢の格闘士ガメルが押していた。ガメルと、それについていくボリトール以下全員がマスクで口と鼻を覆っていた。瘴気を立ち上らせている深い紫色の液体が、どの甕にも満たされていた。その瘴気を吸わないようにとのマスクだった。

 道なき道は起伏が激しく、荷車が揺れるたびに甕の液体も揺れてこぼれ出てしまいそうになる。

「ここいらでいいか?」

 額に汗を浮かべたガメルが訊いた。

「ああ、このあたりにいるようだ。俺の神眼は誤魔化せない――」

 答えたのは勇者ボリドール。最高スキルの能力は、剣戟の冴えだけではなかった。

「この山のぬしたる竜、地竜がこの下で眠っている」

 地竜。地中に棲息する竜族の一種であるが、稀にしか地上へ出てこないので、その存在は謎に包まれていた。

「で……、この岩の裂け目にこいつを流し込むってのか?」

 ガメルは足元を見やる。過去に地震でも起きたのか、大きな地割れが走っていた。うっかり落ちてしまったら這い上がれないだろう。

 ああ、とうなずいたのは僧侶マンビークだ。

 前日からせっせと合成していたのは、あらゆる植物を腐らせる鉱毒――魔物の腐肉から絞り出した魔素毒を、呪術師の怨念を込めて煮込んだ魔邪毒であった。わずかな量でも周辺一帯の土地が汚染され、向こう60年は草木一本生えないという。

 この世のあらゆる書物を読み込んで得た知識は幅広く、マンビークはまさにこのパーティの知恵袋だった。

「そんなもんここに流してどうするのさ?」

 召喚士カスメトールが、フードの中からぎょろりとマンビークを見返す。

「地竜がこれを吸収して汚染されたらどうなると思う?」

 メガネの奥の知的な両眼が狂気を宿して光っていた。

「正気を失い、自ら毒の塊となって狂って暴れ出すってか――」

 カスメトールは地獄絵図を想像する。

 魔導士ヒタクルが呆れた。

「やべーこと考えるわねぇ、ボリトール」

「そういうことだ……この岩山の麓にはチボタリ村がある。人口2000人。おそらく地竜が暴れたら一人も生き残れまいよ。ましてや毒をまき散らす邪竜とくればなおさらだ」

「村人皆殺し? 勇者としてそれはヤバくない?」

 カスメトールは懸念を示した。

 いくらなんでも、それだけ大勢の人間がいっぺんに死んでしまうとなれば聖光エポルプ教会も調査に来るだろう。どこで足がつくかわかったものではない。

 しかしマンビークは飄々と請け合った。

「この村の民は聖光エポルプ教会の信徒じゃない。チボタリ教という異教徒の集団だ。たとえ邪竜が暴れて全滅しても聖光エポルプ教会は痛くもかゆくもない。むしろ邪教徒ゆえに邪竜に食われた、滅ぶべくして滅んだのだ、真の神は我が聖光エポルプ教会の真光の下にあり!と、絶好の布教拡大の機会になる。願ったり叶ったりさ」

 カスメトールが、ふうん、とうなずくも、

「でもさ、2000人だっけ? そんだけ殺してもただの村人なんでしょ? あたしたちのスキルアップになにか得あんの?」

「たしかになにもスキルを持っていなかったり、あっても使えないスキルの可能性は高い。だが2000人ともなれば眠っているお宝スキルが回収出来るかもしれない」

 ボリトールは説明した。

「つまり子供とか赤ん坊とかか。そいつらの魂の中には将来大化けするスキルが隠れてるやもしれん、ということだな」

 ガメルが理解した、とばかりに後をうけた。

「それが出たなら大当たり。俺の「技能吸着スキルアブソーバー」で採取して皆のスロットに振り分ける。けど……さすがに村全体だと範囲が広すぎるから取りこぼす可能性はあるけど」

 多少失敗しても文句を言うなよとばかりに、マンビークはそう断りを入れる。

「でもまぁ、あたしたちには異教徒が何千人くたばろうと関係ないわ。このところたいしてレベルアップできてないんだから。あったまきちゃう!」

 ヒタクルはフラストレーションが溜まっている様子である。シックロ氷原での失敗がまだ尾をひいていた。

「よし、甕の毒を全部流し込め! おそらく一時間程度で竜が暴れ出す」

 ボリトールが命じると、各自、甕ごと裂け目に投げ込む。

 全部の甕を残らず投げ込み、地割れの底へと落ちていくのを見届けると、

「よし、ずらかるぞ」

 ボリトールたちはすみやかにその場を離れた。



 チボタリ村――。

 どこかオリエンタルな雰囲気が漂っている大きな村である。

「やっと着いた……」

 コスナーは街道からの入り口で、村の様子を見回す。コスナーの育った村と較べて建物は立派で、意匠がどこかしら違う。たとえば屋根の端が反り上がっていたり、家々の壁が朱に塗られていたりと、機能的な理由よりも、どこか宗教的意味があるように感じられた。

 シックロ氷原から比較的近い場所にある集落のなかでは一番規模が大きかった。近辺の集落を管轄している領主の代官が赴任しているため各村との交易も盛んで、どちらかというと村というより町なのだが、ある理由により村と称している。

「まずは宿をさがすんですか?」

 コスナーの隣で、脳天気に尋ねるのはケートである。ボリトールのところへ戻りたいと言い張っていたが、もうシックロ氷原にはいないのか見つからず、どこへ行ってしまったのかわからなかった。

 いっしょにさがしてやる、と言って、コスナーはケートとともにいる。放っておくと危なっかしくてかなわない。

 嘘は言っていない。ボリトールをさがす目的が違うだけだ。

「そうしたいところだが、おれたちは無一文だし、宿に泊まる代金なんか払えない」

「じゃあ、どうするんですかぁ? 村のなかなのに野宿するんですかぁ?」

 情けない声でケートが訴えかける。せっかく人のいるところまではるばるたどりついたというのに、野宿するでは意味がない。

 コスナーはしかし含み笑い。

「銭がなければ稼げばいいだけのことだよ。これだけの人がいるんなら、できるさ……たぶんね」

「稼ぐって、なにをするんですか? どこかで働かせてもらうってことですかぁ?」

 奴隷のようにこき使われていた過去がフラッシュバックして、ケートはその場にしゃがみこんで両耳をふさいだ。

「そんなの、いやですぅ」

 ケートはハーフエルフを差別する村で育った。もっとも、それはとくに珍しいことではない。人間が作った町や村にその傾向は程度の差こそあれ差別はあった。人間は本能的に違いを受け入れられないものなのだ。

「どこかで働こうなんて、地に足の付いたことをやっていたら、ボリトールらをさがせないよ」

「じゃあ、どうするんですか?」

「おれたちには火竜と氷竜の力があるじゃないか。これで大道芸をやるのさ。派手なショーを見せられるよ」

 どれだけのパフォーマンスが見せられるかわからないが、竜の力の使い勝手はかなりわかってきていた。大道芸などしたことはなかったが、なんとかなるのではないかと考えていた。

「大道芸!」

 ケートは跳び上がった。

「むむむむ無理ですぅ、わわわわっ私にはそんな人前でなにかか、すすするなんてぇ……」

 パニクると口調が元に戻るきらいがあるようだった。

 二人が村の入り口で、そんなやりとりをしていると、近くの詰め所のような場所から太った中年女性が出てきた。その服装もオリエンタルだ。衣服の前を合わせ、腰に巻いた帯で留めている。

「この村は偉大な生物学者、クロドム・チボタリが開村した村で昔から魔族や亜人種が普通に人々と交流する村なんですよ。ささ、チボタリまんじゅうにチボタリふりかけはいかが?」

 どうやら旅人や行商人に、村の特産品を売っているようであった。

 チボタリが「町」として承認されない理由はこの魔族や亜人の割合の関係もあるらしい。とはいっても、彼ら異文化の技術で作られた工芸品は、ある層の人間には好まれ、それがこの村が交易で豊かになっている理由でもあった。

「クロドム・チボタリ……この像がそうなのか……」

 村に入ったすぐのところには、来訪者を迎えるちょっとした広場が造られていて、その真ん中に一体の石像がこれみよがしに立てられていた。

 チリチリ頭のヒゲ親父の像だが、村の歴史を知る人々は、ありがたがって像に敬意を表するようである。

「チボタリのおでこをなでれば金に困らないという言い伝えがあるのよ。さぁ、二人ともなでてらっしゃい」

 中年女性はニコニコと説明した。確かに、チボタリ像の額は陽光を反射してテッカテカに光っている。

「じゃあ、私もご利益をいただくのです……」

 実際、金がないし困っている。ケートはチボタリ像に歩み寄る。

 が、手を伸ばしてデコに触った瞬間、チボタリ像が木っ端微塵に破裂した!

 唖然とするケートは青くなる。

「ぎゃあ、おまえ、なにしてくれるんじゃ!」

 ちょうどケートの後からチボタリ像のご利益にあやかろうとしていた、赤ら顔の貧相なオヤジが叫ぶ。

「わわわわ私はなにも……」

 ケートは身に覚えがない。

「嘘つけ。おまえが触った途端、像が爆発したぞ。くそぅ、噂を聞きつけてはるばる来たというのに。月末の王立競馬場での国王杯レースに有り金つぎこんで一世一代の――」

 そんな破滅的ヤクザな生き方って……と、コスナーが呆れたとき、そのオヤジも吹っ飛んだ。

(なにっ!)

 コスナーは目をむく。これは只事ではない。

 チボタリ像が壊れたのは、ケートの持つ氷竜の力が無意識のうちに発動してしまったのかと思ったのだが、どうもそうではないらしい。空気を切り裂くような音に空を見上げると、大きな石が次々と落ちてくるではないか。像とオヤジは偶然、あの石に当たったのだ。

(しかし、これは何事だ……?)

 石の飛んでくるほうを見ると、岩山が高く迫っている。

(あの山は火山で、噴火による噴石……? でも火山の噴煙は見えない)

 岩山から地鳴りも響く。

 詳しく訊こうと振り向いたが、さっきの中年女性はもういなくなっていた。そして他の村人たちも慌てふためき、石の降るなか屋内へと避難している。扉を閉ざして、商店も店を閉める。

 そのとき――。

 ドクン

 コスナーの胸になにかが響いた。

「コスナーさん、なにか胸の鼓動みたいなの感じませんでした?」

「ケートも感じた? おれは二つの竜の力を得ているからか、かなり感じた」

 なにかを訴えかけるような切実な波長は、同じ竜の能力を持つからこそ鼓動として伝わったのだと、コスナーにはわかった。どうやら岩山で竜族が苦しんでいるようだ。

「ケート、あの岩山へ行くぞ」

 指さした。

「ハイ、わかったのです」

 尋常ではない事態が起きている。そしてそれに対応できるのは、竜の力を持つ自分たちだけだと、コスナーは感じた。

「よし、じゃあ、行くぞ」

 ケートを抱きかかえた。火竜のスキル、「焔飛翔ファイヤリープ」を発動。空を自由に駆け巡るとまではいかないが、見える距離ならば目的の場所へ飛んでいくことができた。ここ数日、何度か試みて、火竜の能力をいくつか使いこなせるようになってきていたのがここで役立った。ハーフエルフのケートは軽く、かかえても空を飛ぶのに負担にはならない。

 鼓動は断続的に感じていた。それに導かれてたどり着いたのは、岩山の中腹にぱっくりと口を開けた地割れだった。

 石はここから弾き出されていた。

 着地したコスナーはケートを下ろす。

(この辺りから強烈に感じる……。竜はどこにいるんだ……?)

 周囲は木々も生えない荒涼とした山肌で無数の岩石が転がっていた。地割れは古く、いつの地震でできたものやら。

 と、その地割れがさらに広がった。地割れの間隔は、最初は飛び越えられそうな幅であったのに、いきなり河のように拡大した。

「危ない!」

 地割れに飲み込まれないよう、コスナーとケートは後退する。

 地割れがさらに広がっていくと、その大地の裂け目から紫色の瘴気が煙のように立ち上ってきた。嗅いだことのない臭気が鼻をつく。

「なんなのです、この匂い……」

 ゲートが眉を寄せて鼻を手で覆った。

「こいつは……」

 異様な光景に、コスナーは声を失う。そこへ、禍々しくも全身を紫色の粘液にまみれた竜が、大きな体を持て余すかのように地割れから這い出してきた。

「地竜か!」

 コスナーは竜を見上げる。

 オレンジ色に鈍く光らせた地竜の目はなにも見えていないようで、爪や尻尾をやたらに振り回して暴れる。

 周囲の岩が砕け散り、二人はそれに巻き込まれないよう距離をとった。岩の陰に隠れる。

 ギャオオオン!

 地竜が咆哮する。苦悶の叫びのようだった。暴れるのも、苦しみにのたうっているからなのかもしれない。

 地竜のウロコの隙間に挟まっていたなにかが、コスナーの前に落ちてきた。

 それは、ボリトールが地割れに落とした魔邪毒を入れたかめのカケラであった。

 紫色の瘴気に満ちた粘液にまみれたそれを、コスナーは竜の鑑定スキルで視てみた。

「これは人工的に作られた魔邪毒だ。呪術師の魔力が込められている!」

「つまり、それであの地竜さんは苦しんで暴れているのですね」

「しかし誰がこんなことを……」

「それよりどうするのです、このままだと地竜はどうなるのです」

「このままだと完全に毒に侵され、狂った邪竜になってしまう……」

「救けられないですか」

「ううむ……」

 コスナーは思案した。

「いちかばちか、試してみるか……」

「私もなにか手伝うのです」

「よし……!」

 できるかどうか。だが今のコスナーには火竜と氷竜の能力がある。それらを使えば救けられるかもしれない。

 コスナーは岩陰から飛び出し、苦しみあえぐ地竜に対峙する。精神を集中させ、手を前に突き出した。

絶対氷結リミットフリーズ!」

 まずは地竜の状態をこれ以上悪化が進まないよう、氷竜のスキルで全身を凍結することにした。

 といっても、言うは簡単だが、竜族はどれも体が大きく、いくら氷竜の力を与えられたとはいえ、ちっぽけな人間のサイズで放てる能力は竜のそれには及ばない。歯を食いしばり、コスナーは能力の発動を続ける。

 集中力が削られるような感覚に耐えた末、ようやく地竜の全身の凍結を完了した。

 大きく息をつくコスナー。

「でもこれじゃ、そんなにもちませんですよ?」

 ケートの指摘はそのとおりだった。あくまで一時しのぎにすぎない。瘴気を封じてはいるが、地竜の毒は消えたわけではない。

「わかっているよ。次はこれだ……」

 コスナーは、氷結した地竜の周囲を、さらにひとまわり大きな球状の氷で包んだ。

 氷の内側を火竜の能力でピンポイントで溶かし、水流を生みだした。

 微妙な力加減で竜の能力を操り、水流の勢いをつけていく。水流は猛烈に回転し、地竜の皮膚にからみついた毒の粘液を剥ぎ取っていった。

 水蒸気から高温高圧力の洗浄水の渦潮を作る合成スキル「超渦洗浄デコクリン・スパウト」である。

 氷球の中の水がどんどんドス黒くなっていった。

「よし、いいぞ……」

 ある程度汚れてきたら排水し、アイスボールのように固めた。

「ケート、こいつを溶けないように凍らせ続けてくれ」

「ハイなのです」

 ケートは氷球を平らなところへ転がし、溶けて毒が流れ出さないよう、氷竜の能力で冷やした。

 地竜の毒は一度には取り除ききれない。コスナーはまた氷の中に水流を作る。水が黒く染まり、排水して凍らせる――という一連の作業を何度か繰り返した。

 気がつけば夕方。岩山の向こうへと陽が傾いていた。影が長くなっている。

 周囲には、汚染水の氷球がいくつも並んでいた。

「コスナーさーん、もう置く場所がなくなりそうなんですけどー」

 不安定な場所に置くと、岩山を転がり落ちてしまいそうだった。

「ちょうど終わったよ……」

 次第に慣れてきたとはいえ、精神力の限界を試されているようなコスナーだった。

「なんとか毒を取り除けた。さすがに竜一頭丸洗いはキツかったー」

 その場に大の字に倒れ、大きく息をつく。やりとげた達成感により疲労した脳にドーパミンが満ちた。

「お疲れさまなのです」

 そして目の前には、細胞の一個一個まで洗浄され、へたりこんだ地竜。さながらサウナでのぼせてへたってるオッサンの如き姿でぐったりと首を地面につけている。

「すごいです、コスナーさん。あの毒の竜がおどろきの白さなのです!」

 紫色をしていた体は白く、オレンジ色だった目も金色に戻っていた。

「あとはこの汚染水だな……」

 コスナーは、えいやっと起き上がり、力を振り絞って最後の工程に挑む。

 球状に凍っている汚染水を火竜の能力で急加熱し、液体に戻る間もなく蒸発させれば、周囲が汚染されることはない。だがそのためには強力な熱エネルギーが必要となり、ここまでですっかり疲れ切っているコスナーには、もう精神力が残っていない。

 だが、ここはもう根性で乗り切るしかなかった。

焔極焼却ブレイズバポレイ!」

 しかし竜の力を制御する必要はなく最大出力で焼き尽くせばいいのがまだ精神的に楽だった。

 氷球は超高熱によって次々と毒ごと蒸発していった。



「お主にはなんと礼を言っていいか。あのままだと我は邪竜となって麓のチボタリ村を全滅させていた……」

 地竜は、コスナーとケートに礼を述べた。

「このようなことが我が身に起きようとは、まったくもって想像しなかった」

「あれは人工的な毒だよ。誰がやったかはわからないのか?」

「我は眠っていたので……不意打ちを食らったようなものだ。ただ、数名の人間がここにいたような気がする。しっかり顔を見てはいないが……そう……光の者の気配を感じた……」

「光の者……?」

 まさか、と思った。

 コスナーは周囲を見て、さっき鑑定した甕の欠片に目を止める。ついていた毒もいまはもうなくなって無害となっているが、その欠片には引き出せる情報があった。

 そこへ近寄り、手で甕に触れた。鑑定スキルを再度発動する。

 この世のあらゆるものには〝記憶〟が存在する。それを遡っていけば、どこかでその欠片──甕に触れた人間もわかるはずであった。

 すると、欠片に触れていた手を伝わって、イメージが脳に像を結んだ。ぼんやりとした画像ではあったが、その特徴的な外見は忘れようはずがなかった。眉のない、いかつい顔と、盛り上がった筋肉を持つ両腕……。

 格闘士ガメル。

「この毒を作り、この地割れに流し込んだのは、ボリトールたちだ!」

 ショッキングな事実であった。

「やつら、こんなことをして地竜を狂わせてチボタリ村を壊滅させようとしたのか」

「そんな! 勇者パーティのみなさんがそんなひどいこと、するはずがないのです。なにかの間違いじゃないですか?」

 ケートには信じられない。

「いや、間違いないよ。おそらく、やつらの目的は、無差別虐殺の際に天に召喚される魂のスキルを拾い漁る事か……」

 そこまでやるのか!

 自分で言ってから、その悪行に戦慄した。

 そんな残虐な行為をしても、光の巫女に選ばれし勇者は罪に問われない。どの国の王だろうと彼らには逆らうことはできないのである。そもそも勇者は聖人であり、悪は成さないという前提であるから罪に問われないし、強大な力を持っているのも民を救けるために必要だからだ。

「しかしこれはもう、やってることは魔王そのものだろ!」

 そんなでたらめなことがあっていいものか。

「我を害したものの正体はわかった。勇者ボリトールとその一派。お主、やつと戦う覚悟はあるか?」

「もちろん止めたいさ!」

 コスナーは即答した。

「しかし今のおれでは光の巫女の加護の力には到底及ばない。なにか手を打ちたいとは思ってるんだけど……」

「お主はすでに火竜・氷竜、二つのアルティメットスキルを宿している。お主らに我が地竜の力も授けよう」

 地竜が片手を二人のところへ伸ばしてきた。鈎爪の先に光が宿ると、それがコスナーとケートのほうへと分かれてすっと移動する。

 地竜の力とは、ひと言でいえばパワーであった。

 コスナーにもイメージできないその力は、大地の底に眠るパワーそのものといってよかった。

 これでなにができるのかは判然とはしないが、なにかの役には立つだろう。他の竜の能力同様、有用かどうかは使い方次第だ。もちろん、最終的にはボリトールらに対抗するために。

「それとな――」

 地竜は、さらにコスナーにもちかけた。

「我もその討伐の旅に同行させよ。光の加護を享受しながら、かような傍若無人の所業……連中をこのまま野放しにはできん。我をドロリッチにした件のお返しもしてやりたいしな」

 不敵な笑みを浮かべた。

「でも、竜を連れて集落を行き来はできませんよ?」

 申し出はありがたかったが、しかしコスナーは難色を示した。こんな大きなドラゴンが街道を歩いたり町の中に入ったりしたら、どうなることか。

 すると、それもそうだ、とうなずいた。

「ならば――」

 白い煙が破裂したように発生し、地竜の体を覆い隠した。昭和時代の忍者映画のエフェクトのようであった。

 煙が急速に拡散したあとには――。

 派手な赤い衣服を着た、女郎のような抜き襟のあねさんが出現した。オリエンタルな文化のチボタリ村の住民の服装が影響していた。

「これなら問題はあるまい?」

 声まで色気のあるものに変わっていた。

「いや、それはそれで違和感が……」

 こんなに派手だと、旅の途中の国越えの検問でひと悶着起きそうだ。

「なんと? 今の人間のスチャイルではないと申すのか? 我が若い頃は……粋でいなせなあにさんらが……」

「まあ、村で服を買いましょうか……」

 金ならなんとかなるだろう。

「おう、上に服を着るなら全裸のほうがよいかのぉ。ほれっ」

 地竜の姐さんの服が消失した。ぜんぶ。

「だわー! 村にさえ入れません! 回覧板デビューしちゃいますよ地竜さん!」

 曰く、町内不審者情報。

 コスナーは直視できなくて、顔をそむけた。

「でっかい……乳でっかいです……」

 ケートは自分の胸と比べつつ呟いた。悔しそうに。



 チボタリ村からやや離れた小高い丘の上──。

 そこからは、村と村に接する岩山もよく見えた。

「竜のやつ……瘴気を出さなくなったかと思ったら……人間に化けたぞ?」

 片目を閉じ、一眼の望遠鏡をのぞいていた僧侶マンビークが、信じられないといった表情。

「なぁにバカなこと言ってんの? 寝ぼけてんのぉ?」

 頭の後ろで手を組んで、魔導士ヒタクルが眉をひそめる。

「起きないじゃん~! 大・虐・殺・祭・り♪」

 つまらなさそうにわめくのは、立っているのがだるくてしゃがみこんでいた召喚士カスメトール。

 マンビークは返答せず、さらに状況を見ようと、握りしめた望遠鏡の倍率を調整する。

 人間に化けた地竜の周囲を確認した。

「……あれは……コスナー?」

 そのつぶやきがガメルの耳に入った。

「コスナーって、こないだ火口に落としてやったゴミのことか?」

「日が陰ってきたし遠距離だから焦点を合わせるのが難しいのだが……似ているように思う」

「キャはっ。マンちゃん、良心の呵責ってヤツぅ?」

 カスメトールが茶化す。

「なんだと?」

「殺した相手に自責の念がからんで、そう見えちゃってるとかー? 意外とカワイイとこあんだねー」

「バカいえ。今さらなんでそんな……」

「もし本当にそいつがコスナーなら……今までの失敗は皆合点がいくな」

 冷静な声でボリトールが言った。

「――奴は俺たちが仲間を殺してスキルを吸収しているのを知っている。先回りして妨害していたとしても不思議じゃない」

「しかし、ヤツは俺たちに立ち向かえる力なんかねぇだろ」

 ガメルが否定するのも当然である。光の巫女の加護を受けた勇者の強さは半端ではない。たとえ剣術の達人が相手だとしても、所詮は人間の域を出ない強さであり、そんじょそこらの勇者では勝負にならない。光の勇者は異次元の強さを有するのだ。

 でもさぁ、とヒタクルもボリトールに反論する。

「バレれば確実に消されるとわかってるのに、そんなリスク冒してまであたしたちを妨害する意味がないと思うけどねぇ……」

「いや……そうでもないみたいだぜ――」

 ずっと望遠鏡をのぞきこんでいるマンビーク。レンズには、コスナーと人間に変身した地竜女のやりとり。さすがに声は聞こえないが、一緒に下山しようとしているのが見えて、状況は推察できた。

「あいつ地竜を従えたみたいだ。竜を従える力を持ったということか?」

 そう言いつつも、マンビークは内心首を傾げる。そんなことがあるとは思えない。

「竜? そんな力があれば一気にAランク冒険者レベルだぞ!」

 ガメルも、まさか、という顔をする。竜族がそんなにも容易く人間に従属などするものか。そんなチョロい竜などいるわけがない。

 竜はこの世界のモンスターの頂点に立つ存在であり、基本的に人間とは相容れない――というのが常識であった。

「とりあえず調査しよう。他人の空似かも知れんが……もし本当にコスナーなら……むしろこんなオイシイ事はない。改めて生贄になってもらおうじゃないか。竜のスキルを吸収できれば桁違いのレベルアップが可能だ……フフフフフ……」

 自身にとって都合のいいこととなると、悪知恵が冴えわたるボリトールであった。


【第4話につづく】

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