表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/14

チートと逆転と大泥棒

 四日前。

 深い森の奥はどこか不気味な冷えた空気が漂っていた。踏み込む者を拒絶するような冷たさに背筋が寒くなるほどである。

 未知のモンスターがどこかに潜み、闇だまりから様子をうかがっているような、人里から遠く離れたそこに、二人の人影があった。

 コスナーと人間の姿になった風竜である。

 二人はボリトールとの決戦に備えるため、人の目の届かないここで竜の力を会得する特訓を始めていた。

 風竜の指導を受けながら、コスナーはスキルを選択する。

 高度9000メートルもの上空に浮かぶ雲海「マルキュー」で急遽催された破楼飲はろおういんの会場で、集まった竜たちによって800ものスキルを受け取ったものの、コスナーはそれらをほとんどといっていいほど使いこなせてはいなかった。

 いっぺんにそれだけのスキルを手に入れても、どんな能力があるのかさえ甚だ頼りなかった。それはまるで、スマホにプレインストールされているアプリの機能をすべてマスターしているわけではないのにも似ていた。

 スキルの一覧を空中に表示させる機能にしても、つい先ほど発見したばかりだった。風竜の爺さんも、コスナーのこの状況は過去に見たことがなかったから、お互い手探りなところがあったのもやむを得ないのだ。

「これが我が孫、鏡竜のスキル、鏡面複写ミラージュイミテート、相手の姿をそっくりそのまま鏡のように映して自分に貼り付けられるスキルじゃ。そしてこれがもう一人の孫、朧竜のスキル、多重幻影マルチプルファントム、そこにあるものを陽炎のように二つに分身させ、相手を惑わすスキルじゃ」

 魔法リストの一覧に指を這わせ、項目をスクロールしていきながら、風竜の爺さんは説明した。

「へぇー。子供でも持っているスキルはすごいもんなんだな」

「もっともこのスキルだけでは、せいぜい森に迷い込んだ人間を驚かし惑わす悪戯程度にしか使えん。だが、このスキルの核になる要素は、応用次第で恐ろしいものに化ける!」

 風竜の爺さんは、他の竜の力を知ったうえで、その合成に着手していた。

 選択したスキルを組み合わせ、調合の結果を実際に試し、フィードバックして再び試していく、を繰り返していけば、ときに思いもよらぬ効果を見せる、と風竜の爺さんは言うのだ。

「これに磁竜のスキルと、力竜のスキルを掛け合わせて……あ、分量を間違えておる。こっちが1でこっちが2じゃ。そうそう、そこにこいつをチョイチョイ……」

 実際にやってみると、最初は制御不能な力となってほとばしりでたりもするが、鍛錬をし続けることによって理想の攻撃スキルを身につけられる、とのこと。

 ハヤカ村での闘いで、魔導士ヒタクルには勝てた――。だが、ボリトールが相手ではそうはいかない。単独の竜のスキルだけでは、光の巫女の加護を受けた勇者には勝てる見込みがない以上、多少の冒険をしてでも新スキルを獲得しなければならないのだ。しかもあまりのんびりとはしていられない。

 コスナーがボリトールを超える能力を獲得するのに手間取れば、それだけ多くの犠牲者がでてしまう。一刻も早い対策が求められるところだった。

 ボリトールがミキシャ公国のフィンドル城に場所を借りて大演説をするときまでに、有効な必殺技を完成させたかった。

 スキルスロットから選んだスキルクリスタルを指で魔法陣の上に並べる。調合割合によってクリスタルは大きさが変わるようだ。この機能により、合成魔力のイメージがしやすくなっていた。

「ここに、磁竜の「磁膜吸着マグネスティック」、力竜の「力場領域スタンフィールド」を加え、これをこの割合で調合すれば……」

 だが、そう簡単に思い通りの効果が出るわけもなく、幾度かの調合失敗を繰り返した。

 その甲斐あって、ようやくまばゆい光が輝いた。

「これは……っ!」

「完成じゃ! これぞ奥の手、複製倍化ダブルトレース! 勇者に勝てる秘策じゃ! これを使えば、対象の相手の能力、体力、その他もろもろのパラメーターを鏡に映したように完全にコピーでき、なおかつ倍化して使えるようになる!」

「確かに、これは勇者に勝てる可能性を持っていると言えるけど……この能力はなにも弱点がないわけじゃないだろ?」

「確かにその通りじゃ。こんな都合のいいチート能力、使い勝手がいいわけがない。一度試してみろ。コスナー、わしを複製倍化ダブルトレースして、戦ってみるのじゃ!」

「わかった。やってみるよ」

 コスナーはうなずき、数メートルの距離をとった風竜の爺さんと対峙する。

 合成スキルのイメージを思い浮かべる。

複製倍化ダブルトレース!」

 コスナーの体が光り輝き出した。

 そして――。

 ボロボロになって倒れ込む風竜の爺さんと、肩で息をするコスナーがいた。

「予想以上にスゴイ効果じゃ……。自分の倍化した力で攻撃されるとさすがに堪えるわい」

 コスナーの攻撃を受けて傷つきながらも、しかしその顔は晴れ晴れとしていた。

「すごいけど、この力、使いどころが難しいし、いろいろ制約もあるのか……まあ当然か」

 それは自分で試してみての感想だった。

「その制約の中で、勇者に一撃を与えねばならん。あと四日。その新スキルを確実に自分のものにするため鍛錬するのじゃ!」

「わかってるよ、じーさん。あと四日か……待っていろ、ボリトール……」

 こうして、再挑戦──トライ&エラーを繰り返した。

 短期間で有効な技を獲得するため、あまり手を広げてさまざまなスキルを得る余裕はない。一点集中で技を鍛えていくのみ。

 マンツーマンの鍛錬が続いた。

 三日がすぎ、タイムリミットが迫っていた。だがこの三日間、ここまでの失敗を糧に、ようやく実が結ぼうとしていた。



 広場の群衆には、5メートルもの高さのバルコニーの上でなにが起きているのかは見えない。

 大きな破壊音が響き渡り、ざわざわと群衆はどよめいた。

「どうしたんだ……?」

「勇者様になにかあったのか?」

「そんなことがあるはずがない」

「じゃあ、なんだっていうんだ」

「知るかよ」

「騒ぐでない。勇者様の前だぞ」

 勇者の存在はそれだけで大きかった。その姿だけでもひと目見ようとこれだけの人々が集まってきたのである。

 しかし高い位置のバルコニーの様子は広場からは見えず、人々は、なにが起きたのかとざわめきだす。

 広場が騒然とするなか、フィンドル城のバルコニーでは驚愕する勇者ボリトールがいた。その頭上の壁に大穴がうがたれていた。

 まさか自らの技を他人が打てるとは思ってもみず唖然とした。が、見開かれたボリトールの三白眼が怒りに変わった。

「なめるな!」

 ボリトールはコケにされたと憤った。ただのゴミムシと蔑んでいた男が、生意気にも立ち向かってきたことは許し難かった。

 しかも聖光斬撃ホーリースラッシュが相殺されてしまった。

「ならば聖光貫槍ホーリーランス!」

 渾身の力を込めて魔力を放った。一撃で粉砕する威力をもった光の槍がコスナーに飛ぶ。

聖光貫槍ホーリーランス!」

 コスナーも叫んだ。

 ボリトールが放ったものよりも、倍の太さの聖光貫槍ホーリーランスが出現した。放たれたそれが、ボリトールのそれを粉微塵に砕いた。

 攻撃が無力化されたボリトールはひるまない。攻撃のバリエーションはまだまだある。ゴミムシを塵と化すには、有り余るほどの強力な攻撃魔法が。

「ならばこれは真似ができまい! 光上級魔法・聖光星雨ホーリーコメット!」

 業焔星雨ファイヤーコメットよりも威力のある攻撃魔法である。

 晴れた空のなにもない空間から、いきなり光り輝く隕石が何百と一点集中で落ちてきた。

聖光星雨ホーリーコメット!」

 コスナーの足元から光り輝く隕石が、こちらも何百と撃ち上がり、ボリトールの隕石を迎撃ミサイルのようにひとつ残らず破壊していった。

 ことごとく打ち破られていく攻撃魔法に、ボリトールは我が目を疑う。

「バカな……。勇者の上級魔法だぞ! なんで……なんで、きさまのようなゴミクズが使えるんだー!」

 ただの人間であるコスナーに、勇者の攻撃に対抗できるはずがない。どれほど高レベルの魔導士であっても、勇者の頂には到達できない――それが、光の巫女の加護なのである。にもかかわらず、それはまるで、沈みゆく太陽が後戻りしていくかの如く、あり得ないことだった。

「終わりにしてやる! ボリトール!」

 コスナーは、動揺している隙にボリトールとの間合いを一気につめ、その顔に握り拳を叩き込んだ。力竜のスキルを宿した強烈な一撃であった。

 すさまじい勢いで吹き飛んだボリトールは、城壁を突き破ってもまだ止まらず、彼方へと消えていった。

「ボリトール!」

 バルコニーのマンビークたち三人は、あまりの衝撃的な光景に色をなし、あわてて吹っ飛ばされたボリトールの元へと飛んでいった。

 ボリトールは、フィンドル城の背後にそびえる岩山の表面にめり込んで、瞬間的に意識が遠くなる。

「く、くそぉ……」

 起き上がり、苦し気に息をついて咳き込むと、立ち上がろうと膝をつく。

「大丈夫か?」

 駆け寄ったマンビークが手伝おうと手を出したが、

「触るなッ!」

 強く振り払われた。

 その声に、マンビークはたじろぐ。

「やつはなぜ勇者の技を使える? しかも威力はやつの技のほうが上だ! どういうことだ……新たなスキルを手に入れたということか……」

 ボリトールは混乱していた。こんな相手に出会ったのは初めてだった。常に圧倒的な能力差を武器に、どんな相手であろうと負けるどころか闘いにさえならなかった。それが、こんな攻撃を受けてしまうとは考えられなかった。

「だとしたら分が悪い! いったん逃げよう、ボリトール!」

 が、ガメルのその意見は受け入れ難かった。

「フザけるな……俺は勇者だ。この世界の王となる男だ! コスナーごときウジ虫のゴミクズに背を向けるなど、この俺の誇りが許さん!」

 光の巫女の加護を受けた勇者に敗北はない――。その思いが、プライドとなってボリトールにそんな台詞を吐かせた。

「でもさー、あいつ、追ってくるよー。対抗する方法あんのー?」

 カスメトールが城のほうを見ていた。コスナーが竜の力でもって空をやって来ていた。

「この力がやつの新スキルによるものなら……そのスキルさえわかれば……」

 急激に強くなった秘密があるはずだと思った。一見、強力な無双状態ではあるが、そんなことがあるわけがないのである。

 所詮、人間である。見掛け倒しのハリボテの強さに違いない。それを見抜くことさえできれば、メッキを剥がすのは容易たやすい……。

 コスナーが上空から岩山の手前へと降り立った。

「時間をかけるつもりはない。決着をつけるぞ」

 自信があふれていた。

 コスナーに遅れて、二人の竜とケートもやって来た。状況はまだ予断を許さないが、形勢はコスナーに有利と見えた。特に風竜の爺さんは、鍛錬した末に会得できた必殺技が有効であったのに満足げであった。これなら勝てる……と希望を持った。コスナー自身も堂々として、ボリトールに対峙している。

「…………」

 ボリトールは反撃に出ない。うかつに攻撃するとその攻撃が返ってくるとなれば、ここは慎重になる。

 間合いをつめてくるコスナーは、なぜか攻撃してこようとはしなかった。

 敵を追いつめたなら事切れるまで波状攻撃をして、反撃の暇さえあたえずに一気に片付けるのがセオリーのはずで、ボリトールならそうしていた。

(ん……?)

 そこに違和感があった。甘チャンなコスナーらしいともいえたが、冷静に考える時間ができた。

(そうだ……!)

 ボリトールは神眼でコスナーを見た。

「超鑑定っ!」

 相手のスキルを見る能力を発動させた。

 ボリトールの目に、コスナーの鳩尾みぞおちの奥で輝くいくつもの水晶体スキルクリスタルが浮かんでいるのが見えた。そのうちの一つだけが、異様に熱を持って輝いていた。エメラルド色の大きなその水晶体の周りには、5つか6つの小さな水晶が衛星みたいに周回している。

(この形は……合成スキルか……)

 ボリトールは三白眼を片方だけ細め、含み笑いをした。

(そうか……そういうことか……)

 が、すぐにその表情は消えて、両手を開いて頭上に高く上げた。

「悪かった。俺の負けだ。降参する」

 あっさりとしたその態度に、マンビークたちが瞠目する。あのボリトールが負けを認めたのが信じられなかった。確かにコスナーの力は驚愕に値した。この目で見たその威力はすさまじいものだった。だがそうであっても……。

「えっ……?」

 コスナーも、ボリトールの変わり身の早さに呆気に取られ、間抜けな声が出てしまった。もっと往生際悪く抵抗するか、逃亡するだろうと予想していたから、意外であった。そんないさぎよい男だとは思ってもみなかった。

「ほら、降参の証拠に……」

 ボリトールは、戸惑うコスナーにわかるよう、勇者の装備を解除した。光に包まれたかと思うと、光は粒となって拡散し消える。金髪の頭は焦げ茶色に変わり、白い肌は浅黒い肌色に。みすぼらしい貧乏冒険者の姿になった。

「これが俺の真の姿だ。な、丸腰になったんだから俺の言葉に偽りはないと信じてくれるよな?」

 勇者の光のリンクも切れていたのが、竜の目でわかった。武器も隠していないようだ。

「わかった……」

 コスナーは認めた。ボリトールは降伏した。竜の力をもってして、光の巫女の加護を受けた勇者に勝ったのだ。特訓の甲斐があったというものだ。これで扇動された人々も目が覚めるだろう。

「ただし、おまえにはこれからいろいろと償ってもらわなきゃならないことがあるぞ!」

 これまでボリトールがやってきた悪逆非道なふるまい。失われた命は取り返しがつかないが、その身をもって、生涯にわたって償い続ける必要があるだろう。その義務がボリトールにはある。流された涙に見合うほど、いや、それ以上の償いをしなければならないのだ。それを全うしてこそ罪は消える。

「へへ……わかってるよ。お手柔らかに頼むよ、コスナーの旦那ぁ……」

 ボリトールは薄ら笑いを浮かべる。

 呆然と見守る勇者パーティ。いいのか?──と、三人の顔は言っていた。人を人とも思わない、世界に君臨しようとする男の台詞とは思えなかった。当惑するが、しかしなにも言えないでいた。

「そんなことより肩を貸してくれよ。おまえにここまで殴り飛ばされて足が立たねぇんだよ」

「ったく、しょうがないな……」

 これまでとうってかわってザコ臭漂わす情けない姿に、コスナーはおもむろに歩み寄った。

 そんな一瞬見せた隙をボリトールは見逃さなかった。

 肩を貸した瞬間、コスナーの鳩尾に右手を当てた。

強奪王者スティールンキング!」

 次の瞬間、コスナーの体に稲妻が走った。

「ぐわっ!」

 不意打ちに対処できなかった。なにをされたのかわからないまま、その衝撃にボリトールを振り返った。

「ふふふ……やった。やったぞ……。複製倍化ダブルトレースというのか……。このスキル、確かに盗ませてもらったぞ!」

 ボリトールの手に、衛星が周回するような形のエメラルド色の水晶体があった。複製倍化ダブルトレースのスキルクリスタルだった。

「しまった……!」

 コスナーは驚愕した。こんな能力があるとは知らなかった。油断した。

 そして、余りの急展開に、声も出ないケートと風竜の爺さんと地竜の姐さん。

 ボリトールが自分の鳩尾にスキルクリスタルを押し付けると、それはすうっと体の中にしまい込まれた。すると、レベルの低い、みすぼらしい勇者が、瞬時に元の勇者の姿に戻り、さらに強大なオーラが発動する。

「ははははっ、すごい、凄いぞおおおおっ! この力! 無敵だ! 無双だああああっ!」

 ボリトールは歓喜に叫ぶ。エネルギーに満ちた体が感じられる。

「バカな……おまえは光の巫女に選ばれた勇者だろ? 光属性のおまえが、なんで闇属性の盗賊のスキルを持っているんだ?」

 コスナーは腑に落ちない。光の巫女の加護を受けるには、そもそもそれに相応しい者でなければならないはずだ。だからこそ人々はボリトールを信じ、その所業が明るみにでなかったともいえる。勇者のイメージと、現実のボリトールの所業とは、あまりにかけ離れていた。

 ボリトールは、さっきまでとはまるで違い、勝ち誇ったような表情でコスナーを見返す。その眼は下等な生き物を蔑む色をたたえていた。

「ああ? ……言ってなかったかな? 俺は元・盗賊なんだよ」

 なにぃーっ! コスナーと、そして少し離れたところで見守っていたケートと竜たちの耳に、とんでもない真実が告げられた。

「魂に刻まれたスキルは、たとえ属性が変わっても残るんだよ。そのため、いったん光のリンクを切る必要があったがな……」

 フハハハ、と小馬鹿にするように笑った。コスナーの強さの秘密を知り、それを己のものとしたならもうこちらのものだと言わんばかりに余裕を見せていた。タネのわかった手品ほどつまらないものはない。これでもう勝負はついたも同然だった。

「つまり……ボリトールって……」

 地竜の姐さんも、その事実に衝撃を受けていた。

「生まれながらの――根っからの泥棒じゃな」

 風竜の爺さんがつぶやく。

「使えるかどうか心配だったが……盗賊最高峰スキル「強奪王者スティールンキング」──」

 途端に饒舌になるボリトール。

「相手のスキルを一つだけ盗むことができるが、直接相手の体に触れなきゃ使えない上に、一生涯に一度しか使えない困りものの技だ。効率が悪すぎるんで封印していたが、よもやこんな形で役に立とうとは、なにが幸いするかわからんもんだなぁ!」

 切り札を奪われ、コスナーの顔が引き歪む。

「さあ、形勢逆転だ。ここからがショータイムだ。おまえの力、存分に試させてもらおうか。行くぞゴミムシ、骨のひと欠片も残さず粉々にしてやる」

「ううっ……」

 コスナーは歯嚙みした。

「まずいぞ、コスナー!」

 思わず風竜の爺さんは叫んでいた。いっしょに竜の合成スキルを完成させていたから、コスナーの手持ちのカードがどれくらいあるのかも承知していた。たった数日の間に、いくつもの必殺技を開発する余裕などなかった。だからそれを破られたとあっては勝ち目はなかった。

 ボリトールが白旗を揚げた(フリをしていただけだったが)ときには、思わず「勝った」と勝利を確信したのだが、ぬか喜びもいいところであった。やつの狡猾さにもっと注意を払うべきだったと悔やまれた。

複製倍化ダブルトレース!」

 ボリトールが唱える。コスナーの全スキルが複写倍化され、ボリトールに備わった。

「随分な竜のスキルをもっているじゃあないか。複写してようやくわかったぞ、おまえが俺に立ち向かおうなどと考えるわけだ。──せっかくだ。おまえの体でいろいろ試させてもらおう。まずは火竜のスキル、炎極焼弾マグマグナム!」

 強烈な炎がコスナーを焼く。火竜のスキルはコスナーも持っていたが、それで防御できる以上の攻撃でコスナーの身にダメージを与えた。

「ぐあああ!」

 これまで魔法力をさんざん操ってきたボリトールは魔法に慣れていた。なんの訓練も必要なく、すぐに竜の力を発することができた。

「続いて氷竜のスキル、氷剣乱舞ブリザーブレード!」

「うわああ!」

 強烈な低温攻撃は、氷竜のスキルでも防御しきれない。

「さらに雷竜スキル、雷槌斬撃サンダーボルトスラッシュ!」

「ぎゃああああ!」

 雷に打たれ、黒煙を吹いて倒れこむコスナー。

「おいおい、まだ3つしか試せていないのに、もう瀕死かぁ? さっきまでの威勢のよさはどうした?」

 ボリトールは呆れ気味に嘲笑する。

「──まあ、倍化されているからダメージも桁違いだがな」

「コスナーさんっ!」

 ケートが叫んだ。ボリトールにとびかかっていきたいところだったが、あまりのパワーを前に、足がすくんで一歩も踏み出せない。

 立て続けに攻撃を受けたコスナーは白目をむいてピクリとも動かない。

 ボリトールはその髪の毛を無造作につかんで顔を引き上げる。

 ──ぺっ!

 侮蔑を込めて唾を吐きかけ、そのまま仰向けにひっくり返し、顔を踏みつけた。

「所詮、ゴミクズはゴミクズ。ウジ虫はウジ虫。俺の敵ではないということだ。それっ!」

 そして、サッカーのシュートのように蹴り飛ばした。

 勢いよく岩肌に激突し、地面に突っ伏すコスナーにはもう抵抗する力も残されていなかった。

 光のオーラを身にまとうボリトールは余裕の表情でコスナーを見下ろす。

「遊びはもう終わりだ。そろそろ処刑の時間だな。こんな素晴らしいスキルを奪えたんだ……もう遠慮はいらん、心おきなくきさまを殺せる……ふっっフフフ……フハハ……」

 口元から笑みがこぼれる。元の勇者に戻ったことで再び腰に佩いていた長剣を抜いた。刀身が青白く妖しく光っていた。氷のように冷たい光であり、なんらかの魔力を備えているに違いなかった。

「簡単には死なせんぞ、コスナー。さんざん俺をコケにしてきた報い、受けてもらう」

 ボリトールの目が残酷そうに光った。盗賊の、他者に対する本性がむき出しになっていた。そこに慈悲はまったくなく、徹底的なサディズムは血も凍るほどである。

「こいつできさまの体を、指から一本一本切断していく。この刀は焔竜と瓦斯ガス竜のスキルを合成した魔素で覆っている。こいつで切られると、切断面が即座に炭化して血が出ない。代わりに痛さはすさまじい、気が狂わんばかりのシロモノだろうがな……」

 狂気の笑みを浮かべながら左手を伸ばし、コスナーの頭をつかんだ。

「まずは耳からいこうか……」

 耳にボリトールの剣がかかった。



【第11話につづく】

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ