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勇者パーティと選ばれた村人と、あと竜とかエルフとか

 現れたその怪物の姿は醜悪で、見るからに邪悪に満ちていた。人の背丈の三倍はありそうな長身で、耳まで裂けた口には鋭い牙がのぞき、太い四肢の先には牛をも両断しそうな鋭利な鉤爪が月明かりに浮かび上がっていた。

 その特徴だけでもかなり強そうなモンスターなのだが、さらにそいつはゾンビであった。あちこちが腐敗して強烈な悪臭を放ちながらも、多少の傷を受けても倒れないのが厄介だった。

「だめだ、歯が立たない……!」

 それを倒そうと村じゅうの男たちが手に手に得物をとって立ち向かうのだが、とてもではないが太刀打ちできなかった。怪物が振り回す鉤爪によってすでに何人もが傷を受けて戦えなくなっていた。

「くそぅ……、このままだと全員やられてしまう……」

「なにか勝てる方法はないのか……」

「今から教会に助けを求めに行っても、勇者が到着するころには村は全滅しているぞ……」

 男たちは絶望にさいなまれ、うなだれるしかなかった。

「こうなったら家の中に閉じこもるしかない」

「しかしそれではいつか干上がってしまうぞ」



「そこをどけぇい!」

 そのとき、朗々と響き渡る声がした。

 何者かと振り向けば、そこへやって来たのは五人の見知らぬ男女……。

「誰だ、おまえら……」

「ど素人はひっこんでいろ」

 と、先頭を歩く男が腰に佩いた鞘から剣を抜く。

「ここは、俺たち勇者にまかせろ」

「なぬっ、勇者だと?」

 確かにその出で立ちは勇者のパーティといってもよかった。しかし聖光エポルプ教会へ要請もしていない。いったいなぜ、どこから現れたのか……。

 が、勇者が来てくれたというその事実が、そんな疑問を差し挟ませなかった。自分たちが束になってもかなわなかった怪物にどう対するか、その行方に注目が集まった。



「ふん、なるほどな……」

 その怪物の前に立ちふさがりほくそ笑む男は、勇者として世界最高ランクとしてその名を馳せるボリトールであった。

「おまえら、手出しは無用だ。この程度の怪物やつなら俺一人でじゅうぶんだ」

 後ろを振り返り、仲間の四人の男女に向かって言った。自信があるというのではなく、当たり前のことを言っている――そんな言い草だった。

「だろうな」

 長剣を持つ大柄な格闘士がうなずく。名をガメルといった。

「うむ、まかせた」

 眼鏡をかけた神経質そうな僧侶がそそくさと引き下がった。名をマンビークという。

「じゃあ、あたしもここは高みの見物といくわ。もっとも、瞬殺でしょうけど」

 マンビークとともに後退した、マントを羽織った紫髪の女魔導士ヒタクル。

「軽くがんばってねー」

 そして、軽口をたたき、ボリトールが負けるとは一ミリも思っていない、フードをかぶった女は召喚士カスメトールである。

「おうよ」

 と、背後に手を振ったボリトールは剣を構える。

聖光竜巻ホーリートルネード!」

 その剣が妖しく光った。

 ガァァァァ

 口から腐臭を放ちながら怪物が吠える。と同時に――。

 ボリトールの姿が目にも止まらぬ速さで動いた。怪物の周囲に残像だけがかすかに視認できるほどの動きについていけない。そして攻撃に移ろうと動いたときには、すでにその体はバラバラに切断されていた。

 ここまで細かく切り刻まれてはさすがのゾンビも動けない。そのまま朽ちていくのみ……。

「ざっとこんなもんよ……」

 元の位置に戻って剣を鞘に収めるボリトールは汗一つかいていない。

「おお、素晴らしいです、勇者様!」

 そこへ感嘆の声をあげる者がいた。ミッカタ村の村長であった。



 人口1000人ほどの小さな里、ミッカタ村。

 果たしてあんな化け物に勝てるのだろうかと固唾を飲みながら見守っていた村長を始めとした村人たちは、あまりの呆気なさに言葉を失った。

 が、勝ったとわかった途端、割れんばかりの拍手と歓声が鳴り響いた。

「ありがとうございます、勇者様……!」

 禿頭の村長は満面の笑みで感謝を述べた。

「なんとお礼を言っていいか……」

「礼などいらぬ。その代わり俺たちはいま六人目となる仲間を求めている。この村から一人選びたい」

 ボリトールは三白眼を細め、背の低い村長を見下ろした。

「なんと……!」

 怪物から村を救ってくれたとはいえ、村人を一人というのも決して安い代償ではない。しかも勇者のパーティの一員となるからには、なにかしらの能力を持っていなければものの役には立たないだろう。この村に、強力な魔力など持つ者はいないから、せいぜい腕っぷしの強そうな若者ぐらいしか出せない。

(誰かよい男はいるだろうか……)

 村長は村の男たちを見回し、屈強そうな何人かに目をとめた。

「この男だ」

 が、村長が選ぶ前にボリトールが駆け寄り、一人の若者の手をつかんだ。

「ええっ、なに……?」

 いきなり手をつかまれて、若者は混乱する。

「勇者様、コスナーは鍛冶職人の見習いで、とてもパーティに加わって活躍できるような男ではありませんよ」

 村長がそんな指摘をするまでもなく、コスナーという若者は上背もそれほどでもなく腕の太さも標準的だ。適当に石を投げたら当たる、どこにでもいそうなモブ青年であった。

「いや、俺の目に狂いはない。この男が欲しい」

 ボリトールは、コスナーの腕を、レフリーが拳闘士ボクサーの勝者にするように高々とかかげた。

「この者! 光の勇者ボリトールに選ばれし若者コスナー! 彼は今、この時より我が光の勇者の一員となった! 喜べ! そなたらの村より勇者の一員が選ばれた! これはそなたらの村が光の神の祝福を受けたことに他ならない!」

 すると村人たちから祝福と嫉妬と驚きの入り混じった歓声がわき起こった。

「てめぇが選ばれるなんてな! こんな強いパーティの一員なら左団扇で人生勝ち組じゃねぇか!」

「俺のほうがよっぽど強いのに。くそぅ、羨ましいぜ……」

 屈強そうな村の青年たちがコスナーをとり囲む。

 しかしコスナーは腑に落ちない。剣も扱えずケンカも強くない、ただの鍛冶職人見習いのおれがなんで選ばれるのかと不思議でならない。さっきの怪物との戦いでも、駆り出されたはいいが、鍛冶道具の槌を持って出たものの、足がすくんで怪物に近づくことさえできなかった。勇者に選ばれるなどなにかの間違いではないのか。

 勇者ボリトールは村長に、ぜひコスナーを連れていきたいと交渉を始める。

 その様子をまるで他人事のように見ているコスナー。

(選ばれたのは嬉しいが……)

 コスナーは、以前、自治領の役人が村にやって来て行った徴兵予備検診を受けたときのことを思い出していた。

 優秀な者は中央に取り立てられる、田舎者が出世するチャンスなのであった。だがコスナーを検診した検査員は気の毒そうに告げた。

「あなたは無能力者です」

「どういうことですか?」

「ごくまれにいるのです。なんの属性もなんのスキルも持たぬ者が。なんらかの理由で本来成長と共に開花するスキルや属性が蕾のまま立ち枯れてしまう、がらんどうの者。それが無能力者です。残念ながらあなたもその一人です……」

「…………」

 あまりの身も蓋もない言いように、言い返す言葉がなかった。

「無能力者か……かわいそうにな」

「こりゃ一生、日陰者だなぁ」

 などと係の衛兵が言うのも上の空だった。

 なんのスキルも属性も持たない、ゼロの者・無能力認定を受けた身。戦闘能力も高いわけじゃない。武具の扱いもさっぱりだ。だから手に職をつけなきゃ生きていけないと、鍛冶職人の見習いになったけど……。

(そんなおれが、なにを見込まれて勇者のパーティメンバーに選ばれたんだ? それとも、おれの中になにか秘めたる特殊能力でも眠っているのか。検診でもわからなかった、なんらかの能力が。勇者様はそれを見抜いたんだろうか……だとしたら……)

 その可能性に思い至ると、くすぐったいような自信が胸の底から這い上がってくるのだった。

(そうだ、なんの根拠もなく勇者様がおれなんか選ぶわけがない)

「心配するな――」

 そこへ格闘士ガメルがやって来て、馴れ馴れしくコスナーの肩に太い腕をかける。

「前のヤツもその前のヤツも、おまえと同じ無能力者だった。そのほうが都合がイイんでな……」

「え? それはどういう……」

「ガメル、余計なことを言うんじゃない」

 ボリトールが戻ってきた。

「へいへい」

 諌められ、その場を去るガメル。

「交渉成立だ。村長が同意した。おまえはたった今から俺たちの仲間だ。期待している。我が力となってくれな」

「はい、もちろんです! 勇者ボリトール様」

 村長の決定には逆らえない。実際、勇者によって村は救われた。その勇者が求めているのだ。コスナーに選択の自由などなかった。

 しかしもしもこのおれになんらかの才能があって、今後大活躍するのなら――そう思えばバラ色の人生が開ける。こんな村で鍛冶職人として一生地味に暮らしていくより遥かに満ち足りた人生を歩めるではないか。

 そんな夢を見るコスナーを一瞥し、魔導士ヒタクルがつぶやいた。

「今度はこいつね。いい餌の面し・て・る・わ♪」

「短い付き合いになるので、仲良くする気はさらさらない。そのつもりで」

 僧侶マンビークはそう言うと、くるりと背を向ける。

 召喚士カスメトールがウインクし、

「あんたよかったねー。一応形だけでも勇者パーティのメンバーよー。たぶん一週間くらいと思うけどね」

 歯を見せて、うふふっ、と笑った。

「??……」

 三人の言った意味がもうひとつ理解できないコスナーだった。

 だがこうして、とにもかくにもミッカタ村の若者・鍛冶職人見習いのコスナーは、降って湧いた成り行きで最高ランク勇者のパーティに加わることとなった。

 もっとも、単なる〝仲間〟ではないとすぐに思い知ることになるのだが……。



 ミオーノ火山の山頂からは噴煙が絶えることなく細く上空へと立ち上っていた。火口からのぞけば底には熱い溶岩が紅く吹き出しておりその熱が伝わってくる。

(如何にも火竜が住んでいる、といった禍々しさだな……)

 そうつぶやくのはコスナーである。一人他のメンバーから離れ、斥候として火口まで登ってきていた。新入りということもあって、コスナーは経験を積ませるという理由であれこれと命令されていた。コスナー本人も、最高ランクのパーティに加えてもらったという嬉しさから積極的に役に立ちたいと思い、いわれるままに動いていた。

 ミッカタ村で見初められてから一週間ほどがすぎていた。

 一向はミノーオ火山にやってきていた。この火山の火口には火竜が棲んでいるという情報を得たからだった。

(しかし……火竜なんてどこにいるんだろう……?)

 火口の縁から見下ろしてもそれらしい影さえない。しかしなにか痕跡でも見つけないと偵察に来た甲斐がない。

 コスナーは目を凝らした。

(しかし熱いな……)

 汗をぬぐった。ボリトールが水を持たせてくれていた。

(これを飲もう)

 腰に下げた小瓶のコルクを抜き、中の水を一気に飲み干した。

(ん?)

 違和感を舌に覚えた。普通の水とは違う味がしたようだった。

 が、喉が渇いていたこともあって気にしなかった。

(さて、……と)

 再び火竜の姿をさがして火口の中を見ようとしたとき、体の異変を感じた。

(あれ? おかしいぞ……)

 めまいがする。それに足の踏ん張りがきかない。

 やがて全身が痺れていく。

(これはどうしたことだ……?)

 コスナーはその場に倒れ込んだ。立ち上がろうにも腕にも足にも力が入らなかった。呼吸が荒くなる。

 なにが起きたのかわからず、コスナーは混乱する。

(やばい。このままでは……)

 しかし、後から登ってきているはずのボリトールたちが火口に着いてくればきっと救けてくれるはず。なにしろ光の巫女の加護を受けたパーティなのだから治癒魔法など秒で治せる。

 そんな期待をして苦痛に耐えていると、やがて足音が聞こえてきた。

 力を振り絞って、その方向へ首を向けた。

 が――。

 ボリトールたちは倒れているコスナーを見ても、平然と薄笑いを浮かべながらゆっくりと歩み寄ってくるではないか。



 動けないコスナーを見下ろす五人……。誰も手を差し伸べたりしなかった。

「こいつを殺してどれぐらいのエクストラスキルが手に入るんだ?」

 落ち着いた声で、勇者ボリトールが僧侶マンビークに訊いた。これまでと態度が別人のようであった。

「鑑定スキルで見たところ、こいつのスキルスロットはかなり大きい」

 僧侶マンビークが答えた。

「――無能力者の中にはこういう能力が開花しないまま眠ってるやつがたまにいる。こいつはなかなかの掘り出し物だ。蕾のまま眠ったスキルの種は貴重なレアスキルに化ける可能性が高いからな。無能力者でもこういう逸材は滅多にいない。潜在的能力者というやつだ。あの村で見つかったのは棚ぼただな」

「スキルスロット? なんのことですか……それより水を飲んだ直後に体が痺れて動かなくなったんですが……」

 自由にならない体で、コスナーはか細い声を絞り出して訴えかけた。

「あら、まだ喋れるんだー。ゴキブリ並みにシブトイわねー」

 腰に手を当て、召喚士カスメトールは嗜虐的な笑みを浮かべる。

「――でもあんた死ぬんだよ。コ・レ・カ・ラ。きゃはっ♪」

「あんたみたいな平民の無能力者がこのさき生きてたって別に社会になんの貢献もしないでしょ?」

 魔導士ヒタクルはさらに蔑みが激しい。廃棄物でも見るような目つきで、情け容赦のない言いよう。

「――だったらあたしらの能力アップの糧になったほうがよっぽど世界の役に立つ。それだけよ」

「そんじゃ、いっちょ殺りますか!」

 ガメルが背中に背負った長剣に手をかける。

「おい、待てよ。武器で殺すとスキルは手に入らないんだぞ、忘れたのか」

 ボリトールが制した。

「あ、そうだった、だから火山に連れてきたんだった」

「マグマに投げ込めば確実に殺せるし証拠の死体もの・こ・ら・な・い。エヘッ♪」

 カスメトールはへらへらと笑った。

「死んで魂が昇華する時に故人のスキルが光球のような形で浮かび上がる。マンビーク、準備はいいな?」

 ボリトールは振り向く。

「ああもちろん。俺のエクストラスキル『技能吸着スキルアブソーバー』を使えば一欠けらも残さず回収できるさ。言っとくけど五等分は守ってくれよ?」

 マンビークは眼鏡のずれを正す。

「あーもうここ熱いっ! ねぇガメルっ、とっととそのゴミ、火口に投げ込んじゃって! あたし肌乾燥すんの嫌なんだけどー!」

 ヒタクルがヒステリックに急かした。

「そんな……あなたたちは……最初からおれを殺す気で……!」

 あまりの扱いにコスナーは愕然とする。勇者のパーティの一員となり、華々しい活躍を夢見ていた自分がバカであった。なんの役にも立たない無能力者の末路はひどすぎた。だがそれにしても、これが人々の尊敬を集める勇者の言動だろうか。

 ボリトールはしゃがみ、物分りの悪い愚者に説くように言った。

「言っただろ……? 我が力となってくれ、と。今がその時じゃないか……。冥土の土産に教えてやろう。おまえらの村を襲った怪物は、召喚士カスメトールが呼び出したんだ。それもこれも、村の男どもの中からスキルスロットの大きいやつを見つけるためだったのさ。で、コスナー《おまえさん》が見つかったってわけだ。もし誰も見つからなかったら、俺たちが出ていくことなく村は全滅してたろうから、まぁ、そのことも、おまえに値打ちがあったともいえるだろうな」

 ボリトールは立ち上がり、薄笑いをうかべてコスナーを見下ろす。下等な畜生を見るような目つきだった。

(なんだと……!)

 あの戦いで重傷を負った村人もいた。なのに悠々とあとからもったいつけて現れて……それが全部、仕組まれたことだったとは……。

(タイミングよく勇者がやって来たと思ったら、そういうことだったのか!)

 コスナーは怒りに歯をむき出した。だができるのはそこまでであった。毒が回って体がほとんど動かなくなっている。

「あばよ! 一週間だけのメンバーさんよぉ!」

 ガメルが、倒れたコスナーを力いっぱい蹴とばした。

 コスナーの体は宙を舞い、火口の底へと落ちていった。



 何度かバウンドしながら落ちていくコスナーの体が、突然止まった。

(?……。おれは、生きてる……?)

 なんのことはない、偶然、火口の内側の断崖の出っ張りに引っかかっているだけであった。出っ張りは頼りなく、ちょっとした力で今にも崩れてしまいそうだった。崩れ落ちればもはや最期、煮えたぎる溶岩へと転がり落ちていくのは避けられない。とてもではないが救かったといえる状況ではなかった。

 見上げると、遥か高みに火口縁があり、ここからあの高さまで這い上がるのは絶望的に遠かった。登っている途中で足元が崩れたり足を踏み外したりすれば、一気に火口底へと転落して、噴煙を上げる溶岩に骨まで溶かされる。今ここで命が長らえていてもなんの慰めにもならない。そもそも体が痺れてまともに動けない。

(しかし、勇者様はなんでおれにこんな仕打ちを……)

 スキルスロットとか、そんなことを言っていた。それがどういう意味なのかコスナーにはわからない。

(ただ、おれの命と引き換えに、勇者様はスキルアップをする――)

 ということは、最高レベルの能力も、幾多の無能力者の犠牲の上に蓄積されていったのかもしれない。

 その結論に至ったとき、ボリトールへの尊敬の念が霧散した。

(勇者様――いや、ボリトールめ……!)

 しかし騙された悔しさをどんなにつのらせても、もはやどうしようもなかった。薄ら笑いを浮かべるあの五人に復讐することなどどう考えてもかなわない。たとえここで生き残れたとしても彼らに立ち向かう術はないのである。目の前でボリトールの剣戟は垣間見た。あれほどのパーティを相手に無能力者のコスナーになにができよう……。

 コスナーの眼の前には絶望しかなかった。

(いっそのこと溶岩に飛び込んでしまおうか……)

 熱さと毒で汗が吹き出し体の水分がどんどん奪われていく。このままここにいても干からびてしまうだけだ。そんな苦しみなど味わいたくはない。

 コスナーは観念し、ボリトールらを呪いながら死のうと思った。

 そのとき……。

 巨大な影が下の溶岩から出現した。

 それは噴煙とともに上昇し、コスナーの眼前まで至る。

(火竜……!)

 両翼を広げた火竜は、長い首の先にある頭をコスナーのほうに向け、金色の眼が射抜くような視線で凝視してくる。

(本当にいたんだ……。なんて大きなドラゴンなんだろう)

 最後に火竜の姿が見られただけでもよかった……と思った。

(どのみちもう死ぬ命だ。火竜の炎に焼かれたところでたいした違いはない)

 コスナーは恐怖を感じなかった。それどころかどこか安らかな気持ちにさえなっていた。

 思えば短い人生だった。鍛冶職人の見習いとして働き始めてまだ一年。物覚えが悪いのに親方にはよくしてもらった。一週間前にはこんなことになるなんて想像もできなかった。

(人生、なにがあるかわかったものではないな……)

 薄っすらと微笑んだ。

 火竜の頭が近づく。裂けた口が開き、鋭い歯の並びが見えた。

 そして――。

 コスナーは火竜にくわえられる。口の中で、飲み込まれることなく火に炙られることもなく、転がらないよう舌で巻かれた。

 火竜は羽ばたき、火口内の途中にあいていた横穴へと入っていった。



 火竜は洞窟内でコスナーをそっと地面に置いた。

 コスナーは毒でいまだ自由のきかない体で混乱していた。

(なにが始まるんだ……?)

 火竜についてはなにも知らない。どんな習性があるのかやその攻撃性も。火竜の意図を推し量るも、なんの推測も思い浮かばない。

 すると、

「過去この火口に何十人という人間が落ちて一人として生きてはいなかったが、おまえはこの火山開闢以来、初めての生存者だ」

 火竜がしゃべった。低い声が洞窟内を反響する。

 まさか火竜が人語を解するとは思っていなかったコスナーは仰天した。死の境地に立った意識が生みだした幻聴ではないかとさえ思えた。

「おまえは何者なのだ?」

 火竜に問われても、コスナーはなんと答えてよいものかと逡巡する。

「おれの名はコスナーだ……。勇者に騙されて、ここに突き落とされた……」

 火竜は頭を近づけてきた。人間の頭ほどある金色の瞳がコスナーをめつける。

「おまえには膨大な空きスキルスロットがある。そのスロットに、我が火竜の力を授けてやろう……」

「なんでおれにそんな能力を……?」

「おまえ、その勇者とやらに復讐したいのだろう? ならば素直に受け取るがよい。我の気まぐれだ、礼には及ばぬ」

 そのせつな、全身が燃えるようなエネルギーに包まれる。が、決して焼け死ぬような苦痛があるわけではなかった。エネルギーが腹のなかへと入っていくようで、それとともにたちまち力がみなぎっていく。立ち上る溶岩の熱気にも平気だし、毒による体の痺れも一瞬で消えた。

「我の戦闘力、防御力、特殊能力がおまえのものとなった」

 コスナーは立ち上がる。力は急速に感じられなくなったが、しかしいつでも取り出せるような感じで、それは修行を積んだ剣士が体得した必殺の流儀のようだった。

「では行くがいい。その力、どのように使うかはおまえ次第だ」

 火龍がそう言った直後、コスナーの体は打ち上げられたかのように急上昇し、一瞬で火口の縁まで到達した。



 ミノーオ火山からさほど離れていない森のひらけた場所に村があった。

 ナテン村という、主に林業で成り立っている集落である。街道からは外れていたが、それでも木材の仕入れのために人はやってくるので、彼らを目当てにして営む茶店が村にはいくつか建っていた。

 そのなかのひとつに四人がいた。一仕事を終えて、休憩中の図――のはずなのだが、やり遂げた満足感がなかった。

「ちっくしょう! なんでだよ! なんで俺たちのスキルポイントはそのままなんだよ!」

 そうぶちまけたのは格闘士ガメルである。顔をゆがめ、テーブルに拳をぶつける。茶器が倒れた。

「人がせっかく熱い思いして殺してやったってのに! あ~ムカつく!」

 魔導士ヒタクルが目を吊り上げてわめいた。

「考えられるのは、あいつが死んでいない、どこかで生きてるってことだが……」

 僧侶マンビークは、その二人より冷静に状況を分析していた。

「まさか! 溶岩のなかに叩き込んでやったんだぜ。万に一つも救かる見込みはねぇ」

 ガメルは信じられない。

「本当に溶岩に落ちるところまで見たー?」

 カスメトールは、原因がガメルにあるかのように言った。

「見られるわけねーだろ、目が焼けちまう」

「これがホントの目玉焼き、なんちゃって♪」

 ヒタクルがまぜっかえした。

「結局、無駄骨を折ったってわけか――」

 その声に四人がテーブル席から振り向くと、茶店にボリトールが入ってきた。

「仕方ない。ヤツの死因は火竜に焼かれて骨も残らなかったってことにしておこう。パーティの死因は一応報告しないと聖光エポルプ教会からあらぬ疑いをかけられかねないからな。ま、勇者だから大抵の事は不可侵領域だが」

「でもぉ……あ~もうサ・イ・ア・ク~♪ ペッ!」

 カスメトールは不満が治まらない。

「で──」

 と、マンビークは眼鏡の奥の目を残酷そうに光らせた。

「この村でもやるんだろ? 無能力者捜し」

「ああ、もう見つけてきた」

はえぇな」

 ガメルが驚く。

 ナテン村に入るときに、ボリトールだけが少し用があると言って離れた。残る四人に先に茶店に入っていてくれと言い残したが、なんの用かは伝えていなかった。

「来いよ」

 ボリトールが背後を振り返ると、茶店の入口から現れる人影。尖った両耳が長い髪から突き出ていた。ハーフエルフの少女だった。

「ああああああの、ははははじめまして。ははははハーフエルフのけけけけケートですっ。よよよよよろしくお願いししししますのですっ」

 緊張からか、しゃべりがたどたどしい。光の巫女の加護を受けた最強スキルの勇者パーティを前にしているせいか、それとももともとこういうしゃべり方しかできないのか──。

 僧侶マンビークは鑑定スキルを発動する。

「ほう……」

 と感心する声。

「かなりの休眠能力を持っているな」

「そう。そいつは期待できるわね」

 ヒタクルは紫髪を手で払い、ケートを値踏みする。

「よく短時間で見つけてこれたな」

 ガメルが感心する。

「このナテン村にはハーフエルフが多くいるんだ。昔、この村の近くには、お気楽に暮らしているエルフの森があってな。村の拡張とともに、当然の成り行きでハーフエルフが増えてきたんだ。おまえらも知ってるとおりハーフエルフは人間より下に見られて底辺の仕事にしかつけない。今よりもマシな暮らしができる冒険者に加わらないかと誘えば簡単に釣れたぜ」

「わわわわ私のような、みみみみ未熟者がみなみなみなさまのおおおおお役にたてるかわわわわ解りませんが、どどど努力しますのでぇ、ごごご自愛のほど……ほほほ本日はお日柄もよく……とにかくよろしく頂戴ませませなのですぅ……!」

 噛みまくった。

「今度はしくじるなよ」

 そんなケートを無視してボリトールが小声で言った。

 ああ、とうなずくマンビーク。

「エルフなら寒さに弱いだろう? 極寒の地で確実に葬るのはどうだろう……」

「って事はシックロ氷原がいいな。よし、次の目的地はそこだ」

 ボリトールは即決した。



 その様子を、少し離れた店の外から見ている目があった。

 火山から生還したコスナーであった。たまたまテナン村に入ったところに建っていた茶店の横を通り過ぎようとしたときに、聞いたことのある声がして隠れて様子をうかがっていたのだ。

 ここまでの会話の一部始終を盗み聞きしてボリトールたちの企みを知ったコスナーは怒りに握り拳がぶるぶると震えた。

(なんてやつらだ。おれは偶然救かったが、やはりスキル欲しさにこれまでさんざん罪のない人たちを殺してきたんだな……。そうやってスキルを手に入れていただなんて、それが勇者のやることか! そして今度はあのハーフエルフを……!)

 今すぐ飛び出して行って、よくもおれを火山で殺そうとしたな!――と、殴り込んでやろうかと息巻いたが、いくら火竜の力を手にしたからといっても、相手は光の巫女の加護を受けた能力者たちであり、まともに立ち向かっては勝ち目はない。そもそもコスナーは力の使い方を修得していない。力をもっていても正しく使えなければ勝てるはずもない。

 コスナーは無闇に闘いをふっかけるほど自分を見失ってはいなかった。

(だがどうする……? 普通に闘って勝てる相手じゃない。けれど、このままあのゲス勇者の卑劣なスキルアップを黙って見逃すわけにはいかない。なにも知らないあのハーフエルフを救い出そう! そのためには……)

 が、すぐに妙案が思いつくでもなかった。それでもともかく、コスナーはボリトールらより先にシックロ氷原に行き、そこで待ち伏せすることにした。


【第2話につづく】


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