表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トンネル  作者: 乃土雨
1/3

お化け屋敷

 令和5年(2023年)7月。

 宮崎市にある商業施設内で、毎年恒例のお化け屋敷が始まった。今年のテーマは

 「コツコツトンネル」

 だそうだ。


 コツコツトンネルとは、宮崎県宮崎市佐土原町にある「久峰隧道」の別名で、県内では有名な心霊スポットになっている。


 このトンネルにまつわる話は次のようなものだ。

 トンネル内で車を停車させ、クラクションを3回鳴らすとトンネル内でコツコツという足音のような音が聞こえる。怖くなって車を発進させトンネルを抜けると、無数の手跡が車に付いている。


 この噂を聞きつけて、昔から多くの若者がここを訪れては肝試しと称してトンネル内で3回クラクションを鳴らしてきた。最近では県内外からも動画配信者が訪れては検証動画をサイトにあげているようだ。


 そこまでネットで調べて、僕は自室の窓の外を見てため息をついた。


 はあ。こんな子供騙しのお化け屋敷、どうして真凛は行きたいなんて言ったんだろう。


 僕は宮田亮みやたりょう、19歳。福祉系の専門学校に通っている。同じクラスの山本真凛やまもとまりんは僕と同じ歳。入学してすぐの歓迎会で仲良くなり、今月で付き合って1年と5ヶ月になる。

 真凛はそういう記念日にこだわる性格で、一ヶ月毎にちょっとしたプレゼントやお祝いをするのが決まりになっていた。初めのうちは僕も面白がって付き合っていたが、回を重ねる度に、プレゼントやお祝いのネタも尽きてきていた。

 そこで、付き合って1年と5ヶ月の記念日には何がしたいか聞いてみた。すると真凛は例のお化け屋敷の特設サイトをスマホで検索し、ここに行きたいと言ったのだ。


 僕は、正直なところお化け屋敷は好きではない。

 シンプルに怖いからなのだが、怖いことは日常に溢れている。

 バイトが終わって深夜に家族が寝静まった家に帰る。灯りのついていない部屋に入ることは僕にとってかなりの恐怖だ。風呂に入ってシャワーを浴びていると無性に背後が気になる。寝る前に部屋の扉が少し開いている。ベッドの下の微妙な隙間、学習机と壁の数センチの隙間。全てが僕には恐怖だ。

 いわゆるビビりというやつだ。わざわざ金を払ってまで怖い思いをしに行くことはない。


 真凛はというと、出身が県外で今は学校近くのアパートに一人暮らし。バイトの都合で深夜に帰る事も少なくないのだが、その手の日常に潜む恐怖には全く動じない。何度か真凛のアパートに泊ったこともあるが、真凛は必ず深夜にホラー映画を見ようと言い出す。たまったものではない。僕が半泣きでお願いしてようやく諦めてくれるのがいつもの流れだ。一応僕らはおよそ1年半の付き合いもある。真凛も僕が怖がりな性格なのを知っている。

 

 だから、だ。

 

 どうして真凛はお化け屋敷なんかに行きたいと言い出したのか。

 考えてもわからないまま。真凛との待ち合わせの時間が迫っていた。


 通学用に親から買ってもらった軽自動車に乗り込み家を出た。真凛のアパートまで40分程かかる。専門学校は2ヶ月以上夏休みがあり、僕も真凛も今日バイトは休みを取った。記念日自体は来週だが、どうしてもバイトの都合で当日休みを取ることができなかった。だから今日は前倒し祝いだ。今午前10時。今日は1日中真凜と時間を過ごす約束している。


 真凛のアパートの駐車場に車を停めた。


 トンネルの中でクラクションを3回鳴らす


 ふとネットで読んだコツコツトンネルの噂を思い出した。

 いやいや、やめておこう。怖くなってしまっては真凛の思う壺だ。今日は怖がらずにお化け屋敷をクリアして真凛にからかわれないようになるんだ。


 スマホを取り出して、駐車場に着いたことを真凛に知らせた。

 少し時間を置いて、真凛が姿を現した。


 髪をゆるく巻いて、イヤリングをしている。7分袖の大きめのカッターシャツにハイウェストのデニムタックパンツ。白いヒールサンダルというコーデ。胸元には付き合って1年の記念日に僕がプレゼントしたペンダントをつけている。

 助手席のドアを開け

 「ごめーん。遅れちゃった」

 と言いながら真凛が乗り込んできた。

 「平気だよこれくらい」

 僕はオシャレしてる真凛に見惚れてそう言った。

 真凛はそんな僕の視線に気づいたかどうか分からないが

 「えー?そう?怖がりの亮くんが泣いちゃわないか心配だったんでちゅよぉ」

 と口元を尖らせて僕の左太ももに右手を置き、胸の膨らみを強調するように上半身をくねらせて言った。

 悪い気はしない。いやむしろ。好きだ。

 僕はそんな表情になっていたのだろう。

 「あは。亮チョロぉ」

 とあしらわれてしまった。

 

 「それで」

 僕は国道を運転しながら助手席の真凛に聞いた。

 「本当にお化け屋敷でいいの?せっかく記念日なのに」

 「うん。いいよ。だって

 ・・・ビビって泣きそうな亮を見れるんでしょ?これ以上ないプレゼントだよ」

 

 変な間だな

 

 「なんだよそれ。言っとくけど、今日の僕は絶対にビビりませんから。これ以上真凛にバカにされたくないし」

 「あはは。どうだろ。楽しみだね。ていうかさ、一つ残念な点を挙げるなら、せっかくお化け屋敷なのに行くの昼間にスケジューリングするところだよね」

 「それは・・・夜だと・・・さ」

 「あはは。亮っぽいよね」

 

 真凛との会話は楽しい。

 でも。時折思うことがある。

 

 中学高校の時には異性が遠い存在で、なんとなく友達といる方が楽しかった。

 周りに数組付き合っている友達もいたが、そもそも僕は異性と付き合うってどういうことなのかきちんと理解してはいなかった。

 それは今も同じだ。

 真凜といると楽しい。でも友達といる時もやっぱり楽しくて。その楽しいって感情にあまり差はない。もちろん、異性と付き合っているという満足感や得体の知れない承認欲求は満たされているのだろうが、そこまでというか。それだけというか。

 詰まるところ、真凜と付き合った先に何かがあるとは僕は思えないでいる。

 これから職探し、就職、社会人として始まる生活、職場での人間関係、悩まなければいけないことは目白押しだ。

 その上真凜との付き合い?将来は?結婚?

 んー・・・

 全くないわけではないだろうが、現実味がない。

 それなりにバイトして、ある程度自立した生活を送っているが、僕らはまだまだ子供だ。正直、今日真凛から別れを告げられても、別に平然と明日を過ごせる自信がある。

 

 そんなことをぼーっと考えていたら、目的地である商業施設についた。屋上の駐車場に車を停め、催事場で開催されているお化け屋敷に向かった。店内は冷房が効いていて心地良い。

 催事場にはすでに数組入場を待っている。

 みんなそんなに恐怖に飢えているのか。でもまあ、やはり昼間チョイスの人もそれなりにいるんだなと少し安心もした。

 

 おどろおどろしい入り口が迫る。

 手に汗をかいてきた。

 心拍数も上がる。

 繋いだ手からその身体的な反応の変化を真凛は感じ取っており、ニヤニヤと僕の方を見ている。

 くそ!絶対ビビらん!

 僕と真凛は入り口の黒いカーテンの奥に入っていった。



 「あははは。いやー、思い出すだけで笑いが止まらん」

 真凛は目の前のパスタを食べながら、思い出し笑いをしている。

 はあ。

 めちゃくちゃ驚かされてしまった。

 変な声を出して体をびくつかせて、仕舞いには足が前に出なくなってしまった。

 真凛にしがみつきようやく出口に出た時には、出入り口のスタッフさん、入場を待っているお客さんに軽く笑われてしまった。真凛に支えられてヨタヨタと歩きながら、パスタ屋さんに入って昼食を摂っている。

 「情けない・・・」

 僕が俯いてそう言うと

 「おうおう。情けないぞ亮」

 と真凛が返してきた。

 「人が怖がってんのがそんなに面白いかよ」

 「うん、面白い!もう一回行こうよ」

 「最低だな」

 僕は少し苛立ってそう言った。

 「あ・・・」

 真凛も僕の気持ちの変化に気づく。

 「ご・・・ごめんって。今のは冗談。あ、そうだ。私のパスタ一口あげるよ」

 と言うと

 「ブッ!あははははは」

 と真凛はまた思い出し笑いで吹き出してしまった。

 

 全く。

 真凛はいつもこうだ。自分が楽しければ僕が楽しんでいるかなんて考えない。そういう自己中心的なところがある。自分が楽しんでいるのだから、周りも楽しいだろうとしか考えていないのか。その自信はどこから来るのか。

 理解できない。


 理解できないといえば。


 さっき行ってきたお化け屋敷。

 「コツコツトンネル」


 「ねえ真凛」

 僕はまだ笑いが止まらない真凛に話しかけた。

 「ん?どうした?」

 「さっきのお化け屋敷さ。テーマは”コツコツトンネル”だったよね。あれ、実在するんだよね」

 「ああ、佐土原にあるよね」

 「行ったことある?」

 「流石にないかなぁ。どうしたの?真剣な顔して」

 「いや、実はさ。ちょっと気になってることがあって。

 その、コツコツトンネルの謂れって、トンネルの中でクラクションを鳴らすとコツコツって音が聞こえるんだよね?

 今回のお化け屋敷は後付けでその音に呪われるみたいなことになってたわけだけど。

 どうしてコツコツって音なんだろうとか、なんでクラクションだけに反応するんだろうとか、なんで車だけに手形がつくんだろうとか、挙げるとキリがないくらい疑問でさ」

 「ああ、確かにね。

 でも心霊スポットってそう言うもんじゃないの?出自不明の説が多くてどれが本当の情報かもわからなくなっててさ」

 「廃病院とか、廃ホテルとか、廃村廃墟とかってことだよね。

 それはさ。朽ちている人工物の中に人が営んでいた息遣いが微妙に残ってるから不気味ってことじゃん。コツコツトンネルはさ。”久峰隧道”っていう今も現役のトンネルなんだよ」

 「そっか。心霊スポットって使われなくなったところに多い気がするね。今も稼働中の病院とかホテルが心霊スポットになってることってあるにはあるけど珍しいよね」

 「うん。稼働中の病院、ホテルなんかが心霊スポットになっているところもあると認めるけど、それは人が滞在することが前提の環境だよね」

 「あ、なるほど。トンネルなんだ」

 「そう。通過するだけなんだよトンネルは。トンネルに滞在することなんてないのに、なんで心霊スポットなんだろうって、そこがどうしても理解できなくて」

 「ふーん、怖がりの見栄っ張りにしては理路整然としてるね」

 真面目な顔で心霊スポットを解説する僕を見て、真凛は少し気に入らないと言った表情になった。

 「じゃあ、今から行ってみよっか」

 真凛は目を輝かせて僕を見た。

 まあ。この流れになることは予想していた。

 そう。僕は少しあのトンネルに興味を持ち始めていた。



 「んー、トンネルの近くには防空壕、戦後の死体置き場があったって。でもこれデマみたいだね。それから」

 真凛は助手席でコツコツトンネルの情報収集をしている。

 僕らは今、あのトンネルに向けて国道10号線を北上中だ。


 「精神病院がある・・・あ、これは今もやってる精神科の病院なんだ。近くに廃病院があるって」

 「なんで病院の方が心霊スポットにならないんだろう」

 「そうだね。そう言われると、どれもトンネルとは直接関係ない情報がくっついてきたって感じだね」

 ナビに従って僕は国道から左折して小道に入った。国道と比べると、道はどんどん細くなり、木も通りを覆っていて薄暗い箇所がある。


 「おお、雰囲気出てきたね」

 真凛は楽しくてしょうがないのだろう。目を輝かせて僕を見てきた。

 目線には気づいていたが、僕はあえて返答せずに運転に集中した。

 「あ」


 見えてきた。

 トンネルの上には”久峰隧道”と書かれている。

 周囲を手入れされていない木々が覆い、トンネル内は照明はなく遠くに出口側の光が小さく見える。

 

 なるほど。

 

 雰囲気は満点だ。

 固唾を飲んでハンドルをしっかりと握り直した。

 生活道として利用されている道で、今は日中。後続車ももちろん来ている。

 「このまま入るね」

 と真凛に声をかけ、トンネル内に入った。トンネルの中ほどで、本当は停車してクラクションを鳴らしてみたかったが、事故につながる危険な行為であるため、やむなくトンネルを出た。


 そのまま、次の交差点まで車を走らせた。

 ただのトンネルだった。

 「別に大したことなかったね」

 と助手席の真凛を見た。

 真凛は助手席に膝を抱えて座っていて、顔が真っ青だった。

 「え?どうしたの?」

 「・・・」

 肩が少し震えているように見えた。

 僕は交差点を左折して近くの公園の駐車場に車を停めた。

 「真凛、大丈夫?」

 普段の真凛とはあまりに違う反応に僕は驚いた。

 「・・・あのね」

 真凛は目にうっすら涙を浮かべて話し始めた。

 

 「トンネルの入り口に女の人が見えた・・・気がした・・・」

 「え?」

 「女の人・・・白いワンピース着て、華奢な体で・・・真っ黒い長い髪で・・・真っ赤なハイヒール履いてた」

 「ま・・・まさか。何かの見間違いだって」

 「亮・・・ねえ、怖い?」

 「・・・ああ。少し・・・まさか本当に見えるなんて」

 

 「ブッ!

 あはははははは」

 真凛が突然笑い出した。

 「え・・・・」

 「はあはあ・・・あんまり笑わせないでよ。腹筋割れるかも」

 「真凛、嘘なの?」

 真凛は笑って涙を人差し指で拭いながら

 「嘘に決まってんじゃん。ちょっと亮をからかってやろうと思ってさ」

 僕は

 「心配したんだぞ!」

 と少し大きな声を出してしまった。

 「は?何キレてんの?」

 真凛が真顔になった。

 

 「あ・・・ごめん・・・なさい・・・」

 「あーあ。つまんな。もう今日は帰るわ」

 

 真凛は機嫌を悪くしてしまい、車を降りた。

 

 このシチュエーションは初めてではない。

 この後、僕は車を降り真凛の後を追いかけて腕を掴み、悪かった、戻ってきてくれと懇願し、ひとしきり罵声を浴びせられ別れを切り出され、それでもなおその場を立ち去ろうとする真凛の腕を掴んで、涙ながらに復縁を迫らなければ許してもらえない。

 2ヶ月に1度はこういうやりとりを繰り返している。

 その度にベタベタのドラマのようなことをやらなければならないので、できるだけ真凛の地雷を踏まないようにしていた。


 だが今日は。

 

 どうしても真凛の後を追う気になれなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ