6 お屋敷改造計画
ベルネ邸の滞在初日は、一階の掃除だけで過ぎていった。
レザークの寝室は、取り急ぎ寝具だけ水魔法と風魔法で清めてメイリーが寝られるようにしてもらったので、へとへとくたくたのメイリーはそのまま泥のように眠った。
二日目、三日目も掃除だ。さすがにメイリーの手際もだんだん良くなってきた。毎度出される粗食だけは我慢ならないが。
四日目はレザークの寝室にあった物を適当な空き部屋に放り込み、主寝室改めメイリー専用の寝室として占領することに成功。
左右の部屋もメイリーの居室と衣装部屋にして、大きな荷物を運び込む。魔女は騒いでいたが、レザークは文句を言わなかったので押し通した。
そのまま屋敷全体の模様替え計画を立てる。こんな陰鬱な家で過ごしていたらきっと病気になってしまうのだから。
「いいこと、レザーク。わたくしが嫁いでくるからには、これまでのような怠惰で自堕落な暮らしができるとは思わないことね」
「そうか」
相変わらずこの唐変木は反応が薄い。
いじめがいのないでくのぼうのことは放っておいて、メイリーはルテクス家の御用商人達を呼びつけたのだが……。
「キィー!」
「今度はなんだ」
「予算不足、ですって! 予算って何よ!」
「……彼らも、君の父君から話を聞いていたんじゃないか? 君が無駄遣いしないように。金がないなら商人は物を売らない。君の自由にできる金はそれだけ少ないということだ」
「じゃあおまえの金を使わせなさい!」
「こら、メイリー! なんてことを言うの、この愚か者!」
すかさず魔女のげんこつが飛んでくる。このころになると魔女も言葉ではメイリーに通じないと理解したらしく、直接武力行使に出るようになっていた。
「貯金は崩したくない」
殴られた痛みでわんわん泣きじゃくるメイリーを見て、レザークは少し考えこむ。
「そんなに模様替えがしたいなら、ある程度は自分で作ったらどうだ? 時間と手間を自分で賄えるなら、材料費だけで済むから安くなると思うけど」
「どういう意味?」
「たとえばその、君が欲しがっていたレースのカーテンと絹のテーブルクロス。材料だけ買ってきて、君が刺繍するなりレースを編むなりすればいいじゃないか。どうせ暇だろう?」
「……」
確かに、ベルネ邸に来てからというものお茶会やパーティーの招待状は一通も届かなくなった。時間はたっぷりある。刺繍や編み物は、淑女の基礎的な教養としてメイリーにも心得があるから、不可能ではないように思えた。
「でもわたくし、それほど大きいものを一から作ったことなんてないわ」
「誰にだって初めてはある。物を作るのがどれだけ大変か理解できたら、少しは物を大事にできるんじゃないか」
飽きては捨ててきたメイリーの過去を見透かしたような言葉にどきりとする。
「それとも、あれもイヤこれもイヤの箱入りお嬢様にはやっぱり難しい?」
「っ、いいわよ! おまえを驚かせるような大作を作ってあげるんだから!」
簡単に乗せられたメイリーを、魔女が呆れたように見る。けれどその口元には小さな笑みが浮かんでいた。
「じゃあ、小さな棚ぐらいなら俺が作ってやってもいい。君のご所望の、海外製の輸入家具には及ばないけど」
レザークは相変わらずの無表情だ。彼が何を考えているのか、メイリーにはちっともわからなかった。
*
屋敷中の埃と小さな虫を追い出して、外壁を這う蔦を取り払い、カビ臭い調度品を一気に捨てる。
元々空っぽだった屋敷はさらにがらんどうになってしまったが、それでもさっぱりした空間になった。
「君の父親から預かった支度金で、必要なものを揃えよう。これは君の家の金だから、君が欲しい物を買えばいい。ただし、本当に必要なものだけだ」
「つまり、ごてごてした飾りのついた贅沢品を買って無駄遣いしてはいけないということよ」
「わかったわよ……」
ぶすくれながら、メイリーは新生活に必要なものを揃えていった。
新しい調度品や寝具は極力安いものを。それからハンドメイドの材料に、まともな食材。新しいドレスを仕立てたり、宝飾品を買ったりする金は残らなかった。
「家政を取り仕切るのも貴族の妻の仕事なの。メイリー、おまえはこれからベルネ家をしっかり切り盛りしていかなければならないわ。婚約者のうちに、やり方を学んでおくことね」
「ふん。こんな貧乏男爵家の切り盛りなんて簡単よ。わたくしを誰だと思っているの?」
根拠はないが自信はある。無策で胸を張るメイリーに魔女は目を三角にしたが、レザークは気にしていないようだった。
「じゃあ、使用人を雇わないとな。条件は覚えているか?」
「……家事全般ができる者が一人だけ。その者を辞めさせてはいけない。でしょう?」
「その通り。じゃあ、斡旋所で募集をかけてくるから。……俺が出かけている間、頼むからおとなしくしていてくれよ」
「うるさいわね」
つんと澄まして居間を陣取る。用意したのはハンドメイドの材料だ。
(見ていなさい。わたくしの才能にひれ伏すといいわ!)
五分で飽きた。
「こら、メイリー! レザークを驚かせる大作を作るのでしょう!」
「だって疲れたんだもの。ちっともうまくいかないし。どうしてわたくしが、こんな地味でちまちました作業をしないといけないのかしら」
「まったく、これだからおまえは!」
とはいえ、他にすることもない。五分やっては放り投げ、なんとなく十分ぐらいは向き合う気になり、一時間たっぷり午睡を楽しんで、三十分ぐらいはやる気になって……それを繰り返していると、レザークが帰ってきた。
「使用人はどうしたの?」
出迎えの挨拶もせずにメイリーは尋ねる。レザークは気だるげに口を開いた。
「率直に言えば、かなり難しい状況だ。君の名前を出しただけで渋られた」
「どうして?」
「君の悪評がそれだけ広まっているということだろう。紹介状を出さないまま辞めさせられる人が続出していれば無理もないが」
「……?」
それの何がいけないのか、メイリーにはわからない。退職する使用人に紹介状を持たせる必要性も、彼女は理解していなかった。
「貴族のお嬢様が家にいる以上、紹介状を持っている人を雇いたいというのが本音だ。俺は別に気にしないけど、君の身柄を預かっている以上はそうも言っていられない」
レザークはちらりとメイリーを見た。
「君の知り合いの貴族に直接使用人の紹介を頼むのは……無理だろうな」
「どうして無理だと決めつけるの? わたくしのお友達に手紙を書いて、使用人をよこしてもらえばいいのでしょう?」
そうと決まればきらびやかなレターセットが必要だ。早速商人を呼びつけて文房具や日用品を買い付けて、メイリーは友人達に手紙を出した。使用人を紹介してくれないか、と。
数日後。
「どうしてお返事が届かないのかしら」
首をかしげるメイリーだが、レザークと魔女は当然のような顔をしている。
「こうなるだろうとは思っていた」
「それはおまえに人望がないからよ、メイリー」
「今日も斡旋所に行ってくる。賃金を上げれば、少しは応募者が来るか……?」
レザークはまた出かけて行った。留守を任されたメイリーは、退屈を紛らわせるためにレース編みの続きに取り掛かる。
「メイリー、これまでのおまえがしてきたことが、今のおまえに返ってきているのよ」
その隣で魔女が囁いた。
「おまえが友人だと思っていた者達は、おまえに自分の使用人を任せるのを拒んだ。預けた使用人をおまえに突き返されたくなかったのでしょう。わがまま放題のおまえは信用ならないもの」
「……」
「おまえを遊びに誘う者がいないのもそう。もう誰も、おまえの機嫌を取らなくていいと判断したのでしょうね。おまえには、本当の友人なんて一人だっていやしないのよ」
魔女の言葉が胸に刺さる。レース編みの針を動かす手は、いつもよりもぎこちなかった。