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15 赤い薔薇

「ただいま」


 ある日、仕事から帰ってきたレザークは、薔薇の苗木を手にしていた。 


「おかえりなさ……それは何?」

「君は薔薇が好きなんだろ?」

「普通は花束を用意するものよ!」

「そうなのか……」


 レザークは本気でこの苗木をメイリーへのプレゼントとして持ち帰ってきたらしい。その間の抜けた姿に、思わずメイリーの口元に笑みが浮かぶ。


「それで、苗木など持ってきてどうするつもりだったの?」

「表庭に植えてみたらどうかと思って」


 レザークはメイリーを外に誘導し、光魔法で明かりをともす。納屋からシャベルを取り出して苗木を植えたレザークが何かを唱えると、苗木はみるみるうちに生長して美しい赤い薔薇を咲かせた。


「すごい……!」

「君はこの屋敷の陰鬱さが気に入らないようだったけど、これで少しは華やかになったんじゃないか?」


 メイリーが見惚れたのは綺麗な薔薇だ。レザークの鮮やかな魔法ではない、絶対に。


「ねえ、この薔薇、もっと増やすことはできないの?」

「苗木があれば咲かせられる。……魔法で咲かせたとはいえ、水やりは必要だぞ? 俺が持ってきたんだから手入れは俺もやるけど、庭師は雇わないからな?」

「水やりぐらい、庭師がいなくたってできるわよ!」


 ふんすと胸を張るメイリーに、レザークは小さく頷いて茂る枝葉をかきわけた。


「朝、地面が乾いていたら水を撒くといいらしい。じょうろは納屋にあるから、裏の井戸から水を汲んでくれ」


 裏庭にはレザークの薬草畑がある。そのため、納屋にはすでに園芸用具が揃っていた。


「わかったわ」


 メイリーはかがみ、光で照らされた地面を見てみようと目を凝らす。


「きゃあ!?」


 視線の先に、のたうつミミズが一匹。


 メイリーは飛び上がり、無意識のうちにレザークに抱きついていた。 


「ただのミミズだろ。庭いじりには虫もミミズもつきものだ。これぐらいで怯えてたら、水やりもできないんじゃないか?」

「でででできるわよ!」


 メイリーの柔らかい肢体を押し当てられているというのに、レザークは照れもしない。まるで子猫を掴むように引っぺがされた。


「それならいい。飽きても俺が引き継ぐから、やれるだけやってみたら?」

「ふんっ。おまえの手など借りないわ! ……でも、わたくしが水やりをしている間、傍に立っていなさい。邪魔者が出たら、速やかに取り除くのよ!」

「はいはい」


 次の日からメイリーの日課に、『早起きして庭の薔薇に水をやる』が加わった。

 早起きといっても、これまでが遅かっただけだ。レザークと一緒に朝ご飯を食べて、薔薇に水をやり、レザークを見送る。早起きして朝の時間に余裕ができたので、レザークとの会話もほんの少しだけ増えた。


 仕事から帰るたびにレザークは薔薇の苗木を一本持ち帰ってくるので、表庭が満開の薔薇で満たされるまでそう時間はかからない。


 赤い薔薇の咲き誇るベルネ邸からは、以前の陰気さなどすっかり消え失せていた。 



 あくる日の午後、シラに作らせたアップルパイでティータイムを楽しんでいるとドアベルが鳴った。


「エルマー・ベルネ様がいらっしゃいましたよ」


 シラに言われ、メイリーは眉をひそめる。


(名目上は義兄だし、追い払うのはよくないわよね。雑に扱って、あることないこと騒ぎ立てられるのは面倒だわ)


 彼を応接室に通してお茶の用意をするようシラに命じ、メイリーはしぶしぶ立ち上がった。


「久しぶりだね、メイリー」


 馴れ馴れしく声をかけてくるエルマーの手には、赤い薔薇の花束が掲げられている。 


「可愛い義妹にお土産だよ。貴方は薔薇が好きだと小耳に挟んでね」


 エルマーは薔薇の花束から一本引き抜き、それをメイリーの髪に挿した。


(そうそう、これが普通の対応よね!)

「いいこと、メイリー。この男にも心を許してはいけないわよ。義理の兄妹として、節度を守った振る舞いを忘れないようになさい!」

(わかったわよ……)


 魔女を目で制したメイリーは、花束をシラに受け取らせる。 


「ありがとうございます、お義兄にい様」


 メイリーが浮かべる甘い微笑に、エルマーはデレデレと鼻の下を伸ばしている。レザークが決して見せないその反応は、やけに新鮮なものに見えた。昔はそんな態度、当たり前のように色々な男達に取られていたのに。


(悪評が噴出しても、わたくしの美貌の前では無意味ということなのかしら?)


 そのことは、メイリーの自尊心を刺激した。

 だって謝罪を続けていても、メイリーが社交界の鼻つまみ者になった事実は覆らず、まともな人間はメイリーから距離を置いていたからだ。

 相変わらず、遠巻きにされて嗤われている。レザークとシラ、それから魔女しか話し相手のいない寂しさは、かつて人気者だったメイリーにはひどくこたえていた。


「レザークとの結婚まであと三か月を切ったそうだね」


 エルマーは当然のようにメイリーの隣に座る。


「これまで奴と暮らしてきた貴方ならわかってくれると思うが、奴と家族になるのは拷問に等しいよ。なにせ奴は、なんでもかんでも人の真似をしては思ってもいない言動を繰り返すからね」


 エルマーは憎々しげに吐き捨てる。レザークを養子として引き取って家族として過ごす間、何かがあったのだろう。


「その不気味さに母も兄もすっかりまいって、父も音を上げたんだ。奴が十六で叙爵した時に、その祝いだと言ってこの家を建てさせて、やっと厄介払いに成功したんだよ」

「……そうでしたのね」


 メイリーはさりげなくエルマーから距離を取った。魔女のキィキィ怒鳴る声が耳障りだったからだし、エルマーの近くにいるのがなんとなく不愉快だったからだ。 


「メイリー、美しい人。貴方はもっと幸せになるべきだ。あんな人モドキではなく、きちんと貴方を愛してくれる人こそ貴方にふさわしい」


 エルマーの手が伸び、メイリーの手に重ねられようとする。


「ご忠告、胸に留めておきますわ」


 それをすんでのところでかわし、メイリーは偽りの笑みを浮かべて立ち上がった。


「ごめんあそばせ。これから用事がありますの。次はレザークもいる場でゆっくりとお話しできたらいいのだけれど」


 それからも当たり障りのない返事しかしないメイリーに手応えナシと判断したのか、エルマーはすごすごと帰っていった。


「誘惑をはねのけられたわね。偉いわよ、メイリー」

「……」


 メイリーは答えずに髪の薔薇を引き抜き、シラに花束を捨てるように命じる。


 しかし男の甘い囁きは、一しずくの毒となってメイリーの心に落ちていた。

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― 新着の感想 ―
某なろう小説読んで以来 ショベルってどっち?って気にするようになってしまいました。大きい方?小さい方? バラの苗木どのくらいのサイズだろう… 手入れがそんなにいらない薔薇なら、いつかお庭が素敵な薔薇…
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