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14 贖罪の一歩

 メイリーがいじめの標的にした下級貴族の令嬢や、難癖をつけて追い出した元使用人達。

 その名前と住所をレザークは丁寧に調べてくれた。もしかしたら、王太子の口添えもあったのかもしれない。


 メイリーがこれまで踏みにじってきた雑草は、きちんと血の通った人間としてメイリーの前にもう一度姿を見せた。


 レザークの休日を利用して、メイリーの謝罪行脚は始まった。


 門前払いを受けたのは一度や二度ではない。会うことを拒む者のほうが多かった。もうメイリーにかかわりたくないという確固たる意思表示だ。


 それでも会ってくれた者には頭を下げて、謝罪の意を示す紫のヒヤシンスを刺繍したハンカチを渡す。気持ちが伝わったかはわからない。うわべだけのパフォーマンスだと思われて、本気にされていない可能性だってある。レザークが言っていた通り、他人の考えなんて完全にはわからないのだから。ハンカチも、もしかしたらメイリーが帰った後に捨てられているのかもしれなかった。


 正直、こんなことを続けて意味があるのか、メイリーにもわからない。

 追い払われるたびに心がガリガリ削られる。迎え入れてもらったとしても、怯えたような眼差しで気まずげに浮かべられる愛想笑いは、ひどく居心地の悪いものだった。


 辞められるのならもう辞めてしまいたいぐらいだ。


(でも、途中で辞めたら、まるで逃げたみたいだわ)


 ただ一言、「もういいんだよ」と誰かに言われていれば、メイリーは泣き言を言いながらその甘くて優しい声の主に縋っただろう。

 だが、そう言ってくれる人はどこにもいない。投げ出しそうになったメイリーのそばにいるのは、「もう諦めるのか?」と無機質な目で訊いてくるレザークだけだ。魔女は言わずもがなだった。


 でも、そのレザークは一緒に頭を下げてくれた。メイリーの傍若無人な振る舞いは、彼と出会う前のことなのに。


 だからメイリーは投げ出さなかった。被害者になじられて、怒鳴られて、追い払われても、悔しさを飲んで「ごめんなさい」と言い続けた。


「どうして許してくれないの!」


 家に帰ってわんわん泣いて、レザークに八つ当たりしたことは数え切れない。

 そのたびにレザークは、「許すかどうかを決めるのは君じゃない」とメイリーを突き放す。

 でも、メイリーがどれだけクッションでぼふぼふ殴っても、支離滅裂に泣き喚いても、レザークはメイリーに向き合っていた。


 平日は一針一針心を込めて刺繍し、レザークの休日には被害者達の家を回る。二ヶ月が目まぐるしく過ぎていった。

 その間、オーディスから何故かちょっとした催し物の招待状がちょくちょく届いたが、忙しさと魔女のひと睨みのために、メイリーが彼の誘いに応じることはなかった。


「君が謝らないといけない人はもう一人いる」


 レザークがまとめてくれた被害者のリスト、その全員の訪問を終えた次の日の夜、レザークは一枚の招待状を差し出した。


「今の君になら、会ってもいいそうだ」


 招待状は、王宮でのお茶会にメイリーを招くものだった。

 主催の名はトゥーフェ。王太子妃として王宮で暮らしている異母姉だった。恐らくこの招待状は、メイリーが謝罪して回っていることを知ったトゥーフェが王太子経由でレザークに渡したのだろう。


「レザーク、おまえも来てくれる?」

「ああ」


 レザークなら断らないだろうという自信があった。案の定、レザークは当たり前のように頷いた。


*


 レザークと仕立てた白の清楚なドレスに身を包み、メイリーは王宮の庭園に向かった。会場である東屋あずまやには、アラベールとトゥーフェがいる。用意された席は四人分。他に招待客はいないようだった。


「久しぶりね、メイリー」

「……ごきげんよう、お姉様」


 ストレスから解放されて、過食の虐待も受けなくなったトゥーフェ・ルテクスは、少しほっそりしたようだ。それ以上に、メイリーの記憶の中の異母姉よりも美しく輝いて見えた。

 あるいはこれが、トゥーフェという少女の本来あるべき姿だったのかもしれない。これまで日陰に追いやられていたその蕾は、アラベールに愛されて、守られて、とうとう満開の花を咲かせたのだ。


 メイリーを前にしても、トゥーフェは以前のように怯えと諦めの混ざった卑屈な眼差しを向けることはなかった。きっとアラベールの存在が、彼女に勇気を与えているのだろう。

 アラベールは無言だったが、「トゥーフェを傷つけるのは許さない」とでも言いたげにまっすぐメイリーを見据えているものだったから、弱気にうつむくのはメイリーのほうだった。


「メイリー」


 そんなメイリーに、レザークが静かに声をかける。彼からしたら、いつまでも立っているメイリーに着席を促そうとしただけだったのかもしれない。それでも、引き結ばれたメイリーの唇をゆっくり開かせる。


「まずは……お姉様に、謝りたい、わ。その……わたくし、お姉様に、ずっとひどいことを……してきた、でしょう?」


 たどたどしい告解を、トゥーフェは黙したまま聞いている。


「謝っても、許されることではない……と、わかっているけれど……」


 ごめんなさい。絞り出したその言葉の後、トゥーフェはやっと口を開いた。


「他の人達にも謝って回っていると聞いたけれど、どうしてかしら?」

「……自分が虐げられる側になって、初めて自分のしたことがわかったわ。怖くなったの。復讐されるのではないかしら、って……」

「つまりあなたの謝罪は、自分のため?」


 トゥーフェの問いかけに、メイリーは何も言えなかった。だってその通りだったからだ。

 罪を軽くしたかった。被害者の気持ちに寄り添うわけではない。しょせん独りよがりの贖罪だ。 


「わたくしはずっと、あなたのことが苦手だったわ。……あなただけじゃない。お父様もお母様も、フェイザーのこともよ。ルテクス家に、わたくしの居場所はなかったわ」

「……」

「あのころのわたくしは意気地なしで、情けなかった。多分、どれだけ謝られたとしても、あなた達から受けた仕打ちを忘れることはないと思うの」


 それは、他の被害者にも言われたことだった。それだけメイリーが彼女達を深く傷つけた証だ。


「でも、あなたが自分の罪を認めたことと、謝ろうとした勇気については、話が別。許すか許さないかはさておくとしても、あなたがきちんと行動を起こしたことは、胸に留めておくわ」


 トゥーフェは柔らかく微笑み、メイリーに着席をうながす。


「あなたの好きな、ショコラのケーキを用意してもらったの。一緒に食べましょう?」

「……いいの?」

「誘ったのはわたくしだもの。……自分で刺繍したハンカチを配っていると聞いたけれど、わたくしにも一ついただける?」


 メイリーは顔を赤くしながら、慌てて小包を取り出す。綺麗に包装されたハンカチを、トゥーフェは厳かに受け取った。


 それから姉妹の間に会話らしい会話は生まれなかった。だが、それ以上の言葉は必要なかった。


 ほとんど無言のままお茶会はお開きになる。姉と妹、それぞれが勇気を振り絞ったことで実現した最大限の歩み寄り。健闘を終えて震える少女を、王太子は「頑張ったね」と温かく抱擁し、魔法使いは「よかったな」とぶっきらぼうに称えた。

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