追放された者
翌日、昼。
冒険者協会に付属する酒場の中で、哀れにもパーティから追放されたテイマー、つまりこの俺は、まだ昼間なのにもかかわらずビールを注文した。
「ヒィック………畜生、アリゲスの野郎………」
動機は勿論、前夜の追放騒ぎである。
これを見て飲まずにいられるだろうか、否、いられまい(反語)。
「飲みすぎると体に悪いぞ。程々にな」
そう言って俺に水を差し出すナイスガイは、俺と同じく冒険者のモスク。
年齢は俺と変わらない19歳のはずなのに、背丈は2メートルに届かんとする巨体、逞しい肩幅、そしてご自慢の太い上腕二頭筋を持つ男だ。
趣味は筋トレらしい。
ちなみに、俺も変わらない19歳のはずなのに、俺の背丈は150有るか無いか、ひと目見て女子だと間違われるほど細い体躯、あと指は綺麗。
「お前は良いよなぁ、背が高くて。そんだけ見栄えが良い体だったらなぁ、俺だって、自信を持って格闘家を名乗れるのに」
「お前も既に立派な格闘家じゃないか」
モスクは再度、水の入ったカップを俺に差し出した。
なんて気遣いのできる良い野郎だ、アリゲスとは大違い。
ありがたくカップを受け取って一口飲む。
「なにこれマッズ」
「プロテインだ。飲むと元気が出る」
「返す」
「全部飲むんだ。元気出るから」
「この味の飲み物を飲んで元気が出るのはお前みたいな筋肉ダルマだけだ」
「褒めても何もでないぞ」
「褒めてねぇよ」
口直しにビールを一口、二口。
薄い炭酸が弾けながら喉を通り抜ける。
前世で飲んだ缶ビールとは比べ物にならない程度のクオリティだが、前日アリゲスに連れられて入った酒場のそれよりは、断然美味い。
モスクは諦めたように俺に勧めたカップを引き取り、自分で飲んだ___あんな味のものを飲めるモスクの気が知れない。
「………いやぁ、俺さぁ、頑張ったんだよ、一年」
「おう」
「ほら、俺元々、あんまり喋らないじゃん? 陰キャじゃん。まともに喋れる相手とか、家族か、付き合い長いお前か、それぐらいじゃん」
「おう」
「………頑張ったんだよ、俺なりに。アリゲスたちと一緒に冒険して、魔法使いをスカウトして、慣れないテイムの魔法を覚えてさ」
俺の固有魔術は、眷属たる生物を生み出す、というもの。
生成された生物は自動的に眷属になり、俺を親と慕ってくれる。
尚、断じてテイマーではない。
既に生きている生き物をテイムする魔法とは全く別のものだし、俺にはテイムの才能は全くと行っていいほど無かった。
それ故に魔物討伐をする際などは拳で語り合うスタイルを取っていた。
生来体躯に見合わず身体能力は高めだったので、戦闘において固有魔術はあまり使わずにすんでいた。
そもそも固有魔術で生成した生き物は俺の子供みたいなもので、我が子を戦場に駆り出すのは俺の流儀じゃない。
が、俺の固有魔術のことがどう伝わったのか、アリゲスは俺を「優秀なテイマー」としてパーティに勧誘した。
俺はテイマーとしては全くの役立たずだったため前衛で戦いたかったのだが、アリゲスが「後衛が前に出ちゃ駄目でしょ」と言っていつも後ろに回されたために、ほんっとうに役立たずになってしまった。
「アリゲスもクレアもサンドラも、俺のことテイマーだと思いこんでたから、俺レベルでもテイムできそうな弱っちい魔物を探し出して捕らえて俺にくれたんだけどさ、俺、テイマーじゃないんだよぉってずーーーーーっと思ってたわけwww 一周回って笑えてきたwww 『ハル! この魔物あげるからテイムしてみな!』無www理wwwだwwwよwww」
「むしろお前のパーティメンバーが可哀そうだな」
「いやそりゃ全くの無駄な労力を使わせたのは悪かったけどさ、それでもクビは、流石にヒドいってぇ」
プロテインでないことを確認してまたビールを呷る。
かーぁっ、美味い!!
「俺のことをテイマーだと思い込んでたアイツラが悪い!!」
この考えを論破できるやつはこの世に存在しない!
酒を飲んで饒舌になった俺を論破できるやつはもっといない!!
「分かったか、モスク!!」
「いや、格闘家だと自己申告しなかったお前が悪い」
「ぐっは」
しょ、正面突破された、こいつ、やりおる………!
「お前、やるな………! 見直したぜ!」
「何がだ。どうした、さっきからテンションがおかしいぞ」
「女将! こいつにビールを一杯!」
「おいハル、それは女将じゃない、むさいオッサンだ」
「誰がむさいオッサn」
「オッサン、こいつにビールを一杯!」
「誰がむさいオッサンだこの野郎」
半ば叩きつけるようにビールが一杯、モスクの手元に置かれる。
ちょこっと溢れた、もったいないな。
俺自身もビールのおかわりを注文して一息に飲み干す。
「………うっうう、ぐすっ、クビ、クビになっちまった………一年間働いてた、のにっ………」
「うわっ、今度はまた泣き始めた。何だお前、情緒不安定か?」
「う、うるせえぞモスク! どうせあれだろ、お前も内心じゃ、俺みたいな黒髪のこと馬鹿にしてんだろ!? 畜生、世界宗教め」
「おい落ち着けって………。おいオッサン、こいつ一体何杯飲んでるんだ?」
「あー…………今のでもう二十三杯目になるな」
「二十三!?」
「昨日の夜からずーっと飲み通しだぞ、そいつ」
「昨日の夜から!? よく生きてるな、こいつ………」
「(コソコソ)ちなみにつまみも合わせた料金はこんな感じ」
「(コソコソ)ウワァ………」
モスクが勝手に俺の財布を手に取る。
「(コソコソ)こいつの財布の中、これだけしかないぞ」
「(コソコソ)全然足りてないな………足りない分はお前が払えよ」
「(コソコソ)嫌だよ何でだよ」
「(コソコソ)お前の連れだろうが。それによ、追放されてご傷心なんだろ? 少しぐらい奢ってやってもいいじゃねえか」
「(コソコソ)少しって金額じゃねえぞこれ」
モスクが自分の財布を手に取る。
「(コソコソ)それに俺の財布の中身もこれだけしかねぇ」
「おめえら何しにここ来たんだよ、金払う気あんのか?」
「えへっ」
「へへっ」
「へへっ、じゃねえよ」
オッサンが俺とモスクの頭をひっぱたく。
「いやぁ、こいつにたかればタダで酒が飲めるかと思ってな」
「どうせ後からモスクが来るだろうなぁと思ってたから、モスクに奢らせようと思って。なかなかモスクが現れないから飲みながら待ってたら、こんな時間になっちゃった」
「この酒カスどもが」
「えへっ」
「へへっ」
「何でちょっと嬉しそうなんだよ」
オッサンが再度、俺とモスクの頭をひっぱたく。
調子に乗ってもう一杯酒を注文しようとしたら、当然断られた。
残念。
代わりにタダで水を入れてもらった。
「そう言えば、モスク。例の武闘大会には出るの?」
「ああ、勿論出るつもりだ。この筋肉を披露できる日が楽しみだぜ」
この街、テミスは国の東端に位置し、以前の魔族領と接している。
ここから見える旧魔族領はすべてが黒く森に覆われており、故に生態系が豊かで魔物も動物も多く、冒険家業を営む者たちにとっては楽園のような場所だ。
ちょこっと探せば希少素材が数個は見つかる、人生のラッキーステージのような森。
当然乱暴な魔物も致死性の毒を持つ動物も多く、相応の危険はあるものの、利益を求めて森に歩を進める冒険者の数は多い。
そうした冒険者を呼び込むために宿泊施設は発達し様々な名物名所が創造され、テミスは今なお観光都市としてもますますの発達を遂げている。
そんな街、テミスの名物行事の一つが、近々開催される春祭り武闘大会だ。
ただ、武闘大会と銘打ってはいるものの、その実態はかなり冒険者らしく無法地帯である。
まず武器の使用が認められており、また弓、魔法などの遠距離攻撃も可、更には複数人でチームを組んで出場することもできる。
この大会で最悪なのは人数・武器種などによって規格されていないこと。
場合によっては、素手の一人を刀を持った男五人がボッコボコにする、という展開もあり得るのだ。
「実はね、アリゲスたちも武闘大会に出るんだって。アリゲス、サンドラ、クレア、ヴィネ、の四人チームで」
「ほう………武闘会という場を借りて、合法的にぶん殴るというわけか」
「人聞きが悪いなぁ、俺は人一倍真摯に武闘大会に取り組むだけだよ」
そう。
大会に出れば、アリゲスと拳を交える機会ができる。
そうすれば、あのヘラヘラした顔面に拳を一発ぶち込むこともできる、多分。
と言っても、別にアリゲスを殴るためだけに武闘大会に出席する訳では無い。
俺の主たる目標は、大会の優勝賞金だ。
流石、規模のデカい大会なだけあって賞金の金額も莫大なものになっている。
弟と妹の学費のためにも、金は稼げれば稼げるだけ良い。
「そこで、だ。モスク、俺とお前でチームを組まないか? どうせお前もソロで出るつもりだっただろ」
モスクは、ふむ、と言うように顎を手で触った。
モスクはこの街の中で最も強い冒険者の一人だ。
どうせならモスクとも拳をまじ言えてみたい気もするが、今回は真面目に賞金を狙うため、モスクと協力していきたい。
何でって、金がない。
なんなら今回の飲み代すらないくらい財布が寂しい。
弟妹の学費のために貯めた金には絶対に手を付けられない。
「贅沢な提案だな。このAランク冒険者のモスク様を仲間に、とは」
「良いだろー? なー、一緒に出ようぜー。幼馴染だろうがー」
「分かった分かった、しょうがねぇなぁ。チーム組んでやるよ」
「やったー」
これで優勝はほぼ確実。
モスクがいるという事実だけで、安心感が半端ない。
なんて言ったって、モスクはテミスの街有数のA級冒険者様だ。
モスクとステゴロでやり合える男なんてそうそういない。
目の前の筋肉にはしっかりと中身が詰まっていて、とても頼もしい。
「じゃあ、そうだな、お互いの健闘に、乾杯」
「おう、乾杯」
コップを持って中身を一息に喉に流し込む。
水の清涼さを感じられるかと思いきや、喉を通ったのは、覚えのある苦味とえぐ味だった。
「あ、それ俺のプロテインじゃねえか」
「オロロロロロロロロ」
※良い子はお金を持ってから酒場に行きましょう