完全なる追放劇
「ハル、君をこのパーティから追放する」
魔物討伐依頼の帰還後。
パーティで打ち上げをしようという話になり、入った酒場。
そんな場所で、リーダーから冒頭のようなセリフを吐かれた。
一瞬、何を言われたのか理解できず、硬直。
一先ず両手いっぱいに持った肉と酒を机において、事情を聞く。
「………面白くもない冗談だ」
「冗談なんかじゃない。話し合いの結果、君を追放することが決まった。これは皆の総意だ」
アリゲスの左右に座る仲間たちに目を向ける。
アリゲスの右手にはナイスボディな女戦士、サンドラ。
ボンキュッボンの魅惑の肉体を惜しまず見せる、肌面積の大きくかなり際どい鎧を身に着けている。
時々、鎧が仕事してないんじゃないかと思うことがあったが、どちらにせよ今回の任務で彼女が前線で戦うことは殆ど無かったので鎧に実用性を求める必要はないのかも知れない。
左手には胸ばかり発育した僧侶のクレア。
白を基調とした上品そうな聖職者服は神聖さを醸し出しているが、それ以上にたわわに実った2つの果実がゆったりとしたローブを貫通してその存在感を訴えかける。
胸の大きさ以外は清貧そのものといった見た目のクレアだが、その性格は悪魔よりもなお酷い。
自分の体をふと見下ろす。
まな板よりもなお平な胸元、座高はサンドラよりも十数センチ小さく向かい側に座る3人の視線がかなり上からになるほど小柄な肉体。
頭の天辺から足の爪先まで真っ黒な装備は、おしゃれには全く気を使っていないのが伺い知れる。
ついでに髪も瞳も真っ黒だし。
女性的魅力というのもが一切感じられない体だ。
このパーティは、男であるアリゲスをリーダーに据えて、その周囲を多種多様な女性陣が囲む、というハーレムパーティの様相を呈している。
そのハーレム要員の一人としてこのパーティに所属しているわけだが、正直、このパーティにはあまり馴染めていない。
物静かでミステリアス、というキャラクターをパーティ加入時から今の今まで貫き通した結果、女性陣からは距離を置かれ、勧誘した本人であるアリゲスでさえも仲を取り持ってくれない。
クールなミステリアスキャラが人気なのは物語の中だけなのだ。
正直ちょっと悲しい。
「正当な理由もなしにそんなことを言われても納得できない」
「言わなくても分かってるだろう」
「何のこと」
身に覚えがない、と言って酒をあおる。
安っぽい酒場の安っぽいビールは美味しくない。
女戦士のサンドラが口を開く。
「ハル、あんた、一昨日の夜、どこで何してた?」
鋭い追及に、一瞬、つまみに伸ばした手が止まる。
「………別に何も。一緒に行った依頼から帰ったあとは、家で寝てた」
「嘘ですわ」
サンドラに便乗するように、クレアが言う。
「ヴィネが教えてくれたんですけど、あなた、私達の泊まった宿の前まで来てたんですってね」
ヴィネ。
ここには居ないが、同じくパーティメンバーの魔法使いだ。
「………知らない」
「宿の前にこんな物が落ちてましたわ」
「なにそれ」
「しらばっくれないでください。これは、サンドラの首飾りですよ」
泥に汚れ、紐部分が切れているネックレスは、見るも無惨な姿である。
「それが、何?」
「これ、アリゲスがあたしのために買ってくれた大切なネックレスなんだ。大事に保管してたし、たまたま道に落ちちゃったなんてことはありえない」
サンドラが机の向こうが側から身を乗り出し、伸ばした手に胸ぐらを掴まれる。
手にしていたビールがこぼれる。
「あんただろ。これ、壊したの」
「………知らない」
「嘘つくなよ」
ドスの利いた声。
本気の声だ。
「ヴィネがね、魔法で確かめた後なのよ。これを壊したのはあなたなんですって」
おお、なんと便利な魔法だろうか。
ただ、今だけはその存在を恨む。
お陰でサンドラとクレアと、あとアリゲスに疑われている。
「他にも、私のお気に入りのドレスも、ヴィネの持ってた魔導書も、ハル、あなたが壊したんでしょう。違う?」
「違う」
「嘘ついてんじゃねえよ!!」
サンドラがキレた___胸ぐらをつかまれたまま、上に引き寄せられる
クレアと違って胸も尻も細く軽い体は、簡単に持ち上がった。
「言っただろ、もう確かめた後なんだって。言い訳は通用しないんだよ!!」
「………」
「なんとか言ったらどうだ! ああ!?」
「サンドラ、落ち着いて!」
「他の人が見てますわ」
サンドラは、二人になだめられて、胸ぐらをつかんでいた手を放す。
音を立てて椅子に落ちた尻が痛い。
無言のままビールのこぼれたローブを払う。
帰ったら洗濯しなくては。
騒いだせいで酒場に居た他の客がこちらに注目を寄せている。
人に見られるのは苦手だ。
体中が痒くなる。
「ハル、どうしてこんなことをしたんだ」
「………」
「教えてくれ、どうしてこんなことを?」
「………」
「フン。どうせ、あたし達が羨ましかったんだろう」
サンドラが吐き捨てるように言う。
「ハル、あんたはこのパーティの中で孤立してる。アリゲスはそんなあんたにも話しかけてやっていたが、アリゲスはあたし達と話していることが多いし、仲もいい。ハル、あんたはアリゲスと一緒にいるあたし達が羨ましかった、だから腹いせにあたし達の私物を壊した。違うか?」
「………」
羨ましかったのが嘘とは言わない。
みんなが新作の化粧水だとか、アリゲスからもらった指輪だとか、そういったものについて楽しげに談笑している中、一人で夕食をつまむのは寂しかった。
でも、今更会話に割り込むことはできない。
だってほら。
クールでミステリアスな美少女キャラだから。
もう一度言おう。
ク ー ル で ミ ス テ リ ア ス な 美 少 女 キ ャ ラ だ か ら だ !!
みすみす喋ったら無口キャラで通してた一年間が無に帰してしまう。
幼き頃に本で読んだミステリアスなキャラクターに憧れちまったのが運の尽き、いいや運のせいにしちゃあいけないな、そうそれに憧れちまったのが駄目だったんだ。
ミステリアスなキャラとして冒険者をやっていって、あれキャラ付けミスったかなぁと思った頃にはもう遅い、すっかり無口キャラとして定着しちゃったからべらべら喋りだすなんてことできやしなくなっていた。
というかもう喋らなさすぎて声帯が退化してるんじゃないかっていうくらいパーティメンバーとは喋ってないし、今更親しげに談笑しようとしてもパーティメンバーだって戸惑っちゃうだろう。
そりゃあ結構寂しかったし羨ましかったさ。
あれは半年前、遠出しての討伐依頼があった時のこと。
テントを張ってここで一夜を過ごそうと決め、火を起こして夕ご飯を食べてさあ就寝しようという瞬間!
気づいちまったんだ、テントはふたつあるのに人数比が一対一じゃないってことに。
向こうのテントにはアリゲスとサンドラとクレアとヴィネが仲良く四人で川の字を作ってるっていうのに、こっちのテントではひとり虚しく一の字を作っちまってるってことに!!
同じ規格のテントだったから大きさだって変わらなかったはずなのに。
そんなに嫌だったのか、この無口でクールミステリアスな奴と一緒に一夜を過ごすのは。
あのテントは四人で寝るには狭いだろうが、一人で寝るぶんには広かった。
あのときは流石に泣いた。
いつも好かれてはいないなーとは思ってたけどそんなに嫌われてるとは思ってなかったし。
そんだけ孤立しちゃってるのは確かだ。
でも、こんな卑屈で無口な陰キャでも、人様の持ち物を、それもパーテイメンバーの物を壊したりはしない。
リーダーがサンドラに贈った首飾りとかいうとぉってもロマンチックな品は、なおさら壊す気にはならない。
違います、このような陰の者にはあなた方のような陽の者に楯突く勇気はございませんし普通に器物損壊は違法行為ですし絶対にやりません。
等など心の内を駆け巡る言い訳の数々は鳴り止むことを知らないが、そう、ワテクシ無口でクールなミステリアスの権化、口に出したのはこれだけであった。
「知らない」
我ながらなんとも情けない。
「ハル、実は、君をパーティから除名しようという話は以前にも出ていたんだ」
「何故」
「だってあなた、何の役にも立っていないじゃないですか」
クレアが言う。
サンドラも「その通り!」という風にうなづいているが、何の役にも立っていないとは何だ。
「君の固有魔術は生物を従属させる魔術。それを活かしてテイマーとして索敵を任せていたね」
「………」
「でももう、必要なくなったんだ。ヴィネが索敵の魔法を使えるようになったから」
「………」
「そもそも君が従属させられる魔物は小鳥程度が限度でテイマーとしては最低格だし、従属させられる数も少ない。僕たちが何匹も鳥を用意してもテイムできたのは、最高でも二匹だけだったよな?」
「………ああ」
ふう、と、アリゲスはわざとらしくため息を吐く。
「そんなレベルの魔物じゃ戦闘の役にも立たないし、まともな索敵もできない。戦闘では僕たちの後ろで突っ立ってるだけだ。そんな役立たずは、僕たちのパーティに、要らない」
「…………」
言い返す、言葉もない。
たしかに、これまでテイムできた魔物の最高数はたったの二匹、しかも小さな小鳥。
犬より大きなモンスターをテイムできたことはない。
テイマーとしてパーティに所属しているにも関わらず、索敵も戦闘も何の役にも立たない。
すべて事実だ。
このパーティの戦闘スタイルは、リーダーであるアリゲスが前線に立ち剣と魔法を駆使して魔物を翻弄し、戦士のサンドラがそれを補助、後ろから魔法使いのヴィネと僧侶のクレアが回復と遠距離攻撃を飛ばす、と言ったものだ。
ではその間、弱小テイマーは小鳥片手に何をするのか。
何もしない。
僧侶と魔法使いに紛れて立っているだけだ。
「………経費の管理や、トラップの解除とか………細々としたことはやっていた」
「そうだね。でもそれだけしかできないようじゃ、このパーティでは存在価値を持たない」
雑用と戦闘をどちらもこなせるテイマーだってこの世にはいる。
それに、ただの雑用のためにわざわざ人間を一人パーティに置いて給料をやる、というのは、無駄にしかならないだろう。
確かに、そういう意味では確かに、戦闘の役に立たないテイマーは存在価値を持たない。
悲しいことだ。
「………雑用も馬鹿にはできない」
「雑用のためだけに君をいつまでもパーティに所属させるわけにはいかない」
「ハル、いい加減にしてくれ。いくらアリゲスから離れたくないからって、いつまでもウダウダとパーティにすがりつくのはみっともないぞ」
「そうですわ。パーティリーダはアリゲスなんですから、アリゲスの指示には従うべきです。大人しくパーティから脱退してください」
クレアもサンドラも、アリゲスの味方をする。
二人はアリゲスにベタ惚れだから、アリゲスの意見に賛同するのは当然か。
「………ハル、分かってくれ。僕たちは、勇者パーティとして予言の魔王を倒さなくちゃいけないんだ」
そう、アリゲスは勇者だ。
今から数十年前、人間と魔族との間では戦争がずっと続いていた。
魔族は人間よりも優秀な種族で、寿命は長く魔法の扱いにも長けており、身体能力も高い。
人間側はそんな魔族を相手に劣勢を強いられており、敗北は時間の問題かと思われた。
だがある日、ある国が異世界から強力な魂を持つ人間を呼び出す「勇者召喚」を行い、勇者を呼び出し、魔族の王たる魔王を倒させた。
この世界には平和が訪れた。
少なくとも人族にとっての平和が。
しかし、今から約二十年前、この国のお抱えの予言者がある予言を残した。
『来たるべきに、魔王が復活する。これまで以上の脅威となってこの世に舞い戻る。しかし恐れることはない。我らを守る勇者が再びこの世に現れるだろう』
こうして再び、国は勇者召喚を行ったのだ。
そうして異世界から召喚されたのが、この男、アリゲス。
魔王がいつ復活するのかはわからないため、いつでも戦えるようにしてその時を待つべし、という王からの勅命がくだされた。
が、国としてはその勇者召喚は予言に対する対策を取ったというポーズでしかなく、アリゲスは多少の支援金とともに冒険者として生活することになった。
アリゲス本人は本気で自分が世界を救うのだと信じている____まだ存在しない脅威を倒して。
「僕たちは魔王を倒さなくちゃいけない、倒せるほど強くならなくちゃいけないんだ」
固い決意を感じさせる目で、アリゲスはそう言った。
ハルは、足手まといだ___と。
そう言いたいらしい。
………潮時、だろうか。
一年間、このパーティに所属した。
戦闘もろくにしなかったし、任された索敵という役目も果たせない。
仲間とは打ち解けられない、だけどお給料だけはしっかりと毟り取る。
パーティにとっては邪魔者以外の何物でもないだろう。
「分かった、脱退する」
そう言うと、アリゲスも、サンドラも、クレアも、「ようやくか」と、ホッとしたような表情を浮かべた。
その顔に、表には出さなかったが、かなりの悔しさを感じる。
食欲も失せた。
自分の分の食事代を置いて、席を立つ。
「帰る。さよなら」
それだけ言って、酒場を離れた。
■ ■ ■
何を間違っただろうか。
夜道を独り、歩きながら思う。
アリゲスのパーティに初めて接触したのは、さっきまでいた酒場で、一年前のことだ。
当時も冒険者として仕事をしていて、息抜きとして酒場に顔を出してみたんだったか。
生まれて初めてのビールに挑戦してみて、割と美味しいなぁなんて思っていた。
そして、ガラの悪い男に絡まれたのだ___かなり顔が赤くなっていたから、相当酒によっていたのだろう。
『おいお前、ちょっと付き合えよ』とお持ち帰りされそうになって。
かなりガタイのいい男だった故に力が強く、そう簡単には放してくれなかった。
どうしたものかと困っていると、そこで、アリゲスが助けてくれた。
『その少女を放せ』と、男らしい力強さで。
うん、あのときはかなりカッコよかったな。
それから多少アリゲスとは話す仲になり、『ソロで冒険者活動をするなんて危ないから』と勧誘されてアリゲスのパーティに加わることになった。
助けてくれた恩もあったし、何よりご有名な勇者パーティ様だ、給料も悪くないだろう、そう思ってパーティにお邪魔することにした。
事実お給料はソロで活動していたときの二倍ほどに膨れ上がり、勇者の庇護下にある故、いたいけな少女風のテイマーに積極的に絡みに行こうというやからは少なくなった。
____アリゲスが生粋の女たらしだと知ったのは、パーティに加入して数週間経ってからだ。
エッロいからだの女戦士サンドラ、爆乳僧侶クレア、可愛らしさ爆発してる魔法少女のヴィネ。
その全員に色目を使っているアリゲスは、うん、正直あまり好感は持てなかった。
そんな人間のクズみたいなアリゲスにベタ惚れの3人も理解できなかった。
でもそれでも良かったんだ。
お給料さえ貰えれば。
当時は、とにかくお金が必要だった。
学費のためだ。
自分の学費ではない、弟と妹の学費。
二人の兄弟はいま、王都にある国立バッコス学園に通っている。
バッコス学園は国が誇る世界で見ても最大級の学園で、当然そんな高級な学校に通うには莫大な金が必要となる。
まともに働いていたら、学費は全くたまらない。
冒険者になって一攫千金を狙うしかなかったのだ。
「はーぁ………これからまたソロでやるのかぁ………」
ソロの冒険者は滅多にいない。
一人で依頼を遂行するのは、有事の際に誰にも助けを求めることができないし、作業量が他のパーティを組んでいる冒険者たちに比べて非常に多くなる。
受けられる依頼の難易度だってそう難しいものは受けられないから、稼げる金額も少なくなる。
だから、大抵の冒険者は何かしらのパーティに所属していることが多い。
「………いや………アリゲスのパーティに入る前はソロでやっていけてたんだから。多分大丈夫だ、多分………」
明日からは忙しくなるな。
頑張ればこれまでと同じ程度の金額は稼げるだろう。
薬草採取と魔物討伐を並行してやって、町人の雑用もこなせば、なんとか………。
「………あ、財布忘れた」
懐を探ると、あったはずのあの重みがない。
酒場に置いてきたか。
一旦、戻ることにする。
「………ようやく追い出せたわね!」
「本当! ようやくですわね」
「器物損壊を捏造して脅すつもりだったけど、脅すまでもなかったな」
「あの小娘、アリゲスに色目を使っていて、目障りだったのよねぇ」
「それに、ハルをメンバーに加えてから討伐の効率も悪くなってましたし、追い出せて何よりですわ!」
………まさかこんなに嫌われているとは思わなかったなぁ。
先程までのギスギスした雰囲気は何処へやら、とても楽しそうに酒を飲んでいる。
「新しいテイマーをパーティに招き入れましょうか」
「ああ、新しいメンバーに目星はつけているんだ」
「へえ、どんなお方ですの?」
「同時にテイムできるモンスターの最大数は8、これまでの大きな業績としては、小型竜のテイム、下位精霊のテイムなど。ハルとは比べ物にならないほど優秀なテイマーさ」
「良いですわねぇ、明日にでも会いに行きましょう」
「ああ、そうしよう」
どうしよう。
めっちゃ悪口言われてるし、この中を通って財布を取りに行く勇気はない。
さっきまで座ってた椅子に財布が置いてあるのは見えているのだが、はて、どうしようか。
アリゲス達が帰るまで物陰で待つか?
いや、そんなにゆっくりするのも、なんだかなぁ。
酒を飲んで饒舌になっているのだろうか、アリゲス達の悪口はとどまるところを知らない。
「ハルは最初っから気に入らなかったんだよなぁ、あたしがどんなに話しかけても鬱陶しそうな顔で小さな返事をするだけで。いつまでも辛気臭そうな顔してるしよぉ」
「ああ、僕が勧誘しておいてなんだけど、彼女の態度は目に余るものがあったね」
「しかもあの子、黒髪だったくせに偉そうでしたわねぇ」
ヒクリと、つい反応してしまう。
黒髪。
この世界では、黒は不吉な色として忌み嫌われている。
数十年前の魔王が、黒髪黒目だったからだそうだ。
「そうそう! もしかしてあいつ、魔族の細作だったんじゃないか?」
「それですわ! それならあの偉そうな態度にも説明がつきますし、勇者たるアリゲス様に色目を使っていたのも、いずれ寝首を掻こうとしていたからでしょう!」
「そうに違いない! あいつを追い出そうっていうアリゲスの判断は、やっぱり正しかったな!」
元パーティメンバーから影になるように、柱にもたれ掛かる。
誰が魔族の細作じゃ。
失礼にも程があるだろ。
酒を飲んで舌に油がよく乗ったようで、アリゲス達の饒舌さに拍車がかかる。
「そもそも最初から怪しいって思ってたんだ。テイマーのくせにろくに魔物をテイムしたことはないし。本当に追放して良かったよ、あんな役立たずの、チビでコミュ障の黒髪なんて」
「なにか口答えしてたが、言い訳なんてさせずに叩き出しとけばよかったな! 顔面にパンチの一発でもお見舞いしてやるべきだったぜ」
「そうされて然るべきですわ、ハルなんて」
………とぉっても楽しそうだなぁ。
良いなぁ、混ぜてほしいぐらい楽しそうだなぁ!
パーティから脱退した今、無口なクールキャラを取り繕う必要もないし、悪口を聞かなかったふりをして静かにこの場を去る配慮も必要もないだろう。
足音を立てずにアリゲスの背後に忍び寄る。
「胸も尻もないくせにすり寄ってきて、あいつには女性的魅力ってものがまるでない、まだお子ちゃまなのに、ヒック………」
「やあアリゲス!!!! 悪口を言うのは楽しいかぁ!!!???」
「どわぁ!?」
まさか後ろから声をかけられるなど____まして無口キャラで通していた「ハル」がこんなに大声で話しかけてくるなど、アリゲスには想像もつかなかったのだろう。
驚いたように振り返るも、声をかけたのが誰なのか、姿を見てもすぐには理解できていないようだった。
「財布を取りに戻ってきたんだけど、こんなに楽しそうに話してるのを聞いちゃぁ、混ざらないわけにはいかないよねぇ! そう思わないか、アリゲス!」
「………ハル!? え、お前、え? ハルなのか?」
あまりにこれまでと違う話しぶりに、理解が追いつかない、という顔をするアリゲス。
サンドラもクレアも、驚いているようだ。
「ずーーーーーーっと言おうかどうか迷ってたんだけどさぁ、ここまで細作だとか色目だとか言われたら明かさない訳にはいかないよねぇって思うよねぇ!」
「あ、明かすって、何を…………」
「アリゲスもクレアもサンドラもヴィネも、ずーーーーーっと勘違いしてたみたいだけど、俺、男だから! ち◯こ付いてるから!」
「…………!?」
「!?」
「!?」
「アリゲスはハーレムメンバーを増やそうかなと思って俺をパーティに加えたんだろうけど、女に間違われるくらい背も低いし華奢だし声変わりもしてなくて声高いけど、違うから! 俺は男で、男色の毛もないから!」
「………!?」
「!?」
「!?」
「あと皆ずーーーーっと勘違いしてるみたいだから言っとくけど、俺の固有魔術、生物を眷属にする、じゃねえから! 元からテイマーじゃねえんだよ! テイムなんて初心者中の初心者だっつうの!」
「………!?」
「!?」
「!?」
「あと俺はどっちかって言うとインファイトのほうが得意だし! 後衛なんてガラじゃねえんだよ!」
明かされる事実。
次々と聞かされる真実。
アリゲスもサンドラもクレアも、鳩が豆鉄砲くらったような腑抜けた顔をしている。
「あとアリゲス!!!!」
「!? お、おう?」
「お前、津田二郎だろ?」
「………………………!!!!????」
「アリゲスとかいう小洒落た名前名乗りやがってよぉ! びっくりしちゃったよ、前世で大人しそうに見えたクラスメイトがそんなに小っ恥ずかしい名前を自称できるなんて!」
アリゲス改め津田二郎は、まじで豆鉄砲でも眼球にくらったのかと思うほど驚いた顔をして、一瞬後に酒で上気した顔を急激に青くした。
津田二郎、こいつは髪を金髪に染めており、目もかなり茶色に近い色をしている。
それ故に国に召喚されたときに国に迫害されず、勇者として活動できているのだろう。
が、しかし眼の前にいるのはクラスメイト。
金の染髪剤の下には黒髪が潜んでいることを知られてしまっている。
もしもこいつに、そのことをバラされたら?
サンドラやクレア、ヴィネには軽蔑され、国からは迫害され。
これまで勇者として築き上げてきた努力が、一瞬でパァになる。
それだけの威力が、「黒髪」という事実にはある。
「お、おいハル、悪かった、お前が望むならまたこのパーティに………」
「望まない! 絶対に戻らない! ソロで活動するほうが三十倍はマシだ!」
大股で三歩進んで財布を手に取る。
サンドラとクレアは、「ツダジロウ」という聞き慣れない単語の意味が理解できず、困惑しているようだ。
「邪魔したな! それじゃ、楽しくお喋りを続けてくれ! 邪魔者は消えるから!」
「ま、待ってくれ、ハル………」
「あとアリゲス!!」
「はいっ!」
「お前の名前、ラテン語で『そら豆』って意味だからな! クソダセェ!」
「え?」
「ラテン語は厨二の必修科目だろうが! それだけだ! じゃあな!」
そして今度こそ、邪魔者は消えた。
追放物を書きたい! という欲にかられました対戦よろしくお願いします。