8、初の街と冒険者ギルド
「着いた!」
異世界に来てからはや数時間。ついに街らしきところへたどり着いた。
思えば長い道のりだった。草原と言われて森に飛ばされ、戦闘力ゼロで魔獣に追いかけられ、逃げようとして洞窟に落ちた。そこから脱出し、かと思えばまた魔獣。
洞窟近辺から街までは幸い見えない鳥以降、ゴブリンにこそ出会ったが他は出会わなかった。
道中気付いたが[遇ノ智庫]があれば祝福を常時オンにできる。つまり、歩きながら地図のようなものができていくのだ。しかも『空間把握』できる祝福なので当然魔獣の接近にも気がつける。
スキルを前提にすれば、素晴らしい祝福だ。そう、前提にすれば。何もない初期状態でこんな祝福を寄越した天使はなにを考えてるんだ。
ようやく辿り着いた街だが、当然だが地球と大きく異なる。パッと見てわかる大きな城壁に囲まれている。少なくともこのレベルの防壁を作れるレベルの文明ではあるらしい。門らしきところには列ができ、門番がいる。どちらかと言うと城塞都市、といった感じだ。
結構人が並んでいるのでおそらく街に入るには待たなければならないのだろう。20分ほど並んだところでようやく呼ばれた。
「次の方ー」
「はい」
「名前と身分証明書をお願いします」
そんなものは転生者たる俺が持っているはずもない。こういうことも天使が説明してくれればいいのに。そもそもどんなものが身分証かもわからない。
(身分証とは?)
〈明確な答えはあなたの経験に存在しません〉
ダメか。頼みの綱のスキルもここでは無意味。
〈ただし、あなたより前の人物が10cmサイズの『身分証』の表記のあるカードを提示していました〉
なるほど、ずっと祝福を発動してるとそういうこともわかるのか。まあ、わかったところで今はどうしようもない。
「持ってないです」
「持ってない? ギルドカードでもいいんですよ?」
「いえ、それもないです」
「.........何か犯罪をしたってわけじゃないんですよね?」
「違います!」
失礼な。あなたが異世界で初めて会話した人間なのにどうやって犯罪を起こせってんだ。とは流石に言えない。
しかしまさか異世界人ですというわけにもいかない。絶対に怪しまれるだろう。ここは『嘘ではないけど全てのことを言っているわけではない』という戦法で行くか。
「ここからかなり離れたところに住んでまして、そこから旅をしてここにきたんですよ」
「旅? 今までの街ではどうしてたんですか?」
「いえ、食料がないのでここにきたんです。つまり、初めての街ですね」
「荷物が少なすぎませんか?」
「いえ、荷物を無くしてしまったので、食料がないんです」
「.........ちょっとこの短剣を握ってみて下さい」
「短剣、ですか?」
「はい」
門番らしき人が懐から中央に青い宝石がついた短剣を渡してきた。何かあるとは思えないが、この世界の治安もよくわからないので、[儚幻]の[鑑定]を〈発動〉。
審議の短剣
[光属性魔法]の付与により、この短剣を持ちながら虚偽の申告を行った場合、青い宝石が真っ赤に変化する。武器としての性能は皆無。
一応危険物ではないので手に取る。
「持ちましたよ?」
「君は今までの会話が嘘でないと誓えますか?」
「はい」
「......本当みたいです。疑ってしまい失礼しました」
「どういうことですか?」
短剣を返却しながら聞く。本当は[鑑定]したのだが知らないふりをしておこう。定番小説みたいに能力がバレて貴族に従属させられるなんて御免被る。
「この短剣は、嘘を感知することができます」
「へえ、そうなんですか」
我ながら白々しいことで。
「身分証がないとなると通行税として大鉄貨1枚必要です」
はい? 大鉄貨ってなんだ? 通行税っていうからには貨幣なんだろうけど価値不明な上、持ってるわけがない。
今持ってるのは[武器庫]のなかの、魔獣の死体(鳥、ゴブリン)だけだ。
「すみません、この辺りの貨幣に詳しくなくて......」
「ん? 君は帝国の出身じゃないんですか」
「はい」
帝国がどこか知らないが、その国の出身ではないので嘘ではない。
「ここ帝国では下から順に、小銅貨、大銅貨、小鉄貨、大鉄貨、小銀貨、大銀貨、小金貨、大金貨、黒貨があります。それぞれの10枚で一つ上の貨幣になります」
かなり種類が多い。そして全部硬貨だ。まだあんまり技術が発展してないのか、国が安定してないのか。
下から銅、鉄、銀、金でそれぞれ大小がある。さらに、一番上には黒貨があるのか。小銅貨一億枚で黒貨だな。
印象としては鉄貨が一番下なきがするが、銅が1番下らしい。この世界では鉄が貴重なんだろう。
しかし結局価値が全然わからない。どれが何円くらいなのか教えてほしい。
「ここだと大体一食いくらくらいですか?」
「一食? そこらへんの食堂だと大体、小鉄貨一枚くらいで食べられますよ」
「そうなんですか」
この世界の食料事情がよくわからないが一食大体キリ良く1000円だとして小鉄貨は約1000円。
小銅貨=10円
大銅貨=100円
小鉄貨=1000円
大鉄貨=10000円
小銀貨=十万円
大銀貨=百万円
小金貨=一千万円
大金貨=一億円
黒貨=十億円
といった感じだろうか。黒貨なんてなにに使うんだ。10億円なんて絶対庶民向けじゃないだろ。しかもそれが一枚の硬貨。無くしたりしたら最悪だ。いや、それを無くしてもいいくらいの金持ちが使うのだろうか。そんな人いるか?
まあそれは置いといて、通行税は1万円。
「持ってないんですがどうすればいいでしょう?」
「では、身分証の仮発行するのでまずはなんらかの身分証を作って下さい。冒険者ギルドへの登録などが一番簡単です。もし2日以内に発行してもらわなければ、牢屋行きです。また、身分証なしに問題を起こした場合、通常の数倍の刑が下ります。その後半月以内に大鉄貨払ってください」
身分証なしにいると、結構重い罰が下るらしい。あと、半月で10000円払うってどうなんだろう。冒険者とはそんなに稼げるんだろうか。世界が違うので全くわからない。常識の差って大変だ。
そもそも半年月後は何月何日なんだ。
「すみません、今日って何月何日ですか?」
「今日は水の月の52日です」
は? 水の月? そもそも52日? どうなってんの? まさか一ヶ月が30日じゃない?
「あの、半月っていうのは何日間ですか?」
「は? 30日に決まってるじゃないですか」
半月が30日? ということは一ヶ月は60日なのか?
まずい、門番がこいつ大丈夫かって言う目で見てる。話題を変えよう。
「仮発行をお願いします」
「......わかりました。こちらに名前を書いてください。代筆は必要ですか?」
「いえ、いらないです」
[全言語理解]があるので文字は書ける。名字は貴族だけということなのでリク、とだけ書いておこう。
「はい。終わりました」
「では、こちらが仮発行の身分証となります。ギルドはまっすぐ行けばあるのでそこで登録することを勧めます」
ついに異世界初の街へ入れた。
「おお」
やっぱり地球とはだいぶ違う建築様式みたいだ。目の前には道が真っすぐ続いていて両脇には屋台らしきものがある。おそらくその横にあるのはなんらかのお店だろう。
そして何より『明らかに人間より耳が長』かったり、『頭から角』が生えている人がいる。まさかの異種族。この世界では人間以外の知的生命体もいるのか。
どう考えてもこれは『地球との大きな差』だろうが。説、明、し、ろ、よ、あの天使!
しばらく進んでいると他の建物と比べてかなり大きい建物が出てきた。全体的にレンガ作りと行った感じの建物が多い中、ここの壁は茶色く塗られている。塗る必要あるか? 看板には『冒険者ギルド』と書いてある。
チリン
扉を開けるとベルのような高い音が響いた。中には受付らしきカウンターがあり、左側には飲食スペースのようなものがある。定番の酒場だろうか。
とりあえず中央の受付へ行く。
「こんにちは」
「本日は依頼達成報告、素材売却、新規登録、どの用事でいらっしゃいましたか?」
「新規登録です」
ここは顔立ちの整った受付嬢が笑顔で答えてくれた、と言いたいところだがいかにも役所勤めといった感じの男性職員だった。
「畏まりました。冒険者ギルドの基本説明は御入用ですか?」
「お願いします」
「はい。まず冒険者ギルドに登録するとギルドからの依頼を受けることができます。依頼は主に基本依頼、指名依頼、緊急依頼の3種類あります。基本依頼は右手方向の掲示板に貼られています。受注する際にはここ、受付へお声掛けください。指名依頼は特定の冒険者に個人を指定して出す依頼です。これは特に強制力はありませんが冒険者としてなるべく受けた方がいいです。緊急依頼はギルドからの緊急の依頼で強制力があります。これは個人からの依頼や戦争参加などではなく、魔獣の大量発生や大規模災害への対処が主な内容です」
「あそこの掲示板にある基本依頼はどれでも受けられるんですか?」
「いえ、どれでもいい、というわけではありません。冒険者には9級から1級のランクが存在します。初めは9級からで依頼の達成などによって昇級します。基本依頼はこの冒険者ランクに対応して受けられるものが変わり、自分の級の1つ上の依頼まで受注可能です」
やっぱりランクは存在するらしい。こういうところはゲームみたいだな。
「また、複数の冒険者で『パーティー』を組むことができ、これによって複数人で同一の依頼を受注できます。冒険者同士の諍いは禁止されており、最悪の場合ギルドカードを剥奪されます」
「わかりました、登録をお願いします」
「かしこまりました。この紙の空欄を埋めてください。出身地などは空欄でも大丈夫です。代筆は必要ですか?」
「自分で書けるので大丈夫です」
また聞かれた。この世界の識字率はそんなに低いのか?
名前、種族、年齢はそのまま書いておこう。だだし、名字抜きで。出身地はもちろん空欄。異世界です、なんて誰が書くか。適当な地名を書こうにもこの街の名前すら知らない。戦闘スタイルは魔術だがこれも書けるわけがない。人間が使うのは魔法らしいので魔法、と書いておいた。
スキル構成?
「あの、このスキル構成っていうのは.........?」
「それは全てでなくても大丈夫ですよ。やはり自分のスキルなんていうのは戦闘に直結するので書きたくない方も多いです」
それもそうだな。とりあえず俺のスキルの中で平和そうなの............? どれかこう。とりあえず[算術]と[高速思考]、[苦痛耐性]は書いておこう。[ステータス閲覧]はないと不自然だな。
戦闘スタイルに魔法って書いたから[火属性魔法]を魔術の代わりに入れておこう。[遇ノ智庫]は[情報整理]が進化したやつなので[情報整理]を書いておく。[儚幻]は絶対書いたらダメだ。暗殺特化だぞアレ。
「書けました」
「はい、リクさんですね。確かに..........」
あれ? 固まった?
「.........[算術]に[情報整理]に[高速思考]? こんな能力、よっぽどの教育を受けないと...........でも名字はないから貴族ではない?[苦痛耐性]!? それに出身地は空欄.........」
なんかはっきりとは聞き取れないけどブツブツ言ってる。
「あなたは、苦労してきたんですね......」
はい!? どこからそんな結論に至った? なんでそんな哀れみに満ちた表情で言われる!?