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すげかえ家族

作者: 宗あると

 記憶の奥で、うずいているものがある。

 あれは小学校の2年生くらいだっただろうか。

 教会の前で、母と姉と俺、それに見知らぬ男と4人で車の中にいた。

 男はやたらと姉に洗礼を受けさせようとしていて、無神論者の母が頑なにそれを嫌がっていた。

 結局、男が半ば強引に姉を教会に連れていったが、洗礼はやっていないと断われて、肩を落として帰ってきた。

 無神論者の母が、何故そんな男の車に俺達姉弟を乗せたのかは、記憶にない。

 姉が教会に連れて行かれた時の不安感は今もはっきり覚えている。

 だが、翌日姉にそのことを尋ねても、教会には入っていないの一点張りで、やっと認めたと思えば、教会のガラスが綺麗だったから見に行ったと言い始めて、しまいには俺が夢でも見てたんじゃないかと疑われた。

 祖母は俺の話を信じてくれたが、嘘つきと思われるからもうその話はやめなさい、と言って俺を諌めた。

 幼い頃の記憶だから、曖昧なのかもしれないが、あの時抱えた矛盾が大人になった今も解けずにいる。

 「姉さんさ、覚えてる?小さい頃、教会に男に連れられていったの」

 スマホをスピーカーにして、ベッドの上に置き、寝転がりながら俺は言った。

 「またその話?覚えてないって。母さんだってそんなことなかったって言ってたじゃん」

 スマホの向こうから面倒そうな姉の声がする。

 「俺だけ別次元の世界に行ってたのか、姉さんが催眠術なり洗脳をされているのか」

 「馬鹿なこと言ってないでさ、悪いんだけどまた給食費頼める?」

 「いや払えるだろ自分で」

 「そうだけどさー、給食って毎日真菜が食べたいものを出してくれるわけじゃないでしょ?そこにお金払うのがなんか納得できなくてさー」

 「だからって、なんで俺が払わなきゃならないんだよ」

 「姉弟なんだから、不条理から救ってよ。ましてや私シングルだよ?援助してくれるのが普通じゃん」

 「俺より稼いでるだろ。詐欺みたいなスピリチュアルトレーナーで」

 「何の覚悟もなく生きてるあんたにはわかんないわよ。女が子供抱えて一人で生きるのに、普通に働いてなんかいられないから」

 「姉さんは顔が良いから客が寄ってくるだけで、特別なことは何にもしてないと思うけどな、俺は」

 「それだけで稼げるほど甘くないわ。ほんと視点がガキね」

 「ああ、そうだったな。宇宙の叡智と繋がって地球を愛に満ちた星に変えるんだよな。その前に給食費くらい払えよ」

 「心から望まないことをすると自分軸からズレるのよ」

 「支払いは別だろ。税金払ってても幸せに暮らしてる人が世界にどれだけいるか。そんな無茶苦茶なこと言ってる姉さんがいま稼げてるのは、一時的だと思うぜ」

 「はいはい。それより給食費振り込んどいてよ」

 「あー、わかったからさ。今度あの教会に一緒に行ってくんないかな?」

 「はあ?なんで?」

 「真相知りたくない?」

 「興味ないわよ。行くなら1人で行って。じゃあね、給食費よろしくね」

 姉はそう言い、サッサとスマホを切った。

 俺はベッドの上で仰向けになって、天井を見つめた。

 

 「記憶にないですね。申し訳ないですが。その頃は私もいたと思うのですが」

 教会へ続くレンガ畳の上で、牧師は申し訳なさそうに、俺に言った。

 姉との会話の後、どうしても真相が気になった俺は翌日教会に向かい、丁度教会から出てきた牧師を捕まえて、くだんの話をした。

 「そうですか。すいません、変なこと聞いて時間とらせちゃって」

 「いえいえ。子供の頃の記憶ですから。おそらく夢か何かと混ざってしまったのでしょう」

 「母にもそう言われました。まぁ、そんなもんかな」

 俺は諦め半分に笑って、頭を下げて牧師に背を向けた。

 振り返ると丁度、1人の女性がレンガ畳の上をこちらに歩いてきていた。

 黒髪のストレートショートで、花柄の深紫のシャツと黒のパンツを履いている。細目の和風美人の顔立ちで、凛とした空気を纏っている。

 女性が会釈し、俺の横を通り過ぎた。

 その横顔、雰囲気に、俺は愕然となった。

 あの日、男に連れられて教会に向かった姉さんの横顔を、俺は車の窓から見ていた。

 その面影が、重なった。

 息を呑んで、肩越しに振り返り、声を絞り出した。

 「姉さん?」

 女性の背中に俺が問うと、女性は立ち止まった。

 牧師の方を見ると、冷たい目で俺を見ていた。

 何故?どうして?俺はなんで、今まで気づかなかった?昨日話した姉さんは、あの時教会に入っていった姉さんとはまるで別人だ。

 「お母さんがどうしても、教会から抜けたいとおっしゃったものですから、けじめ、みたいなものです」

 冷たく穏やかな笑みを浮かべて、牧師は言った。

 「あなた以外のご家族の方は、みな承知のことですよ。あなたには、催眠のようなものをかけさせてもらいました」

 牧師はスラスラと話し続けた。

 「いや、有り得ないでしょ。学校だって行ってたし、絶対誰か気づく筈じゃ」

 「この辺りではね、当たり前のことなんです。矛盾すら抱かないごく普通の。ただ、あなたのお母さんは、あなた達をそういう風には育てなかった。どういうわけかは、わかりませんがね。神に選ばれし子は、教会が引き取る。ただそれだけの話です。お姉さんは、生まれた時から神の子として認められていたんですよ。お母さんが引き渡すのを拒んでいただけで」

 「じゃあなんで、今の俺の姉さんは一体どこの誰なんだよ」

 「この世には、親の愛さえ受けれない子供が、山ほどいますから。そんな子供に家族を与えてあげる。素晴らしい慈善活動でしょう?」

 「家族を引き裂いといて何がっ、ああっ?」

 ドスッと腹に衝撃が走った。

 黒髪の女性の頭が、鼻先にあった。

 一瞬後、激痛が走り、俺は膝をついてお腹を両手で抑えた。

 包丁が、腹に刺さっていた。

 「なんで?姉さん、、、」

 「私は神の子なのよ?その至福をあなたみたいな凡人に奪われたくないのは、当然でしょ?」

 俺は何も答えられず、力無くレンガ畳の上に横たわった。

 「なんで、嘘だろ、こんなこと、、、」

 力ない声で言いながら、意識が遠のいていくのを感じた。

 黒髪の女性、本当の姉さんは、俺を見下ろして、微笑んでいた。

 「長い夢を見ていたのよ。私は覚えているわ。あなたが、家に来た時のことを。あなたも神に家族を与えられたのよ?幸せだったでしょ?今まで」

 俺が?俺も?母さんも、本当の母さんじゃなかったのか?じゃあ母さんの本当の子供と引き換えに俺は、家族を与えられた?

 なんで、そんなことを、、、。

 「忘れてくれていればよかったのに。私もお母さんも、あなたを一度だって家族とは思わなかったんだから、今のお姉さんが、あなたにとって唯一の家族だったのよ?当たり前のように側にいたお姉さんより、血の繋がりもない目の前から消えた私の方が大切なわけないよね」

 「わかるかよ、そんなこと、、、」

 掠れた声で俺は言い、目を閉じた。暗闇の中で、浮かんだ記憶は、母さんと姉さんと父さんで、笑いながら囲んだテーブル。

 まやかしの家族。幸せだったのは、俺だけだったのか。

 「私達神の子にはね。なんだってわかるの。あなたが今日ここに来ることも、わかっていたわ。あなたが私に気付かなければね、何もする気はなかったの。あなたが、悪いのよ」

 ふざけんな。声に出そうとしたが、もう口は動かなかった。

 「これは神の子を守る為なのよ。理解し難いでしょう?すべてがわかってしまう人間の苦しみなんて」

 もうやめなさい。と牧師の声がした。

 「こうなるとわかってた私が、幸せに生きるには、神の至福の中で生きるしかないのよ」

 「な、、ん、で、、、」

 虫の息の中で、俺は最後に聞いた。わかるはずだ。すべてがわかるなら。

 「あなた、このことを絶対黙ってられなかったから。私達は受け入れて暮らしてくれる人には、何もしない」

 そんなの無理に、、、。思っている途中で、俺の意識は途切れた。

 死はあっさりと訪れた。



 「給食費振り込んどいたから」

 「ありがとー。今度何か奢るわ。さっすが私の弟ねー」

 「調子良いなあ」

 姉弟の会話。だが、俺はもう、そこにはいない。

 すべてがわかる人間には、俺になりきるなど簡単なことで、姉はそれを受け入れているから、何の問題にもならない。

 


 俺は死んだ。

 それでも誰かが、俺になっている。

 目の前の家族が本物かどうかの保証なんて、どこにもない。

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