Act.4 ヴァルターシュタイン家のルール
バレル・ヴァルターシュタイン。
マリスの息子。ロランの兄弟。
そんな彼と、僕は仲が悪い。
そもそも、倒れてる子猫が生きてるかどうか確認もしないで死体蹴りなんて、子どもが考えることじゃないよ。
僕が起きた後、ステラにものすごく叱られて、わあわあ泣いてた。
うちは初代から今まで動物をぞんざいになんてして来なかったんだ! って、ステラはものすごい剣幕で、リビングまで聞こえてたよ。
その子が、外出の準備をしてるマリスにまとわりついてる。
マリスとロラン、よそ行きの服。
セレモニーにでも行くのかな。
「おとうさま、ぼくもいきたい」
「ダメだって、いつも言ってるじゃないか」
「ぼくもいきたいよ! どうしていつもロランばっかりつれていくの?」
「いつも言ってるだろう、式典やお祝いやお葬式には、お兄ちゃんしか行けないって」
「ちがう、ぼくがおにいちゃんだ!」
「だから……お前は弟なんだ、バレル。双子だけどロランが先に生まれたんだって、いつも言ってるだろう」
「いやだ、ぼくもいく、つれていって、ぼくもいく! おにいちゃんなんだ!」
そして、ステラに叱られる。
「いい加減におし! 毎回同じことを繰り返して、まだわからないのかい!」
そして大泣きする。
子どもだからね、すぐ泣くんだけど……。
泣き方がすごい。広いリビングに響き渡る。
マリスはロランを連れて出かけて、ステラはため息ついてる。
大泣きしてる孫を放っておいて、廊下を歩いて部屋に帰った。
「あのままでいいの?」
「あたしが叱りつける役、諭すのがクレアの役目さ」
「なんでマリスに叱られてるの?」
「この家はね、長男だけに継承権があるんだ」
「ちょうなん? けいしょうけん?」
「一番上のお兄ちゃんのことさ。この家の跡継ぎだ」
「えっ? ロランの方がお兄ちゃんなの!?」
衝撃の事実。
「そうだよ。ロランがマリスの跡を継ぐんだ」
「一番上のお兄ちゃんがいなくなったら?」
「ヴァルターシュタイン家は終わりさ。代々の決まりだ」
「バレルはダメなの」
「ダメ。そういう決まり事をずっと守って、500年続いてきたんだ」
ちょっと、いい気味だなって思ってしまった。
「長男は家を継ぐから、たくさんのことを勉強しなきゃならない。家業のことや、親戚や他の人たちとのつき合い、これは全部、長男が継ぐからね、下の子は連れて行かない」
「決まりなんだ」
「でないと、揉め事が増えるんだよ。誰が継ぐとか俺だとか、殺しただの刺しただの……うちの歴史書に全部残ってる。こうみえてけっこう物騒なんだよ、この家の歴史は」
「殺しちゃうんだ……」
「弟に襲われたお兄ちゃんが返り討ちにしたのさ」
「罪にならないの?」
「返り討ちは正当防衛、罪にならない」
「じゃあロランは勉強が多くて大変なんだ」
「そうさ。遊びに行くわけじゃない。先様に失礼があってはいけないから、ちゃんと作法を勉強するんだ。……バレルがわからないのも無理はないけどね」
「行ったことがないなら、わからないね」
「そのうちわかるさ、分別がつかないほどバカじゃないだろう」
そう言って、ステラはものすごく分厚い本を開いて読み始めた。
寝そべったリザはちょっと呆れ顔。
『あの子、この先もっとひねくれるわよ』
『そうなの?』
『ロランとバレル、何才差かわかる?』
『差って……バレルの方が大きいけどロランがお兄ちゃんなんだよね』
『双子よ、20分違いでロランが先に生まれたの』
『……赤の他人以上に似てない』
『意外と毒舌ね』
『そういう国で生まれ育ったんだ』
『たった20分しか違わない双子。バレルは自分の方が体が大きいから、自分がお兄ちゃんだと思ってる。みんな間違えるから、自然にそうなっちゃうのよ』
うん、僕も勘違いしてたよ。
ロランが弟だと思ってた。
こんな間違いを何度もされたら、子どもは勘違いする。
『だからマリスもクレアも懸命よ。勘違いを直さないと大変なことになるわ』
『何才なの?』
『5才。もうすぐ6才かしら』
何か、すごいところに来ちゃったな。
それからも毎回おんなじことの繰り返しで、バレルは本当に自分がお兄ちゃんだと思い込んじゃって、イベントごとにバレルはゴネて、叱られて、泣く。
僕は大人がいないところでバレルがロランを突き飛ばすのを見てしまった。
でもね……ロランはバレルと違って泣かないんだ。
全然泣かないし、怒らない。
「こんなことをしても、なにもかわらないよ」
って、この子、子どもなの?
あー、お兄ちゃん——長男ってこういうことなんだ。
「ぼくがおにいちゃんだ! ちょうなんなんだ! おまえはおとうとなんだ!」
ほんとに泣かない。何回突き飛ばされたり、ぶたれたりしても泣かない。
「おにいさまっていえよ! おとうとのくせに! バレルってよぶな!」
しまいにバレルがわあわあ泣きだして、ロランに「むだなことはやめなよ」ってたしなめられてる。
この決定的な差。
うん、マリスの跡継ぎはロランだ。
この家にはキースっていうフクロウがいて、マリスのバディ。
仕事に行く時と訓練の時以外は、マリスの部屋にある枯木の止まり木にいる。
ああ、何かとてもキースに会いたい。
マリスの部屋に行った。
この家のほとんどの部屋のドアは、技術魔術師さんが作ったもの。
普通にドアなんだけど、契約魔獣は自由に出入りできるんだ。
「キース、起きてる?」
キースはまぁるい目で僕を見た。
「ルイか。何かあったのか」
僕が見たことをキースに話した。
だって、ステラになんて言えないし、黙ってるのも苦しいし。
『バレルめ、もはやダメかもしれぬな。次期当主に手を挙げるとは』
『大丈夫なのかな、あのふたり」
『育てばさらに悪化するかもしれぬが、坊ちゃんは小柄ゆえ、力では太刀打ちできん」
『……ステラに言うべき?』
『いや、坊ちゃんには次期当主たる誇りがある。告げ口は無礼』
ものすごく賢いキースをしても答えが出ない。
ああ面倒くさいな双子!