Act.21 果てしない殺意
魔術学校には10才から志望して試験を受けて、合格すれば11才から入学できる。
門は広いけど、油断してると容赦なく落第。
2回落第したら退学。
入学式は9月。
コースは3つあって、戦闘科と技術科と医療科。
ロランは戦闘科。
バレルも戦闘科志望らしい。自称当主だから。
でも編入試験受けられなかった。
受験資格を取れなかった。
総合成績と生活態度。両方アウト。
しかも魔力計測したらゼロで、逆に珍しいって。
確かにハウスキーパー長だって70くらいは持ってるよ。
さすがにゼロはないねー。
これは、尊い方々に暴言吐いたせいかもしれない。
何でロランだけ魔術学校で自分は普通学校なんだって、ときどき泣きわめくけど、だったらたくさん勉強しなよ。
夢物語なんて書いてないで、現実を認めなよ。
君はもう魔術師になれないけど、何になるにしても学ぶ姿勢は大事だ。
ロランの勉強量すごいよほんと。
人の命を預かったり魔物から土地や建物を守ったり、とても責任が重い仕事だから、いろいろ厳しい。座学はもちろんだし、実技がすごく厳しいらしい。
自分と仲間を守るためで、絶対必要だって。
魔法もそうだけど、体術も。
ロランもときどきアザを作って帰ってくる。
クレアは慣れっこみたいで、アザに貼り薬を貼る。
「明日には治るわよ」
「お母様の膏薬はよく効くから、本当にありがたいです」
「お世辞を言っても何も出ないわよ」
「焼き菓子のいい匂いがしますけど」
「スコーンよ。夕食までこれでもたせてね」
って、普通にお母様やってる時は問題ないけど。
最近は訓練も少しずつ再開してきて、多少は気が紛れるようになったかな。
他の人は全部断って、マリスの求婚をずっと待ってた。
求婚してもらえなかったら一生独身って決めてたって。
そんな大切な人がいなくなったんだもん。
ロランはスコーンをふたつ食べて勉強。
ちゃんと食べてるのに、大きくならない。
ちょっと心配。
家での勉強は復習と予習っていうんだ。
今日習ってきたことを確認して、次に学ぶことを確認しておくんだって。
僕はわからないんだな……魔獣の訓練に予習はないから。
訓練……体作りがちゃんとできてない。
なまっちゃうな。
キースがいればなって思うけど、新しいバディのところに行ったから。
よく知ってる人だったのと、相性がよかったのと。
まだ第一線で現役でいたいって言って。
新しいバディのハリスさんもとてもいい人。
キースの大事な止まり木を持って行ってくれた。
僕はこのままでいいのかなあ?
リザもキースもマリスもステラもいなくなって、ただ思い出だけがたくさんありすぎて、訓練場をひとりで走ってると悲しくなる。
「訓練所で少し遊ばせてもらう?」
訓練所……マリスと討伐に出る前に行ったよ。
3か月で課程終わっちゃった。
マリスがSランクに昇格して、ずっと同行してたから、以後は無縁だったけど。
そうだね……今は討伐に出てないし、ロランも学生だし。
「私が契約するわ。バディがいるから仮だけれど」
クレアのバディは、毎日ミルクを搾ってる牛のクロナ。
バディにすると、ミルクがものすごく美味しくなるんだって。
だからこの家のミルクもクリームもバターも美味しいんだ。
クレアが仮契約者になってくれて、僕を訓練所に連れて行ってくれた。
保証人がいないと入れないんだ。
「Cランクの魔獣が出戻りってのは……」
おじさん、思案顔。
「運動場で適当に遊ばせていただけたらいいんですよ」
「はあ……」
「ひとりで庭を走るのにも飽きてしまったらしくて」
「先代がいなくなって寂しいんですな」
「ええ、ロランもまだ学生ですし、現場に戻るまで時間がかかりますから」
「まだ数年はかかるでしょうね」
「魔法の訓練は不要ですわ、家に訓練場がありますから」
そりゃ……初心者用の魔法訓練施設じゃ、吹き飛ばしてしまうよ。
「まあ……ルイは賢い猫だし、他の魔獣にケガとかさせなきゃ問題ないです」
訓練場に通うことになった。
道は覚えてるからひとりで行ける。
そして運動場の中に入れてもらう。
うわあ、懐かしいな!
広くて、杭や柱や三角屋根みたいのとか、たくさんあって、うちの庭の何倍もすごいんだ。
魔獣もいろいろいる。顔ぶれは変わってるけど。
鷹? とか虎とか犬とか、15匹くらい。
『はじめまして、僕はルイ。よろしくね』
って、一番近くにいた魔獣に挨拶したら吠えられた。
虎だ。どうしてそんなに怒るの?
『ふざけんなこのくそガキ猫が! 踏み潰すぞ!』
そう言うや本当に前足を上げたから、びっくりしてしまった。
「何をしてるホセ!!」
声と同時に何かが当たった音がした。
虎が痛がってる。
『鞭で叩かれたんだよ』
少し離れたところから、軽い足取りで犬が来て言った。
ときどきいたな、どうしてもルール覚えられない子。
訓練課程をクリアするのが無理だって判断になることもある。
魔力封じられて……その後どうなるかは知らない。
『懐かしいだろ? どれくらいぶり?』
毛が長い、あんまり大きくはない犬。
首回りが白くてフサフサで、顔と背中は茶色とこげ茶。
しっぽも茶色とこげ茶。
全体的にフサフサ。おしゃれな犬。
『3年ぶりくらい』
『Cランクの出戻りって前例ないらしいぜ?』
懐っこくて陽気な犬だ。
『僕はバディになる相手がまだ学生だから』
『ところで俺はシェットランドシープドッグ、コリーの子どもじゃあないぞ。名前はララフォールシュミレンス・エドアドシーダ・ログアンゼル・ドゥ・オルスタニアだ』
『……ごめん、どう呼んだらいい?』
『ララな。俺はぶっちゃけ、お前とはうまくやりたい』
うわ! 切り込み方に迷いがない!
『物心ついた魔獣ならヴァルターシュタイン家の黒猫ルイは知ってる』
『そ、そうなんだ……知らなかったよ』
現場に出る魔獣には名前知られてたけど。
『仲良くしといて損はない。うまくやろうぜルイ』
ここまで清々しいと気持ちいいよ。
『ものすごく潔くて好きだよララ。打算はあるけど悪意がないから』
『さすが賢いな。まずは運動場を一周走って友情を育もうぜ』
『あたしも仲間に入れてよ』
『いいよ、名前を訊いてもいい?』
『アビシニアンのキャリーよ。これからよろしくね』
猫の仲間だ。素直に嬉しい。
『あのっ、みなさんっ、私もっなか……仲間に入れてくださいっ! 頑張って、ついて行きますからっ! ミニチュア、ダックス、フントのカッカですっ、お見知りおきくださいっ』
『俺も仲間にと言いたいが、走る方は専門外なんでな、上を飛ぶ。ハヤブサのサーグだ、よろしく』
走りながらみんなに挨拶して、みんなで走った。
走って跳ねてものすごく楽しかった。
サーグがキースより速く飛ぶからビックリだよ。
毎日行こう、なまった体を戻さなくちゃ。
家に帰ってカゴの中にいたらバレルが帰って来た。
ずいぶん早い。まさか授業サボったの?
そんな調子じゃ留年確定だ。
どうせ無視されるだろうから僕も無視してたら、いきなりカゴが持ち上がって何かに叩きつけられて落ちた。
すごい衝撃。
壁に叩きつけられたみたいだ。
結界なかったら即死だよ、これ。
それより、カゴ、壊れちゃった。みんなとの思い出のカゴなのに。
音を聞きつけてやって来たクレアが悲鳴を上げて、膝をついて僕を抱き上げた。
「なんて子なの! お父様が天国で嘆いておいでだわ!」
バレルは何も言わずに僕らを見下ろしてた。
とても怖い顔。
なんて言ったらいいんだろう……「絶対許さない」っていう感じ。
殺しそうな目で僕を睨んでる。
「——もう無理ね。別に暮らしましょう」
「かっ手にしろ、クソババア」
それだけ言い捨てて、バレルは部屋の方に行った。
クレアのため息が悲しそう。
「いらっしゃいルイ。少し壊れたけれど直るから大丈夫よ」
転がったカゴを両手で拾い上げて、クレアは僕に優しく笑った。
悲しいだろうに。
クレアはロランに話すのかな、もし話したらバレルはこのままじゃ済まない。
いくら子どもでも当主の言葉は絶対だから。
クレアがリビングでカゴを直していたら、郵便の配達人が来た。
バレル、無期停学になった。
理由は成績と素行。
家でもう何も言えなくなったから、学校で発散してたらしい。
自分が当主であいつはにせ者だ。
生まれる前に入れ替わられた、僕が本当の当主なんだ——。
クレアが右手をこめかみに添えてうつむいてる。
長期のお休みの間に一度受診された方が、って書き添えられてたみたい。
わかるよ、体格だけで無責任に判断した周囲の人、悪意はなくてもこういう結果になる一因を作った。
だけどそれは、少し育てばちゃんと理解できるはずのことだった。
君は事実を受け入れなかった。
意地になって拒絶して、自分の中に闇を育ててしまった。
「これでどうかしら。可愛いでしょ?」
クレアは壊れた跡なんて気づかないくらい綺麗に直してくれた。
その上に青いリボンをつけてくれたから全然わからない。すごい!
「あら、もうこんな時間」
そして晩ご飯の仕度を始めた。
ロランが帰ってきて、まっすぐキッチンに行ったから、僕も追いかけた。
「ご存命でよかったです、お母様。まあ心配はしていなかったんですが」
「被害はルイのカゴが少し壊れたくらいよ。直しておいたわ」
「さぞ荒れているかと予想していましたが、外れてよかったです」
知ってたんだな、バレルの無期停学。
まあ……人の噂が広がる速度はすごいから。
ロランが部屋に行って、僕は後を追いかけた。
「大変だったね、カゴ」
「大丈夫だよ、繕ったところにリボンをつけてくれたから、可愛くなったんだ」
ロランは制服から部屋着に着替えて、重そうな動作で椅子に座った。
「まいったな……どうすればいいんだろう」
大問題だよね。
「まさか超小型の魔獣を壁に叩きつけたなんて」
正直なところ、乱暴を通り越して凶暴だよ。
この先普通に生きていける?
僕は犯罪者しか思いつかない。
「誰かに知られたら補導確実だ。更正院に入れられるかも」
「家族は内緒にしててもいいよね?」
「本当はよくない……現実問題として身内から告発されるケースは少ないけど」
さんざんマリスに叱られたのに直らなかったんだ。
この先も直る見込みはないんだろうな。
「今さら性格が変わるなんて期待は持てないし……」
「うん……僕も無理だと思う」
「むしろ悪化するかもね。初等科での無期停学なんて、前例がないんだ」
「昔からの積み重ねじゃない? 最近特に荒れてたし」
ロランも力なくうなずいた。
学校ももう限界だったんだろうね。
他の生徒に影響悪すぎる。
「家から出すの?」
訊いたら、ロランは首を横に振った。
「そんなことできるわけがない。だけど……」
「行き場がないでしょ、心当たりある?」
「一族みんなが拒んでる。あのままじゃ僕も強くはお願いできない」
誰だって引き取りたくないだろうな……。
「この先、問題がなければ今まで通り暮らしてかまわないんだ」
ロラン、君、度胸すごいね。
「自分に合った仕事を探しながら学校に復帰して勉強してくれたら、一番いいんだけど」
「それができる子だったら、前代未聞の停学なんてさせられないよ」
「……とりあえずお茶にしようか」
ロランは椅子から離れた。
「お腹が空いてる時に難しいことを考えちゃいけない。短絡的になるからね」
そう言って、いつものように手を洗ってリビングに行った。
焼きたてのビスケットを半分に割って、ハチミツをかけて食べながらお茶を飲んで、隣に座ってる僕をなでる。
「いい子だねルイ。君が隣にいるとホッとするよ。とても安心する」
僕は鳴くだけだけど。
ロランの背中側から足音が小さく聞こえて、クレアだと思ったんだ。
でも——近づくごとに気配が違うって気づいて。
殺気……?
とっさにソファの背もたれに飛び乗った。
バレルが横に構えた刃物で、ロランの首目がけて薙ごうとしてた。
振り向きかけたロランにもうナイフが当たりそう!
僕は夢中でソファを蹴ってバレルの手首に噛みついた。
ギャアって悲鳴をあげて痛がってるけど、もう同情なんてしないから。
君は今本気でロランを殺そうとしたよね?
手首の骨が折れても離さないからね、君がナイフを捨てるまで!
押しのけようとして必死で僕の頭をつかむけど、僕には結界がある。
結界がなかったとしても負けない。
Cランクの戦闘魔獣を舐めるな!
わかってる、魔獣は人に危害を加えちゃいけない。
でも、僕はロランを守る。
本当は、僕はナイフが怖いんだ。
お腹を裂かれた凄まじい痛みを思い出して、体が震える。
だけど、今だけは怖くても震えても放しちゃダメだ!
放したら後悔する、絶対に後悔する!
それでもバレルはナイフを放さなくて。
凄まじい執念……果てしない憎悪。
「殺す、ぜったい殺す! 死ね、ロラン!!」
魔物の気配さえ感じる……怖い。
「お前はおれから何もかもうばった、殺されて当ぜんなんだ!!」
君は始めから何も持っていない。
奪おうとしてるのは君なんだ、バレル。
でも奪えない。君は欲しいものを何ひとつ手に入れられない。
容姿も知性も魔力も相続権も——僕も。
「死ね! そしておれに全ぶよこせ!!」
ロランは呆然として動けない。
次の瞬間、バレルと僕は大きな水のボールに包まれた。
一瞬にも満たないほど速かった。
クレアが立ってた。
ああ、これがアクアボールなんだ。
僕は結界で平気だけど、バレルはすぐ死ぬ。
本気で怒らせてしまった、クレアを。
バレルは両手で首を押さえてる。
危ない、本当にバレルが溺れるよ、クレア!!
レザークローで切ろうとしたけど水が重い。
肉球にかかる抵抗が大きくて足を振れない。
もうバレルは限界だよ!
水が一瞬で消えた……。
バレルは床に崩れて、ひどく咳き込んでる。
「超えてはならない一線を、あなたは越えてしまった」
普通すぎて恐ろしかった、クレアの声。
右手から血を流しながら、バレルは震えてる。
「じょ……じょうだんなんだ、いまのは、じょ——」
「自分の席についていらっしゃい。警察を呼びます」
クレアは本当に警察に使いを遣った。
確かに殺人未遂だから警察沙汰だけど。
だけど、ほんの少しの隙を突いてバレルは家を飛び出して、警察の人たちが探したけど見つからなかった。
もう帰って来られないだろうな。
いったいどうするんだろう……10才の子どもがひとりで生きられるわけがないのに。




