表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/42

Act.2 ブルーアイの黒猫


 気がついたら、ふかふかのクッションが詰まったカゴに入ってた。

 男の人と子どもが僕を覗き込んでいた。

 目が合ったら、ふたりともビックリした顔になった。

「この子、瞳が青いぞ。何だこれは……突然変異かな」

 誰? 知らない人だ。

 男の人は黒い髪でこげ茶色の目。

 肩幅が広くてたくましい。僕を見る瞳はとても優しい。

「何はともあれ目が覚めてよかった。君はね、うちの庭先に倒れていたんだ」

 男の人がそう言った。意味はちゃんとわかる。

 猫にも人間みたいに話しかけるんだね。

 動物が好きな人はみんなそうだって、夜会の仲間が言ってた。

 僕を飼ってた家のみんなもそうだったよ。

「体重は1キロちょっと、まだ4か月齢くらいかな」

 ここはどんな世界なんだろう?

 小さい男の子かな、が、じっと僕を見てる。

 柔らかそうで癖のない黒っぽい髪。瞳は濃い青。

 目鼻立ちが端正に整って、とても賢そうな子。

 ちょっとびっくりした感じで小さく言った。

「あおいおめめのくろいこねこちゃんだ……こんなこ、いるんだ……」

 子猫……殺された時のままかな?

 っていうか、僕は金目だよ? 青くないよ。

 でもふたりとも青いって言ってる。

「大丈夫そう?」

 女の人が僕を見た。

 金糸みたいな髪を後ろに結い上げて、明るい青の目。

 僕を飼ってたお母さんに似てる。にっこり笑うととても優しい。上品で綺麗。

「あら、本当に空みたいに青いのね。うふふ、しっぽが長くて可愛いわね」

 空の青——フレイヤ様の目の色?

「毛艶のよさから見て病気はなさそうだし、ケガもしていない」

「よかったわ、無事で。本当に毛艶のいい子。どこの子かしら」

「なにしろステータスが白紙じゃ手がかりがない」

「どうしましょう……」

「ブリーダーギルドとパートナーショップ組合で照会してもらったけど、黒猫の扱いはなかった。一応証明書はもらってきたよ」

 男の人はちょっと困ったふう。

「どこから来たんだ君は? 黒猫の自由猫なんてありえないって、みんな驚いているよ」

「ミルク、飲めるかしら」

「あげてみよう。飲めるなら大丈夫だ」

 女の人が両手で僕をそっと包んで、床に下ろした。

 4本の足でちゃんと立った僕の前にお皿が出てきた。

 いい匂い!

 あっ……でも僕、ミルクを飲むとお腹を壊すんだ。

 どうしよう……。

「大丈夫よ、猫がお腹を壊さないように調理してあるから」

 ほんと?

 人間たちが僕を見つめているのを忘れてミルクを舐めた。

「まるでクレアの言葉が通じているみたいだ」

 男の人が楽しそうに笑った。

 クレアっていうの? ミルク頂きます。

 ミルクは甘くて、濃くてほんのり温かくて、とても美味しくて。

 すぐに全部舐めてしまった。

 こんなに美味しいミルクは初めてだよ、ありがとう。

「お、元気だぞこの子。心配ない。よかったな」

「食べられそうね。今、柔らかく煮たお肉をあげるわね」

 クレアがいなくなって、男の子はじっと僕を観察してる。

 美味しいご飯を食べさせてもらって、カゴの中で休んでいたら、男の人の声がした。

「お帰り、お母さん。さっそくで済まないけど、この子を見てくれないかな」

「なんだい?」

「子猫なんだ。玄関先の芝生に倒れたって、ロランが連れてきたんだ」

「どれ、見せてごらん。大丈夫かね、子猫が雨に打たれてたなんて大変だ」

 目が覚めて、覗き込んできた人の顔を見た。

 グレーの髪を後ろで束ねた? お年寄りだ。

 顔にはしわがたくさん。すごく優しいしわ。

 黒い瞳はキラキラしてて、僕を見て笑顔になった。

 とてもステキな笑顔だ。可愛いおばあちゃん。

 ずいぶん年を取ってると思うけど、とても元気。

「おやまあ、黒猫じゃあないか。これは縁起がいい」

「私は1度見たことがあるだけ。触ったこともなかったよ」

「目が青いんだね。突然変異個体なのか、他に何かあるのか……」

「黒猫は金目ですよね」

「そうさ、みんな金目だ」

 フレイヤ様がおっしゃった通りなのかな?

 ここでは黒猫は虐められない?

「で、どこの子なんだい? 元気なら返してやらないと」

「調べたんだけど、ブリーダーもショップも扱い記録なし」

「おやまあ……」

「ステータスは真っ白。登録もされてなかった」

「なんだいそりゃ、野良だとでもいうのかい?」

「お母さん、外では野良って言っちゃダメだよ。自由猫」

「中身は一緒じゃないか、野良も自由も」

「任せる先がないから、しばらく、うちで様子をみられないかなと思って」

「そうするのがよさそうだ。……バレルはいないのかい?」

「あ……実は……」

 お父様、困ったように指先で顎を掻いた。

「ちょっと、ケガをして……」

「どこを傷めたんだ」

「足首をくじいて、あと、背中と後ろ頭を打って」

「いったい何をやらかしたんだい」

「猫の死体なんか汚いって……蹴った、ようで……生きてたんだけど」

「あとで搾り上げてやろう。でも何でケガをしたんだ?」

「——弾かれました」

「弾かれた?」

「爪先が当たった瞬間に弾き飛ばされたみたいで。そうなんだろう、ロラン?」

「はい、バレルはものすごくとばされて、じめんにころがって……」

「待ちなよ、そりゃ物理結界じゃないのかい? こんな子猫が?」

「信じがたいんですが……実際にバレルはケガをしましたし」

「物理結界を持った子猫……」

「どうします?」

 お母さん? は、顎に手を当てて考え込んでる。

 仕草がお父様にすごく似てる。

「このまま自由にさせてみよう」

「もちろん自由にさせますよ」

「そうじゃなくて、窓をいくつか開けておあげ」

「自由猫の黒猫を放すんですかっ」

 お父様、かなり焦ってる。

「この子は神様のご加護があるのかもしれない」

「えっ?」

「碧眼の黒猫の子が自由猫だなんて、常識じゃありえないことばかりだ」

「まあ、黒猫ってだけで稀少種だから、おかしいことだらけですけど」

「ステータスが白いってのも、この子が自由だからかもだ」

 お父様、渋々って感じ。

「ここにいたければ残るだろうし、嫌なら他所に行く。それでいいんだ」

 お母さんはそう言って、僕にステキな笑顔をくれた。

 だから、ここにいてみることにした。

 フレイヤ様のお導きかもしれないし。

 クレアは毎日、柔らかく煮た肉とミルクをくれて、笑顔でなでてくれる。

 お父様はマリス。僕を見るたびに腕を組んで悩んでる。

 男の子が僕のしっぽを握って引っ張ったら、急にひっくり返って固まった。

 ビックリしたんだ。

 お母さんが来て、男の子の頭をなでた。

「ロラン、猫ちゃんを驚かせちゃいけないよ、優しくしておあげ」

 ビックリしたのはロランの方だよ、お母さん。

「ごめんなさい、おばあさま」

「強くすると、バレルみたいに飛ばされてケガをするからね」

 知ってる、小さな子は悪気なしてやってしまうんだ。

 前の世界で何度もされたよ。

 小さな子は力の加減がわからないから、しかたない。

 でも……僕も何とかならないかな。子どもにケガなんてさせたくないよ。

 夜、みんなが寝静まった頃、僕はカゴの中に座ってフレイヤ様に呼びかけた。

「僕は子どもにケガさせたり、したくないです」

「それはね、あなたが自分でちゃんと制御できるのよ」

「どうしたらいいですか?」

「すぐに慣れるわ。大丈夫よ」

 フレイヤ様がおっしゃった通りだった。

 ちょっと気をつけるようにしてたら、すぐに慣れた。

 この家はみんなとても優しくて、居心地がよかった。

 ただ、もうひとり男の子がいるんだけど、絶対に僕に近づかない。

 記憶がないけど、僕に弾き飛ばされた子らしい。

 名前はバレル。

 マリスと同じ、ちょっとくせ毛の黒い髪、こげ茶色の目。

 でも……この家の人はみんな顔立ちが整ってるのに、この子だけ残念な顔。

 髪と目と、ちょっと骨格の感じがマリスの遺伝かな。

 怯えた目で僕を見てる。

 気にしない。僕もちょっと気分悪いから。

 倒れてる子猫を蹴ろうなんて、何を考えてるんだろう。

「ここへおいで」

 お母さんの部屋。彼女は僕を膝に乗せて、なでてくれた。

「このヴァルターシュタイン家はね、代々魔術師の家なのさ」

 魔術師って、箒に乗って飛んでゲームをするの?

「あたしは魔法を使って薬を作ったり、病気の手当てをする回復術士」

 お医者さんみたいな?

「他にも装備や道具を作る技術魔術師」

 何か作るんだね。

「魔物の討伐に出る戦闘魔術師」

 ふうん、魔術師は専門があるんだ。

「昨日からマリスがいないだろう?」

 そういえば朝出かけて夜帰って来なかった。

「冒険者の仲間と一緒に魔物討伐に出かけているんだ」

 そうなんだ、仕事に行ってるんだ。

 魔物……怪獣とか、そんな感じかな。怖いな。

 倒してくれるヒーローとかいないのかな?

 僕の世界にはいたけど。

「お前は野良猫だからねえ」

 みんな自由猫っていうけど、それってやっぱり野良猫のことなの?

 野良猫かあ……幸せどころか苦労の連続決定だ。

 ゴミを漁ったり雨水を飲んだり、嫌だなあ。

「たとえば、もしお前がうちの子になると、野良猫じゃなくなるよ」

 飼ってくれるの?

「ただ、家の仕事の手伝いをしてもらうことになるんだ」

 仕事? 僕が?

「時には怖い魔物と戦う手伝いをするかもしれない。とっても怖いんだよ?」

 戦うって……引っ掻いたり噛みついたり……痛いよ!

 恋の季節になると、僕より上の猫たちが大喧嘩するけど、あんな感じ?

 もっと怖い?

「無理をしなくていいんだよ、お前は神様のご加護がある子、自由に選んでいいんだ。それこそ遊んでたってかまわないさ。神様の思し召しだ」

 遊んで暮らす……前はそうだった。

 でも、僕はずっとこの世界で生きていくんだし。

 逃げてばっかりいたら何もできない。

「ねえ、お母さん」

 あ、僕、人間の言葉しゃべった?!

 どうしてだろ?

 でも僕がしゃべっても、お母さんはまったく驚かない。

 普通にずっとなでててくれる。

 当の僕が驚いてるのに。

 きっと、ものすごく落ち着いてる人なんだ。

「驚いたねえ、お前はお話ができるのかい」

 全然驚いてないじゃん。

「できるみたい……今ビックリしてる」

「どうりで人の話がわかるような仕草をするわけだ」

「痛いのはもう嫌だけど、死なないってフレイヤ様がおっしゃったよ」

「フレイヤ様のご加護だったのかい。美しい女神様だろう?」

「うん、すごく綺麗で優しい女神様だよ」

「そうかい、あたしは肖像画しか拝見してないが、美しい方だ」

「僕は純黒の猫で、そのせいで人間に殺されてしまったんだ」

 おばあ様は小さな声で、コールサルト、って呟いた。

「ああ、子猫を殺すなんて、何てことをするんだろう、可哀想に」

「フレイヤ様もそうおっしゃって、安心して暮らせる世界に案内してくださったんだ」

「うんうん、この世界ではみんな黒猫が大好きだ」

「そういえばみんな、僕が黒猫だって喜んでた」

「それにね、魔力があるから魔術師も冒険者もみんな黒猫をバディにしたいんだ。ましてコールサルトなんて、こりゃあ大ごとだよ」

「フレイヤ様も仰ってた、コールサルトって」

「幻獣、幻の猫だ。魔法の最強種。みんな猫とドラゴンのハーフだとか言ってるけどね。こりゃあますます、誰もがバディに欲しがるよ」

「バディって何?」

「相棒だよ。ほとんどの魔術師と冒険者は相棒の魔獣と契約してる」

「飼い主?」

「違うよ。特にマリスみたいな戦闘魔術師にとってはね」

「特別なことをするの?」

「お互いの命を預け合って預かり合う、とても深い絆を紡ぐ相棒だ」

「じゃあ強いバディがいないとダメだね」

「お前はコールサルトだから、どんな魔物だってやっつけるさ」

「でもごめん……僕は何もできないよ」

「今はまだ弱いけれど、お前はこれからどんどん強くなる」

「お母さんも僕が欲しいの?」

「そりゃあもう、喉から手が出るほど欲しいさ」

 笑顔。僕が大好きなおばあ様。

「でも、決めるのはお前」

 欲しいなら自分のものにしちゃえばいいのに、しない。

「女神様のご加護のもと、この世界で自由に生きていいんだよ」

 正直な人なんだなって思う。

 都合の悪いことも本心も、何も迷わずに話してくれる。

「もし魔術師のバディになるなら、契約っていうのをしなきゃならない。一緒に働くって約束だ」

 約束……守るやつだね、元の世界のお父さんが言ってた。

「これは契約者が死んだら自然になくなる」

 死んじゃうなんて悲しいよ。

「また誰かと契約してもいいし、自由なままでもいい。すべてお前の意思のまま」

 仕事。

 猫は仕事なんて考えたことがない。ほとんどの動物がそうだと思う。

 犬は紐で繋いだ人間を歩かせてるから、それが仕事かな。

 鳥は自由に飛んでいるし、猫たちも思うままに生きてる。

 でも、僕は人間が好き。

 殺した奴らは許さないけど、僕のそばにいた人間はみんな優しかった。

 独りぼっちは悲しい。

 ずっとずっと独りぼっちなんて悲しすぎる。

「お母さん、僕は仕事をしてみたいけど、したことがないんだ」

「まだ子猫だし、そりゃあそうさ」

「できるかどうか自信がないよ」

「大丈夫さ。あたしと契約してみるかい?」

「うん、僕はお母さんが好き」

「じゃあ仮契約をしよう。お試しさ。あたしにはもうバディがいるから、二重契約はできないけどね」

 ふうん、バディは1匹だけなんだ。

「お前はこの世界を知りたくないかい?」

「それがいいよ。僕はそれがいい。僕もいろんなこと知りたい」

「よし、じゃあ仮契約だ。あたしは老い先短いから、すぐ自由になれるさ」

「嫌だよ、元気でいてよ」

 うんうんってうなずいて、おばあ様は言った。

「お前の名前は、ルイでいいかい?」

 元の名前はフランだったけど……僕はこれからこの世界で生きていくから。

「僕が住んでた国の王様の名前だ。カッコいいね」

「王様? そりゃコールサルトのお前にピッタリだ」

 おばあ様はテーブルにあった小さくて細い箱を引き寄せた。

 中に細い針が入ってた。

 持ち手がついてて、とっても丁寧な細工がしてある。

 芸術品? みたい。

 そして左手の中指をほんの少し刺した。

 ちょっとだけ血が出て、それを僕の口元に差し出した。

「ルイ、これをお舐め。でないとえにしが繋がらないんだ」

 ほんのわずかな血を舐めた。

「お前の肉球にほんの少し傷をつけるよ? すぐに治してあげるからね」

 そしておばあ様は僕の血を舐めて、手で前足を包んだ。

「ルイとステラ、我ら今ここに縁を結びて共にあらん」

 体がふわっと温かくなって、おばあ様は僕を抱き上げて頬ずりした。

 ステラっていうんだね。ステキな名前。

「いい子だね、ルイ。お前はいい子だ」

 気持ちいい。頬ずりなんて久しぶりだ。

「こんなに綺麗で賢くて可愛い子が来てくれたなんて、あたしは果報者だ」

 この世界はフレイヤ様が仰ったように、僕には優しいところなのかもしれない。

 魔獣管理局? っていうところに馬車で行って、僕はルイって名前でステラの仮契約魔獣って登録された。

 僕はこの世界で生きていく。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ