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Act.14 クレアを治せ!


『大変! 早くキッチンに行って!!』

 リザがまっすぐ走ってて、木の株に座っていたステラが立ち上がった。

「そんなに吠えて、いったいどうしたんだいリザ!!」

 リザの言葉はステラに届かない。

『油が入った鍋がひっくり返ったの!』

 大変だ!

「クレアが火傷をしたんだ!」

 僕は事情がわからなくてうろたえてるステラの靴下を噛んで引いた。

 早くキッチンに行かなくちゃ、一刻も早く!

 そんな時は転移魔法、一瞬でキッチンだ。

 床に鍋が転がっていて、うずくまったクレアが苦しんでた。

 太ももから足首まで、ひどい火傷だ。

 クレアはたくさんの魔法が使える。

 けど、回復魔法だけで追いつく火傷じゃない。

「クレア、クレア、ああ天主様、わたくしに力を、クレアに慈悲をお授けください」

 ステラは油を被った服の周りを全部切った。

 布はもう肌にくっついてる。

 その周りは真っ赤になって大きな水ぶくれだ。

「ルイ、力を貸しておくれ。お前なら綺麗に治せる」

 うん、わかった。

「あたしが軽いところを治すから、お前は重いところを治すんだ。

 痛がって呻くクレアにステラは麻酔の魔法をかけて、治し始めた。

「済みません、お義母様……私の不注意で……」

「しゃべらなくていい、安静にしておいで。今治してあげるから」

 僕も神聖魔法で。

 これは手強いな、火傷が深いし範囲も広い。

 骨折みたいに単純な話じゃない。

「頑張っておくれルイ、どうかこの子を治してやっておくれ」

 ステラの声は泣きそうだった。

「この子はケミカリ家からお預かりしてる、大切なお嬢さんだ」

「マリスのお嫁さんじゃないの?」

「お嫁ってのは、他所様の娘さんをもらうんじゃない」

 ステラの目は真剣だ。

「預かりものだから大切にしなきゃならないんだ。深手なんてとんでもない」

 魔力足りないかも……かなり増えてるんだけど、傷がひどすぎる。

 弱気になった僕にステラに言った。

「こういう時こそ考える。思考を止めちゃダメなんだ、ルイ」

 考える……僕が今できることを考える……でも僕は今魔力の残りが少ない。

 どうしたらクレアを治せるんだろう……。

 神聖魔法があっても、魔力が……。

 ——ステラから借りればいいんだ!

「魔力移動してもいい?」

「この子が治るなら根こそぎ持って行きな」

 ごめんねステラ。でもこれものすごく魔力が必要だ。すごい重傷。

 初めてだ、こんなにひどい傷。

 治療してたらマリスとキースが帰ってきて大騒ぎ。

「煮えた油を被ったんだよ。ルイがいてくれて助かった」

「……お母さんはどうして倒れてるんだい?」

「魔力をルイに分けちまったからだよ」

「またかい!」

「その代わり、綺麗に治るよ」

「ああ、神聖魔法は本当にありがたい。天主様、フレイヤ様、心より感謝を捧げます」

「ルイにも感謝おし、バカ息子」

 とりあえず治療に専念しなくちゃ。もうすぐ治る。

 マリスに手を借りて、ステラは椅子に座った。

「純黒というのは、これほどまでに愛でられるものなんだね」

「黒猫はただでさえ稀少なのに、コールサルトだからね」

「マリス、あたしたちも大切にしなくてはね」

 幸いクレアは元通りに治って「今の方が肌が綺麗みたい」って笑ってた。

 ステラは回復に3日。魔力ずいぶん引っ張っちゃったから。

 僕も全治2日。自分の魔力は全部使っちゃったから。

 でもクレアは家族だから。絶対治したかったんだ。

「ありがとう、ルイ。あなたのおかげですっかり治ったわ。ご飯をどうぞ」

 ああ、クレアのご飯は美味しくて、毎日幸せ。

「それと、私からのお礼よ」

 ご飯を食べ終わったら小さなお皿が出てきた。

 何か肌色でトロッとしたのが少し入ってる。

 ものすごくいい匂いがする。

 そーっと舌先で舐めてみた……。

 ——美味しい……!!

 何これ、何の魔法!? 誰が作ったの?

 夢みたいに美味しいよ!

 ああ、夢中で全部舐めてしまった。

 いくらでも欲しい、本当に夢みたい。

 未練たらしくお皿の匂いをかいでいたら、クレアが来て頭をなででくれた。

「気に入った? じゃあもう少しあげるわね。早く元気にならなくちゃ」

 クレアだったんだ。

 今まで考えたことがなかったけど、クレアのご飯はいつだって美味しい。

 ソファに座ったステラが僕を膝に乗せた。

「うまいだろう? あの子の料理は秘術だから本人しか知らないんだ」

 僕は大満足で、前足を舐めて顔を洗う。

「腕によりをかければ、一時的にステータスが上がる食事も作れるんだよ」

「すごいことなの?」

「ああ、すごいことさ。なかなかできない技だよ」

 普通の綺麗なお母さんみたいなんだけど、いろいろ違うみたい。

 訓練、怖いしね……。

「美人だし、そりゃあもう、冒険者も魔術師も、男どもが奪い合いだ」

「すごいね、クレアはお姫様みたいに愛されてたんだね」

「そうだよ。ご縁があってうちに来たんだ。……実はマリスに惚れてたのさ」

 うわあ意外!

「求婚に行った男どもは全員玉砕、無理だよって腰が引けてるマリスを蹴飛ばして行かせたら、平手食らって〝遅い!〟って叱られて婚約。笑えるだろう?」

「お義母様、いくら猫でもそんな話をしないで……この子賢いのですもの」

 クレア、苦笑い。そんなにマリスが好きだったんだ。

 カッコいいもんね。時々ちょっと腰が引けるけど。

「ところで、お母さん」

 キースを連れて帰ってきたマリスが真剣な顔で言った。

「ん? ずいぶんと真面目な顔をして」

「レイドが決まった。例のレッドバックビーストだ。5チーム、55人で行く」

 ステラの顔が真面目になった。

「内訳は?」

「剣士が24人、射手が8人、補助魔法6人、回復19人」

「ずいぶんバランスが悪いね」

「回復魔法の弱さを数で補うしかない」

「そうだね、こんな討伐に出ようってだけでも立派だよ」

「依頼側ももう限界なんだ、3日にひとりは食われてる」

「食い意地の汚い魔物だ」

「逃げ出す者も多くて、村として存亡の危機に陥ってるんだ」

「強い攻撃魔法が欲しいね、せっかく魔法が効く相手なのに」

「それがいないんだ……有効な魔法を持ってても乗ってくれない」

「英雄になれる絶好の機会なのに」

「私だって行かずに済むなら嬉しいよ」

「何言ってんだい、お前はヴァルターシュタイン家の当主だ!」

 出た、ステラの一喝。

「ん……つまりみんな危険を承知で行く理由がないんだよ」

「どういうことだい」

「使命感で行くのは数人……あとは多額の借金があるとか、訳あり」

 ステラは呆れて黙っちゃった。

「そういうわけで、まともな生活を営んでる強い魔術師はいないんだ」

「大丈夫かい? 長引いたら二の舞だ」

「Bランクの氷魔法使いがいるけど、殺せるほど強くないと思う」

「はぁ……Bランクでもいいから雷使いがいりゃあねえ」

 しばらく、しん、とした。

 55人も戦争に行くんだね。マリスとキースも。

 マリスの20倍もある魔物なんて、僕には想像もできない。

 でも攻撃魔法が効くんだね?

 雷魔法は効く?

「——あたしが行こう」

 ステラが言うとマリスは驚いて黙り込んで、正気に返って大きな声を出した。

「おっ、お母さんは回復術士で、レイドに行くような人じゃない!」

「だから、その回復術士が足りないんだろう。あたしが行けばちょうどいい」

「い、いや、ヴァルターシュタインの当主はばあちゃんを連れて行ったなんて……」

「体面なんか気にしてる場合じゃない。人が食われてるんだ」

「それは……」

「村から逃げて住む場所もなく、洞窟で夜露をしのいでる人もいるだろう」

 そしてステラは言い切った。

「ばばあひとりでも役に立つなら喜んで行こう。明日、冒険者ギルドに短期入会する」

 言って、ステラは僕を膝に抱き上げた。

「お前は仮契約だ。あたしのバディじゃない」

 うん。でもステラは行くんでしょ?

「でもね、どうかこの通り頼むよ、あたしと一緒に行っておくれでないかい?」

 お願い?

「隣の山なんだ。人を食い尽くしたら、ここに来るかもしれない……大変なことになる」

 お願いなんてしないでよ、ステラが行くなら僕も行くよ。

 当然じゃないか、バディじゃないけど自分の意思で契約したんだもん。

 マリスの前では話せないから、伸び上がってステラに頬ずりした。

「うんうん……必ず無事に帰ってきて、クレアのご飯を食べようね」

 マリスは顎に手を当てて困惑してる。

「だけど、ルイはレベルが……魔力も弱」

「マリス」

「は、はい、お母さん」

「ルイの魔力と体力はDランクレベルだ」

「え? そんなに?」

「この子を連れて行っておいで」

「どどこへ?」

「ブリーダーギルドとショップ組合、特例で討伐参加の許可を取り付けるんだ。早々に調整おし」

「調整って」

「この子は魔力移動でSランクのステラ・ヴァルターシュタインの魔力を自由に使える。攻撃も回復も万能だ、レイドに入れて問題ない。これ以上ビーストを放っておけないんだから」

 最大で7000の魔力。

 自分でもちょっと怖くなった。

「——朝一番に掛け合ってくる」

 それをリザに話したら、ものすごくビックリした。

『レイドですって!? どうかしてるわ、専門が違うじゃないの!』

『でもステラが行くって言うんだ』

『あたし止めに行く!』

『無理だよ、見たことがないくらい怖い顔だったよ。ステラは本気なんだ』

『あなたはどうなのよ、ピクニックであたしとじゃれるのとは違うのよ』

『僕には万能結界があるから平気。ただ、ステラたちは生身だ』

『……そうね、あなたは結界があるんだった。広げられればいいんだけど』

『僕もさんざん練習したけど無理だったよ。自分しか守れないんだ』

『どうするの?』

『ステラは頭に雷魔法を落とすって言ってる。攻撃魔法に弱いんだって』

『なるほどね、ステラは攻撃魔法が使えないけど、あなたは使える』

『うん。雷魔法は一番相性がいいって』

『ステラの魔力を借りればいいのね』

『当たればお釣りが出るって言ってた』

『本当に?』

『前みたいにすごく大きな柱は必要ないから、大丈夫だよ』

 自然の雷はものすごい強さだけど、魔物1匹倒すのにそんな力はいらないってステラは言ってた。

『——心配してるんだからね?』

『うん』

『あたしはもう年だし、ケガで戦闘は引退してる』

 そうだよ、だからリザは来ちゃダメ。

 戦闘魔獣だったらとっくに引退してる年なんだから。

 老衰で死ぬって決めてるって言ってたじゃないか。

『だからステラはあたしを連れていかないと思うの』

『リザは危ないことしちゃダメだよ、僕の大事な友達だから』

『あたしの分もステラを守って……お願い』

 うん、ステラは絶対に守ってみせるから。


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