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Act.1 純黒の猫、コールサルト


 僕は毎日幸せで楽しかった。

 一家は5人で、お父さんとお母さん、子どもたちが3人。

 男の子と、女の子がふたり。

 みんな僕を可愛がってくれた。

 なのに、どうして僕は今、真っ暗なところに閉じ込められているの?

 4本の足を全部くくりつけられてお腹を上にして。

 必死で声を上げた。

 放してよ! 僕を自由にしてよ!

 みんなのところに帰してよ!!

 しばらくしたら男の人の声が近くで聞こえた。

「サタン様、我らが崇拝するお方、どうぞ私の声をお聞き届けくださいませ」

 サタン……聞いたことあるけど、誰だっけ?

「どうかお喜びください、私どもは純黒の猫を手に入れましてございます」

 何それ? 僕は普通の黒猫の子どもだよ。猫間違いだ。

「ただいまより生贄としてあなた様に捧げます。なにとぞお納めください」

 上が持ち上がった。箱を被せられてたんだ。

 台に乗せられてて、周囲は薄暗かった。

 大勢の人の気配がした。

「世にも珍しき純黒の猫よ、サタン様の御許に招かれ寵愛を受けよ」

 いきなり胸に何か刺さった。

 絶叫した。

 刃物だ、これ刃物だ!!

 殺される!

 でも逃げたくても逃げられない、身動きできない。

 それにこんなところを刺されたら——お腹まで切り裂かれたから、助からない。

 ただ叫ぶだけ。恐怖で叫ぶだけ。

 気が狂いそうだ……ううん、もう狂ってる。殺されるんだから。

 痛い、痛いよ、もう早く殺してよ!

 狂気に任せて叫び続ける僕を見物しないでよ!

 痛いよ、怖いよ、痛い、怖い、助けて、神様助けて……。

 首にさっきと同じ感触がして、首の肉に入ってきた。

 死ぬ。僕は殺される。理由もわからないまま。

 ゴリって感覚があって、その先のことはもうわからない。

 純黒の、無…………。



 ここはどこだろう?

 一拍おいて、僕は悪夢を思い出して叫んであがいた。。

 パニックになった僕を、誰かがギュッと抱いた。

「放して! 殺されるのは嫌だ!」

「——可哀想な子、あなたはもう殺されてしまったのよ……」

 殺された……?

 悪夢じゃなくて、本当に殺された?

「ならどうして生きてるのさ!?」

 優しくて上品な声と話し方。

 若い女の人……だと思う。

「魂が体から離れてしまう前に、引き寄せて命を授けたの」

 命を授けた?

「救いを求めるあなたの声が、偶然わたくしに聞こえたの」

 僕の声を聞いてくれたんだ……助けてくれたんだ。

「あまりにも惨たらしくて、見なかったことにはできなかった」

 僕は生きてるんだ。生き返らせてもらったんだ。

「ありがとう……ありがとう! 僕を助けてくれてありがとう!」

 彼女が腕を緩めて僕を抱き直したから、顔が見えた。

 なんて綺麗な人なんだ。女神様みたいだ。

 艶がある美しいプラチナブロンド、秋の晴れた空みたいな澄んだ青い目。

 色白でしっとりとした雰囲気。すらりとした鼻筋、整った唇。

 見とれていたら、顔を優しくなでてくれた。

「でも、ここは、あなたがいた世界とは違うの」

「家に帰れないの?」

「ええ……でも聞いて頂戴。この世界では黒猫は稀少種なの」

「きしょうしゅ?」

「とっても数が少ないということよ。人間たちはみんな黒猫が大好き。猫が苦手でも虐める人間はいないわ。神様の罰が怖いから」

 家の近所には何匹もいたのに。

「そしてあなたはこの世界で〝コールサルト〟と呼ばれる、純黒の猫」

「こーるさると?」

「他の色の毛が一本もない、鼻も肉球も、純黒」

「特別なの?」

「わたくしが最後に見たのは580年前」

 わからないけど、相当すごいらしい。

「それもあって、思わず手が出てしまった……あなたの気持ちも確かめずに勝手なことをしてしまったわたくしを許して頂戴」

「とんでもない! 僕がお礼を言わないと!」

「わたくしの身勝手の代償をあなたに授けます」

 ふと毅然とした口調になった。

「二度と失われぬ命、何者にも捕らえられぬ力……そして自由。このフレイヤの名において、あなたに大いなる加護と眷族たる証を」

 そっと目を隠された。何秒か。

 僕には何がどうなのか、まったくわからない。

 それは彼女もわかってて、僕の頭をなでて微笑んだ。

「あなたはわたくしが誇りにかけて守ります」

「あ、ありがとう……ところで、あなたは誰?」

「わたくしはフレイヤ。この世界の豊穣を司る女神。そして猫の守護神」

 本当に女神様だった。

「ご、ごめんなさい、抱っこなんてさせてしまって」

「いいのよ、わたくしは猫が大好き」

「敬愛しますフレイヤ様」

「このまま手元におきたいけれど、ここは生きている猫の居場所ではないの」

「?」

「不本意に命を絶たれた猫たちの無念を拭って、魂を浄化するのよ」

 ここにはいられないんだ……。

「……僕は、まったく知らないこの世界で、生きていけますか?」

 フレイヤ様は優しく微笑んで言った。

「いつでもわたくしをお呼びなさい」

「はい。困ったらお導きください」

「さあ、あなたが幸せになれるところへ送ってあげるわ」

「すべてフレイヤ様にお任せします」

「誰よりも幸せな猫になってね」

 そうしたら急に眠くなって、僕は目を閉じた。

 純白の世界。

 純白の、無…………。


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