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なかよしワンダーグラウンド  作者: 森 go太
第一部『邂・逅』
7/25

7話 卍金堂

 小雪ちゃんが泊まりに来て3日目の早朝。朝焼けの緩やかな光にあてられ、耕助は目を覚ます。


 デジタル時計を確認すると、時刻はまだ4時半ーーしかし昨日千合温泉でしっかり整ったおかげか、はたまたハゲにされたおかげか、頭はこれ以上なくスッキリしていた。


 しかも今日の夜は、年に一回の花火大会。これは良い1日になりそうだーー。そんな予感と共に、耕助はベッドを出て洗面所へと向かう。


 今日は休日であるため、両親はまだ起きていなかった。耕助は電気も付けず、薄暗い洗面所で1人歯を磨く。


 この寝静まった空気の中で1人身体を動かしていると、世界が自分を中心に回っているような気がしてーー耕助は何とも言えぬ高揚感を得る。


 そしてこんな時は、とある場所に行きたくなるのだった。


 耕助は歯を磨き終えると、パジャマも着替えずに庭に出る。


 そしておもむろに自転車に乗り込んで、家から少し離れたその場所へと、澄んだ早朝の空気を全身で浴びながら、快調にペダルを走らせていく。


 一面の田んぼからは蛙の鳴き声、陽光の滲む空からは雀のさえずりーーこの時間、たまに近所のお爺ちゃんが農作業をしている事もあるが、今日は誰もいない。今は自分だけがこの大地で躍動し、地球と共鳴しているーー。


 それは耕助にとって何物にも代え難い、かけがえのない感覚だった。


 ふゅぅーーー。

 耕助は下り坂を重力に任せて滑走しながら、その爽快感に思わずできもしない口笛を吹いた。


 20分くらい自転車を漕いで、耕助は目的地に到着した。それは商店街の一角にぽつんと佇む、卍金堂(まんきんどう)という看板が掲げられた、古く小さな本屋ーー


 その本屋にはシャッターが降ろされていたが、耕助がそのシャッターを2・3・2・1拍子のリズムでノックすると…


 がらり

 と子供がちょうどしゃがんで通れるくらいにシャッターが開いた。そして耕助はそのスペースを通って中に入る。


 ぱっとオレンジ色の電気が点いて顕になった内観は、その外観のイメージ通りの、古本が無数に立ち並んだ普通の本屋だったが…奥からコーヒーと椅子を持って来て迎えてくれた店主が、普通では無かった。


 服装こそ、普通の本屋のエプロン姿だが、顔が太陽のオブジェのような形状をしており、目鼻口も無いーーつまり言ってしまえば、宇宙人であった。


 「2号、おはよう」

 耕助はその宇宙人ーー2号に挨拶をし、持って来てくれた椅子に座った。そしてその辺の本を手に取りぺらぺらとめくる。


 ここにある本は全て変な文字で書いてあり何も分からないが、耕助は早朝の本屋の落ち着いた雰囲気の中でコーヒーを飲みながらお洒落に本を読むという「大人の仕草」がやりたいだけなので、本の内容はどうでも良かった。


 ちなみにコーヒーも苦くて嫌いなので、ただ飲むふりをしているだけである。


 2号は耕助をひとしきりもてなした後、シャッターを閉める。そして2号がパチンと指を鳴らすとーーどういう原理かシャッターが透過し、中から外が見えるようになった。


 ちなみに外からは中の様子は見えない。

 マジックミラー号と同じ原理である。


 耕助は本を読む(ふりをする)だけでなく、こうして商店街が徐々に活気付いていく様を観察するのも好きだった。


 そしてしばし狭い本屋の中ーー耕助は2号と2人で、ただ無言で本を読む(ふりをする)事に興じた。


 この落ち着いた大人の空間では、2号の喫うマルボロのいやな匂いすらも、耕助には心地好く思えた。




〜〜〜〜〜〜




 2時間程ゆったりとした時間を過ごし、耕助は商店街の店が所々開店し始めるタイミングで帰路についた。


 商店街を走る途中、肉屋のおじさんや花屋のおばさんに挨拶をしながら帰ったので、往路よりも少し長い30分程で家に到着。そして自転車を倉庫に止めて玄関のドアを開けた瞬間ーーウインナーの焼ける芳しい匂いが鼻をつき、耕助は盛大に腹を鳴らす。


 早起きして少し運動した後の朝食は格別に美味だという事を、耕助は理解していた。

 

 洗面所で手洗いうがいをして、耕助はすぐに食卓につく。そして表面を肉々しく照らしながら並ぶウインナーを、待ち侘びたように一本掴みーーゆっくりと口に放り込む。そして歯を入れた瞬間、ぷち、と薄皮が破ける音がしたかと思うとーー肉汁がみるみる溢れ出し、口いっぱいに芳醇な肉の香りが広がる。


 まるで肉汁のダイナマイトーー噛む度に漏れ出る上質な油が、血液を通して全身に行き渡り、耕助は思わず至福の感嘆を漏らす。


 「おいしい…」

 「コーちゃん、ほんとに幸せそうに食べるね」

 あまりにもウインナーに浸りすぎて気付かなかったがーー横にはいつの間にか小雪ちゃんが座っていて、両手で頬杖をつきながら

微笑ましそうに耕助の食事姿をじっと見つめていた。


 「コーちゃんの食べてる姿みてると、こっちまで幸せな気持ちになっちゃう」

 そう言ってクスクスと笑う小雪ちゃんは、心なしかいつもより大人っぽく見えた。


 「コーちゃん、早くからどこ行ってたの?」

 「さんぽ。自転車で」

 朝5時前から卍金堂にいた事は秘密にした。


 早朝のあの場所にしかない静かで落ち着いた空間はーー自分だけが独り占めしたかったのだ。


 「今日3時からお祭りだから、力蓄えとかないとね」

 そうやって耕助はさり気なく話を逸らし、ウインナーをまた一本口に運んだ。




〜〜〜〜〜〜




 気がつくと耕助は、見知らぬ土地にいた。訳も分からず耕助がつっ立っていると、突如として真下からロケット風船が飛び出して来て、耕助の尻を思い切り突き上げる。


 耕助はロケット風船に持ち上げられて、遥か上空へーー。


 「わぁ」

 耕助は感嘆を漏らした。大気圏を抜けた先ーーそこには限りなく壮大な、宇宙が広がっていた。


 どこまでも続く暗闇の中、己の存在を主張せんとする無数の星の煌めきに、耕助は思わず見入る。


 まるで映画のような、幻想的な光景ーー耕助は恍惚としながら、その映像美を目に焼き付けていた。


 ーーぼす、ぼす。

 突如下から鈍い音がした。見ると耕助を持ち上げていたロケット風船から空気が抜け、小さく萎んできている。


 「あ」

 耕助がそう小さく声を上げると同時に、ロケット風船が一瞬荒ぶり、耕助の尻を撫でてーーそしてふっと力を失った。


 そして宇宙には本来無いはずの重力に引っ張られーー耕助の身体は地球へと急転直下していく。しかし何故か、その時の耕助には恐怖は無かった。


 むしろこの状況を、楽しんでいた。


 ーーあはは。

 耕助は落下しながら、身体を悶えさせて笑う。


 ーーあは、あはは、あはは!

 どんどん、笑い声が止まらなくなっていく。


 ーーあはははははははははははははははははははは


 くすぐったい。


 「うんふ」

 耕助はそう甲高い声を上げ、ぱちりと目を覚ました。


 そこは自室の床の上ーーそして目の前には宇宙図鑑。どうやら宇宙図鑑を開いたまま枕のようにして眠ってしまったらしく、そのページが耕助の涎でびしょ濡れになっていた。


 そしてそれ程までに涎が出た原因ーーそれは後ろから耕助をぎゅっと抱き締めて眠る小雪ちゃんが、耕助の横腹を無意識に掴み、くすぐっているせいだと分かった。


 「…こ…ん…」

 小雪ちゃんは耕助が起きても依然として耕助を抱き枕のようにして離さず、何か寝言を漏らしながらぐっすりと眠っている。


 耕助は徐々に寝ぼけも取れてきて、ようやく今がどういう状態かを理解した。朝食の後、耕助は小雪ちゃんの宿題を手伝ってあげて、そしてひと段落して、寝転びながら宇宙図鑑を読んで…恐らくそのまま寝落ちしてしまって今に至るーー


 「コーひゃん…」

 小雪ちゃんは今度ははっきりと寝言を言って、耕助を強く抱き締める。その拍子にまた横腹をまさぐられ、耕助は「あへん」とクロちゃんのような甲高い声を漏らす。小雪ちゃんの腕を剥がそうとしても、その白く細い腕からは想像できぬ程のばか力で掴んでおり離れないのでーー耕助はやむなく小雪ちゃんを起こしにかかる。


 「小雪ちゃん、小雪ちゃん」

 「んん…」

 小雪ちゃんが瞳をぱちりと開け、眠そうな声をあげる。

 ちなみに時刻は13時半。16時からの祭りに参加するためには、そろそろ昼ご飯を食べて、準備をしないといけなかった。


 「起きて。祭りいこ」

 「うん…」

 うん、と言いつつも、小雪ちゃんは抱きついたまま、一向に離れようとしない。それどころか更に抱きつく力を強めるので、耕助はまた変な声を漏らす。


 「あひ、小雪ちゃん?」

 「もうちょっと」

 小雪ちゃんはそう甘えるように耕助の背中に顔をうずめて言い、一向に離れる気配がない。まぁこの3日間でここまで仲良くなれたのは少し嬉しくもあるが…一方で時計の秒針は容赦なく動き続けている。


 さてどうするかーー

 耕助は歪な思考回路で、必死に考えた。


 「あの…ねぇ…きみたち」

 母が眉をひくつかせながら言う。


 「それ、行儀悪いとかの次元じゃないんだけど…」

 母の視線の先では、耕助が小雪ちゃんをおんぶしたまま、小雪ちゃんはされたまま、器用に冷やし中華をすすっていた。


 「おんぶ飯も中々悪くないね、小雪ちゃん」

 「うん、いつもより体力つかう分、美味しく感じる気がする」

 その姿はさながら阿修羅の食事風景であった。


 その後、本当の修羅となった母に僅か数ミリの髪も刈られ、(スキンヘッド)にされてしまった耕助は、笑いを堪えきれずにいる小雪ちゃんを自転車の後ろに乗せ、そのまま祭りへと向かったとさ。

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