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なかよしワンダーグラウンド  作者: 森 go太
第一部『邂・逅』
6/25

6話 僧

 その夜。帰って大好物の手巻き寿司を平らげると、耕助は母からすぐに風呂に入る事を強いられた。


 昨日は先に小雪ちゃんが入ったのだが、今日は何故か後から入りたいと言って聞かず、やむなく耕助が先に入る事になったのである。


 しかし耕助自身、ご飯を食べた後すぐに風呂に入るのはあまり気が乗らなかった。


 しかも今日は手巻き寿司をたらふく食べた後だったので、尚更腹が重く、風呂に限らず、何もする気が起こらなかった。


 しかし両親は小雪ちゃんに気を遣って、何でも小雪ちゃんの意見を優先するので仕方ない。


 耕助は渋々、しかし小雪ちゃんの前ではなるべく顔には出さず、風呂に入る事にした。


 「はひゅー、はひゅー」

 腹の苦しさに呼吸を荒くしながら、耕助はシャンプーを丁寧に泡立てる。


 満腹の時のシャンプー程、面倒くさいものはない。しかし、シャンプーをちゃんとやらなければ、将来僧になってしまう(禿げ散らかってしまう)かもしれないーー


 と、どこかで聞いた◯ノ内サディスティックのフレーズを頭皮に銘じながら、耕助は集中してシャンプーを揉み込む。


 ふと背後に誰かの気配がした。しかし耕助は慣れた様子で、動じる事なくシャンプーを続ける。


 シャンプーをしている時にふと誰かの気配がする事は、耕助に限らず多くの人間が共感できる現象だろう。そして目を開けて後ろを振り返ると、大抵は誰もいないーー


 その経験は、1年程前から1人でシャンプーをするようになってもう何度も経験した。

 だから今更、いちいち目を開けて振り返る事などしないーー


 ごしごし。

 ごしごしごし。


 …いや。


 いつもより、頭を洗う感触が多い気がする。


 ごしごしごし。


 やっぱり。


 今耕助は、手を動かしていない。



 誰かいるーー。



 「誰だ!」

 耕助が意表を突くように叫びながら、イナバウアーのように頭を仰け反らせて後ろを見るとーー


 「わ」

 そこには座敷童がいた。

 いや、違う。小雪ちゃんだった。


 「なんだ、小雪ちゃんか」

 耕助はコニーの母親のような体勢のまま、小雪ちゃんを逆さに見つめる。


 耕助の視界には、一糸纏わぬ小雪ちゃんの裸体がありありと映し出されていたが、烈情を抱く事は()()無かった。


 「ボクがあたま洗ってあげる、まえむいて」

 小雪ちゃんが耕助のほっぺたをぶにぶにしながらそう言うので、耕助はとりあえず素直に従い正面に向き直る。


 後から入ると言ったのはこれがやりたかったのか。しかし何で急にーーまぁ、この年頃の子は急におままごととかしたくなるか。いや、それは幼稚園の頃までか。どうだろう。梨乃ちゃんはいつくらいまでおままごとしてたっけ。あ、そういえば今日家行った時、クッキー作ってたよな。あれもおままごとの一種と言えばそうなのか…?いや、けどあれは料理だよなぁ。果たして料理はおままごとって言うのか…?料理の真似をして遊ぶのがおままごとであって、本当に料理をしたのなら、それはおままごとじゃないんじゃ無いのか…?いや、待てよ。梨乃ちゃんは多分、誰かのレシピの真似をしてクッキーを作っているよな。だとしたら料理の真似事ーーつまりおままごとだと言えるんじゃないか。けど一つ問題は、あれは果たして遊んでいたのかという点だ。僕達に振る舞うためだけに作っていたのなら、それは遊びじゃなくお・も・て・な・しだ。でも仮に梨乃ちゃんがクッキー作りを楽しんでいたのだとしたら…?それは遊びであり、おままごとだという事になる。だからまとめると…えっと…あのクッキー作りがおままごとだったかどうかを決めるためには、梨乃ちゃんに電話して、クッキー作り楽しかったかどうかを聞かなきゃいけないーーよし、梨乃ちゃんに電話だーー


 「梨乃ちゃんに電話だ!」

 そう言うと耕助は、小雪ちゃんを器用にすり抜けて、風呂場を勢いよく飛び出す。


 そしてシャンプー塗れの頭とびしょ濡れの身体のままリビングへと走り、至る所を濡らしに濡らしながらーーテレビの横の受話器を取って、梨乃の電話番号にかける。


 「もしもーー」

 「今日のクッキー作り、楽しかった!?」

 「はぁ?」

 梨乃と電話が繋がるや否や耕助が叫ぶと、梨乃は困惑の声を上げながらも、少し時間を置いて答えてくれた。


 「うん…まぁ」 

 「ありがとう!」

 耕助は梨乃から回答が得られると、すぐに電話を切った。そして解放感に満ちた表情で天を仰ぎ、ラオウの如く大きなガッツポーズを掲げる。


 料理はおままごとだったーー。


 導き出したその結論は、耕助にとってはノーベル賞級の発見であった。後にこの発見を、耕助は「真夏の風呂場の奇跡」と名付けた。また、その後の出来事を耕助は「真夏のリビングの悲劇」と名付ける事となる。


 「こーうーすーけー」

 昇天ポーズをしながら余韻に浸る耕助を影が覆い、耕助はびくりと身体を震わせる。


 そしてようやく気付いた。


 びしょ濡れのリビング、びしょ濡れの身体、シャンプーを付けたままの頭、風呂場に置いてけぼりにした小雪ちゃんーー


 母から制裁が下されるには、充分すぎる条件が揃っていた。

 奥に怒りを秘めた笑顔で、母は耕助の首根っこを掴む。


 嗚呼。

 我が生涯に、一片の悔いなし。

 耕助はどこかで聞いたラオウの名台詞を引用し、覚悟を決めた。


 ーーみぎゃあああああああウィィィィィンあああああああああ。

 耕助の覚悟もクソも無い悲鳴と謎の機械音が混ざりあった音が家中にこだまし、お風呂に浸かっていた小雪ちゃんは思わず耳を塞ぐ。


 そしてその音が鳴り止んでしばらくするとーー風呂場のドアが空き、1人の少年が入って来た。


 「ごめん小雪ちゃん、もっかいシャンプーして」


 僧(丸刈り)になった耕助が、ぺろりと舌を出して頭を掻いた。

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