7話 猿
梨乃ちゃんを筆頭とする同じ地区の子達は既にもう帰ってしまっていたので、耕助と小雪ちゃんは再び2人きりで登校時と同じ道を歩いて下校する。同じ道でも歩く向きが反対になるだけで少し景色が違って見えるため、耕助は時折、登校時に見たものと同じスポットを指差して話題を振り、道が合っている事を小雪ちゃんにそれとなく示してあげる。例えばあのお地蔵さんーー傘ではなく赤のニューエラのキャップを被っており、グレーのパーカーの上に黒の柄物のジャケットを羽織っているーーそれを耕助は勝手に『ラッパー地蔵』と名付けていた。
「あ、見て」
そしてそこからまた歩を進めていくとーー登校時に座り込んだ場所付近に到着した。そして耕助がまた指を差す。
「猿」
そこには登校時にも倒れていた猿ーー
ではなく5歳くらいの小さな、猿顔の女の子が倒れていた。
「コーちゃん、あれお猿さんじゃないよ」
「ほんとだ。あれ、てことは道間違えたのかな」
「そうかも」
2人はその女の子を放ったらかしにして、ランドセルから地図を取り出し居場所を確認し始める。そして地図に夢中になり、倒れている子どもの事をすっかり忘れているとーー
「たすけてぇ…ししょ…」
痺れを切らしたのか、その女の子が2人に聞こえるくらいの音量でそう呟く。しかし2人は地図に載っているケーキ屋の話で盛り上がり始めたせいか、全く聞いていないようであった。
「ケーキ屋さんだけど、シュークリームが美味しいんだ」
「シュークリーム…おいしそ」
「後でもっかい学校いくから、ついでに寄」
ししょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!
するとその女の子が、いつの間にか2人の目の前にいて…会話を遮ろうと途方もなく大きな高音で、2人に向かってそう叫び声を浴びせた。そしてその結果、気流が歪んで竜巻が発生し、周囲の窓は軒並み砕け散り、大きめの地震も起こり、雲が無いのに雨と雷が降り出す中ーー
「…nante?」
鼓膜がぶち壊れた耕助と小雪ちゃんが、口を動かす感覚だけを頼りにそう言葉を述べた。
〜〜〜〜〜〜
「komakunostockatteyokatta. hai, koyuchan」
「arigato」
耕助と小雪ちゃんは耳鳴りが止まない中で何とか家に帰ると、引き出しから予備の鼓膜を取り出してお互いの鼓膜を交換し合う。そしてその間、家まで着いてきた女の子は耕助の家の冷蔵庫を漁り…牛乳やら豆腐やら馬刺しやらをひたすら貪っていた。
「a、こーchaん、あんまり耳taぶ…くすguったい…」
「きぃ、きぃ、きぃぃ」
小雪ちゃんの甘い吐息と、女の子の獣のような声がリビングに響く。というか実際、女の子は半分獣ーーというか顔以外は、毛むくじゃらの猿に変貌していた。1号と同じで動物の姿と人間の姿を使い分けている…つまりこの女の子は宇宙人ーーという事で耕助は、この女の子をとりあえず5号と呼ぶ事にした。
「5号、そのオムライsuは食べちゃダメだよ。僕達のおkaずだかra」
「きぃ…うむ、ししょう…きぃきぃ……おかず?」
5号はその耕助の言い分の違和感に気づいたのか、さや香の漫才の如く絶妙な間でそう疑問符を呈しながら耕助を見る。
「うん。oかず。オムraイス」
「いや、オムライスはご飯とちゃうか?ししょう。きぃきぃ」
5号は唐突に流暢な関西弁でそうツッコむ。見かけに寄らず意外と一般常識があるみたいだーーそんな5号の思わぬギャップに、耕助は少し笑ってしまった。
「いや、オムライsuをおかずに白go飯を食らうのが美味しいんdaよne」
「そうなん?いや、お好み焼きとかやったら分かるねんけど…オムライスは聞いたことないでぇ、きぃきぃ」
この宇宙人、めちゃくちゃ関西を弁えている…宇宙人なのにーーそう考えれば考えるほど耕助はどんどん面白くなってきて、小雪ちゃんの鼓膜を交換する手がぶれていく。そしてその度に小雪ちゃんの耳たぶに手が当たり…小雪ちゃんは声を漏らしながら身体を反応させる。
「koーちyan、mimiたbu…」
耕助が5号の喋りに集中して交換を怠るせいで、小雪ちゃんの鼓膜はまたどんどん聞こえなくなっていき…更に聴覚が殆ど遮断されている分触覚も敏感になっているため、耳たぶを襲う悦楽が小雪ちゃんの脳をハイペースで狂わせーー手首の『スキ♡』の傷がまたどくどくと反応し、小雪ちゃんの息が荒くなっていく。
ーーはぁ、はぁ、はぁ
そして最後にそう荒い吐息を何度か漏らすと…小雪ちゃんの視界は突如として真っ暗になる。
しかし、その暗闇の中心にだけーー
一輪の大きな向日葵が咲き誇っていた。
「向日葵…」
小雪ちゃんは向日葵をぼぅと眺める。その向日葵が、風も無いのにゆらゆらと揺れる姿を見ていると…小雪ちゃんの中で何かが昂り、湧き上がってくる。そして…
「すき…」
小雪ちゃんは目の奥をハート型にして、そう言葉を漏らした。
すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき!すき!すき!すき!すき!すき!すき!すき!すき!すき!すき!すき!すき!すき!すき!き!すき!すき!すき!すき!すき!すき………………………
ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。毒ん。毒ん。毒ん。毒ん。毒ん。毒ん。毒ん。毒ん。毒ん。毒ん。毒ん。毒ん。毒ん。毒ん。毒ん。毒ん。毒ん。毒ん。毒ん。毒ん。毒ん。毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒毒………………………
ーー小雪ちゃん。
「…あ」
理性がぶっ飛ぶ寸前ーー小雪ちゃんは耕助のその声で、ぎりぎり意識を取り戻した。小雪ちゃんが狂いそうになっている間に、いつの間にか鼓膜の交換は完了していた様で…耕助の声はいつにも増してはっきりと聞こえた。
「小雪ちゃんは白ご飯と食べるなら、オムライスかお好み焼きか、どっち派?」
何も知らぬ様子で質問を投げかける耕助に、小雪ちゃんは額の汗を拭いながら大きな瞳を歪ませて笑う。そして、未だに少し疼く手首の傷を耕助に見えぬようにそっと隠しながら…一言だけ答えた。
「お茶碗」
「トモコレやないか」
小雪ちゃんの回答に対し、5号が陣内智則ばりの光の速度で、キッッッレキレのツッコミを入れた。




