6話 バトルミュージック
LHRはこれといって何もなく終わった。そしていよいよーー待ちに待った解散の時間がやってきた。
「では皆、気をつけて帰るんじゃぞー、特に耕っちーー」
釜田先生の声掛けが終わるのを待たずして教室が喧騒に包まれる中、耕助は真っ先に出て4年生の教室へと小雪ちゃんを迎えに行く。その目的は小雪ちゃんの学校案内ーーこのまま帰るのも良いが、小雪ちゃんは転校したばかりでまだこの学校の事を何も分かっていないので、明日からの学校生活で困ってしまう前に案内しようと考えたのである。
「たのもー」
耕助は4年生の教室に到着するやいなや、そう言って扉を開ける。そして小雪ちゃんの姿を探して教室内を見渡しているとーー
「あぁ!」
突如そう反応したのは小雪ちゃんでは無かった。それは始業式の際一緒に表彰を受けた、100m走県一位の嵐悠菜ーー彼女は耕助の姿を認識するやいなや、鬼の様な形相でいの一番に駆け寄ってくる。
「犬飼耕助…よくも抜け抜けとぉ…」
「おやおや、どしたの。クリフバーチ直結の時のサスケ君みたいな顔して」
耕助は悠菜のその剣幕にも全く動揺の色を見せず、冷静に対処する。しかしそれが更に、悠菜の神経を刺激したようでーー悠菜は元々の吊り目を更に吊り上がらせて耕助を睨み、勢いよく叫んだ。
「勝負しろぉ!100m走!」
「100m走か。いいね、やろう」
「がたがた抜かすな!勝負し………あれ、いいの?」
耕助は悠菜の突然の宣戦布告をあっさりと二つ返事で了承する。そうしてあまりにスムーズに事が運ぶので、思わず勝負を仕掛けた側の悠菜が少し狼狽えているとーー
「ちょっと待ってね。準備するから」
耕助がそう言って、おもむろにポケットの中を探り始める。そしてしばらくして「あった」と言って取り出したものーー
それは小型の電子機器のような謎の物体だった。
「な、何だそれぇ!」
悠菜は耕助の行動の意図が全く理解できずに、とりあえず大きな声を出して牽制する。しかし耕助はその質問には答えず、更にポケットからタッチペンのようなものを取り出す。そしてーーそのタッチペンで何か操作をするように電子機器を触り始める。そしてそう耕助が触るたび、ぱー、ぱー、ぱぱぱぱぱーぱー、というリズミカルな音が機器から漏れ、悠菜は思わずそのメロディーに耳を澄ます。
よく聴くとそれは『天国と地獄』…
所謂、運動会のリレーの定番曲ーー
ぱーぱー、ぱぱぱぱぱーぱー、ぱぱぱぱぱーぱー、ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ…
間抜けな電子音が4年生の教室内に響きーー悠菜も教室に残る他の4年生も何がなんだか分からず、ぽかんとしたまま耕助のその演奏を眺めていた。
ぱーぱー、ぱぱぱぱぱーぱー、ぱぱぱぱぱーぱー、ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ…
「あの、犬飼耕助…何して」
「let's go!!!!」
悠菜が声をかけようとした瞬間、耕助が唐突にそう叫ぶ。するとーー
じゃんじゃーん!じゃららららーらー!じゃららららーらー!じゃららららららららららら……!!
それを合図にするように、どこからか音割れするほどに大音量の『天国と地獄』が鳴り響く。と同時にーー耕助は電子機器とタッチペンを放り出すと、狂ったように自分の身体をぐわんぐわんと思いきり荒ぶらせながら、円形校舎の廊下を猛スピードで駆けずり回っていった。
「何だ!?おい!!何が起きてるんだ!?」
「ハルナちゃん、このままだと負けちゃうよ」
困惑する悠菜の背後から透き通った美しい声がして、悠菜は思わず振り向く。そこには色白で綺麗な顔立ち、儚げな面持ち、それでいてどこか闇を携えた瞳の奥…ひと目見ただけで嫌でも目に焼き付くその美少女はーー
転校生の中邑小雪ちゃんーー
「ま、負ける?も、もしかして…」
小雪ちゃんのその一言の意味を、悠菜は何となく察した。この学校の廊下の長さは一周約100mーーそして先程の「let's go!!!!」という耕助の掛け声ーー
「おいおいおい!!」
その事に気付いた瞬間、悠菜は耕助の後を追いかけるように慌てて廊下を走り出す。出し抜かれたーーその怒りと動揺から、週9回の練習で培った美しいフォームは見る影もなく…
「汚いぞこらーーー!!」
ぐちゃぐちゃのフォームとぐちゃぐちゃの顔を目一杯動かしながらそう叫ぶ、悠菜の声が廊下中にこだまする。かたや耕助はのびのびと楽しそうに汗を滲ませ、荒ぶりながら廊下を駆ける。そんな2人の対照的な様子はまさに『天国と地獄』ーー
ぱーぱー、ぱぱぱぱぱーぱー、ぱぱぱぱぱーぱー、ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ…
小雪ちゃんが耕助の放り出した電子機器を拾い上げ、この混沌とした状況に拍車をかけるように、拙い演奏を響かせた。
〜〜〜〜〜〜
「畜生、負けたぁ!」
「あ、負けでいいんだ。意外と良い子かも」
結局耕助に後一歩届かず悔しがる悠菜を見て耕助は言う。しかしあれだけの不正をしたにも関わらず、結果最後はぎりぎり勝てたくらいーー悠菜の小学生離れした足の速さと、そこに至るまでに積んできた日々の努力の数を思うと、何もせずに高い身体能力を得ただけの耕助は、流石に少しだけ申し訳ない気持ちになる。
「もう悠菜ちゃんの勝ちでいいよ。めちゃくちゃ速かったし」
「いいや、情けはいらない!出し抜かれたのも私の不覚…これからもまたいっぱい練習して、次の運動会の選抜リレーでは絶対勝ってやるからなぁ!F◯CK!!」
悠菜は涙目で耕助に中指を立ててそう言うと、ランドセルを背負って猛スピードで走り去ってしまった。恐らくこれからも帰って走り込みをするのだろうがーーまさに苗字通り嵐のような子だと耕助は思った。そしてその瞬間、耕助の腹がぐぅと鳴る。時刻はもう既に12時半ーー今日は登校時、そして悠菜との勝負と、身体を動かすイベントを立て続けにこなした事もあり、空腹が限界を迎えていた。
「お腹空いたし、今日はもう帰ろっか」
「うん」
機嫌を損ねる腹の虫を宥めるため、2人は一度学校案内を諦めて下校する事に決めた。




