3話 ミームス
「やっぱいないや」
耕助はそう呟き、誰もいないベンチを見下ろす。
本来であれば、そのベンチがある小屋付近には、班長の梨乃を含む5、6名の子ども達が待っているのだが…
柿と時間を食い過ぎたせいで、もう先に出発してしまったようだった。
しかしまだ普通に歩けば十分に間に合うレベルーー
なので2人はマイペースに貰った柿をつまみながら、学校までの約40分弱の道のりを歩き出す。
空腹だった耕助の腹も今ではちょうどよく満たされーーこうやって歩きながら胃の中の柿を消化しつつ肉体へと昇華していく作業が、とても心地よく感じていた。
「小雪ちゃん、大丈夫?」
半分くらいの所で少し小雪ちゃんの歩くペースが落ち始め、耕助は小雪ちゃんに声をかけて立ち止まる。
よく見ると小雪ちゃんの細い足が、産まれたての子鹿のようにプルプルと震えており…特にふくらはぎの辺りが、警告のサインを示すようにピクピクと痙攣していた。
「つかれた」
小雪ちゃんは一度立ち止まると、糸が切れたようにその場に座り込み、足を伸ばし始める。
どうやら都会っ子の小雪ちゃんにとっては、柿をランドセルにいっぱいに詰めての長時間の徒歩は、文字通り荷が重すぎるようだった。
まぁ少し時間は迫っているけれど、最悪小雪ちゃんをおんぶして走れば良いかーーそう思い、耕助は小雪ちゃんに合わせてその場に座り込む。
そしておもむろにランドセルの中を漁り、ヤクルト用の細いストローを取り出して口に咥えーーさながら煙草を吸うようにストローから空気を吸い込んで吐く。
「コーちゃん、おじさんみたい」
「でしょ(*^◯^*) 冬なら吐息でもっとそれっぽくなるんだけどナァ(笑) って、聞いてないカ(笑) てか余談ダケド、絵文字ってなろうでは使えないんだネ( ̄^ ̄) 悲しいナァ(^^;;」
そんな感じでゆるく会話をしながら、2人はゆったりとした時間を過ごす。
そして気がつくと、2人はこの前行った熱海旅行の思い出話に花を咲かせはじめ…そして熱海で出会った、仙人のような見た目をした眼鏡屋の老人の余生についてのトーク(もう少しで死ぬか死なないかを発展もなく議論し続けるだけの、なかやまき◯に君のルーレット位中身の無いもの)が思った以上に盛り上がるなど、いつの間にか時間も忘れて話し続けてしまった結果ーー
「ありゃ」
ふと防犯ブザーの時計を見ると、時刻は8時13分ーー学校への登校時間まであと7分。
そしてまだここは通学路の半分程度。耕助が全速力で向かったとしても、ここから学校までは少なくとも15分はかかるーー
でーん、でれれれーん…
YouTuberが絶望した時に流れるような効果音が響いた。
そして耕助は小雪ちゃんと顔を見合わせーー
『ガラスの仮面』のような劇画調の作画で、『ホームアローン』のマコーレ・カルキンのように両頬に手を当てて絶望した。
「やばいやばい、遅刻だ」
そんなテンプレのリアクションを一旦こなすと、耕助はすぐさま焦った様子で言う。
もう既に8時20分から始まるHRへの遅刻は確定しているようなものだがーーその後の始業式にまで遅刻すると恐らく先生から母親に連絡がいき、せっかく生え揃った髪がまた僧にされてしまうーー
それだけは何としてでも避けたかった。
「小雪ちゃん、乗って」
耕助は自分のランドセルを前に持ち、小雪ちゃんをおんぶする体制でその場にしゃがみ込む。
そして小雪ちゃんが勢いをつけて耕助の上に乗り込むとーー
「おぐ」
その予想外の重さに、耕助は思わず呻き声をあげる。
そしてごぎ、という鈍い音と共に耕助の腰を鋭い痛みが襲いーー耕助は前方に両手をついてしばし固まってしまった。
「だいじょうぶ…?」
心配そうに顔を覗き込む小雪ちゃんを、耕助は顔を引き攣らせながら見返す。
「こ、小雪ちゃん…失礼かもだけど、重くない…?」
「うん。柿いっぱい詰めすぎちゃった」
そう言うと小雪ちゃんは「うんしょ」と重そうにランドセルをその場に下ろし、耕助に開けて見せる。
するとランドセルには、柿が細胞のように立錐の余地もなくぎっしりと詰まっておりーー少し指でランドセルを持ち上げてみると、もはや鉄屑同然の質量をたたえていた。
「こんなの背負って歩いてたの…?」
「うん、4次元まで詰めてあるから重かった」
小雪ちゃんがそう平然とした顔で言うので、耕助は思わず目を丸くする。(バックでは推しの子 ed が流れる)
耕助は1号によって身体能力を強化されているので持つ事ができるが…何もそのようなものが無い小学4年生の女の子には、到底背負える筈もない重さーー
「さすがアイドル志望だ…」
少し前に小雪ちゃんから聞いた将来の夢の話を思い出し、耕助はそう感服した。
また、TVに出てるトップアイドルの人達って、もしかして全員こんな腕力お化けばかりなのかなーーと思うと、途端にアイドル業界が化物の巣窟のように感じて、耕助は少し戦慄した。
「でも、どうしよう…ランドセルこんな重かったらおんぶできないナァ(;゜0゜)」
アイドルの事を考えていたせいか、無意識におじさん構文を覗かせながら耕助は呟く。
始業式に間に合うためには、耕助が小雪ちゃんをおんぶして走る事は必須だが…しかし小雪ちゃんのランドセルを一旦軽くしないと、いくら耕助といえども残り半分以上の道のりを走り切る事は不可能である。
また、せっかく梨乃のお婆ちゃんから貰った柿を捨てる訳にもいかないーー
「うーん」
考えが行き詰まり、耕助は唸りながら辺りを見回す。学校に間に合うためには、ここで長く止まっている訳にもいかない。迅速に、小雪ちゃんの柿をどう処理するか考えなければーー
そう思ったその時だった。
「きぃ…」
ちょうど都合良く柿を引き取ってくれそうな声がした。
耕助は小雪ちゃんのランドセルを持ち上げて、早足でそちらへ向かっていく。
するとそこには痩せ細った白い小猿が倒れていてーー既に瀕死の状態で這いつくばっていた。
「お腹減ってそうだね、お猿さん」
耕助はそこにしゃがみ込み、小猿の皺くちゃの顔を見つめる。そして息も絶え絶えといった様子で呼吸をする小猿の口付近にーーランドセルに入れていた柿を撒き散らした。
「食べていいよ」
耕助がそう言うと…先程まで苦しそうにしていた小猿の瞳に、少し光が戻る。
そしてその小猿はぽろりと一粒の涙を流しながらーー近くの柿に口をもっていき、弱々しくかぶり付いた。
「きぃぃ…!!!」
するとその瞬間、小猿の全身に柿の上質な糖分が巡り巡ってーー小猿は目をかっ開き至福のひと声を上げた。
そしてその後、小猿は狂ったように柿をむしゃむしゃと貪り始めーーその度に「きぃ、きぃ」と幸せそうな声を漏らしながら、涙をぼろぼろと流す。
「そんなお腹減ってたんだ、良かった。じゃ行くね」
耕助はそんな小猿の様子を数秒だけ微笑ましそうに見つめると、すぐに小雪ちゃんの元に戻る。
そして小雪ちゃんを柿の無くなったランドセルを背負わせた状態でおんぶし、自分のランドセルは前にして、再び学校までの道のりを走る。
少し腰は痛むが、これなら何とか最後まで走り切る事ができそうで、始業式にも間に合いそうだーー
「コーちゃんの背中、あったかい」
小雪ちゃんは嬉しそうにそう言って、耕助の背中に体重を預けるようにもたれかかってくる。
そのせいで痛めた腰がまた少し悲鳴をあげるがーー脳内にとめどなく吹き出すアドレナリンにも助けられ、必死に歩を進めていく。
そして時刻は8時32分。始業式の8分前、耕助は遂にーーー
「ついたぁ」
井ノ蛙西小学校の昇降口へと、到着したのだった。




