2話 柿
「いってらっしゃーい」
結局その後はゴミ箱を痰壷にしてなんとかカラス成分を吐き出し、そして朝食もままならぬまま、耕助は小雪ちゃんと共にランドセルを背負って玄関を出発した。
耕助は小雪ちゃんの手前、気分が落ちているのをできるだけ顔に出さないようにしていたが…小雪ちゃんは対照的に分かりやすく落ち込んでいるようであった。
「昨日1人で薄暗いとこにお買い物行って、一番高いやつを譲ってもらったんだけど…ダメだったみたい…」
耕助はそう言って肩を落とす小雪ちゃんを励ましながら、地域の集会所までの道のりを歩く。
薄暗いとこ。それは恐らく4号のやっている闇市ーー。
よくよく話を聞いてみると、小雪ちゃんはサプライズで耕助に朝食を作るため、昨日耕助の母と一緒に買い物に行こうとしたのだが、未だに母に対する人見知りが発動して言い出せず…そして結局1人で食材を仕入れに行ったのだが、やはり人間の大人の前では全く注文ができずに市場を彷徨い続け…そしてようやく見つけた宇宙人の闇市で食材を仕入れた結果ーー
このような悲劇が起きてしまったのだ。
「次からはちゃんと、鶏の目玉使うね」
小雪ちゃんは耕助に慰められ、既に切り替えた様子で言う。そういう事ではないんだけどなーー耕助はそう思いながらも、しかし小雪ちゃんの個性と向上心を潰してはいけないと思い、ここではあえて直接的な否定を避ける事にした。
「あ、見て」
耕助はおもむろにそう言って道路の脇を指差す。そして小雪ちゃんもつられるようにその先を見るとーー
「わぁ」
小雪ちゃんは思わず感嘆を漏らした。そこには鮮やかなオレンジ色に熟した柿をいっぱいに蓄えた柿の木ーーその無数の柿が穏やかな陽光に照らされ、燃え上がるような輝きを放つ様子は…さながら絢爛なイルミネーションのようであった。
「いつもはもっとできるの遅いんだけど、今年は早いなぁ」
そう言いながら耕助も小雪ちゃんと同じく、しばしその天然のイルミネーションに見惚れた後…そしてぐぅ、と腹が鳴ると同時に、ふらふらとその柿の木がある家に入り込んでいく。
「ごめんくださーい」
そして耕助がその家の玄関に向かってそう叫ぶとーー中から出てきたのは見るからに優しそうな、腰の曲がったお婆ちゃんだった。
「あら耕ちゃん。久しぶり。また大きくなったねぇ」
「どうも、梨乃ちゃんのお婆ちゃん。柿につられて来ちゃった」
梨乃ちゃんのお婆ちゃんーー確かに玄関の上にある表札には『吉崎』と書かれており梨乃と苗字が一緒だった。
更にその日本人らしい穏やかな顔立ちも梨乃とかなり似ており…お婆ちゃんと梨乃との血縁関係は全く疑いの余地もなく、自然に受け入れる事ができた。
「あら、そちらの可愛らしい子は?耕ちゃんのガールフレンド?」
「ううん、いとこの小雪ちゃん。夏休みから一緒に住んでるの。ところでさ、あの柿食べていい?」
耕助は早々に身の上話を切り上げ、梨乃のお婆ちゃんに柿をねだり始める。
どうやら朝食を食べそびれたせいで、耕助の腹の虫は既に限界を迎えているようで…耕助のお腹は先程から絶え間なく、蛙のようにぐぅぐぅと鳴り響いていた。
「もちろん、いくらでも食べていいよ」
そして梨乃のお婆ちゃんから許可が出るやいなやーー耕助はお礼を言って柿の木へと走り、強靭な指の力を生かしてするすると登っていく。
そしてなっている柿をむしり取ると…間髪入れずその柿を丸ごと口に放り込んだ。
そしてその柿をむしゃむしゃと咀嚼すると…
「…あぁ」
口に残っていた苦みも相まって、そのまろやかな甘みが最大限力を発揮し、耕助は至福の吐息を漏らした。
そしてその心から幸せそうな耕助の表情を小雪ちゃんが羨ましそうに見上げていると…
「小雪ちゃんおいで」
耕助がするすると降りてきて、小雪ちゃんを軽々とおんぶする。そしてそのまま再び木に登り…
柿をちぎって小雪ちゃんの口元に差し出した。
その宝石のような橙色の輝きを、小雪ちゃんはしばしその大きな瞳に焼き付け…そして最も食欲が高まり、ごくりと喉が鳴ったタイミングでゆっくりと一口齧る。
「…あまぁい」
その柿は確かに濃厚かつまろやかで、ほっぺたがとろけそうなくらいに美味しく…そのあまりの至福に、小雪ちゃんは力が抜けるようにしがみつく耕助の背中にもたれかかる。
「脳みそが全部、ほどけていくみたい…」
「でしょ。ここの柿、美味しいんだ」
耕助は器用に小雪ちゃんをおんぶしながら、片手で柿を夢中で貪る。
その様子を梨乃のお婆ちゃんは少しハラハラしながらも、嬉しそうな笑顔で見守っていた。
「下にはよぎぼのクッション引いてあるから大丈夫だと思うけど、頭打たないように気をつけてねぇ」
時折梨乃のお婆ちゃんの声かけに返事をしながら、耕助と小雪ちゃんは時間を忘れて、ひたすら柿を味わい続ける。
そして木になっている柿を半分くらい食べ終えた時ーー
「2人とも、そういえば学校は大丈夫かい?」
梨乃のお婆ちゃんの声かけで、2人は本来の目的を思い出した。
そういえば今日は始業式ーー
今はその登校中だったのだ。
「行こ。小雪ちゃん」
「うん」
しかし2人は全く焦る様子もなく、まだ木に残っている柿を何個かランドセルに詰めて、梨乃のお婆ちゃんの家を後にする。
「ありがとー、また柿BAR行くねー」
耕助と小雪ちゃんは梨乃のお婆ちゃんに再びお礼を行って、集会所へと向かった。
時刻は7時35分ーー学校への登校時間まで残り45分。




