4話 モンジャ
「あぁ」
辺りが暗くなってくると、スナックなどのネオンの光が目立ち始める商店街。耕助は昔一度だけ夜の商店街に両親と訪れた事があり、このムーディーな光景を覚えていてーー
まるで灯りに群がる虫のようにやって来たのだった。
耕助はネオンの光を認識する度、そのスナックやバーの店内を片っ端から確認する。
しかしどこを見ても当然台は無く、耕助はその度に肩を落として走り去っていたがーー
遂に耕助はそれを発見した。
「ありゃ」
それは商店街に唯一あるパチンコ屋ーー
耕助はそれを見つけた瞬間、まるで広大な砂漠の中にオアシスを発見したかのような感動に駆られーー
期待に満ちた顔でそのパチンコ屋に入店する。
しかし…
「大人になってから、また来てね」
現実は耕助が思っていたより残酷であった。
当然ながら、耕助は小太りの店長に連れ出されーー入店を拒否されてしまった。
耕助はまた絶望の淵に突き落とされ、店の前にひざまづいて顔を落とす。
「欲しい」
そして耕助はこの世の終わりかのような顔で下を向きながら呟くとーーまた、通行人の心配の声かけもよそに再び立ち上がる。
そして脳内を支配する欲望を満たすために荒い息で走り出そうとするとーー突如として足がもつれ、耕助は商店街に倒れ込んでしまう。
1号のおかげでSAS◯KE完全制覇を達成できる程に強化された耕助の肉体ーー
しかしその肉体も流石に、ずっと走り続けて限界を迎えていた。
「欲しい、欲しい、欲しい、欲しい」
しかし耕助はまだ手を床につけて立ち上がり、ふらふらと歩き出す。
その時の耕助の瞳はもう焦点が合っておらず、もはや正常な歩き方すらも分からなくなってきていたが…
それでもまだその快楽への渇望を充たすため、足を進め続けていたーー
その時だった。
「ねぇ」
と、耕助は誰かから呼ばれたような気がして横を見る。
しかしそこには人影はなく、シャッターの閉まった古く小さな本屋がぽつんと佇んでいるのみだったがーー
耕助はその場所を、よく知っていた。
「卍金堂…」
耕助は看板に書かれるその店名を小さな声で呟く。
そして2・3・2・1拍子のリズムでシャッターをノックしシャッターを開けーーそのまま吸い込まれるように中に入って行った。
「2号…」
オレンジ色の暖かい光が、耕助を優しく迎え入れーー耕助は奥から出てきた2号の、その文字通り太陽のような異形の顔を見る。
そして耕助は引き攣った笑顔を浮かべてーー
ただ一言だけ漏らした。
「狂っちゃった」
するとその瞬間ーー2号の顔が突如として変形し、黒く綺麗な長髪を靡かせた女性の姿になる。
しかし何故か目元だけはぐちゃぐちゃと黒く塗り潰されていて分からないがーー
それに違和感を持つほどの余裕は、今の耕助には無かった。
そして2号は耕助に近付き、その艶のある唇を近付けーー
そっと口づけをした。
〜〜〜〜〜〜
夜9時頃、耕助がぼぅとしながら家に帰るとーー母が般若のような顔で怒髪衝天しながら玄関で待ち構えていた。
そして耕助は宙に浮くような心地のまま母に顔面百叩きをかまされーーそして蜂に刺されたようにこっぴどく腫れた顔で、夜ご飯のもんじゃ焼きを静かに食べる。
先程まで耕助の脳を支配していた中毒症状は、今ではすっかり無くなっておりーー寧ろ何故あれ程まで虜になっていたのか分からなくなっていた。
「まぁ耕助の年頃だとちょっとくらいは夜遊びしたくなるよな。気持ちは分かる。しかし母さんをあまり心配…」
耕助を探しに行っていた父が戻ってきて、一緒にもんじゃを食べながら、何か耕助に喋っている。しかしそんな父の言葉は耕助の耳には全く入らずーー
その空っぽの脳にもんじゃの味覚情報のみを取り入れ、そしてその豊かな旨みを脳が処理した途端ーー耕助は無感情のままゆっくりと息を漏らした。
「ふぅ…」
後に耕助はその状態の事を『もんじゃタイム』と名付けた。




