1話 出会い
耕助は小学生には珍しく、ひとりで遊ぶのが好きだった。
夏休みになっても僅か3日程で殆どの宿題を終わらせてしまい、ひとりで家から少し離れた森に出向き、宇宙人と戯れる事を日課にしていた。
大きな樹木にしがみついて樹液を摂取するタコのような宇宙人。耕助は1号と呼んでいるそれを、ただひたすらつつく。そして飽きたら、その場で陽光に包まれながら昼寝をする。
そんな緩やかな日常を至上の幸福とするような、少し変わった小学生ーーそれが耕助であった。
その日は大雨であった。
外に出る事ができなければ、耕助はひとり2階の勉強部屋に閉じ籠ってひたすら図鑑や国語辞典を読み漁る。
耕助は同世代の子達が持っている様なゲームも、マンガも、トレーディングカードも持っていなかった。
両親は別にそういう物に厳しい訳では無いが、耕助自身がそれらの娯楽を必要としなかったため、買ってもらう機会は無かった。
家にテレビはあるが、昼はワイドショーか昔のドラマしかやっておらずつまらない。
だからこういう大雨の日は勉強部屋に篭り、こうして図鑑で適当に暇を潰す。
そして時折窓越しに雨の様子を眺め、凝り固まった脳をリセットしーーまた図鑑に目を移すのだった。
「そう。部屋で図鑑ばっか読んでる」
「へぇ、じゃあ将来は科学者か教授かもよ」
「どうだろ。ウチの子馬鹿だからねぇ」
母と、誰か別の女の人の話す声が、部屋のドア越しに微かに響く。
母はいつも平日のこの時間はパートに出ていて居ない。しかし今日は珍しく休みーー
そういえば昨日の夜こんな事を言っていたな、と耕助は思い出す。
ーー明日から3日間、いとこの小雪ちゃんがお泊まりに来るからね。
〜〜〜〜〜〜
耕助にはいとこが数人いるが、会った事のある人は耕助よりも遥かに年上で、みんな社会に出て働いている大人ばかりだった。
しかしただ1人だけーー母方のいとこで自分と年の近い子がいるという事は話に聞いていた。
というのも、そのいとこは東京に住んでいるため、離島に暮らす耕助とは中々会う機会が無く、最後に会ったのも耕助がまだ2歳、相手が赤ちゃんの頃ーーと聞いており、その時の事も今では全く覚えていなかった。
「耕助、降りてきて挨拶しなさーい」
1階から母の呼ぶ声がして、耕助は渋々図鑑を閉じる。
耕助は法事などでも親戚と集まるのがあまり好きではなかった。というより、大人に囲まれてどうでも良い話を延々と聞かされるのがあまり好きではなかった。だからそういう時には大抵、途中で抜け出す許可をもらい、庭でひとり母の実家の犬と遊んでいた。
部屋を出て階段を降りる。リビングからは、母と別の女の人の楽しそうな話し声が聞こえる。しかし、子どもらしき声はしない。
「こんにちは」
リビングのドアを開けて、挨拶する。
そこには母と、母に似た女の人、そしてもう1人ーー
肩をすくめて居心地悪そうに座る、年の近い女の子がいた。
「あら!耕ちゃんこんにちは!見ない内に男前になってぇ、あ、おばさんの事、覚えてる?覚えてないか、なんせ最後に会ったの、2歳の頃だもんねぇ」
その女の人ーー恐らく母の妹で耕助の叔母ーーが嬉しそうに目を細めながら、矢継ぎ早にマシンガントークを展開する。
叔母はブラウンの長髪と革ジャンが似合う格好良い人で、涼しげな目元が母と少し似ていた。確か東京でテレビ番組のディレクターをやっているらしいが、そのイメージ通り、the業界人、といった雰囲気の人である。そしてその横にちょこんと座る女の子がつまり、耕助のいとこの小雪ちゃんという事になるがーーこの子もやはり叔母さんに似た綺麗な顔立ちをしていた。
しかしいかにも明朗快活な叔母さんとは違い小雪ちゃんは大人しそうでーー背も小さく髪型もボブである事から、耕助は座敷童みたいだと思った。
「ほら小雪、挨拶できる?」
叔母さんに急かされ、小雪ちゃんは俯きながら、ぼそぼそと耕助に挨拶をする。
どうやらかなりの恥ずかしがり屋のようだった。
「なかむら…こゆ…10さい、よねんせい…」
「あはは、まぁちょっと緊張してるけど、普段はもっと元気だし、良かったら仲良くしたげて」
叔母さんがそうフォローを入れるも、小雪ちゃんは未だに顔を俯かせながら、もじもじしている。
相当な恥ずかしがり屋ーー
という印象と同時に、この子と今日から3日間一緒に過ごす事を思い出し、耕助は少なからず不安を抱いた。
「そうだ。耕助、せっかくだし小雪ちゃんと遊んできなよ」
母の言葉に耕助は内心眉を顰める。別に小雪ちゃんと遊ぶのが嫌な訳では無い。しかし問題は、耕助が複数人で遊ぶ手段を待ち合わせていないという点だった。
外が大雨の今、遊び場所は耕助の勉強部屋という事になるが…先述のように耕助の部屋にはゲームなどの娯楽が一切なく、複数人で遊ぶ用に整備されていない。そのような環境で、果たして内気な小雪ちゃんを楽しませられるのか、という懸念が少なからず耕助にはあった。
しかし断る訳にはいかない。断ったら母に怒られるしーー何より小雪ちゃんを傷付けてしまったら本末転倒だ。
「行こ、小雪ちゃん」
集団登校の時に遅れ気味の年少の子に接する感じで、耕助は優しく小雪ちゃんに手を差し出した。
耕助は小六、小雪ちゃんは小四。
あまり年は離れていないが、耕助の感性では2つ以上下の年齢であれば、中学年も低学年もあまり変わらなかった。
「うん」
小雪ちゃんは小さく頷き、白く細い指で耕助の手を握った。




